東方迷子伝   作:GA王

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?年後:継ぐ者     ※挿絵有

 縁側に腰を掛け、流れる雲を見つめる者。本日の天気は晴れ。心地の良い日差しと快適な気温。絶好の日向ぼっこ日和である。

 

??「ふゎ〜…」

 

その陽気は眠気を誘う。特に予定も無ければ、そのまま眠りにつきたいところではあるが、生憎それは叶わない。

 

??「遅いわね」

 

待ちぼうけ。来る者が来なければ、彼女は2度寝も許されず、ただこの状態で時が過ぎるのを待ち続ける事になる。それは苦痛、ある意味地獄。

 

??「あつ……」

 

太陽が上昇していくに連れて日差しは段々と強くなり、その者へお肌の天敵、紫外線を当て始める。

 さらに今日の彼女のコーディネートは濃いめの色の服装。お気に入りの様だが、逆にそれが裏目。熱をモロに吸収するのだ。

 

 

バサッ

 

 

堪らず愛用の日傘で防御。そしてこれまた愛用の扇子でパタパタ。と、そこへようやく現れる

 

??「只今戻りました」

 

待ち人。

 

??「遅い!もう少しで溶けるところだったわよ」

??「そ、そう言わないで下さい。幻想郷中を、

   しかも隅々までを確認していたのですから」

 

待ち人のこの言い訳は、「それならしょうがない」と割り切れるもの。だがその考え方は浅はか。

この待ち人は仕事を卒なく、スピーディーに(こな)せる、()わば仕事が出来る者。その力量を知る者からすれば、時間が掛かり過ぎていたのだ。

 そこで一つ、

 

??「ふーん……じゃあその口元のご飯粒は何かし

   ら?」

 

鎌をかけた。結果は、

 

??「えっ!?ちゃんと拭いたはず…」

??「しっかりと寄り道してるじゃない!」

??「コンッ!」

 

まんまと。そして繰り出される彼女のお仕置きビンタ。

 

??「あなたまた勝手にいなり寿司を……」

??「ももも申し訳ありませんっ!里を歩いており

   ましたら、店主が新作が出たと言うので……

   つい」

??「人里なんて予定に無かったでしょ!初めから

   食べる気満々じゃない!!」

??「あ、バレちゃいました?」

 

頭を掻きながら苦笑いを浮かべ、開き直りとも取れるこの発言に、

 

 

ゴゴゴゴゴゴ…

 

 

彼女の怒りはついに臨界点を迎える事に。すると扇子をバンッと閉じて力強く握り締めると、

 

??「ら〜ん?覚悟は…」

 

自身の妖力を伝えて作り上げたラ○トセーバーを構え--

 

藍 「ふふふ……」

 

だがここに来て、意味深な笑顔を見せる彼女の式神。

 

??「何よ?」

藍 「と言うのは冗談ですよ紫様。人里へはこれを

   買いに行っていたんですよ」

 

式神は主人にそう伝えると、大きな袖の中から4人分の

 

紫 「きゃー♡みたらし団子♡」

 

を取り出した。

 

藍 「お待たせしてしまった お詫びです」

紫 「さすが私の式神。気が効くわね」

 

甘い物が好物の彼女。先程の怒りは何処へやら、ご機嫌は一気に回復した様だ。

 

藍 「勿体ないお言葉です。お茶は?」

紫 「お願いしようかしら?」

藍 「かしこまりました」

 

式神は(さわ)やかな笑顔でそう言い残すと、毛並みが自慢の九つの尻尾を振りながら、台所へと歩み始めた。

 

 

--賢者一服中--

 

 

紫 「美味しかった。もう一本……」

 

かなりお土産が気に入った様子の彼女。余っているそれに手を伸ばすが、

 

藍 「ダメです。1人一本までです」

 

式神はそれを阻止。

 

紫 「いいじゃない、藍のケチー。それに早くしな

   いと固くなっちゃうわよ?」

藍 「(ちぇん)はもうすぐで帰って来ます。それに…」

 

式神が主人から団子を死守していると、

 

??「ただいまもどりました」

 

あどけない笑顔を浮かべる少女が上空から舞い降りた。

 その表情はまさに天使。曇りなき眩しい笑顔。見る者を浄化する癒しそのもの。幻想郷のオアシス。と思うのは、

 

