【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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脅威-スレット-

「……蓬莱寺(ほうらいじ)家、か」

白露(しろろ)ちゃんの話を聞く限り、間違いないでしょうね」

 

 泣き疲れた白露を逢依(あい)のベッドに寝かせ、ダイニングキッチンに戻ってきた二人は、その表情に険しさを浮かべていた。

 白露の話を聞き、12年後の未来では「装着者狩り」が行われなくなった代わりに、レイダー以上の脅威が希繋(きづな)たちを襲ったことを知った彼らは、その脅威の「正体」を理解し、戦慄していたのだ。

 

「蓬莱寺家……国際脅威度第一位の殺人鬼集団、か。確かにこの地球上でレイダーより恐ろしい存在ってなりゃあ、蓬莱寺家しかいないわな」

「今や全人類のトラウマとも言われている120年前の惨劇……ほどではないとしても、おそらくそれに準ずるほどの事件が12年後には起こると見て、おそらく間違いないでしょうね」

 

 ネガティブに考えすぎている、という気がしないわけではない。もしかしたら、この未来は変えられるかもしれない。だが『今のまま』であれば『悪夢再び』は避けられない。

 楽天的にも悲観的にもなってはならない。今のままの未来であればそうなるのだという事実を受け止め、それを回避するために行動を起こさなければ、白露の必死の警告はなんの意味もなくなってしまうのだ。

 故に、二人は思考する。今できることが何か、今すべきことが何か。思考を絶やさない限り停滞はしないのだと知っている。

 

「……小転と悠生にもこのことは伝えておきましょう。こういう非常事態ほど、あの二人は頼りになるわ」

「そうだな。逆に優芽たちには伝えない方がいいだろうな。未来のこととなれば、あいつらは気負いすぎるし」

 

 二人はひとまずの流れを確認し合うと、互いに頷き、話題を切った。

 現時点で話せるだけのことは話し合った。いくら思考を続けることが重要だとはいっても、必要以上に考えすぎるのは単に自らの精神的負荷を大きくするばかりだ。

 それに、今は未来のためにすべきことも重要だが、それ以上に大事なことがある。自分たちのために、泣きながらこの時代に訪れた娘――白露のためにできることを考えなくてはならない。

 単に白露のいた未来を変えるだけではなく、今この時代にいる白露を、どれだけ愛してあげられるか。それを蔑ろにする未来など、あってはならないのだ。

 

「そういえば逢依、いまさらだけどお前どうしてここにいるんだ? 仕事は?」

「仕事は早々に必要なものだけ片付けて、後回しにできるものはしてきたわ」

「……お前、実は白露かわいくて仕方ないだろ」

 

 ふい、と顔をそらす逢依の様子を見て、希繋は確信した。普段から身内にもそうでない相手にも適度に厳しく接しているこの香坂逢依は、間違いなく白露を猫かわいがりするつもりだと。

 しかし、希繋は敢えてそれ以上何かを言おうとは思わなかった。おそらく、逢依にとって「実の子供」の存在というのは、叶い難いと思っていた切なる夢でさえあったのだ。

 というのも、彼女は小柄である。ただ生まれつき小さな体格であったのではなく、幼少時にまともな食事をとれず、栄養失調の果てに成長が止まってしまったが故に、小柄であるのだ。

 ただ背が小さいだけなら、子供を産むのもただ人より難しいだけで済んだだろう。しかし、彼女の場合は子供を産めるだけ成熟した身体そのものが出来ていなかった。だからこそ、子を産むのは叶わないと思っていたのだ。

 

「目に入れても痛くないとか言い出しそうだな」

「目に入れても痛くないし、思いつく限り全ての方法で可愛がりたいわ」

「お前もう自分のキャラを見失いかけてるだろ」

 

 呆れる様子を隠しもせず希繋が肩を竦めると、玄関のチャイムがその場の静寂を破った。

 いつものように視線だけで「出ろ」と言われた希繋が、特に言葉を返すこともなくそれに従い、玄関のドアを開ける。

 

「はいはい、どちらさま――って、お前たちか」

「久しぶりだな、希繋。まぁ、ついさっきORBには来たらしいが」

「お久しぶりです、桐梨さん。ここ二か月ほどはご無沙汰でしたね」

 

 ドアの向こうに立っていたのは、かつて希繋たちが関わった事件の当事者であり、今は友人として付き合いのある武城誠実(たけしろせいじ)古崎敬意(こさきけい)の二人だった。

 友人とは言っても、希繋と誠実たちが行動を共にする機会は多くない。それは、希繋たちがレイドリベンジャーズに所属し、誠実と敬意がORBに所属しているせいでもあるだろう。

 両者の基本方針は、レイドリベンジャーズが『人』を守り、ORBが『地球』を守ることを目的としている。そのために手段が異なり、ぶつかり合ってしまうことが多く、しばしば衝突し合うからだ。

 

「どうした誠実。お前の方からウチに来るなんて珍しいな」

「ああ、実はORBのこととは別に、ちょっとした問題が起きてしまってな。少し話したい。上がらせてもらっていいか?」

「話? ……わかった、逢依も一緒でいいか?」

「ええ、香坂さんにも聞いていただきたいお話でしたから」

 

 実はこの時点で、希繋の予感は二人の話の内容をうっすらと感じ取り始めていた。

 理由は言うまでもなく「タイミング」にあった。白露が未来から現代に遡り、希繋と逢依の元を訪れ、そして彼女の口から「蓬莱寺」の名が出た。

 そしてそんな矢先に、かつて蓬莱寺の関わる事件に関与していた誠実と敬意の来訪だ。これで何もないと思うことの方が難しい。

 だから希繋はその悪寒の走る予感を直視しながら、これから聞く「話」が――『事件』が、既に起きていること、身に迫っていることを、確信していたのだ。

 

