知らない子供と入れ替わったら……。 作:らんまる
この四年ですっかり嗅ぎ慣れた硝煙と血の匂い。
沢山の死体が転がる目の前によく似た場面を見ては吐き気を催し、体に埋め込まれたナノマシンによって強制的に抑制されていたのが遥か昔に感じる。
殺してきた人達の事も罪悪感からか、任務終了後は謝罪の意を込めて誰も居ない部屋で黙祷を捧げていた。
しかし、今では血の匂いに吐き気を催す事も、殺してきた人たちに感じて来た罪悪感もない。
彼は…平和な日本でサラリーマンをしていた松田誠二という人間はこの四年間で壊れてしまったのだ。
今、この血溜まりの上に立っているのは殺しや破壊活動を行う
体内にナノマシンが入っている事実が、彼を余計にそう感じさせる。
だからこそ、彼は早く元の体に戻りたい。
戻った瞬間に殺される事になるとしても、彼は
拳銃のトリガーに若干の力を込めながら、彼は標的であるトルネロを探すべく、探索を開始した。
――――。
部屋を手あたり次第に丁寧に探索するが、標的はおろか研究員や警備兵もいない。
玄関先に居た警備兵が全てだとしたら、セキュリティが甘すぎる。
何かの罠である事は間違いない。
彼は研究所の状態を知る為、研究員が生活の為に使用していると思われる部屋のテーブルの上にあるパソコンを起動させ、ナノマシンが提示するハッキング方法を脳内で選択。
ナノマシンの指示に従ってキーボードを流れるように叩き、研究員の個人パソコンから研究所のテータベースに侵入する。
「ラムダ・ドライバ搭載機《革命機ヴァルヴレイヴ》……。
ヴァルヴレイヴの概要とパイロットに必要な要素……。
……いくら何でもSFが過ぎるだろう」
彼はデータベースにあった資料を見つけて絶句した。
パソコンの画面に表示された情報はあまりにも出鱈目なものであったのだ。
半永久的に稼働し続ける動力機関。
人間の精神を物理世界に介入させるシステム。
物理世界に介入するシステムをキャンセルするシステム。
目に見えない物理的介入に対しての視認を行うシステム。
さらには飛行や宇宙空間での移動が可能。
「とんでもない化け物機体じゃないか」
数多の戦場でASを動かした経験を持つ松田誠二は、ASに関する知識はそれなりに持ち合わせていた。
だが、彼でなくても素人が見ただけでこの機体の異常性は理解できるだろう。
明らかに現代の人間が作り出せる領域を超えている。
宇宙でも戦えるロボットが存在していいのはアニメやゲームの中だけだ。
しかし、そんな夢の様な機体でも欠点があるようだ。
《非適性者の身体の安全は保証しない》
この機体を動かす為にはパイロットが機体とリンクする必要がある。
つまり、誰もがパイロットになれるわけではないようだ。
警告文の下には搭乗記録が詳しく記載されている。
搭乗者は大人から子供まで、様々な人種が挑戦したようだ。
しかし、全員が死亡。
適正なしと書かれている。
そこで、ここの研究員はパイロットを連れてくるのではなく、創り出す事を考えた。
子供にナノマシンを投与することによる肉体改造と薬物による肉体改造。
松田はナノマシンの記載に胸を締め付けられるような感覚を感じた。
更に画面をスクロールしていくとパイロット候補者と記載された子供たちのカラーと白黒の顔写真と情報が目に映る。
当然、白黒の顔写真の子供には死亡と記載されている。
動かせた子供も居たらしいが、リンクの影響で脳が破壊されて植物人間になったり、精神に多大なる負荷が掛かって廃人なったりと適性があっても悲惨な末路をたどっている。
そんな中で二人だけ無事な子供が居た。
奇跡的に生き残りパイロットとして選ばれた二人の子供。
一人は黒髪の女の子だった。
顔写真は無表情であるが、将来は美人になると容易に予想できる程の美しい顔だちをしている。
そして、二人目は……。
「おいおい、嘘だろう……」
自分……正確には、この肉体の持ち主であるエルエルフと思われる少年だった。
とんでもない偶然に驚きを隠せない松田。
彼は少年に関する詳細なデータを読む。
彼は北欧で人身売買の組織から購入した子供の一人でナノマシンによる生態強化に成功しロボットの稼働に成功させた適合者の一人。
しかし、兵器としての洗脳教育の途中で何者かに奪取され、行方不明。
つまり、この研究所でモルモットになっていたエルエルフはミスタ・Hgに目を付けられて誘拐…もしくは誘拐された後に、売られたのか……。
そして、戦闘と暗殺をこなす抹殺者に教育された……。
「アイツも中々にハードな人生を送っているな…。
で、一人残されてしまったこの少女は……」
少女は日本人であり、ウィスパードと呼ばれる特殊な人間。
知識を取り出し、研究を進める為に誘拐されて連れてこられたらしい。
残り一人となった適合者である少女は、過度な期待と共に教育が施された。
ナノマシンの生態強化や従順なパイロット兼知恵袋としての洗脳。
そして、スポンサーと喜ばせる為の戦闘以外の多目的理由からの肉体的成長の促進。
年齢が一定以上になった時は、あらゆる教育が施される予定となっている。
リストの一番最後の文章には彼女が戦場で成功を収めた場合。
彼女のように戦闘だけでなく、多目的理由でも使える女兵士を育てる教育機関としてこの研究所は存続するらしい。
それにしてもこのウィスパードとは一体なんだ?
