縁側に腰を掛け、流れる雲を見つめる者。本日の天気は晴れ。心地の良い日差しと快適な気温。絶好の日向ぼっこ日和である。
??「ふゎ〜…」
その陽気は眠気を誘う。特に予定も無ければ、そのまま眠りにつきたいところではあるが、生憎それは叶わない。
??「遅いわね」
待ちぼうけ。来る者が来なければ、彼女は2度寝も許されず、ただこの状態で時が過ぎるのを待ち続ける事になる。それは苦痛、ある意味地獄。
??「あつ……」
太陽が上昇していくに連れて日差しは段々と強くなり、その者へお肌の天敵、紫外線を当て始める。
さらに今日の彼女のコーディネートは濃いめの色の服装。お気に入りの様だが、逆にそれが裏目。熱をモロに吸収するのだ。
バサッ
堪らず愛用の日傘で防御。そしてこれまた愛用の扇子でパタパタ。と、そこへようやく現れる
??「只今戻りました」
待ち人。
??「遅い!もう少しで溶けるところだったわよ」
??「そ、そう言わないで下さい。幻想郷中を、
しかも隅々までを確認していたのですから」
待ち人のこの言い訳は、「それならしょうがない」と割り切れるもの。だがその考え方は浅はか。
この待ち人は仕事を卒なく、スピーディーに
そこで一つ、
??「ふーん……じゃあその口元のご飯粒は何かし
ら?」
鎌をかけた。結果は、
??「えっ!?ちゃんと拭いたはず…」
??「しっかりと寄り道してるじゃない!」
??「コンッ!」
まんまと。そして繰り出される彼女のお仕置きビンタ。
??「あなたまた勝手にいなり寿司を……」
??「ももも申し訳ありませんっ!里を歩いており
ましたら、店主が新作が出たと言うので……
つい」
??「人里なんて予定に無かったでしょ!初めから
食べる気満々じゃない!!」
??「あ、バレちゃいました?」
頭を掻きながら苦笑いを浮かべ、開き直りとも取れるこの発言に、
ゴゴゴゴゴゴ…
彼女の怒りはついに臨界点を迎える事に。すると扇子をバンッと閉じて力強く握り締めると、
??「ら〜ん?覚悟は…」
自身の妖力を伝えて作り上げたラ○トセーバーを構え--
藍 「ふふふ……」
だがここに来て、意味深な笑顔を見せる彼女の式神。
??「何よ?」
藍 「と言うのは冗談ですよ紫様。人里へはこれを
買いに行っていたんですよ」
式神は主人にそう伝えると、大きな袖の中から4人分の
紫 「きゃー♡みたらし団子♡」
を取り出した。
藍 「お待たせしてしまった お詫びです」
紫 「さすが私の式神。気が効くわね」
甘い物が好物の彼女。先程の怒りは何処へやら、ご機嫌は一気に回復した様だ。
藍 「勿体ないお言葉です。お茶は?」
紫 「お願いしようかしら?」
藍 「かしこまりました」
式神は
--賢者一服中--
紫 「美味しかった。もう一本……」
かなりお土産が気に入った様子の彼女。余っているそれに手を伸ばすが、
藍 「ダメです。1人一本までです」
式神はそれを阻止。
紫 「いいじゃない、藍のケチー。それに早くしな
いと固くなっちゃうわよ?」
藍 「
式神が主人から団子を死守していると、
??「ただいまもどりました」
あどけない笑顔を浮かべる少女が上空から舞い降りた。
その表情はまさに天使。曇りなき眩しい笑顔。見る者を浄化する癒しそのもの。幻想郷のオアシス。と思うのは、
藍 「ちぇえええええええええん」
彼女の式神だけ。
少女の名を叫びながら、両手腕を広げて駆け足で迎えに行く彼女の式神。それに答える様に、少女も両腕を広げて駆け足で向かって行く。2人の距離が一歩、また一歩と近付く。その画は久し振りの再会を喜び合う親子そのもの。微笑ましい光景である。
そしてついにその距離は残り僅か。ここで彼女の式神は再び、
藍 「ちぇえええええええええん」
スカッ!