「あら、武城くんと古崎さん。あなたたちだったのね、いらっしゃい」

「こんにちは、香坂さん。お邪魔しております」

 

 希繋が二人を連れてリビングに入ると、既に逢依が人数分のコーヒーを淹れながら待機していた。

 逢依の姿を見つけると、敬意が僅かに表情を緩めて彼女の手を取り、溌剌とした雰囲気で挨拶を交わす。

 

「相変わらず仲がいいな、あの二人は」

「まぁ、敬意にとっては初めての女友達だろうからな」

「最初の出逢いは最悪だったけどな」

 

 苦笑を漏らす希繋の言葉に誠実も頷くと、しばらく間を置いて、表情を引き締めた。

 

「さて……じゃあ本題に入ろう。といっても、どこから話そうか。とりあえず、今日ここに来たのは『ORB』の武城誠実としてじゃない。蓬莱寺の抜け鬼……『裏切り者(チーム)』の用心棒としてだ」

「……だと思ったよ」

 

 誠実と敬意には、ORBに所属するユナイトギア装着者の他に、蓬莱寺家を抜けて表舞台に戻ろうとする『抜け鬼』としての顔がある。

 抜け鬼は決して多くはないが、それらは蓬莱寺家からの追っ手から逃げ延びるために互いに助け合い、ひとつのチームを作り上げた。それが『裏切り者(チーム)』である。

 その中でも特に腕利きであった誠実は裏切り者(チーム)の用心棒として、最も追っ手の蓬莱寺と交戦を重ねている手練れであるのだが――。

 

「実は5日前、山梨県の青木ヶ原に身を隠していた裏切り者(チーム)の一人が、追っ手の蓬莱寺にやられた」

 

 5日前、と聞いて、希繋と逢依の表情がわずかに強張った。

 ついさっき、この話の「タイミング」があまりにも良くないものだと語ったが、その5日前というタイミングは、まさに白露が未来からこの時代に来たその日だったからだ。

 しかし、関連性を断じるのはもう少し話を聞いてからでも遅くはないと、希繋と逢依は視線を合わせて頷き合い、沈黙を守った。

 

「念のため、蓬莱寺家でない何者かによる犯行の可能性も一度は考えた。実際、殺人技術自体は高いやつではなかったからな、真っ向からやり合えば、そういう可能性もありうる。だが……議論の末にその可能性は否定された」

「蓬莱寺でなきゃありえない、ってことか?」

「ああ。あいつは元々、暗殺を得意とする典型的な蓬莱寺家の殺人鬼だった。俺でさえ、一度隠れたあいつを見つけるためには向こうから声をかけてもらうのを待つしかなかったくらいだ」

 

 当然のことではあるが、自分にせよ他人にせよ、生きる人を殺すためには攻撃しなければならない。そして攻撃するためには対象を捉えていなければならない。

 見えない相手を攻撃することはできないし、攻撃できない相手を殺すことだって出来るわけがない。だからこそヒトの防衛本能は、危険に対して抗うことよりも、身を隠してやりすごすことを優先するのだ。

 そして、抜け鬼の中でも高い実力を持つ誠実ですら見つけ出すことのできない隠密のプロフェッショナルを『殺す』ことができたとすれば、それは『抜け鬼』と同等以上の技術を持つ者しかありえない。

 

「あまりこんなことは言いたくないが、現代におけるあらゆる生物の頂点に立つ生命体は『蓬莱寺』だ。そこで殺人に関する技術を学び、そこから逃げ延びていた俺たちが敗北を喫するとすれば、それは蓬莱寺しかありえない」

「……なるほど。蓬莱寺が相手じゃ、ただのレイドリベンジャーズじゃ歯が立たない。抜け鬼の『裏切り者(チーム)』か、蓬莱寺を撃退したことがある『絆の家族(ファミリィ)』でなきゃ、まともな勝負にさえならない」

「そういうことだ。……協力、してもらえるか?」

 

 実はこの時、逢依は悩んだ。以前、絆の家族(ファミリィ)が蓬莱寺を撃退できたのは、世界中に散らばった多くの兄妹たちが力を貸してくれたからだ。

 現状、かつてほどの被害は出ていない。世界中にいる兄妹たちは、今この事態を把握できていない。それに、できることならこんな危険に関わらせたくはない。

 しかし――希繋は違った。

 

「当然だろ。絆の家族(ファミリィ)だぜ、俺たちは」

「――――!」

 

 希繋の言葉を聞いて、逢依の思考を曇らせていた無数の不安が吹き飛んだ。そうだ、自分たちは「生きようと必死になっている人の手を取る」ための家族だ。

 かつて両親が自分たちにそうしてくれたように、死に怯えながら、それでも必死に手を伸ばしている者がいるのなら、その手を掴んで引いてやるのが絆の家族(ファミリィ)としての役目。

 世界中の兄妹を巻き込みたくないのなら、巻き込まないための工夫と努力をすればいいだけだ。

 

「いいよな、逢依?」

 

 不意にかけられた声に、力強い意志だとか、固い覚悟のようなものは感じなかった。

 ただいつものように、「困ってる人を助けたいんだ」と言うお人好し丸出しの言葉が、形を変えただけ。

 だから、逢依もいつものように答えた。

 

「あなたがしたいようにやりなさい」


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