【完結】英雄戦機ユナイトギア   作:永瀬皓哉

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赤色-プルーフ-

 義陰(よしかげ)陽乃(はるの)の引き渡しを優芽(ゆめ)に任せて、希繋(きづな)はそそくさと第二前線部隊の指令室へと戻ると、その様子を見るなり呆れた様子の逢依(あい)からお小言をもらいながら手当てを受けた。

 追跡と捕縛の任は終えたものの、やることは山積みだ。ORBの誠実(せいじ)とも連携をとりながら、二人との約束を果たすべく彼らへの暴行と恐喝を行った者たちの調査・追跡が始まった。

 もちろん、今日一日で終えられる作業ではないので、あくまで今日できることは限られていたが、希繋はここ数日分の仕事を片付けながらも、並行してそちらの調査にも協力していくことになる。

 

「一難去ってまた一難、といったところかしら」

「ああ。でもやらないわけにはいかない。それがあいつらと交わした約束だからな」

「敵との約束を律儀に守るなんて……。あなたのそういうところ、本当に愚直というか……バカみたいだけれど、好きよ」

 

 はい、と言って渡されたココアを一口含んで、キーボードパネルを叩く手を早めた。義陰と陽乃の裁判が始まるよりも早い段階で全ての調査を完了させられるか否かによっては、二人の刑期にも影響する。

 ORBでの一件は既に警察にも資料が行っているだろうが、逃亡中に振るわれた暴力についてはその限りではないだろう。それに、ORBで立件できたのはあくまで彼らが逃亡する直前のものだけ。二人の言葉が真実であるのなら、それ以外にも義陰を追い詰めた職員がいたはずだ。そちらの方は誠実が追っている。

 誠実曰く、「あの二人の上司としてしてやれる最後の仕事」とのことで、随分と張り切っていた。希繋と違い、誠実はどちらかというと頭脳労働の方が得意なので、犯人にはそう遠くない内に彼の怒りの鉄槌が下りるだろう。もちろん、合法的な方法で。

 

「でも希繋、仕事をひと段落できるところまで進めるつもりなら急ぎなさい。今日は早めに切り上げて家族みんなで外食の予定だってこと、忘れたわけじゃないでしょう?」

「もちろん。白露と姉さんが待ってるからな、ちゃんとキリのいいところまでささっと片付けるよ」

「希繋さぁぁぁん! 助けてくださいぃぃぃ!」

「望月……お前まさかまたバックアップとらずに……」

 

 泣き言を言いながら助けを乞う望月のヘルプをしながら、その横で仮眠をとっている諸星の時計にアラームを設定し、ようやく自分のデスクに戻ると、いくつかの資料が隊長用のデスクの上に移動している。

 天宮と空宮は揃って戦闘訓練室に行ってしまっているので、今この指令室でまともに動いている部隊メンバーは希繋と逢依と望月の三人だけである。普段は最低でも二人以上いるオペレーターも、今は片方が給湯室、片方がモニター前で退屈そうに一人チェスをしている。

 

「……よしっ、じゃあ後は警察に連絡して担当の刑事さんに軽い説明と資料の送付……ついでに二人の状態も聞いてみるか」

 

 独り言のように呟いて指令室を出ていく希繋を見送ると、逢依は手元の資料を見ながら彼が片付けるはずだった仕事をこなしていく。希繋だけを特別扱いしているようにも見えるが、実際のところ、意図してそうしているわけではない。

 本来、部隊長でもない平隊員のはずの希繋が、同じ立場であるはずの望月や諸星に比べて明らかに多い仕事をこなすということはありえない。部隊という単位で仕事を割り振られる以上、担当する事件とその仕事量は部隊単位で同じになるはずだからだ。

 しかし、希繋は「最弱」にして「準最速」であり、何よりも「慈愛」のレイドリベンジャーズである。レイダーの絡まない事件において、相手を傷付けず追跡・拘束したい場合は、レイドリベンジャーズ内外から彼に協力を求められることが多い。

 レイドリベンジャーズとしても、他の団体を協力体制をとることで立場を維持したい考えもあり、何より彼自身が「誰かを助けること」に躊躇いがないため、多くの場合は今回のように共同任務という形で協力することになり、結果的に彼だけが異常な量の仕事を負うことになってしまう。

 とはいえ、彼も人の子である。仕事が早いとは言っても、こなせる量には限界があるし、何より彼にも自由な時間が必要だ。そのために手伝えることを手伝うのは、上司として当たり前の行いだと逢依は考えているし、仮にそれが希繋でなく望月や諸星であっても、同じようにしただろう。

 

「たいちょー、休憩してきちゃダメですかぁー?」

「ほんの20分前に行ったばかりだからダメよ。今やっている分を一区切りさせたらココア淹れてあげるから、もうちょっとだけ頑張りなさい」

「むぇー……。でもまぁ、隊長のココアが待ってると思えばもうちょっとくらい頑張りますかー!」

 

 気合を入れるも、元々デスクワークの苦手な望月は既に精神的にヘロヘロの状態であり、引き出しの中から大量の甘味をつまみながら作業を続けた。

 そして五分もすると指令室のドアが開き、連絡をとり終えた希繋がデスクに戻ってくる。

 

