東方迷子伝   作:GA王

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十年後:新しい決まり事(後)

 

勇儀「お、おぅ。おかえり」

親方「お、帰ったか」

 

稽古から帰って来た大鬼。道着姿で登場。

 ずっとスペルカードの事で頭が一杯になっていて、あの事をどう伝えるべきか考えていなかった。でも、ずっと黙ったままにしておくなんて事は(もっ)ての(ほか)

 再び訪れた難題に頭を抱えていると、

 

 

クイッ、クイッ

 

 

(すそ)(つか)まれた。というより引かれた。「なんだ?」と視線をそちらへ向けると、

 

萃香「ふわぁ〜〜〜っ」

 

美味しそうなスイカが食べ頃を迎えていた。

 

勇儀「またかよ……」

 

思わず本音。昔は気兼ねなく話せる仲だったのに、ここ最近それがリセットされつつある。しかも週1回は必ず会っているのにも関わらずにだ。

 で、大鬼の方はと言うと――

 

大鬼「あ、()()()()来てたんだ」

 

と、変わらぬ接し方。まあ、呼び方は年相応にはなったけどな。

 ここだけの話、彼女(いわ)く「日に日に磨きがかかっている」らしい。つまり、眩し過ぎて直視出来ないらしい。幸せな悩みだと思う。

 それはそうとして、

 

勇儀「な、なあ大鬼……」

大鬼「ん?なに?」

 

伝えるなら、

 

勇儀「実は……」

 

決心が揺らがないうち……

 

勇儀「もう……」

 

今しかない。

 

勇儀「お終いにしようと思うんだ。お前さんの……

   その……お、親を、な。……さ、探すのを」

大鬼「えっ?」

 

耳を疑ったのだろう。「まさか」と思っただろう。「きっと見つけてくれる」そう信じていたのだろう。そう思うと大鬼の顔を見る事ができなかった。

 苦し紛れに萃香へ視線を移せば、私と同じく視線を横に外し、父さんへと視線を向ければ、腕を組んで難しい表情を浮かべていた。

 

大鬼「いいよ」

  『は?』

 

あっさりと出たその言葉に、今度はこちらが耳を疑った。

 

勇儀「ちょちょちょっと待った!本当にいいのか?

   何でだ?会いたくないのか?」

大鬼「うん……それよりも()()()まだ探してくれて

   いたって方が、()()()()()よ」

 

「そっちかよ!」

 

と叫びそうになった。いや、心の中では大絶叫していた。

 

大鬼「あと、会いたくないって言えば違うけど、

   今見つかって『私が親です』って言われたと

   ろで……って感じだし。それに……」

 

そこまで語ると、大鬼は無言で私をじっと見つめ始めた。その視線の意味と話の続きが気になり、尋ねてみたが、

 

勇儀「それになんだい?」

大鬼「別にぃ〜」

 

視線を外され、はぐらかされてしまった。結局何が言いたかったのか分からず、頭の中に『?』を浮かべていると、

 

大鬼「それよりもさ、頼みがあるんだけど……」

 

このパターン。続く言葉は多分、

 

大鬼「お小遣い頂戴」

 

やっぱりな。頼みと言えば、こればっかり。しかもその使い道には……ため息しか出ない。

 

勇儀「この前あげたばかりだろ?」

大鬼「分かってるよ。だからそっちじゃなくて」

勇儀「へー……今月最初のチャレンジはもう使うの

   かい?」

 

そう尋ねると大鬼は覚悟を決めた目で、力強く頷いた。

 私と大鬼との間で新しく決めた事。それは毎月の小遣いの他に小遣いが欲しければ、力づくで奪うという事。そのチャンスは毎月4回まで許される。チャレンジ回数は、翌月への持ち越しは不可。だが、まともに私と1対1で勝負したら大鬼に勝ち目はない。だから私には()()()()を設ける。

 

勇儀「待ってな、今準備する」

 

大鬼に外で待つように告げ、

 

勇儀「萃香、ちょっといいか?」

 