藍 「ちぇえええええええええん」

 

彼女の式神だけ。

 少女の名を叫びながら、両手腕を広げて駆け足で迎えに行く彼女の式神。それに答える様に、少女も両腕を広げて駆け足で向かって行く。2人の距離が一歩、また一歩と近付く。その画は久し振りの再会を喜び合う親子そのもの。微笑ましい光景である。

 そしてついにその距離は残り僅か。ここで彼女の式神は再び、

 

藍 「ちぇえええええええええん」

 

(あふ)れる愛を叫んで少女をその胸へと抱きしめ

 

 

スカッ!

 

 

られなかった。否、避けられた。しかもよりによって、

 

橙 「紫しゃまー!」

 

行き着いた先は上司の上司。

 

橙 「お仕事して来ました。エライで(しゅ)か?」

紫 「えっ!?えぇ、偉いわよ。でも、まず自分の

   主人に報告しないとダメよ?」

 

苦笑いしながら部下の部下の頭を()でる彼女。撫でられた少女は、コロコロと喉を鳴らし、キラキラ笑顔でご満悦といったご様子。

 ふと彼女が己の部下へ視線を向けると、

 

 

ズーーーン……

 

 

その場で(うずくま)って土いじり。見事に沈んでいた。

 

紫 「ほ、ほらご主人様が可哀想だから行って上げ

   なさい」

橙 「はーい!藍しゃまー!」

 

心地いい返事と共に己の直属の上司へと駆け寄る少女。その透き通った声に少女の直属の上司の耳はピクリと反応し、

 

藍 「ちぇえええええええええん」

 

再び両腕を広げてWelcomeポーズ。今度こそは間違いなく、

 

 

ぎゅーっ♡

 

 

熱い抱擁。そして始まる

 

藍 「ちぇえええええええええん」

藍 「ちぇえええええええええん」

藍 「ちぇえええええええええん」

 

魂の叫びの嵐。さらに追加オプションは、頬と頬の激しい乾布摩擦。これにはさすがの少女も、

 

橙 「う〜〜〜〜……」

 

お腹いっぱいといったご様子。

 

【挿絵表示】

 

 

藍 「お団子買ってあるよ。一緒に食べよ食べよ」

 

 

--式神充電中--

 

 

橙 「藍しゃまー、ごちそうさまでした」

藍 「うんうん、ご馳走さまが言えて偉いよ」

 

少女の頭を「いい子いい子」しながら、満面の笑みを浮かべる最強の式神。

 どんなに些細(ささい)な事でも褒めて伸ばす。それが彼女のモットーの様である。だが、ややそのベクトルがずれている様で……

 

藍 「橙が気に入ったなら、また買って来てあげ

   る~♡」

 

まさにデレデレ。それもかなりの重症レベルで。しかもこの団子、

 

紫 「ちょっと藍?コレ、私のために買って来てく

   れたんじゃなくて?」

 

そのはずである。

 

藍 「ももももちろんですよ!紫様のために買って

   来たのであって『みんなで食べらればいいか

   な〜』って思って、数を揃えたんですから」

 

彼女の必死の弁明。その真意は定かではないが、

 

紫 「ふーん、まあいいわ」

 

彼女の上司は良しとした。というよりも流した。

 そして扇子で掌を叩くと、表情を引き締め、

 

紫 「で、結界はどうだったの?変わりは?」

 

本題へと移った。

 

藍 「はい、特に変わりはありませんでした。

   いつも通りです。橙に任せた方も……」

橙 「いつも通りでした」

 

主人から依頼された調査の報告をする式神達。彼女達は幻想郷中に張り巡らせられた大掛かりの結界、『博麗大結界』の調査へと行っていたのだった。

 

紫 「そう、でも油断はできないわ。引き続き小ま

   めに様子を見に行ってね」

  『はい!』

 

終わりの見えない調査依頼を、綺麗な返事で引き受ける彼女とその式神。

 

紫 「早くあの子に…」

 

そして彼女の主人が真剣な眼差しで、前を見つめながらそう呟いた時、

 

 

ピチューン

 

 

残機-1をお知らせする音が。

 

