【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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業務-ワーキング-

陽乃(はるの)、ごめん。僕の勝手で巻き込んだのに、また僕の勝手で諦めることになるなんて……」

義陰(よしかげ)が謝ることなんてないよ。悔しいけど、あの戦いでアタシたちが負けたのは、アタシたちのどっちが悪かったわけじゃない。ただ単純にあの二人がアタシたちよりも強かっただけだ」

 

 その日の夜、義陰は陽乃と布団を並べて横になりながら、今日の戦いに敗けたことを悔いるように声を震わせていた。彼の後悔は――弱さへの後悔か。それとも、諦念への後悔か。どちらにしても、陽乃は落涙する義陰に、口から出るのはただの事実。慰める言葉さえ満足にかけてはやれなかった。

 だが、それでも義陰の瞳に、怒りの炎がまだ残っていることは感じられた。おそらく、義陰は今回の戦いで二人との力量差を痛感したはずだ。だから、無策に再戦を仕掛けることはないだろう。それが彼なりの「諦め」の一つであることは間違いない。

 しかし、希繋(きづな)悠生(ゆうき)への報復心が消えたわけではない。何かしらの方法で、彼らを下すことは「諦めて」いないはずだ。そして、その上で最も彼がとりそうな手段とは――。

 

「陽乃、君は――」

「アタシは、どこにもいかないよ。アタシの居場所は、いつだって義陰の隣だから。義陰の手を取って、義陰に手を握られて、それでやっと「アタシらしいアタシ」でいられるんだ。そんなアタシを、捨てる気はないよ」

「…………」

 

 義陰はおそらく、陽乃をレイドリベンジャーズに引き渡して、一人きりで戦うつもりだったのだろう。だが、それはあまりにも無謀だ。

 義陰と陽乃は、一人ではユナイトギアを起動するために必要なエモーショナルエナジーを確保できない。だから、ギアを纏う時は常に手を繋いでいるのだから。それに、影を力とするルーナは明るい場所ではその出力が半分しか保つことができない。どう足掻いても、レイドリベンジャーズに敵う戦力ではない。

 まして、義陰の戦闘スタイルは陽乃とのコンビネーションを前提とした連携技がほとんどだ。希繋に対して、単独で使用したスキルがほとんど意味を為さなかったのも、それらが「本来のスタイル」からかけ離れていたことが一因となっている。

 

「理不尽になら耐えられる。今までもそうだったから」

「……うん」

「けど、陽乃が傷つくのは耐えられない。今までの理不尽から僕を守ってくれた君を、今度は僕が守りたいんだ! もう、君に守られ続けるだけの僕でいたくない!」

 

 目尻から伝う一筋の光を、陽乃は見ないフリをした。彼の目から零れたのは、彼の弱さだ。理不尽に立ち向かうために、己の弱さ(げんじつ)を直視できない弱さが一滴の光となって零れたのだ。

 だが、その弱さの裏には、何がなんでも陽乃を、大切なたった一人を守り抜こうとする強さがある。その想いだけは、あの桐梨希繋にも、大郷悠生にも負けてはいないだろう。

 

「……義陰」

「陽乃……?」

 

 名前を呼ぶと、義陰は無垢な瞳で陽乃の目を見つめ返す。怒りの炎が彼自身を焼き尽くしてしまわないようにと、陽乃はその手を義陰の手へと重ねた。冬の寒さに冷えた陽乃の手を温めるように、義陰の手が握り返す。

 

「アタシは、義陰が本当にアイツらと決着をつけたいのなら、一緒に戦うよ。けど……もしもそのせいで義陰が傷ついて、アタシの目の前からいなくなっちゃうくらいなら、アタシは義陰に嫌われてでも、それを止める。それが、『不離の仲(バディ)』としての、アタシの務めだと思うから」

「僕はいなくなったりしないよ! だから――いや、うん……。そうだね、だとしたら、止めてほしいな。どうせ道を間違えるのなら、二人離ればなれになるよりも、二人一緒に道を間違えて、それで――」

 

 最期まで告げることなく、義陰の意識が夢の中へと溶けていった。

 

 

 

 

「希繋ーっ! ユニティバレットの使い心地を聞きに――きたんだけど、どしたのん、その仕事の量……」

菜咲(なさけ)か。悪いけど今ちょっと手が離せない……どころか口でも話せないくらいに忙しくてな。悪いけどしばらく技術開発部(そっち)には構えないぞ」

 

 翌日、一週間の猶予が与えられたのは、義陰と陽乃だけではなく、希繋も同じであった。もっとも、彼の場合は「猶予」というよりも、「多忙期」が訪れているようだが、それもそのはず。

