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バチーンッ!
己で両頬を平手打ちし、気合いを再注入するNo.2の権力者。真っ直ぐ正面にいる旧友を鋭い眼光で見つめ、全身から怒気を放っていた。
親方「てめぇ…」
彼が怒気を込めて放った一言に、旧友は眉間に皺を寄せ、ふんぞり返りながら見下す様に「何か用か?」と視線で尋ねた。その視線は、彼の逆鱗に触れた。
親方「何故ルールの変更を提案した!?
アレが無ければ決まっていただろ!
勝つ気あんのか!?手ぇ抜きやがって。
そんなんで勝っても嬉しくねぇぞ!」
親父「うるせぇな、ゴチャゴチャゴチャゴチャと。
お前に相撲で勝つ事なんていつだって出来た
んだよ。これで分かっただろ?」
怒鳴る彼に、面倒くさそうに頭を
親方「あ゛〜!?たかが一回有利になっただけで、
いい気になってんじゃねぇぞ!
その後一方的だっただろうが!」
彼は怒気を増して「調子に乗るな」と言い返した。
牙を剥き出しにし、怒りを
恐れ
親父「それが全て相撲では反則技だってぇのに、
随分と偉そうに言うな」
「呆れた」と冷めた視線を向けながら言い放った。
親方「新ルール内だから問題ないだろ!それにそう
じゃなくても、別の手段で回避出来た!」
親父「はっ、どうだか。さっきお前も言ってたろ?
『新ルールじゃなければ決まってた』って。
あの後そのまま前にでも倒れれば、
お前はペシャンコだっただろうよ。
それと勘違いするなよ?
このお前にとって有利なルールでも、
負けるつもりは毛頭ない」
親方「このヤロー、上から物言いやがって…。
小させぇクセに、立場が下なクセに、
少しだけ年が上だからって昔からいつもいつ
も…。あの時だってそうだ!勝手に決め付け
やがって!誰も頼んでいないのに!」
この言葉にライバルは、ハッと何かに気付いた様な表情を浮かべ、そっと呟いた。
親父「そうか…。あの頃からだったか…」
親方「あ゛っ!?」
親父「何でもねぇよ。それよりもさっさと再開しよ
うぜ。ほれ、お前のタイミングで来いよ」
敵は彼に向かってそう伝えると、両手の拳を土俵に付けて構えた。そのどこまでも太々しい態度に、彼の怒りはついに頂点に達した。
親方「舐めてんじゃねぇぞっ!!」
第2ラウンドのゴングが鳴った。
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仕切り線まで戻ったはいいが、目が合うなり言い争いを始める2人。『言い争い』とは言うものの、熱を帯びているのは父さんだけ。完全に
そして「最後の仕上げ」とでも言う様に、先に土俵に手をついて先手を譲る親父さん。ここまでされては…
親方「舐めてんじゃねぇぞっ!!」
父さんの怒りは大噴火。惜しげも無く能力を使い、一気に体中の筋肉が膨れ上がらせ、素早く両手を土俵に触れると、親父さん目掛けて突進を仕掛けた。その勢いは最初の立会いの比ではない。能力を解放した事により脚力も上がり、踏み込んだだけでトップスピードにまで達している。
このスピード。それに面積が大きくなった筋骨
だがそれは違った。信じられない事に、次の瞬間その巨大な体が、ふわりと宙を舞ったのだ。何が起きたのか訳も分からず、呆気に取られていると、
萃香「勇儀っ!」
正面の親友から喝。お陰で我に返ることができた。「見惚れていてはダメ。今の私は審判」そう自分に言い聞かせ、遅ればせながら
勇儀「のこった!」
試合再開を告げた。
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合気道。古武術の一つで熟練者ともなれば、体格差関係なく、相手を制する事が可能となる武術。その主な特徴は相手の力・ベクトルを利用する事。
彼が仕掛けた策もそれに準ずる物だった。だが誰かに教わった訳でもなく、文献等を参考にした訳でもなく、完全なるオリジナル。これもこの時の為に、何度も何度も練習を重ねて来たものだった。
『巨大な壁』とも思える程の大きさで迫る親友に対し、彼は瞬時にその懐に低姿勢で潜り込み、その勢いを殺す事なく、寧ろ加速させるイメージで下から突き上げた。
チャンピオンの主なベクトルは水平方向。そこに彼によって、垂直方向のベクトルと水平方向の加速度が加えられ、その合成ベクトルには角度が生まれる。
つまり、相手は勢いよく飛んでいく。
ドシーンッ!
空中でひっくり返り、背中から落下。町1番の力自慢は土俵の上で大の字になった。
親父「(馬鹿が。ホント脳筋だな)」
そう、これは彼の策略通り。相手を怒らせたのも、煽って能力を発動させたのも、先に両手をついて構えたのも、その全てが彼のシナリオ。この一手の為に仕組んだ事だった。
作戦通りにいけばガッツポーズの一つでも取りたくなるもの。しかし彼は止まらなかった。「今度はこっちの番」と能力を発動。鬼の平均よりも小柄な彼の体は、親友と同じ背丈になり、
その倍の大きさになり、そして更にはその倍にまで。
そうコレが、この巨体こそが彼の娘達が想定していた最大の大きさ。観客達はその怪物に目を皿にしながら見上げ、言葉を失った。
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親方「…」
呆然。己の身に何が起きたのか分からず、只々。
敵に突進をしかけ、辿り着いたと思った途端景色は変わり、背中と後頭部に走る痛み。そして瞳に映るのは地底の天井。脳内は『?』だらけ。そんな彼の目に飛び込んで来たのは…。彼は一気に危険を察知した。だがそれはもう…
親父「ルールとは言え、一回は一回だ」
彼の顔を覆う程の影は、息つく暇もなく彼の目の前に。
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グシャァッ!
