「……捜索任務の協力要請?」
同僚の
しかし、楽な用事ということもあるまい。それならそれでORB内部でも片付けられる案件なはずだ。それなのに外部、しかも時には敵対することもあるレイドリベンジャーズに所属する希繋に連絡を寄越すということなら、明らかに厄ネタである。
『ああ。実は先日、
「それでどうして俺に? 捜索は警察の仕事か、ORBでやるべきことだろ。そうじゃなくてもレイドリベンジャーズに協力要請をするなら正式な手順で申請をしてもらわないと。誠実には悪いけど、俺だってそうそう好き放題できるわけじゃないんだぞ」
『俺としても本来ならそうするつもりだったが、事態は一刻を争う。なぜならその二人はお前と同じ「光と同等の超高速移動」が可能な装着者であり、元々の人間不信が今回の件で拍車をかけ、国内の至るところで彼らによるものと思われる暴行事件が相次いでいる。どうか、彼らの暴走を止めてほしい』
光と同等の超高速移動――それは即ち、質量を失う術を持つ者を意味する。とはいえ、希繋の持つエクレールのギア特性は「電気変換」であって「光変換」ではなく、電子には質量が存在するため本来であればあくまで亜光速移動に留まる。
しかしそれは電気そのものの到達速度にすぎない。光もまた然り。希繋はその体を電気と変えるが、彼は電気であると同時に「脚」を持つ人間でもあるのだ。たとえ電子に質量があり、光に劣る速度だとしても、電気変換された彼が「走る」ことによってその速度は幾乗にも変化する。
その結果、彼の俊足は亜光速どころか光速さえも超えた超光速を誇り、最弱のレイドリベンジャーズであると同時に、レイドリベンジャーズの中でもトップクラス――具体的に言えばナンバー2の速度を誇る高速機動型レイドリベンジャーズとなったのだ。
「……わかったよ。だけどちゃんと正式に協力要請だけはしてもらう。事後承諾になるがそこはしっかりしてもらわないとな」
『わかっている。あと、今回ばかりはお前ひとりというわけにはいかないんだ。俺は二人がORBから抜けた穴を埋めなきゃならないし、何よりあの二人が揃って暴走しているとなると、お前ひとりでは捕まえることができない。だから
「悠生か……。最強と準最速を一気に引っぺがすとなると、お前の苦労も計り知れないことになると思うが……そうするだけの価値がその二人にあるんだろう? なら、応えてやるのが友達だろ」
そもそも、いくら世界有数のレイダー頻出地域であり、日本において最前線ともいえる
事実、彼ら二人に教導をつけた恩師は、その実力を評価されて地方支部から日本本部へ招集されたというし、永岑支部長である霧島によれば、毎月ご丁寧に異動奨励書が届いているらしく、本人たちの意思を尊重して握りつぶしてくれているとのことだった。
そんな中、この二人を同時に外部の組織が動かすとなれば、さすがに一筋縄というわけにはいくまい。当然ながらレイドリベンジャーズ本部からは拒否されるだろうし、妙な勘繰りを入れられ両者の印象がよくない方向へ傾くことも考えられる。
しかしそれをわかっていながら誠実を使って協力要請するということは、よほどその二人組がORBにとって脅威的な存在なのか、それとも単純に個人の持つ戦力が高いのか。
希繋はおそらく後者だろうとアタリをつけていた。前者であれば役職持ちとはいえ一般的な団員である誠実を上司につけて通常任務を与えるということはないだろうし、ORBはそもそも環境修復団体であり、ユナイトギアは森林火災や汚染された海などの環境を正すために用いられるため、個人の戦力がどれだけ高くとも評価に影響しないからだ。
だが戦力の優劣が評価に影響しないということは、いかにORBにとっては末端団員であったとしても、その実力が未知数であることを意味する。そして今回、仮にもユナイトギアの所持を認可された数少ない組織であるORBが、たった二人の末端団員を捉えるために外部組織に協力を要請するということは、それだけその二人組の実力が高いことを如実に示している。
『すまないな、希繋。蓬莱寺の時といい、俺はいつもお前に頼ってばかりだ……』
「適材適所さ。お前にはORBとしての仕事があるし、俺はその二人の確保ができる。なら多少の愚痴は言わせてもらうが、仕事と思えば割り切れる。それに……言っただろ? 応えてやるのが友達なんだよ、この程度の無茶振りならな」
◆
「――というわけで、明日から俺と悠生はしばらくORBとの合同捜索任務だ。第二前線部隊のことはお前がいれば大丈夫だとは思うが、念のため非常時にはマスカレイダーに助力を要請しておいた」
一日の業務を終えて帰宅すると、希繋は今日の出来事を事細かに逢依に伝えていた。それは夫婦としての会話でもあり、同じ部隊に所属する上司と部下としての連絡でもあった。なお、リビングからは白露が学校のテストで100点をとったのだと
