【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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師匠-トラウマ-

「お疲れさま、二人とも」

「おう、結構仕上がってきたぜ、お前の旦那」

「こひゅー……こひゅー……」

「そうね。私の旦那様は今にも死にそうだけれど」

 

 義陰(よしかげ)陽乃(はるの)との対話がどういう結末に至るか。場合によっては再戦という可能性も考慮して、希繋(きづな)悠生(ゆうき)と戦闘訓練を行っていた。――が、戦闘訓練とは言うものの、実際のところは悠生の一方的な蹂躙をどう逃げ回るか、という鬼ごっこ状態であり、一時間に渡る苦行を終えた果てに彼は燃え尽きていた。

 希繋の所有する『エクレール』が最初期に製造された低スペックなユナイトギアであることを差し引いても、彼と悠生の間にある力量の差は明らかだ。パワーとスピード、目指すところがまったく違うとはいえ、そこに向けて費やした努力は同じように比べられる。

 悠生が生まれ持って恵まれた体格をしていたとはいえ、彼がその肉体を維持し、そしてそれ以上に研磨するために費やした時間と労力は、希繋がしてきた体重管理・脚力とスタミナの強化・全体バランスの維持などの努力の何十倍にも及ぶ。

 他のあらゆる努力と違って、こと筋肉においては努力の数と時間がそのまま結果へと直結する。多くのことは費やした努力が必ずしも報われるわけではないが、筋肉は必ず報われるし、努力しなければ一切の報いがない。故に、彼の鋼鉄の肉体は『最強』の証なのだ。

 

「し……死ぬかと思った……げほっ……。あとコンマ一秒でも反応が遅れてたら、はぁ……オーヴァーデストラクトが、ぜぇ……直撃してた……」

「でも避けただろ」

「結果論で語るのやめた方がいいわよ」

 

 オーヴァーデストラクト。時として『超破壊の拳』とも称される、悠生の十八番。ありとあらゆるものを打ち砕くそれは、この地球上に存在するいかなる破壊エネルギーをも凌駕する絶対的な破壊の象徴だ。

 一度でも当たればそのまま粉砕へと直結するそのスキルは、彼の愛機である『スヴィルカーニィ』の筋力補正を差し引いても地球上最強の称号をを欲しいままにする。故に、何があろうと絶対に受けるわけにはいかない。

 これを防ぐことができるのは、受け止めたエネルギーを強制的にゼロへと変換できる総交の『ディープブルー』くらいである。防御の上から相手を粉砕する、という意味では、防御不能とも言い換えられるだろう。

 故に、基本的にオーヴァーデストラクトの対処法は回避のみだ。スピード型の希繋であればまさに得意分野ではあるのだが、悠生もバカではない。思いつく限りの回避ルートを炎で塞ぎ、希繋に強行突破ともいうべき迎撃を強いていた。

 それでも、こと逃げる・避けることに関しては希繋の方が一枚上手だったということか、彼はそれらの炎を掻い潜りながら回避ルートを見出し、間一髪のところでオーヴァーデストラクトから逃げ延びた。

 

「避けるだけ、って見てるだけのヤツは言うがな、オレはあの一撃をぶち込むために思いつく限りの退路を断ったし、そのために無数の(トラップ)を仕掛けた。逃がすつもりなんて一切なかったつもりだ。それでも、コイツは迎撃以外の方法で退路を見つけて生き残る術を掴み取った。偶然とかラッキーじゃない、間違いなくコイツ自身の実力だ」

「そうね。逃げる、ということは時に蔑視の対象にもなるけれど、生き残るということにおいて最も効果的かつ合理的な手段のひとつだわ。特に希繋みたいに脆くてあまり防御に意味のないタイプにおいては、基本であり神髄でもあるからこそ、絶対に軽視はできない。そういう意味で、さっき希繋が咄嗟に見つけた逃げの一手は神懸かり的ともいえるわね」

「持ち上げてくれるのは、ぜぇ……嬉しいん、はぁ……だけどな……。こっちは……今すぐにでも、こひゅー……ぶっ倒れそうで、はぁ……それどころじゃないんだ……」

 

 息も絶え絶えという様子の希繋を気遣うようにその背中を撫でながら、逢依(あい)がぬるめのお茶が入った紙コップを手渡すと、彼はそれを一気に呷って肩にかけたタオルで乱雑に汗を拭った。

 溢れる汗と荒ぶる心臓の鼓動は、間違いなくひとつの死線を潜り抜けた証だ。訓練とはいえ、悠生は今の攻防で一切の気の緩みを許してはくれなかった。ひとつ間違えばそのまま死に直結するような攻撃が雪崩のように押し寄せ、希繋はそれを掻い潜りながら、死に物狂いでようやく一、二発程度の反撃ができただけ。

 それでも――いや、だからこそ、その死と隣り合わせの状況で得た経験は、彼が必死になるほどに……「必」ず「死」ぬとも思えるような経験をするほどに意味を生む。

 

「はぁぁ……。やっと息が整ってきた。ていうかなんで悠生はそんなにピンシャンしてんだよ……」

「オマエとは鍛え方がちげーんだよ。オマエもスタミナは鍛えてるだろうけど、それは「走り続けるため」のスタミナだろ。オレみたいに「戦い続けるため」にスタミナを鍛えてるヤツが相手じゃ、そりゃこうもなるわな」

