東方迷子伝   作:GA王

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【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補二人目

 ここは冥界、白玉楼。今日も朝からノルマを達成すべく刀を構える少女が一人。

 

カチャッ       ∥ザッ

ヒュッ        ∥ブンッ

ヒュッ!       ∥ブンッ!

 

 

妖夢「あの…、先程から(ほうき)でいったい何を?」

海斗「みょんのマネ」

 

と手にした箒を振り回すヲタク。そして2人の会話は徐々に文字数が減っていき、

 

妖夢「何故?」

海斗「暇」

 

とうとう一文字に。

 

妖夢「鍛錬に集中できないので、

   あっちでやってもらえませんか?」

 

庭の隅を指差し「向こうへ行け」と命令する白髪のおかっぱ頭。しかし、ヲタクはキリッとした表情でそれを全力で拒否した。

 

海斗「だが断る!それじゃあ見えないじゃーん」

妖夢「これは真剣なんです!

   もし当たったりしたら大怪我しますよ!」

 

そう、彼女が持っているのは、切れ味抜群の日本刀。彼女がその気になれば、剣圧だけで岩をも切り裂く程の切れ味を誇る。それを振り回している最中に近くにいられては、稽古に身が入らない上、気が気ではない。彼女は、お調子者の事を彼女なりに気を付かって言ったのだ。とそこへ。

 

幽々「あらあら。それなら、みょんちゃんが模擬刀

   にしてあげたら?」

 

いつも通りの穏やかな口調で、お気に入りの扇子を広げ、口元を隠しながら登場する主人。彼女からの提案に「味方ができた」と喜ぶヲタクだったが、

 

妖夢「えー…、あれ調子出ないんですよ…」

 

世話係は酷く嫌そうな表情を浮かべた。だがそんな彼女には「お構いなし」とでも言う様に、主人は更にもう一つ提案をした。

 

幽々「海斗ちゃん、剣術に興味あるみたいだし、

   教えてあげたら?」

海斗「やた!みょん教えて!」

 

彼としては剣術を教わるまたとないチャンス。しかも師となるのは、あの『剣術を扱う程度の能力』の魂魄妖夢。剣のスペシャリストである。ここは頭を下げてでも、弟子入りをお願いしたいところではあるが、

 

妖夢「えー…」

 

その師匠は先程以上に嫌そうな表情をしていた。

 

 

――ヲタク懇願中――

 

 

 お調子者がしつこく、ねちっこく、妖夢に頭を下げ続けた結果、彼女は不本意ながらも渋々それを承知した。彼の粘り勝ちである。

 何とか弟子入りを果たした彼だったが、「初心者にいきなり真剣は危険」という事で、しばらくは模擬刀での訓練となった。

 

妖夢「では、先ず初めに…」

 

刀を持つ前に『剣術の心得』を伝授しようとする師匠。

 剣術のみならず武道はまず『心得』である。心得を知らぬ入門したばかりの弟子に、教えを説こうとする師匠であったが、

 

海斗「あっ、その前にさ、アレやって」

 

その弟子からの謎の要望。

 

妖夢「アレ?」

 

『アレ』と言われ何の事だか分からず、真顔で首を傾げる師匠。「ドレ?」と聞き返そうとした時…。

 

海斗「妖怪が鍛えたこの楼観剣(ろうかんけん)に~?」

妖夢「うぐっ、やりませんよ」

 

弟子からのリクエストに赤面し、後退りをする師匠。「そんな事まで知っているのか」と驚きを隠せずにいた。

 

幽々「斬れぬものなど~?」

 

そこへ笑顔の主人からの追撃。

 

妖夢「やりませんって!」

 

強く否定するも、

 

  『斬れぬものなど~?』

 

その(あお)りは止まない。

 

  『斬れぬものなど~?』

 

そして…、

 

  『斬れぬものなど~?』

 

とうとう…、

 

  『斬れぬものなど~?』

妖夢「あんまり無い!」

 

