【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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迎撃-デスパレート-

 希繋(きづな)が食事を終えて身支度を整えると、既に玄関先では自らの愛車である青いGLX1100に跨った誠実(せいじ)が待っていた。後部シートに敬意(けい)も乗せている。

 少し慌てて希繋もXD400Rに乗ると、ナビゲーションモニターに「CALL」の4文字が表示された。躊躇いなく「許可」をタップすると、ヘルメット内部のスピーカーに誠実の声が響く。

 

「まずは民家から離れるぞ。おそらく向こうもこちらの動向を探っているはずだ、人気のなくなったところで必ず仕掛けてくる」

「わかった。ならできるだけ開けた場所に行こう。案内は頼むぞ」

「ああ。わかっているとは思うが、相手は蓬莱寺だ。道中も気を緩めるなよ」

 

 言うと同時に、目的地までのマップデータが転送されてきた。おそらく途中ではぐれたとしても、ここで合流するということだろう。

 念のため、先んじてユナイトギアを纏っておくことも考えたが、民家が立ち並ぶ中での装着は、周囲の人間に無用な不安を煽りかねない。

 今回の事件に蓬莱寺が絡んでいるということを知るのは、今のところ希繋たちだけなのだ。

 

「準備はいいな。行くぞ」

 

 返事を聞くまでもなく、誠実と敬意を乗せたGLX1100が武城家に背を向け駆け出した。少し遅れて、希繋のXD400Rもそれを追う。

 しばらく互いに言葉を交わすこともなく走り続けていた希繋と誠実だったが、武城家を出て僅か十数分というところで、彼らを尾けるように後続する一台のバイクに気が付いた。

 希繋がパッシングでサインを出すと、誠実もブレーキランプを灯して返事を返す。後続車が本当に蓬莱寺だとすれば、もはや躊躇している暇はない。装着だ。

 

「エクレール!」

「ファングバイト!」

『了解。ユナイトギア第四号、エクレール。桐梨希繋に同調接続(アクセス)します』

『了解。ユナイトギア第四八九号、ファングバイト。武城誠実に同調接続(アクセス)する』

 

 二人がユナイトギアを纏った瞬間、後続のバイクもまた一気にその速度を上げた。

 このまま逃げ切ることは不可能ではない。しかし、ここで相手を撒いてしまえば、また町民に被害が及ぶだけだということを二人は理解していた。

 だからこそ、彼らは敢えて後続のバイクを誘うようなスピードで、目的地である街はずれの採石場へと急ぐ。だが――。

 

「……? 何か構えて――」

 

 ミラーに映る後続車のライダーが構える何かに気付いた直後、構えられた「それ」から発射されたものが、希繋の僅か数メートル後方で爆発する。

 耳を劈く爆音と、背中を焼くような熱量に、全身を震わせる轟震(ごうしん)。ユナイトギアのアームズとして、何度か対峙したことのあるそれは……。

 

「グ……グレネードランチャー!?」

『次弾、来ます』

 

 エクレールの警告から間もなく、再び発射されたグレネード弾。ミラーでは軌道を完全に把握できないため、希繋と誠実は発射と同時に現在の走行軌道を大きく逸れた。

 グレネード弾に限らず、多くの射撃武器というものは、特に誘導性がなければ理論的には真っ直ぐにしか飛ばない。実際は風向きや手ブレなどもある程度の影響を及ぼすが、おおよそ向かう方向は前進のみだ。

 だからこそ、二人は先ほどの着弾地点から次弾のおおよその位置を割り出し、そのポイントから大きく逸れたのだが、しかし蓬莱寺は甘くはなかった。

 

「んなッ……!?」

「希繋ッ!?」

 

 先んじて放たれた攻撃から、着弾地点だけでなく、それが及ぼす爆風の威力と範囲も割り出していた希繋は、「その範囲から出れば爆風の影響を受けない」と思っていた。

 しかし、一発目と二発目では、放たれたグレネード弾の威力が異なっていた。想定を上回る威力と範囲にて、希繋はその影響域から逃げきれずにいたのだ。

 XD400Rから振り落とされた希繋は、どうにか着地に成功するものの、ここはまだ町を少し外れたばかりのあぜ道。しかも周囲には水田があり、道幅は言うまでもなく狭い。

 

「チッ、XD400Rを拾ってる暇がない。悪りぃ誠実、ヘマった」

「いや、ひとまず人気の少ないところまでは誘き出せた。蓬莱寺相手なら上々だ」

『対象、8メートル前方で停止を確認しました。警戒を』

 

 ファングバイトの警告に従い、敬意は得物の大鋏を構え、誠実もまた薙刀のアームズ『ホオジロ』を展開した。

 今回は蓬莱寺家が相手とあって、希繋も最初から説得モードではいられず、その肉体を電気に変換して臨戦態勢に入っている。

 

「君たちが……いや、君が裏切者か。蓬莱寺誠実」

「……既に捨てた名を呼ぼうとは。随分と慕ってくれる貴様は誰だ!」

 

 誠実の呼びかけに応じるように、被っていたヘルメットを脱いでみせたその人物は、金の髪と目を持つ異国人。顔や表情は中性的であるが、体つきや声からすると、男性であることは疑うべくもない。

 しかし、外観など問題ではない。かつて蓬莱寺であった誠実からして、「彼」の顔を見た瞬間、その背筋に走る悪寒に身震いした。

 

「君の名を忘れるものか。故に、君も僕の名を忘れてはいないだろう? 僕を、この――蓬莱寺ウィルフを!」

「……ッ! ウィルフ・ミルワードか……ッ!」

 

