【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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生還-アンラック-

「見極めが終わった。一気に畳みかけるぞ、敬意(けい)! 希繋(きづな)!」

 

 希繋と敬意へ向けて放たれた骨の矢を、手にしたアームズ「ホオジロ」によって全て捌き落とすと、誠実(せいじ)はその青い瞳にウィルフを捉えた。

 劣勢から逆転への狼煙を上げようとした直後、隠された手札「テスタマン」を切ったウィルフ。しかし、それと同時に誠実による「見極め」も完了している。

 真の意味で互いが万全となり、より戦いは熾烈を極めていくが、しかし両者の動きはあまりにも静かだった。

 

「ひとまず、動けるようにならないとね。頼むよテスタマン」

『了解。装着者の骨の密度を操作します』

 

 暗い鼠色をした骨の尾。おそらくは、和泉優芽の「イーリス」が作り出す水の大剣「ディアドロップ」のように、アームズでもギア本体でもなく、ギアの特性による武器の生成なのだろう。

 その尾は先端の形状を複数の骨の矢が宿る「矢筒」の形から、三叉の槍のような「武装」の形へと変化させると、自らの足を埋める地面をその尾で砕き、拘束を脱した。

 

「自らの骨を自在に操るユナイトギアですか……。先程の骨の矢に加え、あの槍のような形状……おそらく全身のあらゆる骨が自在でしょうから、少なくとも苦手とするレンジはなさそうですね」

「だろうな。各国政府がそれぞれで管理しているはずのユナイトギアが蓬莱寺の手に渡っていたのも想定外だが、今はその理由を追求するよりも現状の打破が最優先だ。希繋、まずはこの状況に楔を打ち、埒を明けろ」

「簡単に言ってくれるぜ……ッ!」

 

 敬意を誠実に預け、即座に攻撃に移った希繋に対し、ウィルフは槍状の尾による最低限の動きだけで、彼のトップスピードによる蹴りを悉く受け流すばかりか、僅かな隙すらも縫ってカウンターの刺突を叩き込む。

 だが、相手が蓬莱寺であるからこそ、希繋はその反撃を見越していた。回避ができないのなら、そのカウンターを自らの左腕を犠牲にしながらも敢えて受けることで、ウィルフの槍の尾を捉えてみせた。

 

「エクレールッ!」

充填完了(コンプリート)。クリムゾンインパクト、いけます』

 

 槍の尾を捉えている今の距離では、飛び蹴りのクリムゾンインパクトは威力を生まないということは、誰よりもそれを十八番とする希繋が最もよく理解している。だからこそ――、

 

「骨で防げても、俺のトップスピードに対応できても、足場さえ無いなら回避はできねぇだろぉッ!!」

「しまっ――」

 

 槍状の尾を掴まれている今、回避範囲の限られたウィルフに、彼の蹴り上げをかわす手はなかった。キックの勢いのまま上空へと飛び上がった彼は、咄嗟に背骨と肋骨による防御壁を展開するものの、回避手段を完全に失う。

 そんなウィルフを睨みつけながら、希繋は自らの肉体を電気に変換。同時に槍の尾によってつけられた傷を塞ぎ、光の速度でウィルフへと接近。接触の瞬間に電気化を解除して、必殺のキックを放つ。

 

「直撃……! だが、蓬莱寺があの程度でくたばるとは思えない。希繋、下がれ!」

「あいよ。次は頼んだ、敬意!」

「お任せください!」

 

 希繋の放ったクリムゾンインパクトによって骨の防御壁は砕かれた。しかし、その内側にて潜むウィルフへのダメージは、おそらく期待できていないだろう。

 故に、希繋は再生しつつある防御壁を地上に向けて蹴り飛ばすと、次の一手を敬意に託し、自らも重力に身を任せて着地する。

 落下するウィルフを待ち構えながら、敬意はギミックウェポン・夢椿の形状を『分刀』から『投擲刀(ブーメラン)』へと変え、それを投げ放つ。

 

