東方迷子伝   作:GA王

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三年後:鬼の祭_終幕

□    □    ■    □    □

 

 

 父さんの手が親父さんの額に触れた途端、破裂音が耳の奥にまで響いた。押し付ける様に空中で放ったそれは、踏み込みが無い分威力は落ちる。だが、今親父さんの上体は大きく後ろに傾いている。この威力であれば…。

 そして、事は私の予想通りに運ばれていく。父さんは精根尽き果て、土俵上へと落下。

親父さんは足を滑らせた様に奥へと倒れ出している。踏み止まったとしても、着く足は完全に場外。しかも(わず)かだが後ろへと吹き飛んでいる。

 試合が始まってからこの瞬間まで、短い時間だったと思う。でも私にとっては長く辛い時間だった。これでようやく………。

 

勇儀「!?」

 

一安心も束の間だった。我に返り、目の前の現実に目を向ければ…。

 

勇儀「マズイッ!」

 

気付くと同時に走り出す。親父さんが倒れるその方向には…………観客席。

 

  『きゃーーーッ!』

  『うわーーーッ!』

 

観客達は悲鳴を上げながら、慌ただしく避難を始めてはいるが、これでは内側の者達が…。と、そこに展開される特大の蜘蛛の巣。それは観客席の上に太い糸で高密度に広がり、まるで屋根。これはヤマメの仕業。けど『あの日』の比ではない程、強くしっかりとした物になっている。「頼む、止まってくれ!」走りながら祈り続けた。と同時に「あれならば」と期待もしていた。

 

 

ブチブチブチッ!

 

 

だがそれすらも無慈悲に突き破る。いや、親父さんの巨体に耐えきれず、接着点が剥がれていた。観客席にはまだ避難出来ていない者達が大勢いる。頑丈が売りの鬼とは言え、あの重さで潰されてしまっては、大怪我は間逃れない。

 とにかく走る。今の自分に、能力も持たない私に、何が出来るかは分からないけれど、放ってはいられない。ただひたすらに走る。

 そんな走り続ける私の目に映ったもの。それは目を疑いたくなるもの。幻だと信じたいもの。私が向かう先には、小さな影が。

 

勇儀「え………大鬼?」

 

 

□    □    □    ■    □

 

 

 彼女はいち早く動き出していた。今観客席に迫るそれを防げるのは自分だけ。己の能力『蜜と疎を操る程度の能力』による巨大化のみだと覚り、父が吹き飛ぶ直前から観客席へと走り出していた。

 

萃香「ここなら…」

 

今彼女は父の丁度真下の位置。降ってくる背中の中央部。

 

萃香「(全部を受け止められないのは分かってる。

    でも少しでも軌道を変える事が出来れば、

    大惨事は逃れられる)」

 

そして一気に能力を解放する。

 

萃香「『ミッシングパワー』!」

 

が、

 

萃香「…えっ?」

 

それは想定外の大きさだった。あろう事か能力を使った今の彼女は、

 

萃香「どうして!?なんで変わらないのっ!?」

 

変化がなかった。

 この時、彼女は気付いていなかった。今日自分が何をしていたのかを。その時ふんだんに能力を使っていたという事を。そう、彼女が能力を使えるだけのエネルギーは、悲しくも底をついていたのだった。

 

 

□    □    □    □    ■

 

 

  『きゃーーーッ!』

  『うわーーーッ!』

 

上がる悲鳴。迫る恐怖に慌てて逃げ出す者達。そして圧倒されて身動きができぬ者達。多くの者が青ざめた表情を浮かべていく中、

 

??「向こうへ逃げろっ!動けない奴は強引にでも

   引っ張って行け!」

 

飛ぶ的確な指示。その指示を出したのは意外な事に、暴走気味だった若き鬼によるもの。我先にと逃げ出していた者達は、その声を皮切りに次々と近くにいる者へ手を差し伸べ、共に避難していく。

 

??「はわわわわ…」

 

そして彼の側でも怯えて動けなくなった者が。

 

鬼助「キスメ行くぞ!パルスィと大鬼も来いっ!」

パル「指図するなんて妬ましい…。大鬼行くよ!」

大鬼「分かった!」

 

桶ごと彼女を抱え、少年と橋姫を呼びながら走り出す若き鬼。

 

??「お空!大鬼君とアタイを一緒に運ぶニャ!」

お空「うん!」

 