軸足を踏み込むと同時に両手の模擬刀でいつもの構え。彼女の決めポーズと共に、その言葉は放たれた。

 

  『…』

 

風が通り過ぎる音だけが響き渡る白玉楼。

 

 

パチパチパチ…

 

 

やがて出遅れてパラパラと鳴る観客からの静かな拍手に、彼女は耳まで赤くしながら、歯を食いしばって、内から沸々と湧き上がる物に堪えていた。

 

妖夢「も、もういいですか……?」

海斗「うん、ありがとう。満足!」

幽々「ふふ、久しぶりに見たわね」

 

彼女の代名詞ともいえる名台詞が聞けて、ご満悦な観客達。

 彼女はそそくさと、そのポーズを解いて大きくため息をすると、わがままな入門生のために心得の伝授をすることにした。

 

海斗「ねえねえみょん、また今度やって」

妖夢「絶対にイヤですッ!」

 

 

--ヲタク学習中--

 

 

 おかっぱ頭が教えを説いている間、弟子は彼女をじっと見つめ、終始無言でその言葉に耳を傾けていた。彼らしくない真面目な姿勢に、彼女は「剣術に強い興味があるのだろう」と、心得の伝授を早めに切り上げ、型と構えの伝授へと移ることにしたのだった。

 

妖夢「それでは構えの伝授に入ります。

   ここに3本の模擬刀があるので、

   お好きな物を選んでください」

 

彼女は用意した3本の模擬刀を「1本だけ選べ」という意味で彼に差し出した。だが彼はその3本全てを手に取ると、

 

海斗「ひへひへ(見て見て)はんほーひゅー(三刀流)

 

やりやがった。

 

妖夢「刀を一本口に咥えただけじゃないですか。

   そんなの役に立ちません!」

海斗「ひょんはわはっへはいは(みょんは分かってないな)ー」

妖夢「は?」

海斗「ほへはばいへんおーほへばむ(これは大剣豪を目指す)

妖夢「…」

海斗「あsdfghjk$%#(-翻 訳 不 可 能-)

妖夢「もう何を言いたいのか分かりません!」

 

「いい加減にしろ」と言わんばかりの口調に、お調子者は口で構えた模擬刀を外すと、

 

海斗「つまりは男の心意気なんだよ」

 

と言葉を残し、己の言葉の余韻に浸りながら、2度頷いた。

 

妖夢「ああそうですか…」

海斗「そんなに怒らないでよ。ほら、刀」

妖夢「それ今あなたが咥えていたヤツじゃないです

   か!そっちの2本にして下さい!」

 

 

――ヲタク稽古中――

 

 

 師を正面に見よう見真似で同じポーズを取るヲタク。時折、師が近づいて彼の姿勢を微調整し、正しい形へと導いていた。最初こそ頻繁に型を直させられていた彼だったが、その持ち前の運動神経とセンスの良さから、彼女が口を挟む回数が瞬く間に減っていった。

 そして、

 

妖夢「筋はなかなか良いと思います」

 

師からのお褒めの言葉が。

 

海斗「マジ!?」

妖夢「海斗さんも日々稽古を積めば、

   そこそこの実力になると思います」

海斗「どれくらいでみょんの相手になれるかな?」

 

「見込みがある」剣術の達人である彼女からのその勿体無いお言葉に、彼の心は舞い上がり、勢いそのままに、何気なく彼女に尋ねていた。

 

妖夢「え?」

 

しかしその言葉がきっかけで、彼女の表情はこの時曇り始めていた。

 

幽々「ふふ、海斗ちゃんはみょんちゃんと

   勝負をしたいのかしら?」

海斗「ちょっと違いますね。一人の稽古は退屈そう

   だから、練習相手にでもなれればと…」

 

笑いながら主人に話すお調子者。だがこれは戯れ言ではなく、彼の本心。

 

妖夢「バカにしないでください!」

 

しかしそれは不覚にも彼の逆鱗に触れていた。

 

妖夢「私は今までずっと剣の道を歩んできて、

   毎日鍛錬をしているんです!