紫 「あぁ……もう……」

 

主人は額に手を当てると、腰上げて音の方へと近付いて行った。

 

紫 「また全部避けれなかったじゃない」

 

主人がダメ出しをする相手は、

 

??「うっるさいわね、ちょっと足が滑っただけ

   よ!」

 

少し大人びた表情を見せる様になった少女。

 

紫 「そぅ……あーあ、顔に傷作って……。女の子

   なんだから、顔は大事にしないとダメよ?」

 

擦り傷の出来た少女の頬に触れながら、優しく語りかけるスキマ妖怪。その画は(さなが)ら姉妹、いや親子。微笑ましい光景である。が、

 

??「追跡型の弾を仕向けておいて、どの口が言う

   のよ……」

 

当事者はそうは思っていない様だ。

 

??「そ・れ・に!」

 

まだ不服に思う事めある様で……

 

??「ここ私の家!さっきからなに勝手にお茶まで

   用意して、まったりしているのよ!」

 

そう、ここはこの少女の住居スペース。その怒りはごもっともなもの。

 

紫 「いいじゃない。固い事言わないの」

??「あんたねぇ……」

紫 「あ、『固い』で思い出した。お団子。

   藍があなたの分もちゃんと買って来てくれて

   いるから、食べて来なさい。固くなっちゃう

   わ。ちょうどいいから少し休憩に……」

 

スキマ妖怪の言葉を全て聞くまでもなく、

 

??「やったー!」

 

少女は彼女の式神の下へと一目散に走っていた。

 

紫 「全く……あんなので大丈夫かしら?」

 

 

--少女休憩中--

 

 

??「あ~、美味ひはった。さふがね、気が効く

   じゃない」

 

食べ終えた串を楊枝(ようじ)代わりに(くわ)える少女。おっさんではない、花も恥らう乙女である。

 

藍 「ふふ、どういたしまして」

??「主人と違って……」ボソッ

紫 「ちょっと?聞こえているわよ?」

??「はいはい、ごめんなさーい」

 

言葉のみの上っ面の謝罪。心?そんな物は皆無。

 そんな少女に、「最近やたらと生意気になった」と頭を抱える様になった妖怪の賢者様。だがその扱いも慣れたもの。こんな時は「まともに相手をするだけ無駄」と割り切り、

 

紫 「で?ちゃんと修行しているんでしょうね?」

 

自分のペースへと引きずり込むのが得策。

 

??「失礼ね!ちゃんとやってるわよ!」

紫 「そのわりには避けられない、弾幕が少ない、

   威力もない様に見えているけど?」

??「えっ?いや〜……」

 

「まずい」と視線を()らす少女。

 この日は彼女の修行の成果を確認する日でもあり、スキマ妖怪達はここ博麗神社を訪れていた。だがその成果たるや散々のものの様で……

 

紫 「あなたちゃんと真面目にやってるの?

   『夢想封印』は!?『反則結界』はっ!?

   名前は書ける様になったのっ!!?」

 

徐々に語尾を強めて顔を近づけるスキマ妖怪。そしてそれを()()りながら、一定距離を保とうとする少女。

 

??「顔近いって。それに名前くらい書けるわよ。

   バカにしないでよね!」

紫 「じゃあ、そこに書いてみなさいよ」

 

閉じた扇子で地面を指すスキマ妖怪。

 少女はそれに2つ返事で承諾すると、側に落ちていた枝を拾い、自分の名前、2文字の漢字を書き上げた。だがそれは、

 

  『あー、おしいっ!』

藍 「その字は簡単な方だね」

 

『X』とは言わないまでも『△』。

 

紫 「あなた覚える気あるの?」

??「あの字画数が多いのよ。意味は同じなんだか

   ら、こっちで良いじゃない」

紫 「そういう問題じゃないの。せっかく貰った名

   前でしょ?」

??「誰が何て言っても、こっちにするから!