彼女は家族の指示に返事をすると共に翼を広げ、黒猫の姿へと変身した猫娘を肩に乗せると、手を伸ばしながら低空飛行で少年の下へ急いだ。

 

お空「大鬼君!」

 

少年はその声に気付くと、彼女に身を預ける様に手を差し出した。

 

 

ドンッ

 

 

が、逃げ惑う人の波に押されて彼女の手を掴み損ね、

 

お空「どどどどどしよー!」

 

更に最悪な事に下段の観客席へと転げ落ちた。

 

黒猫「ニ゛ャーーーッ!」

 

悲痛な猫の鳴き声。そんな中、それは突然現れた。

 キラキラと輝く白い糸で編まれたきめ細やかな蜘蛛の巣。飛び込んで来る特大の獲物を捕らえにかかる。

 

ヤマ「(絶対に止めてみせる!もう『あの日』

    みたいな事にはさせない!)」

 

そう心に誓って放った蜘蛛姫の渾身の傑作は、

 

 

ブチブチブチッ!

 

 

無情にもその勢いを殺す事もままならず、残酷な音を立てて剥がれ落ちた。

 

ヤマ「ウソ…」

 

迫る巨大な影はもう彼女達を覆い始めていた。

 

 

ドッシーンッ!!

 

 

次の瞬間、地底の地面は大きく揺れ、砂埃が舞い上がった。

 

 

□    □    □    □    ■

 

 

 慌ただしく動く場内。それは当事者達だけに限った事ではない。町の統治者が集まるVIP席でも…。

 

??「やばいっ!」

 

倒れていく戦士の方向から直ぐに状況を察した女神。彼女のいる位置からでは、今動いたところで間に合わない。だが居ても立っても居られず、立ち上がって自身の席を踏み台に、駆け出した。

 

??「小町っ!」

小町「はいっ!」

 

時を同じくして部下へと指示を送る地獄の最高裁判長。その部下は上司の指示の前から既に動き出していた。愛用の鎌の()を慣れた長さで肩に乗せ、先端を目標に合わせて測定開始。その測定は瞬時にして正確無比。

 これは彼女が『距離を操る程度の能力』を持つが故。彼女は能力発動時、前準備として着地点までの距離を、肩から伸びる柄の長さで計測する。

 

小町「300強…」

 

鋭い目付きで呟く。それは計測が完了した証。そして能力を発動し…。

 

小町「えっ…?なんだいアレ?」

 

足を踏み出す直前だった。その時彼女の瞳に、赤い角が生えた黄金色の龍が映った。

 

 

ドッシーンッ!!

 

 

次の瞬間、彼女は言葉を失った。

 

 

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 血の気が引いた。その影は紛れもなく大鬼。更にその近くにはヤマメ、キスメ、パルスィに鬼助まで。しかも観客席の前には萃香の姿が。この距離では走り続けても間に合わない。このままではみんなが…。

 あの日、私は何も出来なかった。己の無力さを呪った。もしあの日、あの時…。能力があれば、守れるだけの力があれば、アイツに辛い思いをさせないで済んだ。もうあんな思いは沢山だ。もう二度と約束を破るものか!私はアイツに「守ってやる」と言ったんだ。絶対に守ってみせる!大鬼を!みんなをっ!

 力が欲しい。今この瞬間だけでいい。みんなを守るだけの『純粋な力』が!!

 

 

□    □    □    □    ■

 

 

ドッシーンッ!!

 

 

会場中に響き渡る大きな破壊音。そしてその後に上がる絶叫と耳を(ふさ)ぎたくなる断末魔。

 

??「いかんっ!」

 

その悲惨な結末に、慌てて腰を上げて身を乗り出す最年長者。彼の周囲にいる者達は、(むご)い光景から瞳を強く閉じ、視線を逸らせていた。

 

医者「急がんと!」

 

彼は万が一の事を想定して持って来ていた道具箱に手を掛けると、座席から立ち上がり、走り始めた。

 

??「お爺さん待って!」

 

その彼へ静止を呼びかける声。

 

??「あたいが連れて行く!一瞬で着くから!」

 

それは既に着地点近くまでの計測を終えている者からの指示。彼女が手を差し伸べると、

 

医者「頼む!」

 

彼はその手をしっかりと掴み、その場から彼女と共に姿を消した。

 

 

□    □    □    ■    □

 

 

 勇んで走り出し、いち早く辿り着いた彼女。だが能力が発動できない上、迫る巨大な影に覆われ始め、今はその場で立ち竦んでいた。「このままでは自分も」そう思った時だった。突如彼女の視線上、彼女の父親の真下に黄金色の髪を(なび)かせた者が表れたのは。

 するとその者は、空中で自身の身長の4倍はある父の廻しを掴むと、

 

??「うおおおおおおりぃゃぁぁぁーーーッ!!」

 

地底の壁へ向け全力投球。

 

 

ドッシーンッ!!

