両者どちらにも後には退けぬ理由があり、両者どちらにも前へ進もうとする意志があったからだ。
片やその身を稲妻と変えて
迸る火花を
「ちくしょう……ちくしょうッ! ああもう、ホントになかなかどうして……ッ! さっきまでは嫌で嫌で仕方なかったはずなのになぁッ!」
「まったくですッ! あなたとの戦いは、悲しくて辛いばかりだったはずなのに……あなたがあたしをこんなにも受け入れるからッ! こんなあたしを、愛してくれるからッ!」
この戦いが、楽しくて仕方がない。
いや――楽しいのは、この戦いがではない。戦うことで通じ合う心と心……ぶつかり合うことでわかり合う互いの気持ち。
希繋が、優芽が、どれほど互いに自分のことを想っていてくれるかわかるから、楽しくて……そして幸せなのだ。
「エクレールッ!」
『スパークスティンガー』
優芽の剣戟に合わせて放たれる電撃の槍。だが、水によって形成された『道』によって軌道を逸らされたそれは、優芽を大きく外れて威力を成さない。
電撃の槍をかわした直後、優芽の手に携えられたディアドロップによる刺突が希繋の頬を掠めるものの、肉体を電気に変換する力は、逆用すれば電気を肉体に換える力でもある。多少の傷は、即座に回復してしまうのだ。
掠めるだけでは意味がないと、彼女はさらに攻めの手を過激に鋭くさせていくが、リミットブレイクした希繋のスピードは、もはや追いつける者など片手で指折るに足るほどになっていた。
「イーリスッ! この手に弓をッ!」
『
「ここで、一点突破の射撃だと……ッ!?」
スピードに秀でる希繋に対して、射撃という選択はあまりにも愚かだ。
発射から到達までに僅かにでもタイムラグが存在するのなら、希繋はその僅かな隙を必ず奪う。
それは優芽とてわからないわけではあるまい。いや、優芽だからこそ、わかっているはずだ。希繋を想い、希繋を信じ、希繋を救おうと決起した彼女だからこそ、わからないはずがない。
だからこそ希繋は警戒を強めた。おそらく、ロックオンスナイパーだけで自分を仕留めようというわけではないはず。
つまりは、射撃を回避するか、迎撃するか、その判断をしたいのだろう。だからこそ、どちらの選択を選ぶべきかの判断に重みが増す。
「これでぇぇぇッ!」
「来るか……ッ!?」
ロックオンスナイパーから放たれた水の矢は、直線軌道を逸れることなく、凄まじい速度を以て希繋へと接近するが、音すらも置き去りにする希繋のスピードの前に、それはあまりにも遅く、その遅さが逆に希繋の判断を鈍らせた。
この程度の速度なら、迎撃するまでもない。容易にかわすことが可能だ。しかし、それを知っていてなお、この重要な局面で優芽がこれを、ロックオンスナイパーを選択した意味を考えると、かわすよりも迎撃した方が奇を狙えるのではないか。
だが、迎撃よりするよりも回避の方が容易だからこそ、あえて迎撃する、という程度の予想は、優芽でなくとも想像がつく。故に、希繋の思考は一時的に現実を離れ――予測という名の空想の世界へとダイブしかけた。
そして、その一瞬のダイブが、音よりも遥かに速い希繋の動きを、致命的なほどに鈍らせた。
『
不意に聞こえたイーリス・プテリュクスの無機質な音声に、ようやく現実へと引き戻された時には、既に遅く、咄嗟にかわしてはみせたものの、希繋の速さを以てしてもその一撃は彼の横腹を掠めていた。
元より防御を放り投げ、かわすことに重きを置いている彼にとって、一撃を受けることの重みは並のレイドリベンジャーズたちよりも遥かに大きく、掠めただけの一撃すら、彼には大きなダメージとなって、その動きが一段階鈍いものになっていく。
頬を掠めるだけに留まった先程のものとは違い、今しがた与えた攻撃はどう見ても横腹を抉っていた。一言に「掠める」とはいっても、その程度は大きく異なるのだ。
「こちらもまた掠めただけ……。しかし、いくら回復できるとはいえども、痛みは変わらないはず……。その痛みがあなたの動きを鈍らせるッ!」
「くっ……! エクレールッ!」
『いけませんディアマスター。これ以上のエナジースパークは、いかにディアマスターであれども感情の消耗が激しすぎるばかりか、彼女はそれを防ぐ手立てを持っていますッ! 冷静になってくださいッ!』
元々、格闘能力のサポート程度にしかギア特性を用いない希繋にとって、電撃をそのまま攻撃に転用するエナジースパークは、あまりにも燃費が悪い。
確かに彼の感情エネルギーは、数多くのレイドリベンジャーズの中でも屈指の膨大さを誇る。元々の明るい性格や前向きな性分が、そのまま感情を、心の豊かさを育んできたからだ。
だが、感情エネルギーをギアによってエモーショナルエナジーに変換させ、それをギア特性やギアの出力へと変化させたところで、そのギアに設定された出力限界というものがある。
第四号ELBシステム『エクレール』は、最初期に開発されたユナイトギアである。そのため、最近のユナイトギアよりも、その出力限界が遥かに低く設定されているのだ。
リミットブレイクすることで出力限界を取っ払っている今、確かに出力限界そのものは、決して問題ではない。