親友を呼び寄せ、家の中へ。

 

萃香「意外だったね」

勇儀「ああ、大鬼の中ではある程度整理がついてい

   たのかもな」

 

廊下を歩きながら、2人で安心していたと思う。けど、彼女を呼んだのは他でもない。あの事をどうしても聞いておきたかったからだ。

 

勇儀「あのさ、さっき地上に……」

 

そこまで話しただけで彼女は察してくれた。

 

萃香「うん、今地上は変わろうとしているんだよ。

   新しい博麗の巫女のおかげで。平和的に解決

   できるスペルカードルールのおかげで」

 

そう語る彼女の口調は、どこか楽し気で、希望に満ちていた。それを私はただ無言で耳を傾けていた。

 

萃香「私思うんだ。きっと近い内に、人間も妖怪も

   鬼も吸血鬼も、種族の枠を超えて、みんなが

   仲良くなれる日が来るんじゃないかって。

   だから……」

勇儀「協力してあげたい……か?」

 

私のこの質問に、彼女は強い視線を向けながら深く頷き、再び口を開いた。

 

萃香「他にもね、何度も外の世界に行っているうち

   に、八雲紫とも仲良くなっちゃってさ」

勇儀「え゛っ!?」

萃香「外の世界に行くのに彼女の能力を使っていた

   んだ」

 

内心、「そうなんだ」と直ぐに納得出来なかった。それよりも先に訪れていた感情は、焦り。「大鬼の事を知られてはいないだろうか」という不安。知られたところで直ぐに困る事はないだろうけど、「なぜ?いつから?どうやって?」といった疑問が浮上するのは目に見えていた。さらに最悪の場合、極一部の者しか知らない秘密にでさえ触れかねない。もしその様な事にでもなれば……

 そんな私の心境を覚ったのか、彼女は慌てた様に

 

萃香「あ、でも安心して。大鬼の事は言ってないか

   ら。いつも『探し物をして来る』って言って

   あるから」

 

それを否定した。でも誤魔化し方が……

 

勇儀「そんな抽象的な言い方で、よくその先に踏み

   込まれなかったな」

萃香「不思議だよね。彼女甘い物が大好きでさ、

   私が外の世界に行く度にお土産を買って来て

   あげたからかな?」

 

あどけない笑顔で、気軽に、何気なく答える彼女。だが私は聞き逃さなかった。いや、聞き流せなかった。

 

勇儀「鬼が外の世界で買い物!?」

萃香「うん、結構普通に出来たよ。みんな私の事を

   本当の鬼だと思ってないみたいでさ。なんて

   言ったけ?『コスプレ』とかだと思っていた

   みたいだよ」

勇儀「コスプレ?」

萃香「いもしない人の衣装を着て、真似する事を

   そう言うんだってさ。でも、毎回子供扱い

   されたのは少し腹が立ったけど……」

 

彼女からすれば人間の成人と言え、赤子以下。その者達から子供扱いされていたとなると、怒りも湧くだろう。けど、彼女を足元から頭のてっぺんまで眺めると、

 

勇儀「あははは……」

 

妙に納得。苦笑いで返すしかなかった。

 

萃香「……隠せてないから」

勇儀「わ、悪い悪い。それで?幻想郷の創設者様と

   仲良くなってどうしたって?」

萃香「うん、彼女も新しい博麗の巫女に期待を寄せ

   ていて、今後の幻想郷についても色々考えて

   いるみたいで……協力して欲しいって頼まれ

   てるんだ」

 

希望していたところへ、正式なオファー。ともなれば、彼女はさぞ嬉しかっただろう。

 

萃香「それにね」

 

彼女はそう呟くと拳を握りしめ、

 

萃香「さっき見せた『百万鬼夜行』。私一押しの、

   自身有りの技なんだ。誰にも負けないと思っ

   てる。アレでその巫女と勝負したいんだ。

   その為なら『異変』だって……」

 

その熱い胸の内を明かしてくれた。

 鬼は闘いが好きな種族だ。特に私なんかは、強い者と遭遇した時、その衝動に駆られて真っ向に勝負を挑みに行くだろう。それは彼女も同じ。という事なのだろう。

 で・も!