 

 

観客達の頭上を覆っていた超特大の球は、地底の壁に接触すると、巨大な破壊音を響かせて粉塵(ふんじん)を巻き上げた。

 

  『え゛え゛え゛えええぇぇぇーーーッ!!!』

 

会場中から上がる絶叫。観客は目を飛び出させ、顎を外す程までに口を開け、夢とも幻とも思える光景に驚愕していた。

 それもそのはず。親方様でさえも、能力使って堪えるのがやっとだった超重量を、その者はいとも簡単に投げ飛ばしたのだから。しかも片手で。更に皆の認識では、その者は能力未開花であり、言わば無能力者。「どういう事だ?」と多くの者が脳内で状況整理を行う中、

 

 

??「ギャ゛$%#〜〜〜ーーッッ!!!」

 

「そうはさせまい」と(さえぎ)る様に響く断末魔の叫び。それは(さなが)ら拷問にかけられた様な文字には出来ぬ魂の悲鳴。

 

萃香「親父ッ!?」

 

その声に彼女は慌てて走り出した。彼女だけが気付いていた父の異変。それがついに最悪の結果として起きたのだと覚って。

 

萃香「(見間違いなんかじゃなかった)」

 

崩れた地底の壁。その瓦礫(がれき)の中に、元の大きさに戻った父の姿。彼は身を(よじ)らせ、足をバタつかせ、目を白黒させて悶絶していた。傷口を抑えるその手は頭上。消えた角の部分。

 

 

□    □    ■    □    □

 

 

 次の一歩を踏み出した瞬間、景色が変わった。

 まず目に映ったのは、足下の観客席。観客の何人かは私を見開いた目で追っている。最下段にいる大鬼とも目があった。「なぜ私の下に?」そう思ったのも束の間だった。

 その観客席を覆う巨大な影が次に私の目に映し出された。いや、初めから映ってはいた。ただ余りの大きさに、ようやく認識出来たといったところだ。それくらいまでにデカイ。上を見上げれば、私の頭上すぐそこに筋肉の壁。これは宛ら迫る天井。

 

勇儀「(どうしたらいい…)」

 

奇跡的に間近まで来れたはいいが、そこから先の事を考えていなかった。

 そんな時、更に私の目に飛び込んで来た物。それは町の大通りの道幅程に太い布地。「手を伸ばせば届く」そう思った矢先だった。爆炎の様に体の奥底から湧き上がる力を感じたのは。そしてそこからは私の意思ではなかった。体がその力に導かれる様に勝手に動き、気付けば私は大声を上げながら、超巨大な鬼を壁に向かって投げ飛ばしていた。

 

勇儀「えーーーっ!!」

 

当の私でさえも目が飛び出た。己が生んだ結果に困惑しながらも、無事観客席に着地。

 その直後だった。身の毛もよだつ悲痛な叫び声が、耳から脳へビリビリと伝わって来たのは。「ただ事ではない」そう思い、向けた視線の先には七転八倒する親友の親父さんが。

 この瞬間、その様子から理解した。彼の片方の角に異常があるのだと。

 

勇儀「ヤバイッ!」

 

心の声を口から吐き出して走り出そうとした途端、

 

??「ユーネェ!」

 

私を呼ぶ大鬼の声が後方から聞こえて来た。

 

大鬼「これっ!」

 

振り向いた瞬間に投げ渡されたのは巾着袋。コイツの中身はもう知っている。

 

勇儀「ありがとうな」

 

大鬼に礼を告げて再び振り返り、観客席の端を目指して走り出す。到着した所で手すりに足を掛け、力を足へと集中させる。再びあの力が出るように祈りながら。

 

 

□    □    □    □    ■

 

 

??「伊吹ーッ!」

 

着地点はやや手前、残りの距離を全速力で走る御老体。

 彼の目に映る患者の容態は最悪。痙攣(けいれん)しながら口から泡を吹き、意識があるかどうかも怪しい状態。

 だが彼は町唯一の医者。彼が何とかしなくては、患者は助からない。道具箱を広げながら、能力を使って直ちに診察開始。体温、血圧、肺が取り入れている酸素の量、心臓の動き、脳へと送られる血の量。体の隅々までを細かく、且つ迅速に観察する。

 

??「親父ィーーーッ!」

 

そこへ少し遅れて到着する患者の娘。変わり果てた父の姿に、大粒の涙を流しながら駆け寄ると、

 

萃香「親父!親父ッ!親父ィッ!!