「得物を手放すとは……僕も軽んじられたものだねぇ。誠実、部下の教育が行き届いていないんじゃあないのかな?」

「なんだと……ッ!」

 

 しかし敬意が放った夢椿は、ウィルフを捉えるよりも早く、その槍状の尾によって絡め取られ、ウィルフに捉えられてしまった。

 そのまま悠々と着地したウィルフに、今度は希繋と敬意が二人がかりで攻撃を仕掛けるが、希繋の俊足を持ってしても彼を捉えられず、敬意の怪力は彼に届くことなく空を切った。

 だが――ここまでの連撃によって二人の脅威性を知ったウィルフが、この攻撃をかわすために二人に意識を集中したこの一瞬こそ、希繋と敬意の狙った一瞬だった。

 

「この程度の攻撃を僕が回避できないとでも……ん? 誠実はどこに――」

「希繋さん!」

「ああ、合わせろ敬意!」

『肉体を電気に変換します』

 

 電気化による光速移動は、ウィルフの持つ伝導ワイヤーによって阻まれれば、逆に自身の身が危険であることは希繋とてわかっている。しかし、いや、だからこそ――蓬莱寺ウィルフは困惑した。

 ここまでの経過から見て、桐梨希繋という人間が力押しではなく、圧倒的なスピードで相手を翻弄しながらも、攻め手にはある程度以上のバリエーションを持つタイプだと判断していたからだ。

 そんな希繋が、伝導ワイヤーが封じられているわけでもないのに、愚直な電気化によるトップスピードで攻めるような真似をするとは思えない。だとすれば罠をも疑うが、だとしたら露骨すぎてそれも怪しい。

 

 まして、自らを挟み討ちにするためか、真逆のポジションで敬意が攻撃態勢に入っていることも、さらにウィルフの混乱を招いた。

 ここまで希繋の放つ光速の蹴りすらもいなした自分に対して、敬意が不意を衝くでもなく、むしろ攻撃のモーションを見せている。露骨な罠だ。かわせば希繋と正面衝突して、同士討ちは免れない。

 だったら、なぜこんなにもわかりやすい罠を張るのか。これではまるで、「避けさせるために攻撃している」ような――。

 

「……そういうことかッ!」

 

 再び迫る希繋の飛び蹴り。ウィルフはこれを槍状の尾で受け止めると、背後から迫る敬意の拳を横に跳び退いて回避する。しかし……。

 

「ようやく捕まえたぞ、ウィルフ・ミルワードッ!」

「やはり、『地中や無機物に潜り込む』ことがファングバイトのギア特性か……ッ!」

「いいや……「それだけ」じゃないッ!」

 

 地中から現れた誠実は、回避のためにジャンプしたウィルフの胴体をホオジロで貫くと、そのまま彼の肉体も連れて地中に再び潜り込む。

 中途半端に体の一部分だけを地中に埋め込んだだけでは、ウィルフは抜け出してしまうだろう。だからこそ、ファングバイトのギア特性である『ギア・装着者およびそれらが触れているものを地中に潜り込ませる』力で土葬してしまったのだ。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

「誠実!」

「誠実様! お怪我は……見受けられませんが、ご無事なのですか!?」

 

 地中から浮上した誠実に、希繋と敬意がすぐさま駆け寄り、希繋は周囲を警戒するが、特に異変はない。

 ウィルフを倒すことはできなかったが、少なくとも封印さえできてしまえば、あとは地中で飲まず食わず。おそらく数日と保つまい。

 

「最後まで抵抗されたが、どうにか地中深くに封印できた……。少なくとも、自力での復活は――」

 

 直後――背後のアスファルトが砕け散り、血塗れの何かが現れる。

 いや、もはや「何か」などと言葉を偽っている暇などない。そこに居るのは紛れもなく……!