られなかった。否、避けられた。しかもよりによって、
橙 「紫しゃまー!」
行き着いた先は上司の上司。
橙 「お仕事して来ました。エライで
紫 「えっ!?えぇ、偉いわよ。でも、まず自分の
主人に報告しないとダメよ?」
苦笑いしながら部下の部下の頭を
ふと彼女が己の部下へ視線を向けると、
ズーーーン……
その場で
紫 「ほ、ほらご主人様が可哀想だから行って上げ
なさい」
橙 「はーい!藍しゃまー!」
心地いい返事と共に己の直属の上司へと駆け寄る少女。その透き通った声に少女の直属の上司の耳はピクリと反応し、
藍 「ちぇえええええええええん」
再び両腕を広げてWelcomeポーズ。今度こそは間違いなく、
ぎゅーっ♡
熱い抱擁。そして始まる
藍 「ちぇえええええええええん」
藍 「ちぇえええええええええん」
藍 「ちぇえええええええええん」
魂の叫びの嵐。さらに追加オプションは、頬と頬の激しい乾布摩擦。これにはさすがの少女も、
橙 「う〜〜〜〜……」
お腹いっぱいといったご様子。
藍 「お団子買ってあるよ。一緒に食べよ食べよ」
--式神充電中--
橙 「藍しゃまー、ごちそうさまでした」
藍 「うんうん、ご馳走さまが言えて偉いよ」
少女の頭を「いい子いい子」しながら、満面の笑みを浮かべる最強の式神。
どんなに
藍 「橙が気に入ったなら、また買って来てあげ
る~♡」
まさにデレデレ。それもかなりの重症レベルで。しかもこの団子、
紫 「ちょっと藍?コレ、私のために買って来てく
れたんじゃなくて?」
そのはずである。
藍 「ももももちろんですよ!紫様のために買って
来たのであって『みんなで食べらればいいか
な〜』って思って、数を揃えたんですから」
彼女の必死の弁明。その真意は定かではないが、
紫 「ふーん、まあいいわ」
彼女の上司は良しとした。というよりも流した。
そして扇子で掌を叩くと、表情を引き締め、
紫 「で、結界はどうだったの?変わりは?」
本題へと移った。
藍 「はい、特に変わりはありませんでした。
いつも通りです。橙に任せた方も……」
橙 「いつも通りでした」
主人から依頼された調査の報告をする式神達。彼女達は幻想郷中に張り巡らせられた大掛かりの結界、『博麗大結界』の調査へと行っていたのだった。
紫 「そう、でも油断はできないわ。引き続き小ま
めに様子を見に行ってね」
『はい!』
終わりの見えない調査依頼を、綺麗な返事で引き受ける彼女とその式神。
紫 「早くあの子に…」
そして彼女の主人が真剣な眼差しで、前を見つめながらそう呟いた時、
ピチューン
残機-1をお知らせする音が。
紫 「あぁ……もう……」
主人は額に手を当てると、腰上げて音の方へと近付いて行った。
紫 「また全部避けれなかったじゃない」
主人がダメ出しをする相手は、
??「うっるさいわね、ちょっと足が滑っただけ
よ!」
少し大人びた表情を見せる様になった少女。
紫 「そぅ……あーあ、顔に傷作って……。女の子
なんだから、顔は大事にしないとダメよ?」
擦り傷の出来た少女の頬に触れながら、優しく語りかけるスキマ妖怪。その画は
??「追跡型の弾を仕向けておいて、どの口が言う
のよ……」
当事者はそうは思っていない様だ。
??「そ・れ・に!」
まだ不服に思う事めある様で……
??「ここ私の家!さっきからなに勝手にお茶まで
用意して、まったりしているのよ!」
そう、ここはこの少女の住居スペース。その怒りはごもっともなもの。
紫 「いいじゃない。固い事言わないの」
??「あんたねぇ……」
紫 「あ、『固い』で思い出した。お団子。
藍があなたの分もちゃんと買って来てくれて
いるから、食べて来なさい。固くなっちゃう
わ。ちょうどいいから少し休憩に……」
スキマ妖怪の言葉を全て聞くまでもなく、
??「やったー!」
少女は彼女の式神の下へと一目散に走っていた。
紫 「全く……あんなので大丈夫かしら?」
--少女休憩中--
??「あ~、美味ひはった。さふがね、気が効く
じゃない」
食べ終えた串を
藍 「ふふ、どういたしまして」
??「主人と違って……」ボソッ
紫 「ちょっと?聞こえているわよ?」
??「はいはい、ごめんなさーい」
言葉のみの上っ面の謝罪。心?そんな物は皆無。
そんな少女に、「最近やたらと生意気になった」と頭を抱える様になった妖怪の賢者様。だがその扱いも慣れたもの。こんな時は「まともに相手をするだけ無駄」と割り切り、
紫 「で?ちゃんと修行しているんでしょうね?」
自分のペースへと引きずり込むのが得策。
??「失礼ね!ちゃんとやってるわよ!」
紫 「そのわりには避けられない、弾幕が少ない、
威力もない様に見えているけど?」
??「えっ?いや〜……」
「まずい」と視線を
この日は彼女の修行の成果を確認する日でもあり、スキマ妖怪達はここ博麗神社を訪れていた。だがその成果たるや散々のものの様で……
紫 「あなたちゃんと真面目にやってるの?
