大穴から流れる風は良好。商店街では
バッサ、バッサ、バッサ、バッサッ!
荒ぶっていた。
??「やっすいよー! 特売日だよーっ!」
それもそのはず、その根元では豪快に旗を振りながら、大声で客引きをする1人の少年がいた。
??「お、元気があっていいじゃないの」
その姿を満足気な表情で見守る、子育ての達人であり、この町のみんなの『お母ちゃん』。
お母「その調子で宜しく頼むよー!」
??「はいっ!」
少年、歯切れの良い返事をすると大きく息を吸い、再び叫んだ。
??「やっすいよーッ!」
『クスクスクスクス……』
だがそこに聞こえて来たのは、2つの忍び笑い。それは少年の耳にも届き……
??「あ゛っ? なに?」
一気に不機嫌にさせた。そこへ現れたのは、
??「やっほー、頑張ってるねー」
明るい笑顔の地底のアイドル。蜘蛛姫こと、黒谷ヤマメ。そして、
??「意外とちゃんとやっているんだな。エライじゃないか」
鬼の四天王にして、この少年の保護者。『語られる怪力乱神』とは彼女の事、星熊勇儀だった。そしてこの2人、
??「冷やかしに来たの?」
勇儀「またお前さんはすぐそうやって……」
ヤマ「仕事の帰りだよ。晩御飯のおかずを買いに来たんだよ」
現在同じ職場で働いている。
町の長が鬼から妖怪に代わり早7年。この間に『種族の隔たりなく』を掲げ、旧地獄では劇的な改革が行われていた。その内の一つが、『職業制限の廃止』である。
それは、これまで力が必要という理由で、鬼以外の者が就けなかった力仕事へ、鬼以外の者の参加を認め、その逆、繊細な作業が必要という理由で、不器用な者が多い鬼が就けなかった工芸品等の技術を要する仕事へ、鬼の参加を認めるというもの。
無論それには向き不向きがあるので、『適正を見て』という事になっている。
そして、蜘蛛姫は「趣味の物作りを仕事にしたい」と希望し、またその実力と特殊能力から見事、『適正有り』と判断されたのだった。
その時に不純な動機で同じ職種を希望し、『適正無し』とジャッジされた者から、パルパルされたとか、されなかったとか……。
大鬼「ふーん。今日の夕飯何? ヤマメも一緒?」
勇儀「まだ決めてないけど、肉食いたいだろ?」
ヤマ「私は別だよ。でもまた一緒に食べようね?」
優しく尋ねる2人だったが、この少年、双方にまとめて
大鬼「別にどっちでもいい」
流す。と、そこに
??「大鬼、もう終わりだって……あっ」
現れたもう1人の少年、いや見た目であればもう青年。犬猿の仲でお馴染みだった大鬼少年の相方。そして、店の名前を付けられ、その事を気にしている少年。その名も『
彼は2人の客人の姿を見つけると、
和鬼「勇儀さんとヤマメさん。お勤めご苦労様です」
姿勢を正して丁寧に挨拶。この姿に客人達、
『えら〜い』
感動。
ヤマ「和鬼君、もうすっかりお兄さんだね」
さらに蜘蛛姫からのこのヨイショでさえ、
和鬼「いえ、まだまだ半人前です」
爽やかに謙遜。流石の蜘蛛姫もこれには、
じ〜〜〜ん……
胸に響いた。
ヤマ「子供の成長って早いね。なんかあの頃とはまるで別人だよ」
勇儀「本当だな。『お母ちゃん』さんも鼻が高いだろう」
律儀な好少年に成長した少年を褒めちぎる2人。
だがこの時、その事を「面白くない」と思う者がいる事を、2人は気付けていなかった。
そして、
勇儀「それに比べて……」
彼女が放ったこの言葉が
勇儀「大鬼も和鬼を見習えよ」
引き金となった。
大鬼「うるさい! なんだよ2人して和鬼和鬼って! 結局は冷やかしで来たのか!? 悪口言いに来ただけかよ!!」
商店街中に響く怒りと悲しみの叫び声。
訪れていた他の客達も足を止め、その光景を見守っていた。
ヤマ「大鬼君、ごめんね。そういうつもりじゃ…」
彼女は素直に、心から謝ろうとしていた。
大鬼「だまれっ! 言い訳なんか聞きたくない!」
だが、それには耳を傾け様ともせず、一蹴する少年に、
ヤマ「え……」
言葉を失い、悲しい表情を浮かべた。
確かにこの雰囲気を生み出してしまった原因は彼女達。それでも、例えそうだとしても、少年のこの態度は許せるものではなかった。そして、「カチリッ」と少年の保護者のスイッチが入った。
勇儀「おいっ!! そんな言い方ないだろっ!? 今ヤマメが謝ろうとしていただろうが!」
しかし、それでさえも
大鬼「言うのは説教だけかよ!」
少年は聞く耳を持たず、
勇儀「あ゛〜?」
刺す様な鋭い視線で少年を見おろす彼女。その表情は家族や身内に向けるものではない。敵、それに向けるもの。威圧、威嚇、脅迫そういった類のもの。
彼女の立場、実力を知る者であれば、その時点で足は
大鬼「いつだって」
少年は立ち向かう。と、その時
ガシッ!