   今日剣を始めたばかりのあなたが、

   私の相手を務められる日が来るなんて、

   絶対にありえません!」

 

プライドだった。

 剣の道一筋だった彼女にとって、剣術こそが彼女の存在価値であり、アイデンティティ。長年の鍛錬があるからこそ、(つちか)ってきたからこそ、今の彼女がある。

 それを初心者である彼は「追いついてみせる」あわよくば「超えてみせる」とも解釈できる言葉を放った。彼女自身も「そうではないだろう」とは心の底では感じていた。しかし万が一にも、その様な事があれば彼女のこれまでは…。

 足元へ視線を落として(ふさ)ぎ込む彼女に、主人は悲しい表情を浮かべながら、

 

幽々「みょんちゃん、それはちょっと言い過ぎよ」

 

優しく注意した。

 

海斗「…いえ、いいんです」

 

お調子者の彼もまた、足元へ視線を落とし、項垂れていた。

 ドンヨリとした空気に包まれる白玉楼。時刻は朝と昼の調度真ん中。そしてこのタイミングで鳴る

 

 

グ~~~…

 

 

腹の音。

 

  『え?』

 

視線は自然とその出所へと集まる。

 

幽々「なんかお腹空いちゃった。

   みょんちゃん、お昼ご飯にしましょ」

妖夢「もうですか?さっき朝ごはん食べたばかり

   ですよ?」

 

主人の申し出でに「まだ早いのでは?」と尋ねてみるが、

 

幽々「おーなーか、すーいーたーのー。

   た―べーたーいーのー」

 

その主人は腕をぶらつかせながら地団駄。それは「待て」がイヤで駄々をこねる子供そのもの。

 

妖夢「もー…。分かりましたよ。

   でも夕飯はいつもと同じ時間ですよ?」

幽々「は~い。よろしくね〜」

 

ため息を吐いて台所へと歩き出す世話係を、主人が笑顔で手を振りながら見送る。その光景に、この世界の予備知識を持つ者は、苦笑いを浮かべて

 

海斗「(マジでもう食べるの?)」

 

と、想像を超える大食主人に距離を置き始めていた。

 

幽々「海斗ちゃんもお腹空いたでしょ?」

海斗「いやー…まだちょっと…」

幽々「そうなの?体調良くないの?」」

海斗「いや、そういう事では…」

 

 

――ヲタク昼食中――

 

 

 早めの昼食、それはそれは静かなものだった。庭師もお調子者も言葉を発せず、自身に割り振られた料理を黙々と食べていた。

 そして、食事後。縁側には湯気の立つ湯飲みを持って庭先を見つめる2つの影。

 

 

ズズー…。

 

 

幽々「はぁ~。お茶が美味し~」

 

まったりとしていた。だがそれは主人だけ。彼女の隣に座っているお調子者は、

 

海斗「…」

 

呆然と猫背で上空を見つめ、柄にもなく落ち込んでいた。そんな彼の様子に主人は、再び湯飲みに口を付けてお茶を(すす)ると、

 

幽々「海斗ちゃん。これから私とデートしない?」

 

正式なお誘い。否、爆弾発言。となればお調子者、

 

海斗「よっしゃーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

大声で大歓喜。ご機嫌は鰻上り。その変化角、まさに178度。

 

海斗「えっ?えっ?えっ?嘘じゃないですよね?

