教導訓練二日目。食後の個人指導も含めて、満身創痍で床に就いた
しかし、そんなにも都合よく休みを与えないのがリデアであった。前日の疲労によって全員がくたびれ果てているのを見た彼女は、午後の座学を実践訓練に急遽変更した。何人かは悲鳴にも似た批難を浴びせたものの、当人は素知らぬフリを通していた。
「さて、急遽こうして実践訓練と相成ったわけだが、別にあたしサマも悪魔じゃない。嫌がらせやパワハラのつもりはないんだ。最近そういうの厳しいしな」
訓練に先んじて、全員にその意図を説明し始めるリデア。というのも、こうした疲弊状態を鑑みて予定を変更することは少なくないが、それにあたって説明不足によるパワハラ扱いが、過去何件か問題になったのだ。
教導官は、疲弊状態で敢えて過酷な訓練を与える場合もあるので、特にこうした誤解を受けやすく、説明の有無はそのまま失職の是非にも影響するのだ。
「あたしサマの見通しに反して、意外とお前らの疲労が溜まってるっぽいからな。こうした疲弊状態での訓練は、いわゆる肉体的な限界状態を意味する。この状態では普段よりも大幅に集中力や忍耐力が低下しているから、不注意で短気になりがちだ。それを頭に入れた上で、連携をしっかりとって訓練をしていくぞ」
性格が合わないチーム、武器の相性がよくないチーム、お互いのタイプを正しく理解できていないチーム。それぞれに問題を抱えたチームがある中、希繋のところはというと、少なくとも性格・態度による衝突はなかった。
希繋の持つエクレールがアームズを持たない第四号ということもあって、ある程度はクセの強いギアでも合わせられるということも、いい方向に働いた。
「じゃあ基本は俺が先んじて前に出つつ、お前がその動きを見ながら前・中衛で援護攻撃、君はアームズで後衛から狙い落とす感じでいく。あとは臨機応変に対応していこう」
「異議なし。本当なら銃使いの私が後衛を務めるべきなのでしょうが、生憎とスナイプの苦手な接近ガンファイターでしてね。申し訳ない」
「問題ないよ。オレのは
全チームの話が粗方まとまったのを確認すると、リデアの号令に合わせて全員がチームごとに整列する。
「じゃあまずはチーム戦を5回行って、自分のチームの特徴と連携を理解しろ。その後、組み合わせを変えてチーム戦を何度か繰り返し、最終的にリミットブレイクした状態でチーム戦を行うぞ」
真っ先に名前を呼ばれたのは、希繋のチームと、全体のバランスはよさそうだが、あまり雰囲気のよくないチーム。
とはいえ、いくらお互いに好印象でないにしても、それが戦闘に影響を及ぼすような幼稚なレイドリベンジャーズはいないと信じて、希繋たちは身構える。
「では両チーム、構えて――始めッ!」
真っ先に動いたのは、言うまでもなく希繋だ。リデアという例外を除いて、この場で一番速く動けるのは彼だ。だからこそ、相手チームも先手を譲ることになるだろうということは想定していたようだった。
希繋の飛び蹴りが、ひょろ長の青年の胴を捉えた。その速度ゆえに、跳び蹴りには「貫通」の性質を持たせてしまいがちな希繋だが、さすがに殺すわけにはいかず、接触の瞬間に足を畳み、再び伸ばすことで打撃を生まず吹き飛ばすことに成功する。
だが相手もまたレイドリベンジャーズ。ただで転ぶわけもなく、青年を蹴り飛ばした希繋が着地する瞬間を狙って、その腕にスライムのようなロープが巻きつけられた。
「そっちのチームで、強い弱いを抜きにして一番厄介なのはアンタだからな! 対策は打たせてもらったぜ!」
「足を掴まれるくらいなら振り払えるが、腕となると楽には抜け出せないな……!」
ロープや枷による『拘束』は、
巻き付いたロープごと駆けまわって振り切るのも考えたが、そうなるとロープよりも腕がもげる方が早い。仮に腕がもげたところで電磁体となって肉体に再変換すればまた腕は生えてくるが、痛いものは痛いのだ。
しかし、巻き付いたのが枷でなくロープなら、やりようはいくらでもある。
「ちょうど一カ所に二人まとまってるな!」
ロープを伸ばしている者と、その後ろから銃で狙っている者。その二人の周りを取り囲むように、グルグルと何周も走り続けると、その二人の体がスライム上のロープに縛られる。
