東方迷子伝   作:GA王

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三年後:鬼の祭_拾捌

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バチーンッ!

 

 己で両頬を平手打ちし、気合いを再注入するNo.2の権力者。真っ直ぐ正面にいる旧友を鋭い眼光で見つめ、全身から怒気を放っていた。

 

親方「てめぇ…」

 

彼が怒気を込めて放った一言に、旧友は眉間に皺を寄せ、ふんぞり返りながら見下す様に「何か用か?」と視線で尋ねた。その視線は、彼の逆鱗に触れた。

 

親方「何故ルールの変更を提案した!?

   アレが無ければ決まっていただろ!

   勝つ気あんのか!?手ぇ抜きやがって。

   そんなんで勝っても嬉しくねぇぞ!」

親父「うるせぇな、ゴチャゴチャゴチャゴチャと。

   お前に相撲で勝つ事なんていつだって出来た

   んだよ。これで分かっただろ?」

 

怒鳴る彼に、面倒くさそうに頭を()きながら答えるライバル。「勝つ事は造作も無い事」と言い放つその者に、

 

親方「あ゛〜!?たかが一回有利になっただけで、

   いい気になってんじゃねぇぞ!

   その後一方的だっただろうが!」

 

彼は怒気を増して「調子に乗るな」と言い返した。

 牙を剥き出しにし、怒りを(あら)わにする大柄な鬼。例え同族の者であろうと、

恐れ(おのの)くだろう。だが彼の目の前にいる者は、あろう事か太々しく頭上で手を組むお馴染みのポーズで、

 

親父「それが全て相撲では反則技だってぇのに、

   随分と偉そうに言うな」

 

「呆れた」と冷めた視線を向けながら言い放った。

 

親方「新ルール内だから問題ないだろ!それにそう

   じゃなくても、別の手段で回避出来た!」

親父「はっ、どうだか。さっきお前も言ってたろ?

   『新ルールじゃなければ決まってた』って。

   あの後そのまま前にでも倒れれば、

   お前はペシャンコだっただろうよ。

   それと勘違いするなよ?

   このお前にとって有利なルールでも、

   負けるつもりは毛頭ない」

親方「このヤロー、上から物言いやがって…。

   小させぇクセに、立場が下なクセに、

   少しだけ年が上だからって昔からいつもいつ

   も…。あの時だってそうだ!勝手に決め付け

   やがって!誰も頼んでいないのに!」

 

この言葉にライバルは、ハッと何かに気付いた様な表情を浮かべ、そっと呟いた。

 

親父「そうか…。あの頃からだったか…」

親方「あ゛っ!?」

親父「何でもねぇよ。それよりもさっさと再開しよ

   うぜ。ほれ、お前のタイミングで来いよ」

 

敵は彼に向かってそう伝えると、両手の拳を土俵に付けて構えた。そのどこまでも太々しい態度に、彼の怒りはついに頂点に達した。

 

親方「舐めてんじゃねぇぞっ!!」

 

第2ラウンドのゴングが鳴った。

 

 

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 仕切り線まで戻ったはいいが、目が合うなり言い争いを始める2人。『言い争い』とは言うものの、熱を帯びているのは父さんだけ。完全に(あお)られている。そう思っているのは私だけではないはず。

 そして「最後の仕上げ」とでも言う様に、先に土俵に手をついて先手を譲る親父さん。ここまでされては…

 

親方「舐めてんじゃねぇぞっ!!」

 

父さんの怒りは大噴火。惜しげも無く能力を使い、一気に体中の筋肉が膨れ上がらせ、素早く両手を土俵に触れると、親父さん目掛けて突進を仕掛けた。その勢いは最初の立会いの比ではない。能力を解放した事により脚力も上がり、踏み込んだだけでトップスピードにまで達している。

 このスピード。それに面積が大きくなった筋骨隆々(りゅうりゅう)の自慢の体。私は父さんのこの一手が確実に決まると思っていた。

 だがそれは違った。信じられない事に、次の瞬間その巨大な体が、ふわりと宙を舞ったのだ。何が起きたのか訳も分からず、呆気に取られていると、

 