『夢想封印』は!?『反則結界』はっ!?
名前は書ける様になったのっ!!?」
徐々に語尾を強めて顔を近づけるスキマ妖怪。そしてそれを
??「顔近いって。それに名前くらい書けるわよ。
バカにしないでよね!」
紫 「じゃあ、そこに書いてみなさいよ」
閉じた扇子で地面を指すスキマ妖怪。
少女はそれに2つ返事で承諾すると、側に落ちていた枝を拾い、自分の名前、2文字の漢字を書き上げた。だがそれは、
『あー、おしいっ!』
藍 「その字は簡単な方だね」
『X』とは言わないまでも『△』。
紫 「あなた覚える気あるの?」
??「あの字画数が多いのよ。意味は同じなんだか
ら、こっちで良いじゃない」
紫 「そういう問題じゃないの。せっかく貰った名
前でしょ?」
??「誰が何て言っても、こっちにするから!
あんな字、習字で書こうものなら、直ぐに半
紙が破れるわよ!」
藍 「それは言えてるかも……」
自分に付けられた名前に「異議あり!」を唱える少女。しかも他に不満に思う事もある様で……
??「それとこの服装!これだってすぐに変えてや
るわよ!」
紫 「それは由緒正しい服装でしょ!?そんな勝手
に……」
??「道着みたいで可愛くないの!」
紫 「じゃあどんなのなら良いのよ?」
この言葉に少女は、理想の姿を思い描き、
??「上下はもちろん赤!これは譲れない。
袖はゆったりとして色は白ね。
あ、フリルの付いたスカートとか良いわね。
他にはワンポイントに黄色のスカーフなんて
いいかな?あとちょっと色気が必要ね。少し
寒いかも知れないけど、肩を出しても……」
繰り広げられる一方的なマシンガントーク。反論の
そんな少女を苦笑いで見つめる
藍 「あははは……これは先代の影響ですね……」
最強の式神と、閉じた扇子を額に当ててため息を吐く
紫 「全く、余計な事ばっかり吹き込むんだから。
肝心のところは
スキマ妖怪。そんな2人の前に現れる
橙 「藍しゃまー、紫しゃまー」
天使。
藍 「ちぇえええええええええん。
なになに?どうしたのかなぁ?」
橙 「あたしも書ける様になったんですよ!」
そう言いながら、小さな式神が指差す地面には、
藍 「ん?ん〜〜〜??」
??「なによこれ?」
紫 「『V入△』?」
意味不明の暗号が。首を傾け、脳みそをフル回転させて解読を試みてみるも、
『ギブアップ』
断念。
藍 「橙は凄いね、字を書ける様になったんだぁ。
それで、何て書いたのかなぁ〜?」
己の式神の頭を撫でながら、まるで腫れ物に触る様に接する最強の式神。すると彼女の式神は、少女を指差しながら、さも当たり前の様に答えた。
橙 「彼女の名前ですよ?」
『え゛っ!?』
紫 「ちょっと藍、どういう事よ!?説明しなさい
よ」ヒソヒソ
藍 「わ、分かりません。何であれがあーなるのか
私にも……」ヒソヒソ
答えを聞いても、謎は深まるばかりの2人。だがそれは大人達だけで、
??「あー、なるほどね。でももうちょっと綺麗に
書きなさいよ」
伝わる者にはちゃんと伝わっていた。
『分かったの!?』
??「頭を柔らかくすれば、どうって事ないわよ。
まあもっとも、頭のお固いB○Aには無理で
しょうけどね」
調子に乗った少女のこの発言に、
カチリッ
スキマ妖怪のスイッチが入った。
紫 「
それはタブー。絶対に触れてはならない、口にしてはならない言葉。さもなくば命の保証は――ない。
紫 「次期博麗の巫女だからって、調子に乗るん
じゃないわよ……どうせ『夢想封印』もでき
ない小娘のクセに、この賢者様に生意気言う
なんて1000年早いわよ!見込みのないあ
んたなんて、ただのお荷物でしかないわ!