少年の首に腕が掛かった。綺麗に極まる『スリーパーホールド』に、少年は堪らず
大鬼「グエッ!」
和鬼「はいはい。お前こっち来い。勇儀さん、コイツちょっとお借りします。夕飯の時にはお返ししますので」
肉屋の息子はそう言い残すと、絞め技を解く事無く、そのまま少年をズルズルと引き
勇儀「……」
両手に拳を作り、無言で
ヤマ「勇儀?」
勇儀「ヤマメ、すまなかった」
ヤマ「ううん、大丈夫。勇儀は大丈夫?」
勇儀「……」
蜘蛛姫の問いに、彼女は俯いたまま再び口を閉ざした。2人の間に
そして
勇儀「アイツ……なんであんな風に……」
ヤマ「え? なんでって……」
勇儀「いや、何でもない。気にしないでくれ。すまないけど、今日は……」
ヤマ「あ、うん。それじゃあね」
勇儀「じゃあ……」
彼女は別れの言葉を残すと、視線を下に落としながら家へと歩き出した。
その後ろ姿を見つめながら、蜘蛛姫はポツリと呟く。
ヤマ「気付いてあげてよ……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゴッ!
鈍い音。そしてその直後に上がる
メキメキメキッ
悲鳴。それはただ今絶賛、
大鬼「だーーーっ! もう!」
サンドバッグ状態。
大鬼「何でいっつも説教ばっかり! どう考えてもあそこは謝るべきだろッ!」
思い出せば再び込み上がるイラつき。そしてその吐き口は、
ゴッ!
やはりサンドバッグ。少年の思いは、重い一撃となり
バキバキバキッ、ズーーーンッ!
その樹齢を終了させた。
その様子を巨大な岩の上で頬杖をつき、冷ややかな視線で眺める
和鬼「おー、怖い怖い」
肉屋の息子。それは無関心……というよりも、
和鬼「まったく……毎回毎回」
いつもの事で飽き飽きといったご様子。
ここは少年達が幼い頃よく遊んだ場所、大鬼の秘密基地である。巨匠の作品の数々は、所々傷みつつあるものの、今も尚その原型を留め当時のまま。だが変わった事もある。それも大幅に。それが、
和鬼「木がもう全然残ってねぇじゃねぇかよ…」
その敷地の見通しの良さ。
以前は多くの木々に囲まれ、楽しそうなフィールドアスレチックだった。しかし今では木々の殆どが無意味に伐採され、広大な敷地にポツンと残る、寂しげな公園になってしまったのだ。秘密の基地はもはや大公開中である。
大鬼「う、うるさい!」
その事は隊長自身も気にしている様ではあるが、
大鬼「じゃなかったら、このイライラをどこにぶつければいいんだよ」
止められない、止まらないの様だ。
和鬼「気持ちは分かる。オレなんて兄貴達の喧嘩に巻き込まれて、理不尽な説教をされるのはしょっちゅうだったし。姉貴達の口喧嘩を横で見ていただけなのに、止めなかったからって全体責任で説で……」
共感。近似の体験談を語った後、不機嫌な少年にアドバイスを送るつもりの好少年だったが、それはいつの間にか愚痴へと変わり、
和鬼「だーっ! 思い出したら段々腹立って来た!」
大噴火。どうやら飛び火した様だ。そしてすっと立ち上がると、残り
ガシッ!
片手で
ミシミシミシ……
そこから上がり始める木の
バリバリバリッ!