 蓬莱寺ウィルフ。本名をウィルフ・ミルワードとする彼こそは、蓬莱寺であった頃の誠実に自らに暗殺のイロハを教え込んだ師の一人である。

 元より技術の飲み込みが早かった誠実は、彼が教えた技術を(はた)からまるっと飲み込み、わずか一年でそれらを自らのものとした優秀な殺人鬼であった。

 しかし、それは同時に彼が身に着けたほとんどの技術をウィルフもまた有しており、まして「まだ彼が教えていない技術」というもの存在していることは間違いなく、誠実にとって疑いなく難敵となりえることは想像に容易い。

 

「やはり覚えていてくれたんだね。まして、ほとんど口にしたことのない「そっちの名」まで覚えていてくれるだなんて、やはり君はいい弟子だ」

「貴様から技術を学んだことは否定しない。だが、師と呼ぶほど慕った覚えもない。それよりも、下っ端の蓬莱寺でさえ雑用など滅多にこなさないというのに、貴様ほどの腕を持つ蓬莱寺がなぜこんな任務を……!」

 

 蓬莱寺として、かつては自分こそが抜け鬼を追う側でもあった誠実だからこそ、この疑問は拭えなかった。

 蓬莱寺家にとって、抜け鬼は確かに処罰の対象である。しかし、同時に「蓬莱寺の技術」を持つ相手を殺すという任務は、危険(リスク)成果(リターン)の割合が見合わない『雑務』なのだ。

 だからこそ、抜け鬼の処罰は専門の蓬莱寺か、あるいは切り捨てても問題のない下級蓬莱寺に任せられるというのが常であった。しかし、誠実の覚えている限り、ウィルフは前者でもなければ、後者でもなかった。

 

 暗殺を主な任務(しごと)として請け負っているものの、殺人鬼としても確かな実力を持ち、特に夜襲においては姿を捉えることすら難しい上級蓬莱寺であったはずだ。

 そんな彼が、なぜ抜け鬼の処罰などという下っ端仕事を率先して請け負っているのか。今回の処罰対象が誠実と聞き、懐かしさに惹かれたというわけでもあるまい。

 表情を変えないままに困惑する誠実に、ウィルフは微笑む表情を保ったまま答える。

 

「弟子との久しい再会だから……というわけではないことは、わかっているだろうね。だけど、その先の答えを口にすることは禁じられているのさ。なんせ、これは「当主様」直々の任務だからね」

「当主だと……ッ!? バカなッ! 蓬莱寺家の当代当主は14年前に……ッ!」

「そう、「本来の」当代当主は14年前に失踪された。だからだろうね。先代当主の妾の子が去年ようやく発見されてね。「教育」が終わったので、数か月前から当主の席に就かれたのさ」

 

 不意に、バチン、という乾いた音が激しさを増した。

 それは、音の元である希繋にとっても無意識のものであったのだろう。ウィルフの視線が冷ややかに突き刺さるが、希繋は狼狽えることなく睨み返す。

 

「……未だに……」

「うん? 何か言ったかな、『ブガイシャ』君?」

 

 部外者。確かに、今回の事件は誠実と蓬莱寺の間に生まれた問題であり、本来であれば希繋がこの場にいなければならない義理などない。

 誠実が協力を求めたとはいえ、彼はそれを突っぱねることもできたし、蓬莱寺と関わるなどという最大級の危険を冒してまで得られるメリットなど何もなかった。

 だが――既に関わってしまった。蓬莱寺と出会い、こうして関わってしまった。ならばもう――部外者ではいられない。それに……。

 

「未だに……いや、言っても無駄か。目を見るだけでわかる。お前は「どうにもならない」タイプだ。自分の罪を贖うつもりもなく、罪を罪とさえ思わず……ただ「行為そのものを愉しんでいる」目だ。そんな奴に、言葉を説くなんざバカバカしい」

「希繋……?」

「俺のポリシーは「罪を憎んで人を憎まず」だ。どれだけの罪を犯そうと、そいつに罪を贖うつもりがあるなら、そうするかもしれない可能性が1パーセントでもあるのなら、言葉で……対話でなんとかしたいと思ってる。けど……お前は「無理」だ」

 

 全身を電気に換え、両足から放出されていた真っ赤な火花が、感情の猛りに応えて激しく嘶く。

 今まで、希繋は幾つもの戦いを経て、その度に強大な敵の「強大たる所以」を見てきた。それらは皆、何かを守るために、誰かを救うために、必死にがむしゃらに戦っていた。

 だが――「蓬莱寺」は違う。絶対に果たさなければならない使命などなく、自らを貫き徹さなければならない志もなく、ただ自分の欲望と快楽を満たすためだけに人々を傷つけ、そして殺める。

 傷つく度に希望を掴み、抗うことでそれを繋ぎ、そして戦いが終わった後で敵も味方も関係なく笑い合える「絆」を育んできた希繋にとって、蓬莱寺という存在は――。

 

「くっちゃべるのはもういいだろ。お前は蓬莱寺だ。まぎれもなく、最低最悪の殺人鬼だ。改心する可能性なんて微塵もない。だから――お前は俺たちがここで止めるッ!」

「ふふん、ブガイシャが随分と吠えてくれるね。だけど活きのいい獲物は嫌いじゃない。まして出来のいい弟子までもが食べられるとあっては、この殺戮的高揚感を抑えろという方が無理な話だ」

 

 怒りを込めて吠え猛る声に、蓬莱寺の殺人鬼が嘲笑う。

 そして昂ぶる感情は火花となって、千鳥の声を響かせる。

 激情のままに、己の信ず信念のままに。


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