「悠生もということは、第一部隊は隊長が抜けることになるのだけれど……でも普段からデスクワークは海凪くんに任せているみたいだし、大して変わらない気がするわね。悠生ったら、できないわけではないはずなのだけれど、面倒なことは極力したがらないものね」
「総交曰く、押し付けられるだけで悠生のストレスを軽減できるんなら安いくらいだってさ。まぁあんまり追い込んでキレられたら手ぇ付けられないからな」
「あなたも海凪くんも悠生をなんだと思っているのよ……」
悠生はその豪胆な性格ゆえに勘違いされがちであるが、頭の出来は決して悪くはない。確かにシンプルな手段を優先するところはあれども、状況を冷静に分析して部隊を運用できるだけのカリスマと指揮力も持ち合わせている。
しかし、だからといって気が長い方かといえば、それには首を傾げざるをえない。仲間や家族を傷付けられた時などの義憤はもちろんだが、彼は自分自身にも誇りや自信を持って行動している。それだけに、煽りや挑発には極端に弱いし、ストレスに対する耐性は皆無と言っても差し支えがない。
また、そうしたストレスを発散する方法もまた暴力的かつ暴虐的ともいえるほどの破壊一辺倒であるため、彼に過剰なストレスを与えることは、彼が与する組織としても友人としても受け入れられない。そのため、総交は彼の奔放さについてはある程度の諦め――もとい、理解を示していた。
「お父さま! 昨日の算数のテストで100点をとりました!」
「おぉっ、すごいな白露! ちゃんと毎日がんばって勉強した甲斐があったな。じゃあ逢依に頼んで明日の晩ごはんは白露の好きなメニューにしてもらおうか」
「ハンバーグがいいですっ!」
小転から褒められたのか、今度は希繋と逢依の番、とばかりに100点の答案用紙を持って駈け寄ってきた。
とはいえ白露が100点を取ること自体は大して珍しいことでない。むしろ、白露は学校に行きだしてから、今までほとんどのテストで100点、落としても90点代ばかりである。
だとしても、桐梨家は基本的に「褒めて伸ばす」方針である。いい点が取れたらそれをきちんと褒め、ミスがあればどう改善するかときちんと教えていく。言葉の厳しさに多少の差はあれど、その点は希繋も逢依も同じスタンスだ。
そのおかげか、白露は勉強に対して非常に意欲的で、あまりストレスには感じていない。むしろ、こなせばこなすほどに褒めてもらえるものだと学習したからか、勉強そのものに楽しさを見出しつつある。
「承りましょう。じゃあ白露ちゃん、明日は学校が終わったら小転と一緒に御遣いに行ってもらえるかしら? 200円までなら好きなものを買ってもいいわよ」
「ありがとうございますっ! 次も頑張りますねっ!」
たたっ、と元気に二階へ駆けあがっていく白露。悠生がこの家を出る時に言っていた通り、かつて逢依の部屋だった場所は現在、白露の個室となっている。たまに両親の布団に潜り込んでくることはあるが、基本的にベッドも完備しているのでそこで寝ている。
家で留守番していることの多い小転によると、学校から帰ると一時間程度は部屋で勉強をしているらしく、たまに小転に勉強を教わりに来るとのこと。わからないことはギリギリまで考えて最終的にどうしても無理になった時は躊躇なく人を頼るあたり、希繋の子供らしいといえる。
髪の色や甘え上手な性格など、どちらかというと逢依よりも希繋の影響が強いことにちょっとだけ悔しいと思ったことがある逢依だったが、白露の利き手が彼女と同じ左利き寄りの両利きだと知った時は小転が呆れるほど喜んだという。
「白露ちゃん、学校に行き始めてから明るくなったね」
不意に、リビングでテレビを見ていたはずの小転が声をかけてきた。彼女の言葉通り、白露は学校に行きだしてから、それまでと比べて明らかに口数が多くなり、口調も明るくなっていた。
白露が経験した未来――そこでは逢依だけでなく、同じ学校に通っていた友人たちも蓬莱寺によって喪ったはずだ。そんな悲しみを抱えながら過去に遡り、両親との再会や新たな友人たちとの出逢いを経て、ようやく彼女本来の明るさが表に出始めた。
年相応とは言いづらいほどに大人びた態度や言葉遣いから忘れがちだが、彼女はまだ11歳の少女なのだ。それを親として知っているからこそ、希繋も逢依も彼女の明るさを絶やさないためならどんな苦労だって惜しくはない。
「そうだな。明るく――ちょっとだがはしゃぐようになったな。本当はもっと自己主張というか、ワガママを言ってほしいもんだが……まぁそのうち言ってくれるようになると思うし、急かさず白露のペースに付き合っていこうと思う」
「白露ちゃん、未来で辛い経験をしすぎたせいで、日常の生活だけで満足してる節があるのよね。本当はもっといろんな楽しいことや幸せなことがあるはずなのに」
とはいえ、それを強く指摘できないのは、やはり希繋と逢依もまたレイドリベンジャーズとしての戦いを続ける中で、日常の重みや大切さを知っているからか。
三人揃って苦笑いをして、夕食の支度を始めた。