萃香「勇儀っ!」

 

正面の親友から喝。お陰で我に返ることができた。「見惚れていてはダメ。今の私は審判」そう自分に言い聞かせ、遅ればせながら

 

勇儀「のこった!」

 

試合再開を告げた。

 

 

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 合気道。古武術の一つで熟練者ともなれば、体格差関係なく、相手を制する事が可能となる武術。その主な特徴は相手の力・ベクトルを利用する事。

 彼が仕掛けた策もそれに準ずる物だった。だが誰かに教わった訳でもなく、文献等を参考にした訳でもなく、完全なるオリジナル。これもこの時の為に、何度も何度も練習を重ねて来たものだった。

 『巨大な壁』とも思える程の大きさで迫る親友に対し、彼は瞬時にその懐に低姿勢で潜り込み、その勢いを殺す事なく、寧ろ加速させるイメージで下から突き上げた。

 チャンピオンの主なベクトルは水平方向。そこに彼によって、垂直方向のベクトルと水平方向の加速度が加えられ、その合成ベクトルには角度が生まれる。

 つまり、相手は勢いよく飛んでいく。

 

 

ドシーンッ!

 

 

空中でひっくり返り、背中から落下。町1番の力自慢は土俵の上で大の字になった。

 

親父「(馬鹿が。ホント脳筋だな)」

 

そう、これは彼の策略通り。相手を怒らせたのも、煽って能力を発動させたのも、先に両手をついて構えたのも、その全てが彼のシナリオ。この一手の為に仕組んだ事だった。

 作戦通りにいけばガッツポーズの一つでも取りたくなるもの。しかし彼は止まらなかった。「今度はこっちの番」と能力を発動。鬼の平均よりも小柄な彼の体は、親友と同じ背丈になり、

その倍の大きさになり、そして更にはその倍にまで。

 そうコレが、この巨体こそが彼の娘達が想定していた最大の大きさ。観客達はその怪物に目を皿にしながら見上げ、言葉を失った。

 

 

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親方「…」

 

呆然。己の身に何が起きたのか分からず、只々。

 敵に突進をしかけ、辿り着いたと思った途端景色は変わり、背中と後頭部に走る痛み。そして瞳に映るのは地底の天井。脳内は『?』だらけ。そんな彼の目に飛び込んで来たのは…。彼は一気に危険を察知した。だがそれはもう…

 

親父「ルールとは言え、一回は一回だ」

 

彼の顔を覆う程の影は、息つく暇もなく彼の目の前に。

 

 

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グシャァッ!

 

 

低く、鈍く、不快な音。そしてその後に「ミシミシ」と聞こえて来る骨の悲鳴。

 私が恐れていた光景がとうとうやって来た。無傷で終わるはずがない。それは覚悟していた。けど、けど………。

 

 

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彼女の父親が放った大きな拳は、チャンピオンの顔を捉えていた。

 顔は文字通り拳の下敷き。無事なのかどうかもその拳に覆われ、表情を伺う事も出来ない。今は誰から見ても父の優勢。だが彼女は素直に喜べずにいた。

 

萃香「うっ…」

 

その衝撃的な光景に思わず目を背けてしまった。

 反対側の親友へ視線を移せば、親友もまた彼女と同じ様に顔を(しか)めていた。だがそれでも己の使命を全うしようと、真っ直ぐその光景を見つめていた。その姿に彼女は

 

萃香「そう…だよね」

 

「例え何があろうと、目を背けてはいけない」腕を組んでそう胸の内で誓った。

 

 

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親父「コレでくたばっちゃいねぇだろ?」

親方「当たり前だろ。さっさとこの汚い手を

   退けろ」

 

彼がそう言い放つと、顔面に()し掛かる重力が弱まっていき、徐々に視界が開けていった。

 そして立ち上がろうと膝に手を掛けた途端、強烈な目眩に襲われた。

 

親方「う゛っ…」

親父「フラフラじゃねぇか」

親方「うるせぇっ!」

 

