【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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恩返し-スマイル-

「さすがに今回ばっかりは本気で肝が冷えたぞ……」

「えっと、その……ま、紛らわしいことしてすみませんでした……」

 

 四日後、優芽(ゆめ)は永岑市A-04ポイントの市立病院にいた。

 希繋(きづな)との決戦時、昂揚剤(デトネイター)の効果時間を越えてリミットブレイクを使用したことによる感情エネルギーの一時的枯渇により倒れた優芽は、その後すぐにこの病院へと運ばれた。

 搬送後、2時間ほどで目覚めた彼女だったが、デトネイターの副作用である不安衝動や幻覚症状による発狂も見られ、数日間の入院は余儀なくされ、その間ずっと希繋が見舞いに来ていた。

 

「まぁ、無事だったならなんでもいいけどな。デトネイターもだいぶ抜けてきたみたいだし、この調子なら明日か明後日くらいには退院できるってお医者さんも言ってたぞ」

「みたいですね。お昼ご飯の時に、看護師さんから聞きました。ここでの生活も、けっこう気に入っていたんですが、ちょっと残念です」

「そうか? 俺だったら、さっさと家に帰りたいって……ん? いや待て、でも……お前まさかとは思うが……」

 

 ふと、希繋の脳裏に決して良いものではない予感が過ぎる。思い出されるのは、優芽と二度目に会った時の場所。そして、彼女が『未来からこの時代に訪れた』という事実。

 彼女と最初に出会った時、彼女は希繋をおびき寄せるためデパートという建物を選んだ。しかし、もしあれが「それ以外の理由」もあってあそこを選んでいたとしたら。

 二度目の戦闘の際、周囲に民家の少ない『死んだ街』であるA-12ポイントを選んだのが、周囲の被害を抑えるためであり、一時的な潜伏先であったことも既にわかっている。

 だが、もしそれが「一時的な潜伏先」ではなく――『この時代で行く宛てのない彼女たちにとっての住処』だったとしたら。

 

「優芽……お前、もしかしてこの時代だと一文無し?」

「え? あ、はい。それはまぁ、6年後のお金なんて使えませんし、戸籍は『この時代のあたし』のものでしかありませんし、保険証も外見年齢と生年月日が合いませんし。……と言いますか、むしろ今まで気付かなかったんですか?」

「……マジな話、今の今まで気付いてなかった俺が言うのもなんだし、生真面目で正直で融通は利くけど優等生な委員長タイプだからあんまり言いたくないけど、実はお前もけっこうバカだろ」

「バっ……!? た、確かにあたしも自分のことながら後先を考えない行いだったことは自覚していますが、それでもバカはちょっとひどくありませんか!?」

 

 ぎゃんぎゃんと捲し立てるように反論を述べる優芽の言葉を聞き流しながら、希繋は彼女たちの今後について思案し始めた。

 今回の『未来事件』において、永岑市が受けた人的被害は極めて小規模なものだ。それはやはり、優芽の目的が希繋であったこと、そして希繋自身がそれを自覚していたために、交戦地帯を選べたことが大きかっただろう。

 しかし、希繋と優芽、逢依(あい)覚悟(さとり)の戦闘はまだしも、悠生(ゆうき)総交(そうま)の戦闘において、悠生がA-04ポイントの雑木林に与えた被害は甚大だった。

 レイドリベンジャーズが出動した際、戦闘によって周囲に与える一定までの損害は国に保証してもらえるし、実際に今回もその影響は国が定めた「一定」の範囲内であったが、悠生――そして今回の戦闘の中核となった希繋と逢依は、支部長から厳重注意を受けた。

 

 ともなれば、当然ながら交戦の原因となった優芽・総交・覚悟の三人にも処罰は下る。というか、そうでなくても彼女らは『ユナイトギア悪用犯罪者』である。

 本来、ユナイトギアの使用はレイドリベンジャーズ所属の者か、ELBシステム装着許可証を持つ者にのみ許されるが、優芽たちはそのどちらでもない。

 いや、未来ではどちらでもあるらしいのだが、この時代のレイドリベンジャーズには所属していないし、この時代の許可証も持っていないので、どちらの条件も満たせないとのことだ。

 

 もっとも、現代のユナイトギアが1440機しかなく、実戦投入できるほどの実力を持つ正規ELBシステムの装着者もまだ限られている今、優芽たちの処遇は弁護次第である程度緩和されるだろう。

 言い方は少し悪いかもしれないが、ようは現代のレイドリベンジャーズとして登録してしまえば、国にとっても都合のいい存在なのである。

 

「正直、お前たちの処遇はよほど悪いものにはならないと思うが、さすがに一文無しとなると、レイドリベンジャーズの団員寮も貸してもらえないだろうし、ちょっとまずいな」

「一応、あたしたちはこの時代に来ることを決めた時点で、宿無しになる覚悟はしてきたんですが……」

「させねーよ。事情を知った以上、もう放っておけないからな。まぁ、とはいってもウチは無理だ。若干とはいえ姉さんがお前たちのこと敵視してるからな」

「過去に遡って事件を起こした以上、人間関係も以前のままとは思いませんでしたが……。あのいつだって優しく接してくれた小転お姉さんに嫌われるのは心が抉られますね……」

 