「あー、ビックリした」

「どうかしたの?」

 

 言葉を交わしつつも、視線はディスプレイに向け、手は動かしたままだ。

 

「担当の刑事さんが霧島さん(支部長)の弟さんだったんだよ。おかげで驚くほどスムーズに協力が得られた」

「そういえば、霧島さんも言ってたわね。お巡りさんの弟がいるって」

「おかげで逃走中の二人……というか義陰に暴力を振るった奴らに関しては、あいつらから話を聞いて監視カメラとかをチェックしながら犯人を追ってくれることになった。ORBの方の洗い出しは誠実がやってるから、俺の仕事は一連の顛末をまとめることくらいになりそうだな」

 

 数日後、ORBから新たに3名が義陰へのパワハラと恐喝に関与したとして逮捕。逃走中に起きた諍いの相手も、警察の調査によって2名が補導、後に傷害罪で逮捕された。

 義陰と陽乃の刑期については、情状酌量の余地ありとして執行猶予付きの有罪判決が下された。とはいっても、さすがにルーナ・ソールとは二度と会うことは叶わないだろう。むしろ、会わないことで互いの未来を願っているのかもしれない。

 とはいえ、二人にはもうORBに戻る気はないようで、今度はそれぞれ別の職場で働き始めた。もちろん、仕事から帰ってすぐに連絡を取り合っているということは、言うまでもないだろう。

 時折、この事件を担当した霧島刑事が様子見に訪れては、その様子を希繋に報告している。そして希繋も同様に、誠実へと。

 

 これからの二人の未来には、今までよりも多くの苦難があるだろう。互いを守ってくれる相棒は、常に共にはいてくれない。しかし、それでも胸の中に宿る信頼と思い遣りが在り続ける限り、義陰と陽乃の関係は変わらない。

 そして何よりも、これからは彼らを助けてくれる人間が今までよりもずっと多いことを、彼ら自身が理解している。霧島刑事も、希繋も、誠実も、頼れば助けてくれる人間がいることを、彼らは知っている。

 だからこそ、これからの苦難ある未来にも、不安はないのだ。

 

 

 

 

「ハッピーバースデー、姉さん」

「誕生日おめでとう、小転(こころ)

「お誕生日おめでとうございます、小転さま!」

 

 その日、仕事を終えた希繋と逢依は、前々から約束していた通り、帰り際に白露(しろろ)・小転と合流して外食となった。

 ちょうど今日――1月16日は小転の誕生日ということもあって、希繋と逢依は合流前に購入したケープと手袋を、白露はショッピング中にこっそり買っていた入浴剤セットを彼女にプレゼントした。

 

「わぁ……! ありがとう、みんな……。まぁこの日に外食しようって言いだしたのはわたしだから、希繋と逢依ちゃんからはもらえると思ってたけど、白露ちゃんもわたしの誕生日を知っててくれたんだね……」

「未来でも、毎年のように誕生日祝いをしていましたから。それに、小転さまはいつもわたしのことを大事にしてくださいますから、忘れるわけがありません!」

「……希繋。お姉ちゃん、白露ちゃんをお嫁さんにもらうね」

「ダメだからな」

 

 どこまで本気でどこから冗談かはわからないが、小転はこういう冗談を本気っぽく言う天才であり、そして冗談っぽく本気で言う天才でもあるのだ。

 ともあれ、三人からのプレゼントを嬉しそうに仕舞うと、小転はその赤い瞳でじっと希繋の目を見つめてきた。

 

「……えっ、何?」

「なんだか、逆流が起きてから、こうしてじっくり希繋の瞳を見るのは初めてだね……。わたしね、ちょっと嬉しいんだ。この胸に宿る「ハート(ギア)」のおかげで、わたしの髪も瞳も……希繋のそれとはかけ離れちゃったから。初めて観る人からは、あんまり姉弟だって思われなくなっちゃったもんね……」

「確かに。俺、初めて姉さんが白髪赤目になって帰ってきた時、ショックでこっそり泣いたしな。それまでは、まるで双子みたいにそっくりだってよく言われてた分、なおさら寂しかったよ」

 

 赤い目という意味では、むしろ小転と白露の方が親子のようだった。白露からは「将来的に逆流して赤くなりますよ」とだけ言われていたが、それがいつになるのかはわからなかったし、希繋には大したことではなかった。

 だが、彼の瞳が赤く染まるのを待ち望んでいたのが、小転だった。かつての黒い瞳と黒髪はもうなくなってしまったが、また同じ瞳の色になることができる。それも、カラーコンタクトのような作り物ではなく、隠し切れない真実の赤色となって。

 

「嫌いだったはずの赤色が、今はこんなにも嬉しいんだ……」

「あら、それは赤目じゃない私への当てつけ?」

「そんなつもりはないけど、これは実の姉弟の証だからね。ごめんね、逢依ちゃん」

「ふふっ、冗談よ。姉弟には姉弟の、夫婦には夫婦の、親子には親子の絆があるもの」

 

 ね? と言って視線を向けると、白露はにっこりと笑いながら頷いた。


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