 

「ウィルフ・ミルワード……ッ! バカな、あの深さから復活しただと……ッ!」

「いやぁ、さすがに自力じゃ無理だよ。だから感謝をしなくちゃね、僕をここまで運んでくれた君と、そのギアにね」

「……そうか、ワイヤーか……ッ!」

 

 舌打ちしながらも、誰より早く真実へと辿り着いたのは希繋だった。

 

「聡いねぇ。まぁ、既にネタがバレているのなら隠す必要もないかな。僕を地中に引きずり込んだところで、ファングバイトのギア特性が君だけに及ぶものじゃないことには気付いていたからね、ホオジロを抜かれる前に一仕事させてもらったよ」

 

 ファングバイトのギア特性は既に述べた通り「ギアと装着者およびそれらが触れているもの」が影響の範囲だ。そのため、アームズで貫いたウィルフを地中に引きずり込み、それを抜くことで地中に封印するつもりだった。

 しかし、その影響範囲に気付いたウィルフは、地中で抵抗する演技をしながら伝導ワイヤーをファングバイトに絡め、誠実が地中に戻って油断する頃合いを見計らって地上へと復帰したのだ。

 

「ホオジロを抜いた瞬間に動きが硬直したのも演技だったのか……ッ!」

「なかなかの名演技(もの)だっただろう?」

 

 くっくっ、と口元を隠しながら笑うその仕草に狂気など微塵もなく、ただ無邪気で、ただ純粋な、殺人鬼としての存在感だけが露呈していた。

 

「でもまぁ……ここまでやられてしまっては、もはや僕の目指す殺人芸術ではない。それに……ある意味で『ノルマ』は達成した。誠実、やはり君は優秀だよ。殺人鬼としても……『餌』としてもね」

「餌、だと……!?」

 

 もはや堪えきれない、というように、ウィルフの笑い声は激しさを増す。

 しかし、誠実はそんなウィルフの様子など構うことなく、まして自分が餌だと言われたことに腹を立てる暇などなく、追求の一手を投じようとした。

 だがそれよりも早く、ウィルフは全てのネタを明かし始めた。

 

「そう、餌だよ。そもそも君の抹殺などという誰にでもできるような仕事を、この僕が引き受けると本気で思っていたのかい? だとしたらおめでたいことだね。そして可哀想に。僕の本命は君じゃない。僕が受けた任務は……桐梨希繋、君の確保さ」

「――ッ!」

 

 ウィルフの視線が希繋へ向けられると、誠実と敬意はすぐさまその視線を彼に送った。なぜ希繋なのか、という疑問。そして希繋を守らなければ、という警戒心。

 しかし、そんな二人に反して、ウィルフの視線に貫かれる希繋は異様なほど冷静だった。いや――冷静なのではなく、まるで「この真実をはじめからわかっていた」かのような、そんな落ち着きにも感じられた。

 

「その様子だと、わかっていた、ということでいいのかな?」

「もしかしたら、なんてことも考えてただけだ。別に今回に限ったことじゃない。蓬莱寺と戦う時は、どうしてもその可能性が脳裏を過ぎるからな」

「なんのことだ……どういうことだ、説明しろ希繋!」

 

 希繋は何も答えない。

 返されるのは沈黙だけ。

 

「ふふっ……しかし、君がそこまで本気で隠したがるのなら、やはりヒールとしてバラしたくなるよねぇ?」

「やめろ! 今、姉さんに応援要請を送った……。県外とはいえ姉さんなら10分もあれば到着できるはずだ。いくらお前でも、姉さんを相手にすれば無事じゃ済まないことはわかるだろう」

「姉……桐梨小転(きりなしこころ)、だっけ? そうだね。さすがに彼女まで加わると、まともに戦えるのは当主様だけだろうし……今日は退かせてもらうよ。また近いうちに会おうね、『ブガイシャ』君?」

 

 懐から取り出したボールを槍状の尾で貫くと、ボールの爆発と共に大量の煙が放出され、それが晴れた時には既にウィルフの姿は消えていた。

 残されたのは希繋と誠実と敬意。三人が五体満足で事を終えた、という意味では奇跡にも等しい確率の大金星とも言えたが、それでも三人の表情は晴れやかなものではなかった。

 

「……全て話してもらうぞ」

「騙しきってやるよ。暴けるもんなら暴いてみろ」


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