 昨日・一昨日と、ほとんど彼らにかかりきりだった希繋は、本来の業務から随分と離れていた。たった二日分といえど、侮っていい量はとうに超えている。一部は望月をはじめとした同僚たちが引き継いでくれたが、第二前線部隊において、実質的な隊長補佐を行っているのは希繋だ。

 同部隊の隊長である逢依(あい)ほど仕事量が多いわけではないが、彼女の場合はほとんど前線に出ることなくデスクワークと指揮に集中しているため、希繋ほど肉体的に多忙ではない。

 望月たちでは対応できない仕事もあり、「最弱」にして「準最速」である希繋だけに任された仕事も少なくはない。故に、彼の多忙は今まさに極まっているのだ。

 

「あららん、そりゃ残念。でも希繋まだメディカルチェック受けてないでしょん? 逆流して洩れ出たエモーショナルエナジーを利用してる関係上、ユニティバレットの使用者にはメディカルチェックを義務づけてるから、お昼ごはん返上してでも来てくれないと困るんだよねーんっ!」

「あー……それはまぁ、確かに。わかった、昼休みに必ず行くよ」

「おけおけーん! んじゃっ、また後でねーんっ!」

 

 大げさに手を振りながら指令室を出ていく菜咲を横目に、デスクワークに意識を向け直すと、作業用のノートパソコンの横にココアがなみなみと注がれたマグカップが置かれた。

 

「逢依か。ありがとう」

「あんまり根を詰めても、作業の効率が落ちるわよ」

「そうですよー! ちょっとくらいならメアとか諸星くんが手伝いますからっ! ねっ?」

「いや、手伝わんが」

 

 いつものテンションで話を振ると、普段通りの態度を崩すことなく顔を背けて自分の業務を続けていく諸星に「薄情者ーっ」と騒ぐ望月。そんな様子を見て苦笑いしていると、天宮と空宮が無言のまま希繋のデスクから数件分の作業を持って自分のデスクへと戻っていく。

 希繋ほどの作業があるわけではないとはいえ、彼らも暇なわけではない。彼らにも彼らの業務があり、彼らにしかない仕事も割り振られている。それでも、多少の無理を通して手伝ってくれる仲間たちに、希繋は静かにたった一言を零すことしかできなかった。

 

「ありがとう、みんな」

 

 微笑みと共に洩れた言葉は、なんてことのない「たった一言」だ。だがそれは同時に、彼らが一番聞きたかった一言でもある。

 いつか逢依が言った通り、希繋がその貧弱な印象に反して誰からも慕われるのは、「何を意識するわけでもなく相手が一番ほしい言葉をくれる」こと。それは何も特別ではないただの言葉だが、だからこそ胸に響く。

 

「いえいえ! 仲間なんだから助け合ってナンボじゃないですかっ!」

「チッ、後で何か奢らせるからな」

「……どういたしまして……」

「……いつもお世話になってるので……」

 

 望月が満面の笑みで、諸星は仏頂面で希繋の仕事を持っていき、最後に逢依が一本のUSBメモリを置いてデスクへと戻って行く。何かと思ってファイルを開いてみると、希繋の抱えていた仕事の約二割を片付けるほどのデータだった。

 ちら、と視線だけそちらに向けると、彼女は悪戯が成功した子供のように微笑みながらウィンクをして、自分の仕事へと意識を戻した。さすがにデスクワークでは敵わないか、と苦笑する。

 

(これなら明日……は無理かもしれないけど、明後日までには片付きそうだな。じゃあ、今日の食器洗いも俺がやるか)

 

 感謝のしるしに何かプレゼントでもと思ったが、逢依はあまりそういうものは喜ばないだろう。プレゼントしようとする気持ちは受け取るだろうが、彼女は物よりも気持ちや言葉で喜ぶタイプだ。

 だったら、家に帰ってからうんと優しくした方が、彼女にとっても、彼女の笑顔を観たい希繋にとっても最善であることは間違いない。

 

(本当に家に持ち帰ったら明日の午前までには終わりそうなんだけど、家に仕事を持ち込むのはなぁ。気持ち的な問題もあるけど、そもそも白露にこういうの見せられないし、何より姉さんに怒られそうだからなぁ)

 

 小転(こころ)はどちらかといえば、仕事とプライベートはキッチリ分別するタイプだ。それは彼女だけではなく、彼女によって養われていた時期のある希繋たち全員が同じ考え方をしている。

 故に希繋だけでなく逢依も、そして悠生も仕事を家に持ち込むことはない。今日できないことは明日やるべきことなのだ。

 

(んじゃ……無理しない程度にもうちょっとだけ頑張りますか!)


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