 

勇儀「異変って要は騒ぎの事だろ?こっちにも影響

   を出す様な事はするなよな」

萃香「う、うん。その時は気を付ける……」

 

彼女の熱意は充分過ぎる程伝わった。だから、

 

勇儀「萃香、行ってこいよ」

萃香「うん、ありがとう」

 

笑顔で彼女を送り出そう。

 

 

--女鬼準備中--

 

 

勇儀「よし、どこからでも掛かって来な」

 

制限時間は3分。その間に、

 

大鬼「お願いします!」

 

この右手に持ったどこにでもある(さかずき)

 

大鬼「さん…」

 

その中の水を一滴でも(こぼ)させる事が出来れば良し。大鬼の勝ちだ。

 

勇儀「やれやれ……」

 

両腕を正中線上で縦1列。その姿勢のままゆらり、ゆらりと木の葉が舞い落ちる様に近付いて来る。やる気がない様に見えるが、視線はヤル気満々。真っ直ぐ前。私をロックオン。どれもこれも中途半端。こんなものでは…。

 

大鬼「ぽひっ」

勇儀「あまい」

 

袖口を掴んで軽く、ゴミを放る様に

 

 

ポイッ

 

 

相手をするまでもない。投げ飛ばした大鬼は空中で一回転。

 

大鬼「あー、びっくりした」

 

受け身はきちんと取れた様だ。そこは流石。長い事親友の親父さんに、稽古をつけてもらっているだけはある。けど……

 

勇儀「やるなら『やる気』をもっと隠せ!そんなの

   じゃ警戒されて当然だ!それとお前さんの技

   は、自分から仕掛ける物じゃないだろ?!」

 

未だに肝心なところが全然。そして私がこうアドバイスを送ると必ず、

 

大鬼「分かってる!」

 

怒る。で、次には……

 

大鬼「あ゛ーーーっ!」

 

猪の様に真っ直ぐに向かって来る。ホント、毎回毎回……ワンパターン。

 最初の一手。左脚を軸にヒラリと躱す。

 次の一手。右足で大鬼を引っ掛け、体勢を崩す。

 最後の一手。倒れた大鬼へ渾身の左ストレート

 

 

ピタッ

 

 

を顔の目の前で寸止め。

 

勇儀「私が教えたのは、こういうやつだったはずだ

   が?」

 

昔の方が出来ていた。成長していくに連れ、力が付いていくに連れ、力任せになって本質を見失っている。

 親父さんからは、「大鬼は技の成長は早い」とお褒めの言葉をもらっている。でも同時に、「心の成長がまだまだ」とも。すぐムキになったり、冷静さを失ったり、これじゃあまるで……

 

大鬼「スキありっ!」

 

考え事をしている不意をつかれ、左手を取られた。そしてそこに加わる、親指方向への回転。

 

勇儀「マズイッ!」

 

腕に力を込め、回転に急ブレーキ。体勢を崩したが、なんとか堪えた。「危ない危ない」そう安心し、ため息を吐いたのも束の間、

 

 

ピシャ

 

 

顔にかかる水滴で思い知らせられた。

 

大鬼「はい、勝った」

 

勝負有り……と。

 

勇儀「待て待て!今のはなしだろ?!」

大鬼「はーーーっ!?」

勇儀「アドバイスをしてる最中だったじゃないか」

大鬼「そんなの頼んでないし!勝手に始めたんで

   しょ!?それに油断していたのが悪いんじゃ

   ん!」

勇儀「あのタイミングは来るとは思わないだろ!」

 

どっちも引かずの睨み合い。と、そこに仲裁に入って来たのが、

 

親方「がっははは!」

 

大きな高笑い。

 

親方「勇儀ちゃんの言い分は分かる。確かにその通

   りだ!」

大鬼「()()()()()ッ!?」

勇儀「ほれ見ろ」

 