文章からはまるで彼女の存在がこの研究のカギを握っているようにも読み取れる。
チラリと視線を動かせば研究者と思われる白衣を着た男とその、家族と思われる写真が収められた写真立てが目に付いた。
「普通の生活を送っているように見えるが……よくもまぁ、こんな非常識な研究が出来た物だ。」
松田の頭に、もしかしたらこの少女の知識があれば自分は戻れるのではないかと言う考えがよぎった。
「もうちょっと人の役に立つ研究をしてもらいたいものだ。
君も…そうは思わないか?」
「………」
松田がパソコンの画面を背にするように振り返ると、彼の前には彼よりも身長の低い小学生くらいの少女が立っていた。
少女は腰にまで届く黒い長髪に顔の上から半分を側頭部にハードディスクのような機材の付いたバイザーの様な物で隠し、ビッチりとしたASのパイロットスーツを着用している。
体のラインは幼いながらに出ている所は出ていて、引っ込んでいる所は引っ込んでいる。
一言でいえば《エロい》。
もし、ここが敵地ではなく平和な日本であり、サラリーマンだった頃の松田であったのなら目の前の少女の肢体に視線が釘付けになっていただろう。
だが、ここは敵地であり、少女の手に握られた小銃の銃口がしっかりとこちらを向いている。
「捕獲対象を確認。
これより、攻撃を開始します」
少女のバイザーの側面にある機械が点滅すると同時に少女は松田の足に向けて発砲を開始。
どうやらパイロット適正のある体を持つ、松田を保険として回収しておきたいようだ。
松田にとっては幸運だった。
自分が戻れる可能性を知る少女が目の前に立っているのだから。
ナノマシンで強化された視力で弾丸を視認した彼は、太ももの装備パックに収納されている特別製のジャックナイフを目にも止まらぬ速度で引き抜くと同時に弾丸を切り裂く。
「俺を捕まえたかったら、殺す気で来い!」
松田の言葉と共に再び繰り出される弾丸。
彼は少女のバイザーの本体であると思われる側頭部にある機械目掛けてナイフを投げると近くの家具を蹴散らしながらソファーへと隠れる。
「反撃を確認。
対象に対する警戒値を上昇させます」
淡々とした声でナイフの刃の腹を人差し指と中指で挟むようにしてキャッチ。
そのまま、銃を持った手でトリガーを引き絞り、松田の隠れるソファーを穴だらけにしていく少女。
「反撃をされても動揺する事無く、冷静に…機械のようにトリガーを引く。
人の事はあまり言えないが、まるでターミ〇ーターだな」
拳銃を抜き、ソファーから転がるように飛び出すと同時に発砲。
目標は命令を伝達しているであろう頭部に取り付けられた機械の破壊。
攻撃活動が停止すればそれでよし。
もし活動を停止する様子を見せなければ……。
松田は少女の知識を手に入れる為、殺さずに無力化しようと試みる。
だが、お互いが銃を撃ち合う中、少女の動きが単調な物からどんどん変化が加わっていく。
「学習機能か?で、あれば……」
松田は銃をホルスターに仕舞い、予備のナイフを両手に構えて突貫。
知恵を付けて手が負えなくなる前に、無力化するまでだ!!
幸い銃口が向けられるのは致命傷を避けた場所。
松田は回避は最小限に、直撃を避けるように突き進む。
「終わりだ」
松田は足や腕などにかすり傷を負いながら、少女との距離を縮めて、側頭部に付いた機械にナイフを正面から突き刺した。
特別製のジャックナイフはまるで豆腐に包丁を突き刺すように、抵抗なく根本まで刃が入り込む。
そして、ナイフが突き刺さると少女が攻撃行動や命令を受け取ったであろう時に点滅していた光が完全に停止し、少女も大量の薬莢の落ちる床へと崩れ落ちた。
「非検体ナンバー《SK12》か……」
少女を抱き起し、非検体ナンバーが書かれたバイザーをはぎ取る。
バイザーをはぎ取るとそこには顔写真よりも幾分か成長した少女の素顔があった。
「さて、少女の確保には成功したが……どうやって連れて帰るかが、問題だな」
もし、彼女の存在がエルエルフが知れば、間違いなく少女は奪われる。
ただでさえ、本当に元の体に戻してくれるのか怪しいと疑っている松田はこの部屋に少女を隠す事を決断。
彼女をとりあえずこの部屋のベットの上に寝かせる事にした。
「やれやれ、そんな綺麗な寝顔で寝れるとは……少し羨ましいよ」
彼女の体に布団を掛けた松田は標的の抹殺とエルエルフとの合流を目的に部屋の外へと飛び出した。