【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

56 / 155
学園-スクール-

叶枝(かなえ)くんっ! 望夢(のぞむ)くんっ!」

 

 翌日。彩桜(さいおう)学園2年Aクラスの教室前で二人に声をかけてきたのは、昨晩出逢った少女、桐咲菊菜(きりさききくな)だった。

 転校生の宿命とも言える質問ラッシュをどうにかかわしてきたのか、それともご丁寧にこなしきった後なのか、額には少し汗をかき、赤らんだ顔で二人に手を振りながらの登場となった。

 よくも悪しくも――どちらかというと後者の意味で有名な二人に、転校してきたばかりの女子が声をかけるという状況に、周囲の生徒は聞き耳を立てずにはいられないようだ。

 

「え? ああ、菊菜か。昨日ぶりだな」

「クラスは別だったみたいだね。どこのクラスだったの?」

「2-Bだったよ。クラスの子に訊いたら、二人ともAクラスだったみたいだから、会いにきちゃった!」

 

 会いにきた、とは言っても、叶枝と望夢のことを聞いたとすれば、彼らの悪評についても聞かなかったわけではないだろう。

 叶枝は言うまでもなく授業態度最悪の問題児であるし、彼のストッパーを務める望夢も、どちらかというと彼の態度を改めるよりも悪ノリして状況を愉しむタイプだということはほとんどの生徒が知っている。

 しかし、そんな悪評を聞いてもなお態度を変えることなく彼らに接する菊菜を見て、二人の中に庇護欲的な何かが芽生え始めていた。

 

「望夢。俺、今生まれて初めて妹萌えって性癖が理解できそうなんだけど」

「奇遇だね叶枝。ぼくも似たような気持ちだよ。やっぱり持つべきものは相棒だね」

 

 異性として意識するにはあまりに幼く無防備で、父性を抱くにはあまりにも歳が近すぎる。ならばこの感情は――この愛しさは、兄が妹へと抱く親愛に他ならない。

 とはいえ、そのような妄言を口にすれば、いかに相手が菊菜といえども好ましい反応が返ってこないことは予想できる。二人は心に灯した親愛を胸の内に留めつつ、言葉を進める彼女の話を聞く態勢へ移行した。

 

「――ということで、今日のお昼も一緒できたらなーって!」

「ああ、はいはい。……って、ん? えっ、昼も一緒に食うのか?」

「え? うん、できたらいいなって……あっ、もしかしてお邪魔しちゃうかな? なら遠慮して――」

「いやいや、ぼくら基本的に二人だけで食べてるからお邪魔も何もないよ」

 

 そもそも一緒に食べるような友達自体いないし、と洩らしそうになりながら、寸でのところで言い留まった。

 この心優しい少女がそんなことを聞いてしまえば、無暗な心配をかけてしまうことは目に見えている。それは二人にとっても望むところではない。

 それに、彼らが二人だけで行動しているのも、ただ単にやたら群れることが嫌いだからというわけでもない。というか、それは叶枝だけの話で、望夢はどちらかというと群れたい方だった。

 町内でレイダーが発生した場合、マスカレイダーとして活動していることもあって、他のクラスメートを巻き込まないための措置でもあるのだ。

 

「じゃあ決まりだねっ! またお昼に教室まで行くから、ちゃんと待っててね!」

 

 じゃあねー、と言って去っていく菊菜のおかげで腕時計を確認してみれば、いつの間にか一限目の予鈴が鳴るまで二分も残されていなかった。

 幸いにも一限目は移動教室でもないので教室に戻るだけでいいのだが、既に周囲の視線は「あの転校生の子とどういう関係なんだ」という疑問と困惑が篭もったまま二人の背中を刺している。

 無論、教室のドアの向こうにも話し声は聞こえていたはずだ。となれば、ここでコソコソと教室に逃げ込んでも、そこが逃げ場でないことは明白。

 互いに視線をかわすと、諦めたように肩を落として、教室のドアに手をかけた。

 

 

 

 

 転入生でもないのに一限目前の休み時間ラスト二分で行われた質問ラッシュをどうにか躱しきり、その後も休み時間の度に押し掛けるクラスメートたちから逃げ回りながらようやく訪れた昼休み。

 朝の約束通り、教室の入り口まで来て大声で「叶枝くーん! 望夢くーん! 一緒にごはん食べよーっ!」と昼食を誘いにきた菊菜が、二人に替わってクラスメートの質問ラッシュに五分程度で答えきると、ようやく三人は落ち着いて食事となった。

 先にも述べた通り、基本的に人気の多いところで食事をとることのない叶枝と望夢に連れられて訪れたのは、校舎の中庭の端に置かれたベンチ。冬や雨天ではさすがに来ないが、曇りくらいなら普段からここで食事をとっている。