   あんな字、習字で書こうものなら、直ぐに半

   紙が破れるわよ!」

藍 「それは言えてるかも……」

 

自分に付けられた名前に「異議あり!」を唱える少女。しかも他に不満に思う事もある様で……

 

??「それとこの服装!これだってすぐに変えてや

   るわよ!」

紫 「それは由緒正しい服装でしょ!?そんな勝手

   に……」

??「道着みたいで可愛くないの!」

紫 「じゃあどんなのなら良いのよ?」

 

この言葉に少女は、理想の姿を思い描き、

 

??「上下はもちろん赤!これは譲れない。

   袖はゆったりとして色は白ね。

   あ、フリルの付いたスカートとか良いわね。

   他にはワンポイントに黄色のスカーフなんて

   いいかな?あとちょっと色気が必要ね。少し

   寒いかも知れないけど、肩を出しても……」

 

繰り広げられる一方的なマシンガントーク。反論の(すき)なんてない。

 そんな少女を苦笑いで見つめる

 

藍 「あははは……これは先代の影響ですね……」

 

最強の式神と、閉じた扇子を額に当ててため息を吐く

 

紫 「全く、余計な事ばっかり吹き込むんだから。

   肝心のところは(おろそ)かにし過ぎなのよ……」

 

スキマ妖怪。そんな2人の前に現れる

 

橙 「藍しゃまー、紫しゃまー」

 

天使。

 

藍 「ちぇえええええええええん。

   なになに?どうしたのかなぁ?」

橙 「あたしも書ける様になったんですよ!」

 

そう言いながら、小さな式神が指差す地面には、

 

藍 「ん?ん〜〜〜??」

??「なによこれ?」

紫 「『V入△』?」

 

意味不明の暗号が。首を傾け、脳みそをフル回転させて解読を試みてみるも、

 

  『ギブアップ』

 

断念。

 

藍 「橙は凄いね、字を書ける様になったんだぁ。

   それで、何て書いたのかなぁ〜?」

 

己の式神の頭を撫でながら、まるで腫れ物に触る様に接する最強の式神。すると彼女の式神は、少女を指差しながら、さも当たり前の様に答えた。

 

橙 「彼女の名前ですよ?」

  『え゛っ!?』

紫 「ちょっと藍、どういう事よ!?説明しなさい

   よ」ヒソヒソ

藍 「わ、分かりません。何であれがあーなるのか

   私にも……」ヒソヒソ

 

答えを聞いても、謎は深まるばかりの2人。だがそれは大人達だけで、

 

??「あー、なるほどね。でももうちょっと綺麗に

   書きなさいよ」

 

伝わる者にはちゃんと伝わっていた。

 

  『分かったの!?』

??「頭を柔らかくすれば、どうって事ないわよ。

   まあもっとも、頭のお固いB○Aには無理で

   しょうけどね」

 

調子に乗った少女のこの発言に、

 

 

カチリッ

 

 

スキマ妖怪のスイッチが入った。

 

紫 「()()()()()

 

それはタブー。絶対に触れてはならない、口にしてはならない言葉。さもなくば命の保証は――ない。

 

紫 「次期博麗の巫女だからって、調子に乗るん

   じゃないわよ……どうせ『夢想封印』もでき

   ない小娘のクセに、この賢者様に生意気言う

   なんて1000年早いわよ!見込みのないあ

   んたなんて、ただのお荷物でしかないわ!

   いいわ……私がこの手で直接ッ!」

 

感情のまま、妖力を溜めた腕を振り上げるスキマ妖怪。だがその時、

 

??「『霊符:夢想封印』」

 

少女の宣言と共に現れる無数の色とりどりの光の弾。大きくも、心が洗われる様な優しい光を放つ光の弾。それはスキマ妖怪を目掛けて飛んでいき、

 

紫 「きゃっ!」

 

腰を地に付けた彼女の直ぐ傍を、避ける様にして通過していった。

 

??「出来ないなんて言ってないでしょ?」

紫 「あなた……いったい……いつの間に……」

藍 「驚きましたね」

紫 「それよりも今のはいったい何!?私が知って

   いる『夢想封印』ではないわよ!?」

??「質問が多いわねぇ。これは『スペルカード』

   私が考えたの。とは言ってもただの紙だけど

   ね。それと、先代とは違う形の『夢想封印』

   だけど、本質は同じよ。

   やろうと思えばそっちも出来るわよ」

 

淡々とスキマ妖怪の質問に答える少女。

 そして答え終わったところで、「今度はこちらの番」と、

 

??「で?今のを見てどう思った?」

 