   聞き間違いじゃないですよね?」

 

それが現実である事を念のため確認するお調子者。

 

幽々「ふふふ、本当よ。楽しみましょ」

 

そしてそれにキラキラの笑顔で答える主人。そう、今彼の身に起きている事は紛れもなく現実。この幸福極まりない現実に彼は思う。

 

海斗「(幽々子様ルートきたーーーーっ!)」

 

と。彼は自然と立ち上がり、両手の拳を高々と突き上げ、勝利のガッツポーズを取っていた。

 

??「あの…、どうかされましたか?」

 

と、そこへ食後の片付けを終えた庭師兼世話係が、首を傾げながらやって来た。

 

幽々「みょんちゃん調度いいとことに来たわね。

   今日の夕御飯は何かしら?」

妖夢「もう夕飯の話ですか!?それは流石に…」

 

早めの昼食を食べたばかりだと言うのにも関わらず、もう次の食事の事を考え始めている大食女に、驚きを隠せず後退りをする世話係。すると主人は両手を顔の前でパンッと叩くと、

 

幽々「それじゃあ私が好きな物を買って来てもいい

   かしら?」

 

明るい表情で意外な提案をした。そう彼女はここ白玉楼の主人であり、買い物等は世話係である白髪おかっぱ頭の仕事だった。

 

妖夢「構いませんが…。本当に幽々子様が直々に

   行かれるのですか?」

 

故に何かの聞き間違いではないかと、改めて確認する事になる。

 

幽々「ええ、お散歩がてらに行ってくるわ。

   それじゃあ海斗ちゃん、行きましょ」

海斗「はーーーい!」

妖夢「え?えええぇぇぇッ!?」

 

それもお調子者というオプション付きで。もう彼女の頭は理解が追いつかず、やがて脳内は髪の毛と同じ色に。そんな呆然と(たたず)む彼女に主人は、

 

幽々「それじゃあみょんちゃんお留守番お願いね」

 

笑顔で手を振りながら、オプションを連れて長い階段を下って行った。

 

 

--ヲタク移動中--

 

 

 人里に到着した2人。その主な目的は「デート」。だが2人の間はデートと呼ぶにはほど遠い距離。笑顔で道を行く白玉楼の主人を、お調子者がただ無言で付いて行く。その図は、(まご)うこと無く『主人と従者』。そして、彼が「これデート?何処に行くつもり?」と疑問を抱き始めた頃、

 

幽々「あっ、いっけな~い」

 

主人が声を出して立ち止まった。すると彼の左側へと移動し、

 

幽々「えいっ」

 

その腕へ大きな幸せ袋を押し付ける様に飛び付いた。

 

幽々「ふふふ、デートだったわね♡」

 

彼の肩へと頭を寄せるというサービス付きで。

 その図は、(まご)うこと無くリア充。この願っても無いシチュエーションに、「キターーーーーッ!!」

と、鼻から忠誠心をマスタースパークしているかと思いきや、

 

 

カチッ…,、コチッ…ガチガチッ

 

 

パーフェクトフリーズ。

 白髪のおかっぱ頭には「嫁にならない?」と言い、主人へは豊満な胸元へ進んでダイブをするお調子者。黙っていれば爽やかな好青年のお調子者。周囲の女性を見た目のみで魅了するお調子者。そんな彼の実態はDT(童○)。その上、好みが独特(2次元ONLY)のため、女性との付き合いなぞ、ほぼ皆無。故に、自分の予期しないアプローチには滅法弱いのだ。

 意外な反応を見せたお調子者に主人は、

 

幽々「あら?あらららら?」

 

困惑。と同時に、

 

幽々「か、か、か可愛いーーー」

 

この初心(うぶ)なチェリーボーイに萌えていた。

 そして抱きつく腕に少し力を加え、擦り寄る様に更に密着度を高め始めた。

 他の者から見れば「道のど真ん中でイチャつくな!」と、爆破予告も来るであろう状況だが、

 

海斗「あああの、ゆゆゆゆ幽々っ子さままま」

幽々「ん~?」

海斗「いいいいいろいろとままままずいです。

   は、離れてはももっもらませーか?」

 

お調子者にとっては耐え難い状況。

 抱きしめられた腕は動く事を許されず、更には密着度が上がった事により、手首の角度を90度にして、折り畳み続けなければならない始末。ましてや、その変わった性格であるが故、身動きすらできない。

 そんな彼の危機的状況を知ってか知らずか、主人は

 