さすがにこの状況はまずいと判断したのか、即座にロープをドロドロのスライムに戻し、ゼロ距離の状態から希繋を離すべくスライム使いの装着者が蹴り飛ばした。
「あっぶな……! まさかウチのスライムロープをこう使ってくるなんて……! けど……既に十分こっちの役目は終わった!」
「うわあああぁぁぁっ!!」
役目? と思考を巡らせかけたその時、背後から聞こえた悲鳴に、希繋は舌打ちを禁じえなかった。
「後衛が狙いか……っ!」
希繋が目の前の二人に気を取られている間に、後衛二人に接近していたのは2メートルにも及ぶ巨体を持つ
ガンファイターの銃撃と襲撃、そして弓使いの矢は全てその堅牢な鎧によって弾かれ、有効打が何一つないまま鎧の質量に任せた大打撃を受けてしまったのだろう。
「一度退け! 有効打を見つけるまで無暗に近づくな!」
「させるか! パラッパラッパーの音波を防がなければ、お前たちに逃げ場はないぞ!」
「トランペット型のアームズ……!?」
トランペット型のアームズ、パラッパラッパーの音波攻撃によって、演奏する本人と鎧の男以外の全員が、両耳を塞ぐために両手の動きを封じられた。
唯一、攻撃に手を必要としない希繋が、鎧男に攻撃を仕掛け、二人から引き離すことに成功するが、今度は3人が一カ所に固まったことで、全員がスライムロープに捕われてしまった。
幸い、耳に手を当てているおかげで、スライムロープは胴体を縛りつつも両手の動きまで縛ることはなかったが、音波攻撃によってそれも実質的に封じられてしまっている。
こればっかりは詰みか、と二人が諦めかけた瞬間、希繋が叫んだ。
「
『了解。ユニティバレットに
エクレールの磁力によって白銀色のユニティバレットを装填したブレスレットを、腕で耳を隠したまま頭上でスライドさせると、ブレスレットから白銀の光が迸り、希繋の腰から長い尾が展開された。尾の先端にはブレードがついており、無数の関節を持った連結尾であることがわかる。
希繋はすぐさまその尾のブレードでスライムロープを切断し、トランぺッターの装着者へと攻撃を仕掛けた。先ほどまでの高速キックの応酬に加え、無数のフェイントと、尾による刺突・打ち付けによる攻撃が追加されたことで、両手をトランペットに塞がれたトランぺッターの装着者は防御と回避が困難になった。
本当ならスライム使いの装着者に防いでもらいたいが、彼もまた音波攻撃によって両手を塞がれている。ここで音波攻撃を解けば、防御と回避の手段は増えるかもしれないが、相手の動きも一気に勢いを増す。どちらにしても撃墜は免れない。そう判断したトランぺッターの装着者が選んだ選択肢は――。
「音が……」
「――替わった! エクレールッ!」
『了解。クリムゾンインパクトを使用します。エモーショナルエナジー、
先ほどまでの喧しい「音」から一転、まるでファンファーレのような、激しさと規則性を持った「曲」へと変化した途端、その音楽を聴いた全員のエモーショナルエナジーが上昇した。
「これが私のギア特性……心象音楽! 音楽によって受ける印象・影響を、表面化するほど強化する! あとは頼みましたよ……!」
『
「ぜああああぁぁぁっ!」
電磁体となった希繋の体が、瞬く間もなくトランぺッターの装着者の体を通り抜ける。
打撃力は皆無だが、電磁体となった希繋はそれそのものが強烈な電撃であるため、致死性はないものの、全身の痺れはしばらく抜けることがない。
実質的なリタイアである。
「これで三体二――」
「――いいや、二対二だ!」
しかしファンファーレによる「昂揚感」によってエモーショナルエナジーが格段に強化されたのは、クリムゾンインパクトのチャージ時間が短縮化された希繋だけではない。先ほどまでは一本だけだったはずのスライムロープが、ファンファーレの影響で40本を超える数へと増殖した装着者によって、希繋は逃げ場もなく捉えられ、壁へと叩きつけられた。
「ぐ……ぅ……」
「これは……いよいよギブアップか? 準最速の人がおらんくなった今、仮にスライムの人を倒せても、オレらだけやと鎧の人に対して決定打があらへんもんな」
「ですね。リデア教官、ギブアップします」
「んー、もうちょっと踏ん張ってもらいたかったが、まぁ後もあるしな。判断力も悪くない。そこまで! 各チームは戦闘不能になった隊員を伴って地上モニタールームへ!」