感想を聞く事に。この質問に彼女は戸惑いながらも、

 

紫 「どうって……驚いたわよ」

 

素直に答えた。

 

??「他は?」

紫 「……花火みたいだった」

??「それはつまり『綺麗だった』って受け取って

   いい?」

 

少女のこの質問に、彼女は先程の光景を思い出していた。近くを通り過ぎていく各色の光の玉。その中で彼女は不覚にも身の危険よりも

 

紫 「ええ、綺麗だったわ」

 

その美しさに魅了されていた。

 

??「それよ!」

 

少女、「その言葉を待ってました」とでも言う様に、誇らしげにドヤドヤ。そしてその胸の内を明かした。

 

??「私が正式に博麗の巫女になったら、幻想郷を

   力でねじ伏せる様な所にはしたくないの。

   人間も妖怪も妖精も不満があれば堂々と言え

   て、わがままを通せる所にしたいの。

   でもその為には戦いは必要不可欠。けど、

   それだと力の強い者だけが勝ってしまう。

   そんなの理不尽!だからコレ!

   この『スペルカード』で美しさを競う様に

   したいの。遊び感覚でね。

   その後仲良くなれたら最高じゃない」

 

長々と語る少女の笑顔はキラキラと輝きを放っていた。それは大きな夢を持つ者の希望に満ちた笑顔。そんな笑顔を見せられては、

 

紫 「そうね、最高かもね」

藍 「実現させてね」

橙 「楽し(しょ)ーで(しゅ)ね」

 

反対なんて出来ない。

 

紫 「で?本音は?」

??「威力に自信がないから、コレならいいかって

   ――あっ……」

 

後にこの少女は、『異変』と呼ばれる、世にも奇妙な事件へと巻き込まれていく。

 

紫 「あのねーっ、美しさを競うのはいいけど、

   世の中そういうのでは話しが通じない(やから)

   もいるの!」

 

様々な者達と出会い、時には敵対し、時には協力し、数々の異変を解決していく事になる。

 

紫 「今は現れてないけど、先代がいなくなって

   もう何年も経つの!」

 

それは波乱万丈、決して穏やかとは言えないもの。

 

紫 「『博麗大結界』は確実に弱まってる。

   この期に外からそういった連中が来るかも

   しれないの!」

 

これは、その最初の一歩。彼女のEp.0。

 

紫 「強い結界を作るには、威力は必要不可欠!

   もっと自分の置かれた状況を理解なさい!」

 

近い将来、『楽園の素敵な巫女』と呼ばれる事になるこの少女の名は、

 

紫 「って聞いてるの!?(れい)夢っ!!」

 

博麗靈(霊)夢。

 

【挿絵表示】

 

 

靈夢「はいはい……そのうちね」

 

スキマ妖怪の説教は、悲しくも少女の心へと届く事はなかった。

 片手をヒラヒラと振りながら(あし)らう少女に、スキマ妖怪の堪忍袋の尾は、

 

紫 「そう、態度を改める気は無いわけね?

   なら仕方がないわ……実力行使あるのみ!」

 

 

ガッ!(靈夢の服を掴む音)

 

 

靈夢「ちょっと何するのよ!離しなさいって!」

 

限界を超えた。

 

紫 「こうなれば武者修行あるのみ!今から魔界と

   地獄へ行って鍛えてきなさい!」

靈夢「はーっ!?そんな所に行ったら私死んじゃう

   わよ!」

紫 「陰陽玉を付ければ、そう簡単にやられないわ

   よ」

 

スキマ妖怪はそう言い残すと、目の前にスキマを作り出し、

 

紫 「はい、いってらっしゃーい」

 

その中に少女と2つの陰陽印の球体を放り込んだ。

 

 

--その日の夕刻、地底世界では--

 

 

??「ありがとうございました」

??「おう、また次回な。自主トレーニングは怠る

   なよ?」

??「はい、では失礼します」

 

師に頭を下げる礼儀正しい少年。師に背を向けると、足早に家路を急ぐ。そこへ、

 

??「よっ!」

 

少年の前から気軽に声をかける女鬼が。

 