いいわ……私がこの手で直接ッ!」
感情のまま、妖力を溜めた腕を振り上げるスキマ妖怪。だがその時、
??「『霊符:夢想封印』」
少女の宣言と共に現れる無数の色とりどりの光の弾。大きくも、心が洗われる様な優しい光を放つ光の弾。それはスキマ妖怪を目掛けて飛んでいき、
紫 「きゃっ!」
腰を地に付けた彼女の直ぐ傍を、避ける様にして通過していった。
??「出来ないなんて言ってないでしょ?」
紫 「あなた……いったい……いつの間に……」
藍 「驚きましたね」
紫 「それよりも今のはいったい何!?私が知って
いる『夢想封印』ではないわよ!?」
??「質問が多いわねぇ。これは『スペルカード』
私が考えたの。とは言ってもただの紙だけど
ね。それと、先代とは違う形の『夢想封印』
だけど、本質は同じよ。
やろうと思えばそっちも出来るわよ」
淡々とスキマ妖怪の質問に答える少女。
そして答え終わったところで、「今度はこちらの番」と、
??「で?今のを見てどう思った?」
感想を聞く事に。この質問に彼女は戸惑いながらも、
紫 「どうって……驚いたわよ」
素直に答えた。
??「他は?」
紫 「……花火みたいだった」
??「それはつまり『綺麗だった』って受け取って
いい?」
少女のこの質問に、彼女は先程の光景を思い出していた。近くを通り過ぎていく各色の光の玉。その中で彼女は不覚にも身の危険よりも
紫 「ええ、綺麗だったわ」
その美しさに魅了されていた。
??「それよ!」
少女、「その言葉を待ってました」とでも言う様に、誇らしげにドヤドヤ。そしてその胸の内を明かした。
??「私が正式に博麗の巫女になったら、幻想郷を
力でねじ伏せる様な所にはしたくないの。
人間も妖怪も妖精も不満があれば堂々と言え
て、わがままを通せる所にしたいの。
でもその為には戦いは必要不可欠。けど、
それだと力の強い者だけが勝ってしまう。
そんなの理不尽!だからコレ!
この『スペルカード』で美しさを競う様に
したいの。遊び感覚でね。
その後仲良くなれたら最高じゃない」
長々と語る少女の笑顔はキラキラと輝きを放っていた。それは大きな夢を持つ者の希望に満ちた笑顔。そんな笑顔を見せられては、
紫 「そうね、最高かもね」
藍 「実現させてね」
橙 「楽し
反対なんて出来ない。
紫 「で?本音は?」
??「威力に自信がないから、コレならいいかって
――あっ……」
後にこの少女は、『異変』と呼ばれる、世にも奇妙な事件へと巻き込まれていく。
紫 「あのねーっ、美しさを競うのはいいけど、
世の中そういうのでは話しが通じない
もいるの!」
様々な者達と出会い、時には敵対し、時には協力し、数々の異変を解決していく事になる。
紫 「今は現れてないけど、先代がいなくなって
もう何年も経つの!」
それは波乱万丈、決して穏やかとは言えないもの。
紫 「『博麗大結界』は確実に弱まってる。
この期に外からそういった連中が来るかも
しれないの!」
これは、その最初の一歩。彼女のEp.0。
紫 「強い結界を作るには、威力は必要不可欠!
もっと自分の置かれた状況を理解なさい!」
近い将来、『楽園の素敵な巫女』と呼ばれる事になるこの少女の名は、
紫 「って聞いてるの!?
博麗靈(霊)夢。
靈夢「はいはい……そのうちね」
スキマ妖怪の説教は、悲しくも少女の心へと届く事はなかった。
片手をヒラヒラと振りながら
紫 「そう、態度を改める気は無いわけね?