だが、普段から必要以上に力を抑制している枷を取り外している現状では、彼のエモーショナルエナジー……ひいては感情の爆発力が高すぎてしまう。このままエナジースパークを使えば、彼の感情は焼き切れてしまうのだ。
「だったら、スパークスティンガーでッ!」
『いいえ、先程の攻防でスパークスティンガーは効果が薄いことが判明しています。ここはアクセルアクションが賢明かと思います』
「いやダメだ。リミットブレイクしている以上、これ以上のスピードアップは反動がヤバい。アクセルアクションなんて使ったら自滅は免れない」
『万事休す……いえ、たとえ万事が滞ったとしても、一万とひとつの策はあるはずですッ!』
そうだ、まだ策が何もかも潰えたわけではない。ただの一万ぽっち、策を崩されただけのこと。
まだ
だったら、絶望するのはその全てを晒してからでも遅くはない。
「オーケィ、だったら一万とひとつの策ってのを、この場で今すぐやらかしてやろうじゃねぇかッ!」
『了解、肉体を電気に変換します』
「電気体ッ! 光速であたしを攻め立てようというのなら、甘い考えと言わざるを得ませんねッ!」
肉体を電気に変換することで光速機動を可能にするエクレールの『電気変換』は、光という速度の頂点に追い付くことができない者に対して絶対的な優位性を持つ。
しかし、純粋な光でなく電気というエネルギーを由来とするその力は、それを拒絶するか、あるいは受け入れるかを選択できる『水』という存在によって、優位性の是非を問われる。
これまで幾度となく言ってきたように、希繋にとって優芽という存在は、自分の力を利用するも拒絶するも自在となる天敵なのであった。
だが、そんなことは初めて会った時から知っている。天敵だからなんだというのだ。越えられない壁ではない。ただ、越えがたい壁というだけのこと。
(電気体で直接攻撃しようとしても、優芽の周囲には電気を受け流すための水の軌道『ウォーターレール』が敷かれているはず。だったら――!)
突如、希繋の姿が優芽の視界から消え、彼女の周囲には無数の
が、姿が消えるとほぼ同時に現れた彼は、彼女の敷いたウォーターレールの先ではなく、目の前――その軌道に触れる直前で電気体を解除し、肉体を取り戻していた。
咄嗟に防御態勢を取ろうとした優芽だったが、彼が仕掛けたのはその俊足を繰り出す足によるキックではなく、右の手のひら。そして、その意図がわからずわずかに困惑した隙を、彼は見逃さない。
『サンダースパーク』
「しまった……ッ!」
彼の手のひらから放たれたのは、凄まじく眩しい赤色の雷光。
スキル発動の際に発せられるギアの音声確認を聞き、咄嗟に腕で視界を遮ったことで目を守ることはできた。
だが、遮られた一瞬が、彼女に致命的な隙を与え、そして希繋の一撃が、この勝負を終結へと向かわせる。そう思っていた。
『リミットブレイクの使用限界に到達しました』
「何……ッ!?」
『和泉優芽との
「ここまで、ですか……ッ!」
膝から崩れ落ちる優芽を慌てて受け止めると、希繋はそのまま彼女を抱きとめた。
「ごめんなさい、お兄さん……。あたし、お兄さんに迷惑かけてばっかりで……お兄さんのためにって、頑張ったんですけど……無駄だったかな……。やっぱりあたしじゃ、何もできませんでした……」
「そんなことない! お前はよく頑張ってくれた! お前がくれた警告……お前の言葉は、何も無駄なんかじゃない! お前の言葉を聞いた俺たちがその言葉を胸に抱き続ければ、きっと未来だって変えられる!」
「……そう、ですね。あたしは、限界を越えられなかったけれど……自分の定めた限界に、甘んじてしまっていたけれど。お兄さんなら、キリなしのキズナを紡いでくれるお兄さんなら、きっと……」
確かに、優芽の戦う力は時限式だった。限られた時間の中、限られた力を揮いながら、それでも大好きな恩人を救うために、定められた限界をめいっぱい使い切ろうとしていた。
だが、希繋にはわかっていた。彼女の想いは、決して限られたものではなかった。薬によって無理矢理に引き上げられた感情エネルギーを糧にギアを纏ったとしても、彼女の想いが半端なものならイーリスは力を貸さなかっただろう。
彼女の想い――憧れの人を、希繋を救いたいという純粋で高潔な願いは、彼女自身の限界を突破していた。だからこそイーリスは、彼女のリミットブレイクに応えてみせたのだ。
「いいや、俺だけじゃない。お前だって未来を変えられる。悲劇的な未来を変えようと頑張ったお前の行いは、何も無駄なんかじゃなかった! きっと今だって、未来はちょっとずつ変わってるはずだ!」
「そうでしょうか……。だったら、嬉しいです。あたしなんかの力でも、お兄さんの未来を……本当に幸せそうなお兄さんの笑顔を、掴み取るお手伝いができたなら……あたしの行いにも、意味があったんだって……思え、ます……」
「優芽……? おい、優芽っ!?」
力なく瞳を閉じた優芽に、希繋が慌てて声をかけようとするが、もう彼女が返事を返すことはなかった。