東方迷子伝   作:GA王

101 / 229
三年後:鬼の祭_拾玖

□    ■    □    □    □

 

 

 空手の熟練者が真っ直ぐに並んだろうそくの火を拳圧だけで一度に消す。そんな光景を見た事がある者は少なくないはず。想像してみて欲しい。例えばそれを放ったのが相撲の横綱級の大男だったら、人間よりも遥かに力を持つ鬼だったら、そしてその中でも更に倍の力を一時的に出せる者だったら…。その答えは観客が見守る決闘の中、たった今繰り広げられていた。

 構えの状態から能力を発動。伸ばした左手を引きながら、右手で素早く空気を押し出す。彼の放った掌底は空気の壁を生み出し、身構えるターゲットに一直線に向かって行った。

 

 

バチーンッ!

 

 

鞭で叩かれた様な音が会場中に響いた途端、ターゲットは吹き飛んだ。その距離、土俵の半径分。即ち、反対側の土俵際である。

 

親方「ドヤッ!」

 

ここぞとばかりの笑み。

 

  『おおおーっ!』

鬼一「なんだアレ!?」

妖怪「何も見えなかったぞ!」

鬼二「伊吹の旦那何かにぶつかったか!?」

鬼助「親方ーっ!半端ないです!」

 

初めて目にした技に湧き上がる観客席。必然的に彼への声援も増えていく。彼は勢いにのり、観客達に向かって拳をあげて答えた。

 だがそんな彼を観客席から冷静に分析する者達も。

 

??「アレは衝撃波じゃのう」

??「え?そうなの?無色の光弾じゃないの?」

??「あの者達はそう言った類の物は

   好まないはず。あくまでも『力』だろうね」

 

そして会場から少し離れた崖の上では、見下す様にその光景を見つめる者も。

 

??「面倒くさい種族」

 

彼が大歓声に包まれる中、敵はフラフラになりながらも起き上がって来ていた。

 

親方「どうだ!コレが鍛錬の成果だ!

   効いただろ?」

 

ドヤドヤしながら語る彼。

 そう彼が日々鍛錬を行なっていたのは、全てこの技の習得のため。この技を放つには膨大な『力』が必要。そこで彼は、筋力アップを中心としたトレーニングを積んでいたのだった。

 

親父「ホント考えもしなかった…」

親方「驚いたろ?名付けて『大江山颪』!」

 

「カッコイイだろ?」とでも言う様に誇らし気に語るも、

 

親父「驚いた驚いた。でも連撃は難しいだろうな」

 

「名前はどうでもいい」と(あしら)う様に素直な感想を残す敵。と同時に、この技の弱点を言い当てていた。だがそれはこの状態、この距離では関係ない事だった。

 

親方「近づけるなら…、近づいてみな!」

 

彼はそう言い放つと再び構えた。

 

 

■    □    □    □    □

 

 

親父「バカがッ!」

 

2撃目が来ると察し、彼は全速力で親友へと向かって行った。

 

 

バチーンッ!

 

 

だが辿り着く事もままならず、痛烈な衝撃波を正面に受け、再び元の位置まで戻された。

 その衝撃は巨大な手で放たれた突っ張りを全身で受けた様。だが来ると分かっていれば、その対策も可能というもの。彼はすぐ様受け身を取り、左方向、主審がいる方向へと駆け出した。

 

 

□    □    ■    □    □

 

 

 私は開いた口が(ふさ)がらなかった。父さんの隠し技が、そんなものが、そんな事が出来ただなんて…。強大な力があればこそ可能な技に、私は憧れを抱き始めていた。

 だがその弱点を早くも見切り、指摘した親友の親父さんにも舌を巻いた。「たった一撃受けただけなのに、どうしてそこまで分析できる?」素直にそう思った。と同時に「次は必ず避ける」と確信していた。

 そうとは察していない様子の単純な父さん。続け様に2撃目の構え。その瞬間、

 

親父「バカがっ!」

 

予想外の動き。親父さんは前方へ駆け出していた。そして避けもせず、正面からまともに受け、再び吹き飛ばされた。

 違和感。それしか無かった。「何故そんな事を?」そう思ったのも束の間、彼は受け身を取ると共にこちらへ向かって走り出していた。「逃れる為の位置替えか?」と思いを巡らせていると、

 

親父「そこを離れろ!」

 

手で「退け!」とジェスチャーを送りながら私に指示。その指示に慌てて右側、彼がいた方向へ移動を開始した。私と親父さんが土俵下と土俵上で重なりあった時、

 

 

バチーンッ!

 

 

3撃目がヒットした音が。

 親父さんは土俵際を走っていた。「吹き飛ばされて場外か!?」とその光景が頭をよぎった。だが彼は能力を発動し、父さん程の大きさに体を変化させて堪えていた。

 

親父「行けっ!」

 

私へ掛けられた言葉だと直感した。再び走り出し、父さんを正面にする位置へ。

 その場に立った時、ようやく気が付いた。今私の背後には………観客席。そこにはカズキとお母ちゃんさんの姿も。これまでの親父さんの奇妙な行動、その全てが私の中で一本の線になった。

 

勇儀「お前さん達そこから離れろ!」

 

私は観客席へ向かって叫んだ。

 

 

□    □    □    □    ■

 

 

 観客席は地底の壁を正面に、土俵をUの時で囲う様に組まれている。今、左の観客席は慌ただしく動き出していた。

 

カズ「おっちゃん、守ってくれてた?」

お母「みたいだね。全く、他人の事を心配している

   場合じゃないだろうに…」

妖怪「もし避けられていたら…」

鬼 「伊吹の旦那…」

 

背後にいる自分達を身を(てい)して救ってくれていた。彼の身内のみならず、他の者達もその事に気付き初めていた。

 