なら仕方がないわ……実力行使あるのみ!」
ガッ!(靈夢の服を掴む音)
靈夢「ちょっと何するのよ!離しなさいって!」
限界を超えた。
紫 「こうなれば武者修行あるのみ!今から魔界と
地獄へ行って鍛えてきなさい!」
靈夢「はーっ!?そんな所に行ったら私死んじゃう
わよ!」
紫 「陰陽玉を付ければ、そう簡単にやられないわ
よ」
スキマ妖怪はそう言い残すと、目の前にスキマを作り出し、
紫 「はい、いってらっしゃーい」
その中に少女と2つの陰陽印の球体を放り込んだ。
--その日の夕刻、地底世界では--
??「ありがとうございました」
??「おう、また次回な。自主トレーニングは怠る
なよ?」
??「はい、では失礼します」
師に頭を下げる礼儀正しい少年。師に背を向けると、足早に家路を急ぐ。そこへ、
??「よっ!」
少年の前から気軽に声をかける女鬼が。
??「あ、こんにちは。お勤めご苦労様です」
??「ん?あー、いいってそういうの。好きじゃな
いんだ。でも、目上の者を敬うその心は評価
する。偉いぞ」
??「ありがとうございます」
??「それで?稽古は終わりかい?」
??「はい、もう家に帰ります。母ちゃんが店を手
伝えってうるさいし」
少年のこの発言に女鬼、
??「あははは……」
その状況がありありと目に浮かび、何も語らず苦笑い。
すると突然手をポンッと叩くと、
??「そうだ、帰りがてらに
くれないかい?」
少年につかいをお願いした。
??「アイツまた行ったの?」
??「
飯抜きにする』って伝えてくれ」
??「え?あの後にまだ食べるの?」
呆れ顔で尋ねて来る少年に、女鬼はクスリと笑い、
??「異常だろ?」
と安堵の笑みで返した。
この時彼女は、いつの間にか口調が普段通りに戻っているこの少年に、「まだまだ青いな」と、安心していた。そして心の奥底にあった強い想いは、
??「2人とも、ゆっくりでいいからな……」
ポツリと呟かれていた。
??「なにが?」
??「なんでもないよ。宜しくな、カズキ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ズルズルズルズルーッ!
??「今日こそは新記録なるかな?」
勢い良く蕎麦を
その客の両脇には、空になった
鬼①「今日こそはいけよ!」
妖①「漢の意地見せろよ!」
と真っ直ぐに応援する者もいれば、
鬼②「無理すんなよー」
妖②「その辺でやめとけー」
と曲がった応援する者もいる。つまりこれは賭け。ここ蕎麦屋では、現在進行形で賭博が行われていた。
??「おかわりっ!」
客のこの一声に、
『おぉぉぉ〜〜っ!』
湧き上がる客達。
??「へい、おまち!」
そこへ間髪入れず熱のこもった返事と共に、もう一杯を提供する店長。そして再び
ズルズルズルズルーッ!
瞬く間に消えていく蕎麦。と同時に上がる
鬼①「あと一杯で並ぶぞ!」
妖①「並んだら蕎麦代はチャラだ!」
鬼②「新記録にはあと2杯だぞー」
妖②「いつもここまでだぞー」
応援と野次。と、そこへ
??「こんにちはー」
つかいを頼まれた少年が到着。
カズ「やっぱりまたやってるし……」
店長「おぅ、いらっしゃい。何か食べるか?」
カズ「いえ、大丈夫です。要件を済ましに来ただけ
なんで。店手伝えって言われてるし」
店長「あははは、そうかい。相手がお母ちゃんじゃ
敵わないな」
蕎麦屋の店長と簡単な挨拶を交わす肉屋の少年。一通り挨拶を終えると、記録に挑戦中の客を呆れ顔で指差して店長に尋ねた。
カズ「で?これ今何杯目?」
店長「9杯目だ」
その数字に肉屋の少年、
カズ「ハー……」
ドッと大きなため息。
そして自身よりも、一回り小さな体の挑戦者の
カズ「おい大鬼、勇儀さんからの伝言。
『早く帰って来ないと飯抜き』だってさ」
この言葉に小さな挑戦者、
大鬼「ゴフッ!!」
過剰反応。集中力は途切れ、口にしていた蕎麦が食道ではない、入ってはいけない所への侵入を許し、
大鬼「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!」
カズ「じゃあな、ちゃんと伝えたからな。後は好き
にしろよ」
そしてこうなると、
大鬼「あ゛ーッ!もうムリッ!」
もう食は進まない。
店長「はい、ざーんねん」
店長のこの一声で、客間では金銭が往来。そんな中、
ガタンッ!