   目を開けてよ!嫌だよ!ねーッ!!」

 

大声で叫び祈る様に叫び続けた。

 その間も診察を続ける彼。だがその表情は険しい物へと変わっていた。

 

萃香「爺さん親父を助けてよ!医者でしょっ!!」

 

彼の肩を掴み、前後に激しく揺らして涙ながらに訴える彼女。すると彼は彼女の手を振り解くと、鋭い眼差しで心臓マッサージを開始した。

 

医者「伊吹返って来い!意識を戻せ!」

 

彼は公言しなかったが、診察の結果は…。

 そしてその事を察知したのは彼だけではなかった。彼達を後方から見守る大きな鎌を持った者もまた…。彼女にはもう一つ能力があった。それは相手の寿命を見る事ができる『死神の目』と呼ばれるもの。彼女は見ていたのだ。横たわる患者の灯火が消えかけているのを。

 

小町「…っ」

 

その者を助けようとしている。彼女にとっては見るに耐えない光景だった。医者が懸命に手を(ほどこ)してはいるが、その火はどんどん小さくなる一方なのだから。

 

小町「お爺さん、もう…」

 

その瞬間、彼女の横を風が通り過ぎた。

 

 

ドッカーンッ!ガラガラガラガラズッシーンッ!!

 

 

騒がしい音と共に、崩れた地底の壁の瓦礫(がれき)から上がる粉塵(ふんじん)

 

??「いだだだだ…」

 

そこから現れたのは

 

  『勇儀っ!?』

 

腰を摩りながら立ち上がるお嬢様。

 不思議な力を出す事に成功した彼女だったが、その制御は未だ不慣れ。力量を誤った結果である。

 

勇儀「爺さんコイツを使ってくれ!」

 

何の事情も話さず、彼へと投じられた巾着袋。

 

医者「でかしたっ!お前さん達が持っておったか」

 

彼は中身を見るなり、それの正体を瞬時に理解した。

 

医者「萃香!中に升と薬が入っておる!薬を…」

萃香「使い方は知ってる!」

 

彼女は巾着袋の中から升と容器と竹筒を取り出すと、容器の中身を少量升へ取り、そこへ竹筒の中身を注ぎ始めた。

 その間も続けられる心臓マッサージ。だが患者の意識は返って来る気配がない。

 

医者「伊吹っ!目を覚ませ!諦めるなッ!」

勇儀「親父さん生きろっ!」

小町「頑張りなっ!あたいはあんたをまだ連れて

   行きたくないよ!」

 

目覚めさせようと声を掛ける3人。それは、

 

お母「兄者ァ!寝るんじゃないよっ!」

カズ「おっちゃん起きろよッ!」

 

次第に

 

鬼助「親父さん戻って来て下さい!」

ヤマ「死んじゃダメーッ!」

パル「起きて!」

黒猫「ニ゛ャンニ゛ャニェ(ガンバレ)ニャッ!」

 

数を増やしていき、

 

大鬼「頑張れーーーーーッ!」

キス「頑張れーッ!」

お空「頑張れーッ!」

鬼 「旦那頑張れーッ!」

妖怪「頑張れーッ!」

 

全員一致の応援となった。

 

  『頑張れーーーーーーーーッ!!』

 

そこへ加わる

 

親方「ソーーーッ!くたばんじゃねぇぞォ!!」

 

親友からの力強いメッセージ。そして、

 

萃香「起きてよ…。お父さーーーんッ!!」

 

最愛の娘からの応援。患者は、

 

親父「がはッ!!」

 

息を吹き返した。大きく胸が膨らみ、萎んでいく。そしてまたゆっくりと膨らんでいき、

 

萃香「お父さんコレ飲んで!」

 