 

 とはいえ、息こそ上がっていないが、発汗量は両者ともに大差ない。それはやはり、相手が希繋だったから、と言わざるをえないだろう。

 最弱のレイドリベンジャーズとは言われるが、同時に準最速でもある希繋は、自分の弱さと速さを正しく把握している。できることとできないことの区別がハッキリわかっている、とも言い換えられるだろう。時として端からは無茶無謀にも見えるような行動を起こすのは、彼の中での「可能」な範囲が、周囲の常識を超えているためだ。

 そんな彼だからこそ、悠生のような圧倒的強者との戦い方も心得ている。もちろん、逃げの一手が最優先となる分、周りからは随分と情けない戦い方に見えることもあるだろうが、彼は逃げながら常に「逆転」の一手を捜し続けている。その証拠として、この模擬戦でも僅か数発ではあるが悠生に攻撃を打ち込んでいる。

 無論、悠生のスタミナと耐久性の前にほとんど意味を為してはいなかったが、それでも、希繋でなければ反撃すらままならないほどの苛烈にして激烈な猛攻であったことは間違いない。

 

「ま、あれだけ敷き詰められた炎と爆発のトラップを掻い潜りながらオレの攻撃すらも避け続けて、あまつさえ反撃にも出られるヤツなんて、オマエを除いたらそれこそ「最速」のアイツしかいねーだろ。そこは誇っていいと思うぜ」

「最速……かぁ。お前はあの人から「最強」を奪えたけど、俺は結局「最速」を奪えなかったんだよなぁ。……いや、逆流した今ならもしかしたらいけるか……?」

「やめておきなさい。また防御不能・回避不能のスピードでセクハラされるだけよ」

 

 最速のあの人、というのは、希繋と悠生にレイドリベンジャーズとしての戦い方を教えた師である。

 かつては「最速・最強」とまで言われた、まさにレイドリベンジャーズを率いるほどの戦力を有していた、まさしくワンマンアーミーであったが、悠生が「パワー」を、希繋が「スピード」を活かす術を学んだことで、その人物の「最強」と「最速」は一気に脅かされることとなった。

 そして、その師が二人に課した卒業試験が、まさしく「最強」と「最速」を奪うことであった。それこそ天地がひっくり返るような攻防の末に、悠生は「最強」の名を戴くこととなったが、希繋はあと一歩及ばず、「準最速」と呼ばれるようになったという経緯がある。

 今はそうした教導の腕を買われて、前線部隊から退き戦技教導官となっているらしいが、地方支部から日本本部へと転勤になったため、ほとんど会うことはない。

 

「ま、逢依の心配も尤もだがな。オレはいいと思うぜ。アイツのセクハラ狂いはこの際おいておくとして、戦いの術を学ぶって意味じゃ、腕に間違いはねーからな。コイツの言う通り、逆流現象の影響を計る意味でも無駄にはならねーだろうし、教導申請を出して日本本部に行ってくるのもひとつの手だと思うぜ」

「確かに、あの人あれでも人にものを教えることは一流だし、何より本人の強さは他の誰もが認めるところだからな。それもいいかもしれない。まぁ、勝ち負けとか考えだしたら俺と悠生の二人がかりで勝率一割あるかないかだからな。そういうのは考えないようにしよう」

 

 時に勘違いされることもあるが、悠生が持つ「最強」の称号は、「誰よりも実力が高い」ことを意味するわけではない。あくまで「誰よりも強い」というだけなのだ。

 この「強い」という言葉が、一般的に「実力が高い」ことだと思われがちだからこそ、そういう勘違いが起きるわけだが、ここでいうところの「強さ」とは、ただ単に「パワーがある」というだけの意味だ。

 故に、悠生の「最強」の本来の意味は、「全レイドリベンジャーズの中で最もパワーがある」という意味なのだが、その上で、彼自身のバトルセンスや戦闘経験が圧倒的な実力に拍車をかけているせいで、「実力が高い」という「最強」にも近い意味で捕えられてしまっている。

 しかし、彼らの師匠は現在のところ「準最強」であり「最速」でもあるのだ。希繋よりも速いスピードで攻撃され、その一撃に込められた威力は悠生のそれにも迫るほどであり、当然ながらほとんどの攻撃が「一撃必殺」の意味を込めているといってもいい。

 

「でも……あの人に教導を頼むのかぁ。俺、生きて帰ってこられるかな……?」

「まぁ、灰は拾ってやるよ」

「骨ですらないの?」

 

 嫌だなぁ、と愚痴を零す希繋を横目に、逢依も気が進まない様子ではあるものの、電子投影パネルを操作して日本本部に「真透(まとう)リデア戦技教導官への教導申請」を送るのだった。

 

「じゃあ、申請は出しておいたから金曜日から土日返上で三日間、日本本部へ出向してね」

「しれっと土日返上するのやめろ! ……えっ、嘘。マジで言ってる? 嘘だ! 白露(しろろ)や姉さんに癒される時間もないまま師匠になんか会いたくない!! 悠生! 助けてくれ!!」

「ワリィけどオレもアイツには会いたくねーから助けらんねーわ。諦めて尻を撫でられてこい、グッドラック!」

「嫌だあああああぁぁぁぁぁ!!」


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