幽々「ダーメ。甘味処まではこ・の・ま・ま♡」

 

と色気を覗かせながら、お調子者の耳元で(ささや)いた。これにはお調子者も堪らず、

 

海斗「ひゃいっ!?」

 

と奇声を上げると、主人に腕を掴まれたまま、ゴールを目指して全速力でスタートを切った。

 

幽々「はや~い。でも海斗ちゃん、せっかくの

   デートなんだから、もっとゆっくり…」

海斗「腕が限界!!」

 

 

――ヲタク逃走中――

 

 

幽々「ん~♡やっぱりここで食べるお団子は格別

   ね」

 

店先に置かれた席に腰を掛け、温かい日本茶と共に甘味に舌鼓を打つ2人。デートと言えばカフェでお茶。定番のコースである。ここはお調子者が、以前庭師と共に訪れた店でもある。

 

海斗「こういうのって雰囲気が大事なんだよなぁ」

 

お調子者、7割くらい復活。

 

幽々「あら、気が合うわね。海斗ちゃんがお望みな

   ら、また一緒にいかが?」

海斗「いいですね、でも今度は俺にリードさせてく

   ださいよ」

幽々「ふふ、なら期待しちゃおうかしら」

 

お調子者、9割くらい復活。

 その後も柔らかく通り過ぎる風に、少し肌寒さを覚えながらも、何気ない会話で心と体を温めていく2人。暫く彼等は時を忘れ、話に夢中になっていた。

 そして、湯呑みのお茶が猫舌の者でも、一気に飲み干せる程の温度になった頃、主人は瞳を閉じて語りだした。

 

幽々「海斗ちゃん、ごめんなさいね」

海斗「何がですか?」

幽々「今朝の、みょんちゃんの事」

 

彼女のこの言葉にお調子者、4割くらいまで凹む。更に表情はどんどん暗くなっていき、

俯いてしまう始末。

 

海斗「いえ…、自分も…」

 

彼が塞ぎこんで反省の色を全面に出しながら、そこまで語った時、

 

幽々「ううん、そうじゃないの」

 

彼女は首を横に振った後、微笑みながら柔らかい口調で、更に続けて語り出した。

 

幽々「稽古はいつも一人、剣の事で話せる友達もい

   ない。『練習相手になりたい』って言って

   くれたのは、海斗ちゃんが初めてよ。

   だから本当はみょんちゃん、凄く嬉しかった

   はずよ。でも、あんな性格でしょ?

   きっと素直になれなかったのよ」

 

長年共に暮らしていた彼女だからこそ、気付いている庭師の本音。それを「誤解しないで汲み取って欲しい」と丁寧に語るも、

 

海斗「なるほど、ツンデレというわけですね」

 

このヲタク、一言でまとめた。

 

幽々「ふふ、そうなるかしら?仲直りできそう?」

海斗「はい!任せてください!!

   こういう事は色々なシミュレーションツール

   で体験済みなんです!」

 

更には主人の真面目な依頼に、得意気に胸を叩いて答える始末。

 だがそんなふざけたお調子者にも、微笑ながら「よろしくね」と伝える彼女。その笑顔は母性に満ち溢れ、彼の目を釘付けにしていた。すると彼はその笑顔に導かれる様に、あの言葉を放っていた。

 

海斗「嫁になりません?」

 

この言葉に彼女は目を丸くした。それもそのはず、何の前振りもなく求婚されたのだから。答えも当然…。

 

幽々「ふふ、いいわよ」

海斗「えーーーっ!?いいの?え?マジで!?」

 

まさかの回答にうろたえ出すお調子者。「これは夢ではないか」と頬を強く(つね)ってみたり、血だらけになるまで柱に激しく頭突きをしてみたりするも、結果は全て

 

海斗「い、痛てぇ…」

 

である。そしてようやく落ち着いたところで、主へと視線を戻すと、彼女は心を照らす笑顔で答えた。

 

