『お前は何も悪くない。お前を傷付け続けた奴らは、お前に非があってそうしたわけじゃない。ただそいつらの見えてる世界が狭くて、相手を思いやる気持ちを見失っていただけだ』
『お前は間違ってない。自分が傷ついたから、その苦痛をみんなに知ってもらおうって気持ちは正しくて、清らかなものだ。だが、そのために暴力を使っちゃいけない。他者を思いやらず、自分の意見だけを通すために暴力をふるってしまえば、お前はお前を傷付けたやつらと同じだ』
この一週間、ずっと脳裏にこびりついて離れないのは、自分たちにとって障害でしかないはずの、敵でしかないはずのたった一人の言葉。
自分たちを捕えるために、戦意を削ぐためにかけられた見せかけだけの情けだと断じることは、何度も繰り返してきたはずなのに、なぜかそのたった一人の言葉が頭から消えることはなかった。
なぜなら、それはずっと求めていた言葉だったから。ORBを飛び出し、我慢をやめて社会に叛逆すると決めたあの時から、自分の行いが社会にとってよくないものだということは、他でもない自分自身が一番よくわかっていた。
だがそんな行いが、他の誰でもなく自分自身にとっては慰めになっていることに、嫌気さえさしていた。だが、それでも心のどこかで、自分は間違っていないということを、自分をここまで追い込んだ悪がいたことを、
だから、そんな時に自分の主張を受け入れて、その上で何が間違っていたのかを指摘する彼の言葉は、
「……
「なに、義陰」
「僕のしようとしたことは、間違いだったのかな」
陽乃は、反射的に「そんなことないよ」と言おうとした。しかし、それを噤んだのは、隣に座りながら身を震わせる彼の嗚咽が、まるで今にも消えてしまいそうなほど静かだったから。
きっと彼は、慰めの言葉が欲しいわけではない。もしもここで、ただ慰めのためだけに彼の非を否定すれば、彼との絆はここで絶たれてしまうのだろうと、本能的に察した。
だから、今だけは――。
「……アタシは義陰みたいに頭いいわけじゃないから、何が正解だったのかなんて、ちゃんとはわからないよ」
「…………」
正直に言うことだけが、今の彼に対する誠意なのだろう。
彼がしてきた罪も、あるいは徳も、全てをひっくるめた想いを伝えなければ、届くことはないだろう。
「でも、アイツも言ってただろ。義陰を傷付けた奴らが悪くて、義陰は手段こそ間違えたけど、その主張は正しかったんだって。だから、義陰はきっと正しかったんだよ。ただ、頭がいいから考えすぎたんだ。義陰だけにやらせて、本当にゴメン」
「陽乃が謝ることなんてないよ。僕が勝手に暴走したんだ。僕が勝手に全部決めて、それに陽乃を付き合わせてしまったんだ。僕の弱さと拙さのせいで、陽乃を傷付けたんだ……!」
「それは違うッ!」
それは、
今ここでそれを否定しなければ、この先ずっと、彼のことを
「そうじゃないよ、義陰! 義陰だけが悪いんじゃない! アンタをそんな風に独りにさせたアタシも悪いんだ! だってアタシたちは
「けど……」
「アタシはさ、義陰の優しさに甘えてたんだよ……。義陰は頭がいいから、考えることを何もかも義陰に任せてばかりだった。面倒を全部押し付けてたんだ。でも……そうじゃないだろ! アタシたちって、そんな寂しい関係じゃないだろ!」
肩を寄せ合うように座っていた陽乃が立ち上がり、義陰をその胸に抱きよせる。
義陰は一瞬だけ僅かに抵抗するが、すぐに彼女に体重を任せた。
「アタシも一緒に考えればよかったんだ……。二人で一緒に頑張ればよかったんだ……。アタシは義陰みたいに頭がよくないけど、それでも一緒に悩んであげることくらいできたんだ。それをサボって、義陰にばっかり辛い思いをさせて……ゴメン、義陰。本当に……本当に、ゴメン……!」
「陽乃……。ううん、僕こそちゃんと陽乃に頼ればよかったんだね……。陽乃は僕なんかよりよっぽど強くて、いつも僕を助けてくれて……もっともっと、陽乃の強さを信じればよかったんだ。僕こそ、陽乃を信じられなくてごめん……。これからは、もっとちゃんと頼るから……!」
◆
「さて……「答え」とやらを聞かせてもらおうか」
「わかってる。約束は約束だ、ちゃんと自首するよ。それに、答えも見つけてきた。だから……勝負だ、
「勝負? 自首するんなら戦う意味なんてないはずだ。お互い無事に済ませたいだろ? それに、コトと次第によってはお前の立場が悪くなるだけだぞ」
「いいや、意味ならあるよ。アタシたちが悪いのはわかりきってるんだけどさ、それでもアンタに足蹴にされて指一本動かせない体にされたこと、忘れたわけじゃないしね」
ようは、自首はするが今までの鬱憤くらいは晴らさせろ、ということだ。希繋としては、これに付き合うメリットもないし、何より今ここにはエクレールがない。リデアとの戦闘で大破し、修理に出したものがまだ戻ってきてないからだ。
だが、ここで悔恨を残せば、せっかく自首すると言っている二人に再犯の可能性を与えたままとすることにもなりうる。ならばいっそここで後腐れなく仕合い、更生を道を辿ってほしいというのがレイドリベンジャーズとしての彼の正直な気持ちだ。
「それは俺一人じゃないとダメか?」
「できればその方がいいけど、無理ならこの間の大男以外なら誰を呼んでもらっても構わない」
「……命のやり取りはなしだぞ」
「もちろん。アタシたちだってそんなにバカじゃない。そんなことしたらいよいよレイドリベンジャーズ全員、特にこないだのデカいやつを敵に回すことくらいわかってるよ」
二人の返事を聞くと、希繋は通信機でどこかへ連絡し、その場で十五分ほど待機すると、一人の少女がその場に呼び出された。
虹色のストレートロングと、虹色の瞳。一度見たら忘れることのできないその容姿の彼女は、こと「レイドリベンジャーズとしての桐梨希繋」については最大の理解者とも言える少女。
「お兄さん、あたしこれでも女子高生とレイドリベンジャーズの二足の草鞋でだいぶ忙しいんですけど……」
「悪いな
「それ後で香坂先輩にチクりますからね……」
四人が向き合い、各々のギアを構えると、優芽がふと気付いたように声をかける。
「あれ? お兄さん、エクレールはどうしたんです?」
「壊れて修理中だ」
「は? ……はぁっ!? あたしがお兄さんを救おうとあれだけ必死に壊そうとしたのを拒んでおきながら壊したんですか!? なんですかそれ、ぶっ飛ばしますよ!?」
「やめろやめろ! 一対三にする気か!!」
事情は後で話すから、と言って宥めると、ひとまず悶着は後回しにして、優芽は希繋のやや前に出た。いくら希繋がレイドリベンジャーズだとしても、さすがに生身で装着者と戦うには分が悪い。そう思って、庇うように前に立ったのだろう。だがそんな彼女の肩に手を添えると、希繋はいつものように微笑み、寄り添うように立った。
それは、
そしてそれは対峙する二人も同じ。義陰と陽乃もまた、互いを対等な相棒とするからこそ、その強さを発揮する。それは今までのような「怒り」に囚われた力ではなく、より純粋で高度な感情の結晶――ユナイトギアの本領。
「じゃあ……行くぞッ!」
「来るよ、義陰!」
「わかってる!」
これが最後の、後腐れなし真正面からの、