低く、鈍く、不快な音。そしてその後に「ミシミシ」と聞こえて来る骨の悲鳴。
私が恐れていた光景がとうとうやって来た。無傷で終わるはずがない。それは覚悟していた。けど、けど………。
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彼女の父親が放った大きな拳は、チャンピオンの顔を捉えていた。
顔は文字通り拳の下敷き。無事なのかどうかもその拳に覆われ、表情を伺う事も出来ない。今は誰から見ても父の優勢。だが彼女は素直に喜べずにいた。
萃香「うっ…」
その衝撃的な光景に思わず目を背けてしまった。
反対側の親友へ視線を移せば、親友もまた彼女と同じ様に顔を
萃香「そう…だよね」
「例え何があろうと、目を背けてはいけない」腕を組んでそう胸の内で誓った。
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親父「コレでくたばっちゃいねぇだろ?」
親方「当たり前だろ。さっさとこの汚い手を
退けろ」
彼がそう言い放つと、顔面に
そして立ち上がろうと膝に手を掛けた途端、強烈な目眩に襲われた。
親方「う゛っ…」
親父「フラフラじゃねぇか」
親方「うるせぇっ!」
強がって吠えてはみるが、意識が一瞬飛んだことにより、不覚にも能力はOFF状態。加えて彼の鼻からは血が流れ出し、先程の一撃が相当なダメージであると物語っていた。
親父「へばっているところ悪いが、お前からは2度
貰ってる。もう一発いくぜ」
彼にとっては恐怖の予告。聞くなり彼はその場から離れようと、
親父「おせぇよ」
だが、それはもう既に彼の背後まで迫っていた。掬い上げる様に放たれたその大きな拳は、彼を2、3度バウンドさせ、土俵際まで吹き飛ばした。
ズザーッ
土俵と肌の摩擦は致命傷ならずとも、「擦り傷」というダメージを彼に与えた。しかし背後からの一撃は確かに背中に重いダメージとなっていた。
親方「つ〜…っ」
だがそんなものは彼にとっては許容範囲内。例え2撃連続で攻撃を受けようとも。
でもそれ以上に、
親父「3回だ」
No.2の権力者として、王者として君臨してきた彼にとって、
親父「コレでお前が土俵に付いたの」
この事実の方がヘビーブローだった。そう、彼は本来であれば3回負けている事になる。
親方「っくしょ〜…」
両手を膝に置きながら歯をくいしばり、元の大きさに戻っている敵を睨みつける。が、言っている事はごもっとも。反論の余地がない。それでも、
親父「お前じゃ勝てねぇよ。
回れ右をすればすぐ場外だぞ」
それだけは
親方「誰が諦めるかよ。何遍地に
どんなにみっともなくても、泥臭くても、
絶対に勝つ!お前には負けたくねぇ!」
彼はそう言い放つとその場で構えた。
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お馴染みのポーズで、またしても親友を煽る太々しい男。その甲斐あって再び熱くなる親友に、
親父「(ホント単純)」
と余裕の思想。「どうせまたムキになって突っ込んで来る」彼はそう予期していた。そしてそうであれば、また同じ事を繰り返せばいいだけ。そう思っていた。
しかし、その親友は奇妙な行動に出ていた。彼と親友の間には土俵の半径分の距離があるにも関わらず、その場で構えたのだ。
腰から重心をしっかりと下へ落とし、左手を真っ直ぐ前へ。そして利き手の掌をこちらに向けて肋の下でスタンバイ。それは疑いようもない程の『打』の構え。故に届くはずもない。「こちらから近づかなければいいだけの事」彼はそう結論付け、その場で休憩を…。
親父「!?」
彼は気付いた。親友が不敵な笑みを浮かべている事に。
親方「いいのかよ?そのままで」
親友が放ったその言葉が決め手だった。「何かある」彼はそう考え直し、今後の展開のシミュレーションを開始した。それは
親父「(能力を解放後、飛び込んで来る。
そして間合いを詰めたところで掌底打ち)」
そして、彼もまた構えた。親友の攻撃を
親父「かかって来い!」
「必ず躱す」彼はそう意気込んで親友を挑発した。
次の瞬間、彼は宙を飛んでいた。
ご意見頂いた皆様、ありがとうございました。
少しずつ書き方に反映させていこうと思います。
この話で気付けば100話目。
ここまであっという間でした。
「100話目という事で何か特別企画を…」とも考えましたが、いい物が思い浮かびませんでした orz
そしてこんな
これからもこの作品を悔いの残らないような形に仕上げ、思いっきりやりたい事をやって行きたいと思います。
どうぞこれからも宜しくお願いします。
次回【三年後:鬼の祭_拾玖】