??「あ、こんにちは。お勤めご苦労様です」

??「ん?あー、いいってそういうの。好きじゃな

   いんだ。でも、目上の者を敬うその心は評価

   する。偉いぞ」

??「ありがとうございます」

??「それで?稽古は終わりかい?」

??「はい、もう家に帰ります。母ちゃんが店を手

   伝えってうるさいし」

 

少年のこの発言に女鬼、

 

??「あははは……」

 

その状況がありありと目に浮かび、何も語らず苦笑い。

 すると突然手をポンッと叩くと、

 

??「そうだ、帰りがてらに()()()に寄って

   くれないかい?」

 

少年につかいをお願いした。

 

 

??「アイツまた行ったの?」

??「性懲(しょうこ)りも無くな…。『早く帰って来ないと

   飯抜きにする』って伝えてくれ」

??「え?あの後にまだ食べるの?」

 

呆れ顔で尋ねて来る少年に、女鬼はクスリと笑い、

 

??「異常だろ?」

 

と安堵の笑みで返した。

 この時彼女は、いつの間にか口調が普段通りに戻っているこの少年に、「まだまだ青いな」と、安心していた。そして心の奥底にあった強い想いは、

 

??「2人とも、ゆっくりでいいからな……」

 

ポツリと呟かれていた。

 

??「なにが?」

??「なんでもないよ。宜しくな、カズキ」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

ズルズルズルズルーッ!

 

 

??「今日こそは新記録なるかな?」

 

勢い良く蕎麦を(すす)る客を(あお)る蕎麦屋の店長。

 その客の両脇には、空になった(どんぶり)がピサの斜塔の様に積み上げられ、周りの客は自分の食事をそっちのけでその光景を熱い眼差しで見守っていた。というのも……

 

鬼①「今日こそはいけよ!」

妖①「漢の意地見せろよ!」

 

と真っ直ぐに応援する者もいれば、

 

鬼②「無理すんなよー」

妖②「その辺でやめとけー」

 

と曲がった応援する者もいる。つまりこれは賭け。ここ蕎麦屋では、現在進行形で賭博が行われていた。

 

??「おかわりっ!」

 

客のこの一声に、

 

  『おぉぉぉ〜〜っ!』

 

湧き上がる客達。

 

??「へい、おまち!」

 

そこへ間髪入れず熱のこもった返事と共に、もう一杯を提供する店長。そして再び

 

 

ズルズルズルズルーッ!

 

 

瞬く間に消えていく蕎麦。と同時に上がる

 

鬼①「あと一杯で並ぶぞ!」

妖①「並んだら蕎麦代はチャラだ!」

鬼②「新記録にはあと2杯だぞー」

妖②「いつもここまでだぞー」

 

応援と野次。と、そこへ

 

??「こんにちはー」

 

つかいを頼まれた少年が到着。

 

カズ「やっぱりまたやってるし……」

店長「おぅ、いらっしゃい。何か食べるか?」

カズ「いえ、大丈夫です。要件を済ましに来ただけ

   なんで。店手伝えって言われてるし」

店長「あははは、そうかい。相手がお母ちゃんじゃ

   敵わないな」

 

蕎麦屋の店長と簡単な挨拶を交わす肉屋の少年。一通り挨拶を終えると、記録に挑戦中の客を呆れ顔で指差して店長に尋ねた。

 

カズ「で?これ今何杯目?」

店長「9杯目だ」

 

その数字に肉屋の少年、

 

カズ「ハー……」

 

ドッと大きなため息。

 そして自身よりも、一回り小さな体の挑戦者の(そば)に立つと、

 

カズ「おい大鬼、勇儀さんからの伝言。

   『早く帰って来ないと飯抜き』だってさ」

 

この言葉に小さな挑戦者、

 

大鬼「ゴフッ!!」

 

過剰反応。集中力は途切れ、口にしていた蕎麦が食道ではない、入ってはいけない所への侵入を許し、

 

大鬼「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!」

 

()せる。

 

カズ「じゃあな、ちゃんと伝えたからな。後は好き

   にしろよ」

 

そしてこうなると、

 

大鬼「あ゛ーッ!もうムリッ!」

 

もう食は進まない。

 

店長「はい、ざーんねん」

 

店長のこの一声で、客間では金銭が往来。そんな中、

 

 

ガタンッ!