 

「そういえば二人って頭いいんだよね? この学園、成績順でクラス決まるって聞いたから、Aクラスなんてすごいね! わたし、前の学校じゃそれなりに成績よかったのに、それでもBクラスだもん。Aクラスなんて雲の上だよー」

「まぁ、この学園それなりに偏差値やべーからな。入試の難しさだけなら国内でもトップクラスだし、普通の高校の成績トップでもこの学園じゃ下から数えた方が早いなんてこともザラだからな」

「実際、学年が違うとはいえ、IQ190のぼくらでも生徒会長さんには勝てないからね。あの人しれっとIQ200とか言ってるし。実際ぼくらより頭いいからホントだろうし。もう漫画のキャラか何かだよあの人」

 

 IQ200の生徒会長が漫画のキャラならIQ190の二人もそれに類する何かなのでは、と思う菊菜であったが、あえてそれを口にすることはなかった。

 彼らとはまだ昨日出逢ったばかりの仲ではあるが、それでも彼らが自分のスペックに対して自覚と自信を持ちながらも、妙なところで天然が入っていることは察していた。

 だが、そういうところをスルーしながらも二人の話を楽しめる度量も、菊菜は持ち合わせていた。

 

「でも桐咲ちゃんだって十分すごいよね。Aクラスのぼくらが言っても嫌味っぽいけど、Bクラスだって普通なら絶対高い壁だしさ」

「あー、確かに一番下のFクラスでも他の学校じゃ間違いなく成績トップだろうしな。次回の学力テストが楽しみだな」

「あはは……そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、実はわたし勉強より体を動かす方が得意でさ、そこまで真面目ってわけでもないんだよね」

 

 言われてみれば、真面目な生徒が転入前日とはいえ夜中に制服を着て出歩いたりはしないだろう。

 といっても、二人にとっては勉強が好きでないことよりも運動が得意だということの方が気になった。正直、今の和やかな雰囲気からしても、彼女が機敏に動けるところがまったく想像できないからだ。

 勉強については、よっぽどでない限り外見からは判断できないので、得意でも不得意でも違和感がないのだが、運動はどうしても体つきからして先入観が生まれてしまう。

 だが言われてみれば、スラリと伸びた手足や、余計な肉のないスリムな体型、首を隠すか隠さないか程度のセミショートなど、運動に向いた容姿であるように思える。

 

「え、えーっと……叶枝くん、そんなに見られるとさすがに恥ずかしいかなーって……」

「あ、悪い悪い。雰囲気的に運動できそうには見えなかったから。でも確かにスタイル的には運動向きだな」

「それはその、わたしのどこを見てそう言ってるのかな……?」

 

 困惑した表情から一転、「運動向きなスタイル」と聞いた途端、菊菜の表情が険しくなる。

 そういうことを気にするタイプにも見えなかったが、やはり女子としてそういうことには敏感なのか、それとも先程の視線のことも込みで堪忍袋オーバーしたのか、「わたし怒ってます」という雰囲気を露骨にしながら、菊菜はそっぽを向いた。

 

「叶枝、さすがにそれはデリカシーなさすぎるよ……」

「いや、そんなつもりはなかったんだよ。ただ雰囲気は可愛い系なのに体型はスラっとしたキレイ系だからギャップがすごいな、って言おうとしただけで……」

「ホントに!? わたしキレイ系かな! オトナっぽいかな! いやぁ、誰もキレイとかカッコいいとかって言ってくれないから正直わたし残念ビジュアルなのかと思ってたけど安心し――あっ」

 

 しかし性根が正直すぎる性格が災いしてか、つんとする間もそう長くは()たず、寸前まで怒っていたことすらさっぱり忘れて大喜びする菊菜。

 ご機嫌な気分を隠す間もなく自分のバカ正直さに気付くと、頬を赤く染めながら再びそっぽを向く菊菜を見て、叶枝だけでなく望夢まで噴き出してしまい、さらに彼女の機嫌を損ねた。

 

「悪い悪い、もうジロジロ見たり笑ったりしないから機嫌直してくれってば」

「そうそう、ぼくもちゃんと止め……ふふっ、あっごめ……ひゃっ! 桐咲ちゃん脇腹つんつんしないで!」

「ちゃんと謝ってくれた叶枝くんは許すけど望夢くんはあと30秒つんつんの刑ね?」

 

 30秒間の微笑ましい拷問の後、今度は体格の話が横道に逸れて行き、今度は望夢の機嫌を損ねる叶枝と菊菜であった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。