幽々「本当よ。海斗ちゃんだったら良かな?って」

海斗「いよっしゃーーーーーーーーっ!!!!!」

 

ヲタク、夢が叶い大興奮。その場で拳を握りって万歳、勝利のポーズである。これで彼の「嫁捕獲作戦」は…。

 

幽々「でもね?」

 

と思いきや、主人は逆接の接続詞を呟くと、お気に入りの扇子で口元を覆い、子供をからかう様に語り出した。

 

幽々「旦那様になるなら、私を残して先に成仏され

   たくないかな~。だからって私に手を掛けさ

   せるなんて事、させて欲しくないわね〜」

 

彼は知っていた。彼女の能力を、彼女がどういう存在であるかを。

 彼女は決して成仏する事ができない者。そしてその能力は、『死を操る程度の能力』。この能力で殺された者は成仏する事できない。だがそれは「やりたくない」と言う理由でNG。

 故にこの言葉は遠回しのお断りサイン。でも不思議と(とげ)が残る物ではなく、自然と受け入れられるものだった。そしてこの時、彼は思った。

 

海斗「(やっぱりこの人には敵わないな)」

 

と。と同時に、ため息を吐いて笑顔を作り、

 

海斗「じゃあ、幽々子様を悲しませたくないので、

   諦めます」

 

(さわ)やかに断念。

 

幽々「そうね。それがいいかもね」

 

彼のこの回答は彼女の想定通り。「これで後腐れなく綺麗に終われる」と、安心していた。

 

海斗「で・も!」

 

だが彼は、

 

海斗「成仏するまではお(そば)に居させて下さい」

 

彼女の目の前で(ひざまず)いてThe・キザ。それへの答えは、

 

幽々「ええ、宜しくね」

 

美しく咲く笑顔。

 

海斗「じゃあ、そろそろ買い物に行きましょう。

   あまり遅くなるとみょんが心配しますし、

   夕飯が遅くなります」

 

彼は立ち上がって主人にそう言葉を残すと、会計をするため店内へ。

 その後ろ姿を主人は少し冷ややかな視線で見つめ、ポツリと呟いた。

 

幽々「困ったわね〜…」

 

開いた扇子でその言葉を隠す様にしながら。

 

 

--ヲタク買物中--

 

 

  『ただいまー』

 

『デート』という名の夕飯のお使いを終えた2人。仲良く揃ってご帰宅である。

 甘味処を出発してからは、また腕を掴まれる事も無く、終始リラックスしてお使いを楽しんでいた彼。だが、

 

妖夢「幽々子様!大丈夫でしたか!?

   変な事されませんでしたかっ!?」

 

その言われようは散々である。

 

海斗「みょん、流石にそれは傷付くぜ…」

幽々「ふふ、大丈夫よ。それに私が誘ったんですも

   の。多少何かあっても良かったんだけど〜」

妖夢「幽々子様!?」

幽々「ふふ、冗談。誘ったのは本当だけどね。

   でもまさか海斗ちゃんが……ねー?」

 

含みのある言い方で、彼にニヤニヤと視線を送る主人。

 

妖夢「何かあったんですか?」

海斗「幽々子様、お願いします。どーか、

   どーかそれだけはみょんにはぁ~…」

 

彼女が首を傾げて尋ねるも、彼は手をピクピクと痙攣(けいれん)させながら止めに入った。

 

幽々「ふふ、そうね。2人だけの秘密ね」

妖夢「はー…、そうですか…」

 

こんな光景を見せられては、「気になります。教えて下さい」となるのが通常。だが彼女 は「あっそう」と然程(さほど)興味を示さなかった。というのも、2人の両手の荷物の方へ、視線が釘付けになっていたからだ。

 

妖夢「それよりも何ですかこの量!?」

 

そこには大量の肉と魚とお惣菜が。

 

幽々「たまにはいいじゃない♡安くしてもらったん

   だから」

妖夢「いったいいくら使われたのですかっ!?」

 