とうとう
大鬼「すっげ……」
目を丸くしながら頬を引き
大鬼「さすが、鍛えているだけはあるね」
和鬼「こんなのちょっと鍛えればすぐだって。親方様には全然敵わないし、技の習得なんて『まだまだ』だって言われてるし。それに、
しばらく沈黙が続いた。少年はその固有名詞が出た事で、好少年は師との力の差を思い起こした事で。共に肩を落とし、視線を足元へと向けていた。
やがて好少年が深呼吸をすると、お馴染みのポーズを取り、口を開いた。
和鬼「まあ話し戻すけど、
さらにその姿勢のまま続けて少年へ送る言葉は、
和鬼「だからそういう時は『また勘違いしてるし』って腹の中で笑っとけ。変に噛み付いて『飯抜き』なんてイヤだろ? それと大鬼にもいけないところ、あったよな?」
伝えようとしていたアドバイス。早い話が「
大鬼「ふんっ!」
「余計なお世話」とでも言うように、腕を組んで
大鬼「……じゃないし」ボソッ
何やら呟くと、
和鬼「は?」
大鬼「別にぃ〜」
そのまま家ではない方向へと歩き出した。
和鬼「あ、おい! お前ちゃんと分かってるのか?」
大鬼「分かったって。要は『チクワ耳』にしろって事でしょ?」
振り返らず、手をヒラヒラとさせて去って行く少年を、好少年は細めて「どうしてそうなる?」と苦笑いを浮けべながら見送っていた。
和鬼「ったく……何が『じゃない』だよ。もうとっくにみんなは……」
好少年は一人そう呟くと、
和鬼「勇儀さん達にちゃんと謝っておけよーっ!」
大声で去り行く少年へ最後のアドバイスを送ると、少年は先程と同じ様に、やる気を疑う返事を送り返した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
??「ん〜…」
自身の作品に首を傾けて眉を八の字。白米を片手に口をモゴモゴと動かし、
??「ホルモンに蜂蜜とマヨネーズはダメかー……。美味しいと思ったんだけどな」
破壊兵器の飲み込むタイミングを伺う。と、そこへ
コンコンッ!
訪問者。
??「はーい」
茶碗と箸を卓袱台へ置き、玄関へ。
そして戸を開けるとそこには、
??「あれ? 大鬼君、どうしたの?」
大鬼「ヤマメ、あのさ……」
その様子から彼女はすぐに察した。しかしそれを悟られない様に、気を遣わせない様に、
ヤマ「うん?」
いつも通りの笑顔で接することにした。
大鬼「さっきは……ごめんなさい」
ヤマ「うん、もう気にしてないから大丈夫。私もごめんね。
大鬼「それじゃあ……」
少年は彼女への要件を済ませると、クルリと背を向け、歩き始めた。
ヤマ「待って!」
そこへ静止を呼びかける声。その声に反応し、少年はその場で足をピタリと止めた。
大鬼「なに?」
しかし彼女へ背を向けたまま。
ヤマ「勇儀にも謝ってくれる?」
大鬼「……何で?」
ヤマ「私達が原因だっていうのは分かってるよ? でも勇儀ってあんな感じだから、きっと自分からは謝り辛いんだと思う。特に最近色々あって気が張ってるみたいだし。だから……」
大鬼「……だから?」
ヤマ「大鬼君に少し大人になってもらえると助かるなって。ダメ……かな?」
大鬼「……」
彼女が優しく尋ねてみるも、言葉は返って来なかった。
すると、彼女は下を向きながら別の、事の発端となる核心を恐る恐る尋ねた。
ヤマ「それとも……まだ『あの事』で勇儀……許せない?」
大鬼「……うん」
「そうだよね」この時、彼女は素直にそう思った。もしそれが、自分が少年の立場だったらと考えると、とてもその先の言葉が出なかった。
大鬼「でも……」
しかし、そこへポツリと呟かれた言葉は、彼女の顔を上げさせ、
大鬼「それとは話が別だから。だから……」
そこから語られた言葉は、
大鬼「仕方がないから、自分から謝ってみる」
彼女を心底安心させた。そのお礼にと少年の背中へ、
ヤマ「ありがとう」
笑顔で感謝の言葉を送った。
そして再び歩き始めた少年を「根はいい子なんだけどね」と見つめていた。2、3歩。歩いた距離はその程度。そこで少年が突然ピタリと歩行を止めた。
大鬼「ヤマメー……」
懐かしい呼び名。最近では全く聞かなくなった呼び名。彼女にとっては違和感。だが違和感はもう一つ。少年の声は、震えていた。
ヤマ「ん?」
大鬼「また、みんな揃って……笑いながら、ご飯……食べれるかな?」
少年の心の叫び。彼女は瞳に薄っすらと涙を浮かべ、少年にゆっくりと近づくと、
ヤマ「うん、きっと大丈夫。みんな揃うよ」
背中を優しく摩りながら、少年の本当の願いをしっかりと受け止めた。
この時少年15歳。それは少年と青年の狭間。取り扱いが難しい時期。
ようやくここに来てカズキ少年の漢字判明です。
これにはもう多くの方がお察しされていたと思います。そして、この《Ep.5 大和》はこの2人の話です。
ここまで……長かった。一安心です。
【次回:十年後:新しい決まり事(前)】