 未来から過去に訪れ、希繋だけではなく様々な人物と本来のものとは異なる「出会い」をした彼女に対し、当然ながら人間関係や印象が変わってしまった者もいる。

 優芽が言うように、未来の小転は優芽に対して好意的だったが、希繋と敵対するように出会ってしまった現代では、好ましくない印象を持ってしまっているのは、そのわかりやすい例だろう。

 逆に、現代の希繋は優芽に対して極めて好意的ではあるが、未来の希繋は優芽に対してあくまで「よく懐いてくる部下」程度にしか思っていなかったらしい、ということもわかっている。

 

「……そういえば、ふと思ったのですが、あたし今この病院に保険証もなく入院して4日目なんですよね?」

「そうだな。というか、お前がじゃなくて、お前ら3人共な」

「……まさかとは思いますけど、ここの治療費と入院費用って……」

 

 表情と血の気を喪いながら、からくり人形のような動きで希繋の顔を見上げる優芽を見て、希繋は思わず視線を逸らした。

 だが、誤魔化そうにも相手は聡明な優芽である。その露骨すぎるほどの誤魔化しは、むしろ肯定を意味してしまい、狼狽する優芽にトドメを刺した。

 

「昔助けてもらった恩を返したくてこの時代に来たのに、結果的にお兄さんを困らせてしまっただけでなく、こんな体たらくになってさらにお兄さんの手を煩わせてしまうなんて、あたしっていったいどこまでバカなんですか……。恩を仇で返したらまた恩ができたって……これじゃいくら返したって返し足りませんよ。ああ、あたしってば本当に救えません……」

「お、落ち着け優芽! お前たちから返してもらったものが仇だなんて俺は思ってないし、お前たちが元気になってくれるんなら、医療費と入院費用なんて安いもんだ。むしろ感謝すらしてるんだよ。お前たちが生きて、俺たちとまた仲良くしてくれて、ホントに嬉しいんだ」

 

 顔を、いや耳まで真っ赤に染めながら布団の中に潜って丸まってしまった優芽に、希繋が慌ててフォローを入れてる。

 しかしその効果があったのかなかったのか、悶える様子はなくなったものの、布団からは出ようとしてくれない。

 正直、ここまで真面目で冷静で聡明な面ばかり見ていただけに、彼女がまだ16の少女であることを失念していた。

 

 希繋への徹底的な対策も、正直なところ彼女の頭脳や性格以上に、彼女が希繋に「憧れている」からこそのものだと、今こうして彼女の幼さを目の当たりにしてようやく理解した。

 つまりは、希繋を叩くだけの戦略と策略を巡らせる頭脳と、それを可能にさせる実力が伴っていたとしても、それを実行させることができたのは総交と覚悟のフォローがあってのことだったのだ。

 この時代に来る方法は、おそらく覚悟のギアである『ヴォイド』の存在から、早々に思いついたことだろう。そして、希繋を抑えるための戦術を思案し、十全の準備を整えたはずだ。

 だが、それを実行するだけの勇気は、優芽だけにはなかった。だから彼と彼女は、そんな優芽の手を引いたのだ。誰よりも前へ踏み出そうと頑張っている彼女の、最初の一歩を促すために。

 

 そして、優芽はその手に引かれてこの時代でこの事件を起こした。それは、きっと彼女にとっても、その仲間である二人にとっても簡単なことではなかった。

 だが総交と覚悟は迷わなかった。自分たちが迷えば、優芽はこの時代で自らの道に迷ってしまう。『既に意味のないこととはいえ』、未来のレイドリベンジャーズから3機ものギアを勝手に持ち出して起こした事件だ。後には引けなかっただろう。

 そんな風に優芽のこれまでを想像してみれば、確かに彼女は立派な戦士であり、立派な人間であったが、同時にやはりまだ16の少女なのだった。二人の大人に手を引かれる、少女だったのだ。

 

「お前が頑張ってくれたから、俺は未来の危機を知ることができた。お前が必死だったから、俺はその危機が本当に只事じゃないって痛感できた。お前は立派に恩返しをしてくれたんだ。だからさ、治療費とか入院費用なんてのは、お前らが恩だなんて思わなくていいんだ」

「じゃあ、どう思ったらいいんですか……」

「あー……うん、そうだな……。んー……じゃあ、こうしよう。これは、俺からお前たちへの謝罪。償いだよ。お前たちが警告してくれたのに、エクレールを手放そうとせず、まして怪我までさせちまった。ああ、そうだ。これに違いない。謝罪だよ」

 

 そんな、と布団を放り投げるように勢いよく飛び起きた優芽が、希繋の細い手を掴んで首を横に振る。

 

「お兄さんは何も謝ることなんてありません! これは、あたしたちの独断でしでかしたことです。過去を変え、未来を変えるためとはいえ……お兄さんの大切な相棒を、あたしたち……いえ、あたしは破壊しようと……!」

「なら、お互いさまだ。俺はお前たちに謝りたい。お前は俺に謝りたい。だったら、俺はお前たちが元気になるまで面倒をみるよ。だから、お前たちはできるだけ早く元気になってくれ。それで手打ちにしよう」

 

 な? と言って優芽をベッドに寝かせ直し、笑いかける。

 その温かい笑顔に、いつか助けてもらった時と同じぬくもりを感じながら、優芽はゆっくりと頷いた。

 

「はい。でも、やっぱりあたしにとってお兄さんが恩人であることは変わらないので、元気になったら恩返しに付き合ってくださいね」

「ああ。楽しみに待ってるよ」


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