驚き、呆れ、そして怒り。その3つの感情が入り混じり、放たれた言葉は屋敷の空気を一変させた。と、そこへ

 

海斗「みょんさん、ちょっと宜しいでしょうか?」

 

お調子者が腰を低くして、彼女に近付いた。そして2人で主人に背を向けると、

 

海斗「悪い、幽々子様の暴走を止められなかった。

   でも、コッソリ色々やってかなり値切った。

   それで出費はこんな感じ」

 

緊急決算報告会を開催した。

 彼から秘密裏にと手渡された領収書。それは長い、長い、長い、長い……物だった。だが、その割にはお安く済んでいた様で、

 

妖夢「よくこれで済みましたね。助かりました」

 

会計係を感心させた。

 

海斗「そう言ってもらえると助かるぜ」

 

彼女から怒られると覚悟を決めていた彼。

 結果的に言ってしまえば、彼は食べたい物を躊躇(ちゅうちょ)なく選んでいく主人を止める事はできなかった。だが、細やか且つ大胆な反抗はしていた。

 例えば、こっそりと高級な肉からセール品に変えたり、こっそりと牛カツを豚カツに変えたり、こっそりと大トロを赤身に変えたりといったものだ。再三になるが、これは『こっそりと』である。

 そして会計時に、肉屋と魚屋の店長を(あお)り、価格のデッドヒートを起こさせたのだ。つまり、この領収書の金額は彼なりの努力の結果でもあった。

 安心した彼はホッとため息を(こぼ)すと、引き締まった表情で、まっすぐに彼女を見つめ始めた。

 彼の突然の態度の変わり様に、おかっぱ頭、

 

妖夢「な、何かご用ですか?」

 

引き()った顔で後退り。すると彼は勢いよく頭を下げ、

 

海斗「調子にのってすみませんでしたっ!」

 

誠心誠意の謝罪の言葉を述べた。その角度、寸分狂わず45度。この見事な姿勢に、一時は戸惑う彼女だったが、直ぐに何の事か理解した様で……

 

妖夢「ふんっ!」

 

またツンとして不機嫌に。「やっぱりダメだったか」と彼が諦めかけたその時、

 

妖夢「で、でもあなたが『どうしても』と言わ

   れるのでしたら、また稽古をつけてさし

   あげなくも…」

 

デレはやって来た。待望のそれにお調子者、

 

海斗「ほんとッ!?サンキュー!」

 

心で萌えながらガッツポーズ。

 

 

--ヲタク夕食中--

 

 

 この日の夕食は、2人の従者を終始ハラハラとさせる展開になるかと思われた。だが(ふた)を開けてみれば、主人は希望通りの物を食べていると信じ込み、「美味しい、美味しい」と笑顔で完食したそうな。その光景を見て2人の従者は思った「なぜバレない?」と。

 そして夕食後、縁側には月を眺めながら、主人と従者達が仲良くお茶を(すす)っていた。

 

幽々「2人が仲直りしてくれて、私も一安心よ」

海斗「色々とありがとうございます」

妖夢「ご心配をお掛けしました……」

幽々「みょんちゃん、明日から海斗ちゃんの稽古、

   よろしくね?」

海斗「お願いしまーす」

妖夢「はい!」

幽々「あと海斗ちゃん、まだまだ幻想郷観光したい

   みたいだから、連れて行ってあげてね」

海斗「お願いしまーす」

妖夢「はい?」

幽々「海斗ちゃんもみょんちゃんの事よろしくね。

   彼女しっかり者の様で少し抜けているところ

   があるから」

海斗「任せて下さい!なんせみょんはオレの…」

妖夢「嫁ではありませんからね!」

 

 

 

嫁捕獲作戦_二人目:西行寺幽々子【無理】




文字数が主、最長記録です。
長ければ良いってものではないのは、
重々承知しているのですが…。
書きたい事が頭をよぎると、
書かずにはいられないのです…。
まとめる力が欲しいです。

そして、久々の彼登場。
やはりムカつく。

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