そのタイミングで彼は娘に頭を抱えられ、升の中身を口に運ばれる。意識が朦朧(もうろう)とし、口の横から(こぼ)しながらも、彼はそれを一口、また一口と少量ずつ飲んでいった。

 

小町「えっ!?」

 

死神は信じられない出来事に目を疑った。消えかけていた小さな火が、一気に業火へと変貌(へんぼう)を遂げたのだから。そして紛れもなく虫の息だった彼は、

 

親父「ふっかーーーつ!!」

 

両手に作った拳を突き上げて「元気いっぱいだ」とアピールしながら起き上がり、

 

  『うおおおおおおーーーーっ!』

 

その奇跡的な復活劇に観客席からは、驚きと歓喜の雄叫びが上がった。

 

萃香「お父さんっ!!」

親父「なんだ?なんだ?どうした?」

 

感極まって抱きつく愛娘に動揺の色を見せる彼。何を隠そう彼は、

 

萃香「どうしたじゃないよ〜。

   死に際だったんだよ!ふぇ〜ん」

親父「何っ!?そうだったのか!?」

 

自分の身に起きた事を覚えていなかった。だが、生死の(ふち)彷徨(さまよ)いながらも、確かに記憶している事もあるようで…。

 

親父「そう言えば綺麗な川は何処いった?」

勇儀「川?」

親父「赤い花がブワーッて、咲いててな。

   綺麗な景色だったんだよ」

 

彼が語るその場所に覚えのある者がこの場に一名。それは彼女が普段から目にしている景色だった。真面目に仕事をする事はしばしば、彼岸花で囲まれたお気に入りの場所でのんびりと過ごす事は日常茶飯事。その場所こそ、

 

小町「それ、三途の川だよ…」

 

である。

 

勇儀「あの世一歩手前じゃないか!」

小町「あたいと四季様がこっちに来ていて良かった

   ね…」

親父「マジか!?だっははは!そいつは運が

   良かった!」

 

そう、それはまさにギリギリ。彼が強運だったが故の結果。死神の彼女がこの場にいなければ、今頃は船で三途の川を渡っていた。そして地獄の最高裁判官が、普段通りの業務を行っていたら、彼は『ジャッジメントですの』されていた。

 そんな危機的状況だったにも関わらず、膝を叩きながら大笑いする彼に、「なぜあんなにテンションが高いのだ?」と疑問を抱き始める者が。

 

医者「おい萃香、薬に何を混ぜた?」ヒソヒソ

 

薬を用意した本人に耳打ちで尋ねた。

 

萃香「ふぇ?何ってコレ…」

 

流れる涙を拳で拭いながら、彼女が彼に手渡した物。それは薬を溶かすために使った液体が入っていた竹筒だった。彼は中身を確認しようと栓を開け…

 

つーーんッ

 

その途端、強烈な臭いが鼻を刺激した。

 

医者「うっ…、なんじゃコレは!?酒かっ!?

   しかもかなりキツイ…」

勇儀「『酒が無限に湧き出る瓢』の中身だよ。さっき

   ちょっと使って、残った分を勿体無いから、

   鬼助が持っていた竹筒に入れといたんだ」

医者「酒じゃとーッ!?」

勇儀「え?ダメなのかい?」

医者「そんなの…」

 

「当たり前だ」と声を荒げて放とうとした矢先、

 

親父「うおっ!ホントだっ!角がねぇっ!!」

 

遅ればせながらその事実にようやく気が付いた当人。左手でいつもならあるべき物を触ろうとするが、(むな)しくもその手はスカスカと空を切っていた。それは頭上を舞うハエを追い払う様に。

 

医者「そうじゃった!伊吹痛みはどうじゃ?」

親父「あー、不思議と今は無いな」

 

薬の効力を知ってはいるものの、念のため確認する医者。それに天井を見上げてぼんやりと答える彼だったが…。

 

親父「でも角が片方って…」

 

角は鬼の象徴。それが片方無くなった。その事実がショックだったのだろう。彼は呟きながら塞ぎ込んでしまった。

 

萃香「お父さん…」

勇儀「親父さん…」

小町「鬼さん…」

医者「伊吹…」

 

そんな彼を気遣い、声をかける一同。だが呼んではみるも、その先の言葉が見つからず、皆一様に暗い表情を浮かべていた。

 

親父「か〜っくい〜」

  『は?』

親父「コレはコレでありだろ?個性だろ?