突然店内に響く椅子が倒れる音。更に続けて響く
大鬼「カズキッ!」
怒号。
大鬼「いいところだったのに邪魔すんなっ!
今言わなくても良かっただろ!?
絶対わざとだろッ!!」
カズ「あー?こっちだって手伝いでゆっくり出来な
いんだ。お前と違って暇じゃないってぇの。
それに大食いの記録とかどうでもいいし」
大鬼「店先で茶を飲みながらボサッとしているだけ
だろ!やってる事が名前のまんまのクセに偉
そうに言うな!」
カズ「あ゛ーっ!?名前は関係ねぇだろ!!」
始まる睨み合い。だがこれはもはや彼らの恒例行事。
そんな中、店内では客達が「両者の意見はごもっとも」と、クスクスと笑いながら、次なる賭け事を開始しようとしていた。だが、
店長「ほれほれ、喧嘩やるなら他所でやりな。
お前さん達に暴れたら店が消し飛ぶ。
その前に、大鬼は金置いて行きな。
カズキは喧嘩している時間あるのか?」
そこへ大人の対応。「他でなら喧嘩してもいい」と言いながらも、2人を冷静にさせる一言。それは見事に、
カズ「ヤバッ!店長ありがとう!」
犬猿の仲の2人を引き離した。
大鬼「チッ、
店長「そう言ってやるな。アイツ結構気にしてるん
だからよ。ほれ、いつも通り3と6だ」
大鬼「あーあ、今日こそは並ぶところまではいくと
思ったんだけどなー…」
悔しがりながら、財布から挑戦料を全額支払う少年に、
店長「また小遣い貯めて挑戦しな。
うちとしてはいつだって大歓迎だ」
冷静な表情を浮かべて「また来いよ」と優しく声援を送る蕎麦屋店長。が、この少年
大鬼「そりゃそうしょ。こんなにいいカモはいない
と思うよ」
その腹の内を見事に見破っていた。
『あっはははは!!』
と同時に店内に反響する大きな笑い声の数々、店長に至っては腹を抱えてヒーヒー言う始末。
店長「自分で言うなよ。自覚あったのか?」
大鬼「そりゃまあね。それよりこの記録、
本当にこんなに食べた人いるの?」
少年が見つめる先の柱には、額に飾られた最高杯数の数字が飾られていた。
店長「鬼は嘘は言わない。正真正銘、本当だ」
大鬼「誰の?いつの記録?」
店長「残念だけどそれは言えないな。
口止めされてんだ」
少年の問いに、回答を渋る店長。だがそこは常連特典として、少しばかりのヒントを。
店長「でもそうだなぁ……意外な人だよ。しかも鬼
ではない。確か5年くらい前だったかな?
あの時は店中が度肝を抜いたよ」
このヒントに少年、
大鬼「ふーん、よっぽど体の大きい、大食漢なんだ
ろうなぁ」
身近な者達を思い出してみるも、すぐに誰も該当しないと判断し、空想のライバルを生み出していた。
--ちょうど同じタイミングで--
??「くしゅんっ!風邪かな?」
少年とそう離れていない所で、風邪とは無縁のくしゃみを放つ者がいたそうな。
そしてこの凡そ2年半後、武者修行へと旅立った少女と、地底世界で自由に暮らす少年は、同じ異変へと巻き込まれる事になる。それは2人にとっても、幻想郷にとっても一大事件となる物語への序章。
大鬼、この時13歳。博麗霊夢、少し年下。
つい先日、主自身の文字数の記録を更新したばかりですが、また更新です。この話は分割したくなかったので、仕方がありませんね…。
そして、ここに来てようやくです。
また原作とはちょっと異なり、独自解釈が強いですが、ご了承頂ければと思います。
【次回:十年後:取り扱い注意】
さらに時は進みます。
以下は『V入△』の解説です。
どうって事はありません。ただのカタカナ表記です。それが字を覚えたての橙により、小難しい暗号に変わってしまっただけです。
橙はカタカナを覚えました。