 

 

突然店内に響く椅子が倒れる音。更に続けて響く

 

大鬼「カズキッ!」

 

怒号。

 

大鬼「いいところだったのに邪魔すんなっ!

   今言わなくても良かっただろ!?

   絶対わざとだろッ!!」

カズ「あー?こっちだって手伝いでゆっくり出来な

   いんだ。お前と違って暇じゃないってぇの。

   それに大食いの記録とかどうでもいいし」

大鬼「店先で茶を飲みながらボサッとしているだけ

   だろ!やってる事が名前のまんまのクセに偉

   そうに言うな!」

カズ「あ゛ーっ!?名前は関係ねぇだろ!!」

 

始まる睨み合い。だがこれはもはや彼らの恒例行事。

 そんな中、店内では客達が「両者の意見はごもっとも」と、クスクスと笑いながら、次なる賭け事を開始しようとしていた。だが、

 

店長「ほれほれ、喧嘩やるなら他所でやりな。

   お前さん達に暴れたら店が消し飛ぶ。

   その前に、大鬼は金置いて行きな。

   カズキは喧嘩している時間あるのか?」

 

そこへ大人の対応。「他でなら喧嘩してもいい」と言いながらも、2人を冷静にさせる一言。それは見事に、

 

カズ「ヤバッ!店長ありがとう!」

 

犬猿の仲の2人を引き離した。

 

大鬼「チッ、()()()野郎が」

店長「そう言ってやるな。アイツ結構気にしてるん

   だからよ。ほれ、いつも通り3と6だ」

大鬼「あーあ、今日こそは並ぶところまではいくと

   思ったんだけどなー…」

 

悔しがりながら、財布から挑戦料を全額支払う少年に、

 

店長「また小遣い貯めて挑戦しな。

   うちとしてはいつだって大歓迎だ」

 

冷静な表情を浮かべて「また来いよ」と優しく声援を送る蕎麦屋店長。が、この少年

 

大鬼「そりゃそうしょ。こんなにいいカモはいない

   と思うよ」

 

その腹の内を見事に見破っていた。

 

  『あっはははは!!』

 

と同時に店内に反響する大きな笑い声の数々、店長に至っては腹を抱えてヒーヒー言う始末。

 

店長「自分で言うなよ。自覚あったのか?」

大鬼「そりゃまあね。それよりこの記録、

   本当にこんなに食べた人いるの?」

 

少年が見つめる先の柱には、額に飾られた最高杯数の数字が飾られていた。

 

店長「鬼は嘘は言わない。正真正銘、本当だ」

大鬼「誰の?いつの記録?」

店長「残念だけどそれは言えないな。

   口止めされてんだ」

 

少年の問いに、回答を渋る店長。だがそこは常連特典として、少しばかりのヒントを。

 

店長「でもそうだなぁ……意外な人だよ。しかも鬼

   ではない。確か5年くらい前だったかな?

   あの時は店中が度肝を抜いたよ」

 

このヒントに少年、

 

大鬼「ふーん、よっぽど体の大きい、大食漢なんだ

   ろうなぁ」

 

身近な者達を思い出してみるも、すぐに誰も該当しないと判断し、空想のライバルを生み出していた。

 

 

--ちょうど同じタイミングで--

 

 

??「くしゅんっ!風邪かな?」

 

少年とそう離れていない所で、風邪とは無縁のくしゃみを放つ者がいたそうな。

 そしてこの凡そ2年半後、武者修行へと旅立った少女と、地底世界で自由に暮らす少年は、同じ異変へと巻き込まれる事になる。それは2人にとっても、幻想郷にとっても一大事件となる物語への序章。

 大鬼、この時13歳。博麗霊夢、少し年下。




つい先日、主自身の文字数の記録を更新したばかりですが、また更新です。この話は分割したくなかったので、仕方がありませんね…。
そして、ここに来てようやくです。
また原作とはちょっと異なり、独自解釈が強いですが、ご了承頂ければと思います。

【次回:十年後:取り扱い注意】
さらに時は進みます。



以下は『V入△』の解説です。





どうって事はありません。ただのカタカナ表記です。それが字を覚えたての橙により、小難しい暗号に変わってしまっただけです。
橙はカタカナを覚えました。

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