腕を組んで頷きながら語る父さん。「味方が出来た」そう思っていた。でも、

 

親方「だがどんな理由だろうと、結果は結果。勇儀

   ちゃんには悪いが、今回は大鬼の勝ちだ」

勇儀「父さんッ!?」

大鬼「ほれ見ろ」

 

形成逆転。出された結論は私の敗北。そして、してやったり顔を浮かべる生意気小僧。さらに手を前に出して、

 

大鬼「約束っ!」

 

「物を出せ」と。けど今は生憎、

 

勇儀「手持ちがないんだ。また今度でいいか?」

 

出せるだけの額がない。というよりも、大きな金額しか持ち合わせていない。だから「少し待って欲しい」そう尋ねた。しかし、大鬼は表情を曇らせ、

 

大鬼「えっ……」

 

とても悲しそうな声を出した。「何か訳がありそうだ」とそこまでは気付いていた。でもそれ以上の事は分からず、

 

勇儀「何か困るのか?」

 

何気なく尋ねた。

 

大鬼「……」

 

返事なし。ただ一瞬向けた視線。その先は――

 

勇儀「大鬼、ちょっと来い」

 

大鬼を呼び、父さんと親友から距離を取り、肩に腕を回して引き寄せた。と、同時に大鬼の懐へコッソリと……それには大鬼も気が付いた様で、目を丸くしていた。

 

勇儀「私は罰則で金銭の貸し借りが出来ない。

   それは知っているな?」

大鬼「う、うん」

勇儀「だからそれはやる」

大鬼「へっ!?」

勇儀「バカッ!声がデカイ!!」

大鬼「ご、ごめん」

勇儀「ただ一つ約束して欲しい。私も訳あって修行

   しなといけなくなった。だからその時が来た

   ら、手伝ってくれ」

大鬼「う、うん。約束する」

勇儀「よし、じゃあそれで萃香と一緒に楽しんで来

   い!」

 

そう告げて背中を強めに叩くと、大鬼の顔が瞬く間に赤くなった。どうやら私の見解は正しかった様だ。

 やがて頬の赤みが引いた頃、大鬼は大きく深呼吸をして、彼女の下へと勇ましく歩き出した。そして、それが私から親友に送る餞別(せんべつ)だった――

 

勇儀「あの頃から……いや、もう少し後?」

 

大鬼が私に素っ気なくなり、反抗し始めたのは…。

 やはり相談無く、親探しを打ち切りにしてしまった事を根に持って……「もう一度ちゃんと話をしよう」そう決心した矢先、

 

 

ガラガラガラッ

 

 

玄関の方から扉が開く音。そして近付くゆっくりとした足音。

 

大鬼「……ただいま」

勇儀「お……おかえり」

 

あんな事があった後、いきなり話を切り出すにはタイミングが悪過ぎる。とは言えだ。

 

  『あのさ』

 

見事にタイミング良く……

 

勇儀「なんだい?」

大鬼「……」

 

発言権を譲ってみるが、下を向いて無言。暫く様子を見守ってみる事に。で、

 

大鬼「何か用?」

 

ようやく出た言葉がコレ。バトンをこちらへ渡して来た。だが、私も心の準備が出来ていない。それで咄嗟に出たのが、

 

勇儀「あ、明日修行手伝ってくれるかい?」

 

全く関係無い事。すると大鬼は大きく吐きながら、ガックリと肩を落とし、

 

大鬼「分かった」

 

それだけを言い残して自室、離れへと歩き出した。

 

勇儀「もうすぐで飯だからなーっ!」

 

大鬼が成長してくれて、強く逞しく育ってくれて、最近思う事がある。

 

大鬼「……」

勇儀「おい返事ッ!」

大鬼「へーい」

 

何を考えているのか分からない。

 

 

悩みの種だ。

 

 




【次回:十年後:ある日の出来事_地霊殿組】
ちょっとしたサイドストーリーです。

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