お母「兄者ぁー!負けんじゃないよっ!」

 

妹からの喝。

 

カズ「おっちゃんありがとう!頑張れぇ!」

 

生意気な甥からの温かい声援。そしてそれを皮切りに、観客席から感謝と応援の言葉が次々と上がっていった。

 

妖怪「ありがとうございます!頑張ってください!」

鬼 「旦那!負けないで下さい!」

 

 

■    □    □    □    □

 

 

親方「そういう事か。どうりで変だと思った」

親父「…」

 

構えをそのままに、ゆっくりと()り足で中央の席、VIP席側へ移動する親友。

 

親方「すまないな」

親父「ぃゃ…」

 

それを俯きながら横目で追う彼。

 

親方「すっかり人気者じゃねぇか」

親父「…」

親方「いいもんだろ?みんなからの声援ってのは」

親父「…」

 

皆に感謝され、英雄となった彼。鳴り止まぬ大歓声の中、彼は今………。苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 すると彼は何の前触れもなく能力を発動させると、更に巨大化。その大きさ実にチャンピオンの4倍。想定されている最大の大きさ。そこから放たれる拳は、さながら投じられた岩石。それに対するは、

 

親方「『大江山颪』!」

 

実態を持たない衝撃波。

 

 

バチーンッ!

 

 

これまでと変わらぬ音。だがそれは彼の表情を一時だけ(ゆが)めさせる程度。迫る拳は止められない。

 

親方「あぶねっ!」

 

親友は慌てて左へ飛び、転がりながら回避。

 彼の一撃はターゲットを失い、勢いそのままに土俵へ直接攻撃。拳に伝わる(しび)れに耐え、彼は追いかける様にもう一撃を放つ。が、これも避けられ空振り。

 

親父「ちょこまかと…」

 

それでも諦めず、彼の拳はターゲットを追い続ける。

 

 

□    ■    □    □    □

 

 

親方「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

再び土俵際近くまで追い込まれ、肩で息をしながら、全身から大量の汗を流すチャンピオン。

 先程から迫る一撃を躱せてはいるものの、都度体力は削られていた。だがこんなピンチの時にこそ、アイディアは降って来る。

 その彼を目掛けて水平に放たれた巨大な左拳。そして彼は、動いた。全身に反時計回りの回転を加え、流れに身を(ゆだ)ねる様にやり過ごすと、その回転に乗せて敵の腕目掛けて兵器を構える。渾身の、全力の、右ストレート。

 

 

ゴッ!!

 

 

それは相手の左肘をしっかりと捕らえていた。

 

 

■    □    □    □    □

 

 

 肘を机の角等にぶつけた時に生じる強烈な痺れ。通称『ファニーボーン』。今の彼はまさにこれに襲われていた。握っていた手は無意識に開かれ、込めていた力は抜け落ち、表情を歪めていた。

 それもこれも自分の最初の一手を真似、反撃を仕掛けて来た()()()()の所為。だがその者の反撃はまだ始まったばかり。未だ残る痺れが完治するよりも早く、小さき者は彼の腕に手を掛け、体重を乗せる様にして飛び蹴りを左頬へ放った。

 相撲という競技では見られない技の連続に、湧き上がる観客達。その熱は最高潮を迎えていた。皆が「もっと見たい」「もっと激しい試合を」「より過激なものを」と望んでいた…そう、この時までは。

 小さき者が放った蹴りは空中で放たれたもの。踏み込みが無い分ダメージは軽減される。それでも同じ体格の者であれば致命傷ともなり得る。だが今の彼の体格はその4倍。効果は薄かった。

 

 

□    ■    □    □    □

 

 

蹴りを入れた彼は焦っていた。それなりのダメージになると思って放った一撃だった。しかしその瞬間目に映ったのは、彼を睨み殺すような大きな瞳。

 

親方「(カウンターが来る)」

 

そう察して蹴りの体勢を解き、守備の構えを取ろうとしていた。

 だが、それは許されなかった。敵の大きな右手で足を掴まれると、そのまま振り上げられ、

 

 

ビッッッターンッ!

 

 

勢いよく土俵へと叩き付けられた。痛恨のダメージを受けた彼は(わず)かな時間意識が遠のいた。だが敵はそれすらも待ってはくれない。彼が意識を戻した時、地面は既に目の前。

 

 

ビッッッターンッ!

 

 

□    □    ■    □    □

 

 

 見るも無残な光景に思わず口を覆ってしまった。気を失っているのにも関わらず、駄目押しの追撃。さっきまでの盛り上がりが嘘の様に静まり返る中、今私の目の前で横たわり、ピクリとも動かない父さん。

 今すぐ声を掛けたい。叫んで伝えたい。もう………やめてくれと。

 

 

□    □    □    ■    □

 

 

 組んでいた両手は、いつしか震える己の体をしっかりと掴んでいた。それは(さなが)ら凍える身を温める様に。そう、彼女は全身に走る恐怖に凍えていた。彼女でさえ「やり過ぎだ」と感じてしまう程の惨劇に。

 そして、父の異変に。攻撃をしていたのは紛れもなく彼女の父。だが彼は元の姿で膝に手を乗せ、真っ青な顔で辛そうに息をしているのだ。疲労。その一言では片付けられない程の父の変貌ぶりに、彼女の(あふ)れる思いは、ついに限界を超えた。

 

萃香「2人とももう」

??「萃香ァッ!!」

 

だがそれは彼女の名を叫ぶ声によって阻止された。

 声のする方へ視線を移せば、そこには彼女を見つめる鋭い視線が。

 

萃香「勇儀…」

勇儀「…耐えろ」

 

そう言い残す彼女の拳からは、赤い涙が流れていた。

 

 

 

 






次回【三年後:鬼の祭_弐拾】

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。