強がって吠えてはみるが、意識が一瞬飛んだことにより、不覚にも能力はOFF状態。加えて彼の鼻からは血が流れ出し、先程の一撃が相当なダメージであると物語っていた。

 

親父「へばっているところ悪いが、お前からは2度

   貰ってる。もう一発いくぜ」

 

彼にとっては恐怖の予告。聞くなり彼はその場から離れようと、覚束(おぼつか)ない足取りで背を向けて走り出した。

 

親父「おせぇよ」

 

だが、それはもう既に彼の背後まで迫っていた。掬い上げる様に放たれたその大きな拳は、彼を2、3度バウンドさせ、土俵際まで吹き飛ばした。

 

 

ズザーッ

 

 

土俵と肌の摩擦は致命傷ならずとも、「擦り傷」というダメージを彼に与えた。しかし背後からの一撃は確かに背中に重いダメージとなっていた。

 

親方「つ〜…っ」

 

だがそんなものは彼にとっては許容範囲内。例え2撃連続で攻撃を受けようとも。

 でもそれ以上に、

 

親父「3回だ」

 

No.2の権力者として、王者として君臨してきた彼にとって、

 

親父「コレでお前が土俵に付いたの」

 

この事実の方がヘビーブローだった。そう、彼は本来であれば3回負けている事になる。

 

親方「っくしょ〜…」

 

両手を膝に置きながら歯をくいしばり、元の大きさに戻っている敵を睨みつける。が、言っている事はごもっとも。反論の余地がない。それでも、

 

親父「お前じゃ勝てねぇよ。(いさぎよ)く負けを認めな。

   回れ右をすればすぐ場外だぞ」

 

それだけは(ゆず)れなかった。

 

親方「誰が諦めるかよ。何遍地に()(つくば)ろうが、

   どんなにみっともなくても、泥臭くても、

   絶対に勝つ!お前には負けたくねぇ!」

 

彼はそう言い放つとその場で構えた。

 

 

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 お馴染みのポーズで、またしても親友を煽る太々しい男。その甲斐あって再び熱くなる親友に、

 

親父「(ホント単純)」

 

と余裕の思想。「どうせまたムキになって突っ込んで来る」彼はそう予期していた。そしてそうであれば、また同じ事を繰り返せばいいだけ。そう思っていた。

 しかし、その親友は奇妙な行動に出ていた。彼と親友の間には土俵の半径分の距離があるにも関わらず、その場で構えたのだ。

 腰から重心をしっかりと下へ落とし、左手を真っ直ぐ前へ。そして利き手の掌をこちらに向けて肋の下でスタンバイ。それは疑いようもない程の『打』の構え。故に届くはずもない。「こちらから近づかなければいいだけの事」彼はそう結論付け、その場で休憩を…。

 

親父「!?」

 

彼は気付いた。親友が不敵な笑みを浮かべている事に。

 

親方「いいのかよ?そのままで」

 

親友が放ったその言葉が決め手だった。「何かある」彼はそう考え直し、今後の展開のシミュレーションを開始した。それは(わず)かな時間。だが、ありとあらゆる可能性を想像し、導きだした彼の答えは…。

 

親父「(能力を解放後、飛び込んで来る。

   そして間合いを詰めたところで掌底打ち)」

 

そして、彼もまた構えた。親友の攻撃を(かわ)すのに最も適した、効率の良い構えに。それは偶然にも合気道の基本の構え、そのものだった。

 

親父「かかって来い!」

 

「必ず躱す」彼はそう意気込んで親友を挑発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、彼は宙を飛んでいた。

 

 




ご意見頂いた皆様、ありがとうございました。
少しずつ書き方に反映させていこうと思います。


この話で気付けば100話目。
ここまであっという間でした。

「100話目という事で何か特別企画を…」とも考えましたが、いい物が思い浮かびませんでした orz

そしてこんな(つたな)い作品を読んで頂いている皆様、本当にありがとうございます。
これからもこの作品を悔いの残らないような形に仕上げ、思いっきりやりたい事をやって行きたいと思います。

どうぞこれからも宜しくお願いします。



次回【三年後:鬼の祭_拾玖】

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