   だって他にいないだろ?角が片方だけの鬼

   なんて。よし、決めた。今日からおっさんは

   『片角の伊吹』だ」

 

だがそれは取り越し苦労。彼は凹んでなどいなかった。寧ろ喜んでさえいた。それもこれも『薬×酒』がもたらした謎のテンションによる物なのだが…。

 そして先程から続いているこのテンションに、彼の愛娘がとうとう…。

 

萃香「親父ぃ〜…」

 

「いい加減にしろよ」と鋭い視線を送り出した。しかしそんな事では彼の暴走は止まらない。

 

親父「あれ?何だよ萃香。もうお終いか?

   またさっきみたいに『お父さん』って呼んで

   くれてもいいんだぞ?

   お前さんがこれくらい小さい時は、

   『お父さん、お父さん』って追いかけて来た

   り『お風呂はお父さんじゃないとイヤッ』っ

   て…」

 

 

ゴッ!

 

 

脳天に下る制裁の鉄拳。

 

萃香「バッッッカじゃないの!?

   人前でそういう事大声で言わないでよね!」

 

幼い頃の話とは言え、話題が話題。年頃の女の子にとって『父』『一緒』『風呂』この三文字の羅列はタブー中のタブーである。故に彼の愛娘は真っ赤な顔で声を荒げ、怒りを露わにした。

 

親父「萃香、おっさん一応、怪我人。

   瀕死だったの。分かる?」

萃香「なんなら私の手で送ってあげようか?」

 

実の父を見下ろし、拳を鳴らす彼女。その表情たるや、(まご)うことなき鬼の面。文字通りの鬼の形相である。

 するとつい先程まで死にかけ、いや、死を体験した者は

 

親父「逃げるが勝ちっ!!」

 

立ち上がり、その場から砂埃を巻き上げながら、猛ダッシュで撤退した。

 

萃香「あっ!待てぇーッ!」

 

それを「逃してなるか」と彼女もまた追いかける。この突然の出来事に周りの者達は

 

小町「すごいね。もう走れるのかい?」

医者「あの薬にあんな即効性あったかの〜?」

勇儀「はっ…、ははっ…」

 

目を点にし、頬をひくつかせながら苦笑い。その視線先では、

 

親父「だっははは!」

 

嬉しそうに大笑いしながら逃げる片角の鬼と、

 

萃香「逃げるな〜!」

 

拳を突き上げて彼を追うたった一人の愛娘。それはまさに『鬼ごっこ』。その微笑ましい光景に、会場からは安堵のため息が溢れ、

 

鬼助「親父さん捕まりますよー」

ヤマ「捕まえちゃえー」

大鬼「あと少しだよー」

パル「瀕死だったのに、元気良すぎて妬ましい…」

キス「フッフッフッ…。幸せ家族め」

黒猫「ニャーン」

お空「あははは」

ヘカ「逃げ切れるかな〜?」

ピー「きゃははは、Escape &Escapeね」

??「ゾンビーw」

映姫「晴れて円満解決ですね」

棟梁「はい、本当に」

さと「ふふ、萃香さんも嬉しそう」

こい「はほひほ(たのしそ)~♪」ホフホフ

??「仲のいい親子じゃの」

??「ホントだねー。羨ましいね。憧れちゃうね」

??「そうだね。親子に限らず、みんながあんな風

   に温かい関係を持てたらと思うよ。

   そのためには姐さんを…」

??「ふーん、まあいいんじゃないかな?」

医者「かっかっか、萃香手加減せぇよ」

小町「ほらほらー、捕まっちまうよ」

お母「兄者ぁ!観念しなよー!」

カズ「あーあ、ざーんねん」

勇儀「萃香ー、程々になー」

親方「がっははは!伊吹もうすぐ後ろだぞ」

 

次第に笑顔と笑い声が湧き上がっていった。

 そんな中、父の背中を追う彼女はふと思い出していた。それは頭の片隅にあるモノトーン色で(かすみ)がかかった記憶。だがそれを思い出せば、自然と心は温かい色で包まれていく大事な思い出。

 そして彼女はクスリと笑うと、その思い出に今の自分を投影させた。背丈は伸び、自立もし、女にも磨きがかかった彼女。それでも

 

萃香「お父さんつかまえた〜」

 

父の背中に飛び乗るその時の笑顔は、当時のまま。

 

 

 

 




次回【三年後:鬼の祭_後夜祭(前)】
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