勇儀「お、おぅ。おかえり」
親方「お、帰ったか」
稽古から帰って来た大鬼。道着姿で登場。
ずっとスペルカードの事で頭が一杯になっていて、あの事をどう伝えるべきか考えていなかった。でも、ずっと黙ったままにしておくなんて事は
再び訪れた難題に頭を抱えていると、
クイッ、クイッ
萃香「ふわぁ〜〜〜っ」
美味しそうなスイカが食べ頃を迎えていた。
勇儀「またかよ……」
思わず本音。昔は気兼ねなく話せる仲だったのに、ここ最近それがリセットされつつある。しかも週1回は必ず会っているのにも関わらずにだ。
で、大鬼の方はと言うと――
大鬼「あ、
と、変わらぬ接し方。まあ、呼び方は年相応にはなったけどな。
ここだけの話、彼女
それはそうとして、
勇儀「な、なあ大鬼……」
大鬼「ん?なに?」
伝えるなら、
勇儀「実は……」
決心が揺らがないうち……
勇儀「もう……」
今しかない。
勇儀「お終いにしようと思うんだ。お前さんの……
その……お、親を、な。……さ、探すのを」
大鬼「えっ?」
耳を疑ったのだろう。「まさか」と思っただろう。「きっと見つけてくれる」そう信じていたのだろう。そう思うと大鬼の顔を見る事ができなかった。
苦し紛れに萃香へ視線を移せば、私と同じく視線を横に外し、父さんへと視線を向ければ、腕を組んで難しい表情を浮かべていた。
大鬼「いいよ」
『は?』
あっさりと出たその言葉に、今度はこちらが耳を疑った。
勇儀「ちょちょちょっと待った!本当にいいのか?
何でだ?会いたくないのか?」
大鬼「うん……それよりも
いたって方が、
「そっちかよ!」
と叫びそうになった。いや、心の中では大絶叫していた。
大鬼「あと、会いたくないって言えば違うけど、
今見つかって『私が親です』って言われたと
ろで……って感じだし。それに……」
そこまで語ると、大鬼は無言で私をじっと見つめ始めた。その視線の意味と話の続きが気になり、尋ねてみたが、
勇儀「それになんだい?」
大鬼「別にぃ〜」
視線を外され、はぐらかされてしまった。結局何が言いたかったのか分からず、頭の中に『?』を浮かべていると、
大鬼「それよりもさ、頼みがあるんだけど……」
このパターン。続く言葉は多分、
大鬼「お小遣い頂戴」
やっぱりな。頼みと言えば、こればっかり。しかもその使い道には……ため息しか出ない。
勇儀「この前あげたばかりだろ?」
大鬼「分かってるよ。だからそっちじゃなくて」
勇儀「へー……今月最初のチャレンジはもう使うの
かい?」
そう尋ねると大鬼は覚悟を決めた目で、力強く頷いた。
私と大鬼との間で新しく決めた事。それは毎月の小遣いの他に小遣いが欲しければ、力づくで奪うという事。そのチャンスは毎月4回まで許される。チャレンジ回数は、翌月への持ち越しは不可。だが、まともに私と1対1で勝負したら大鬼に勝ち目はない。だから私には
勇儀「待ってな、今準備する」
大鬼に外で待つように告げ、
勇儀「萃香、ちょっといいか?」
親友を呼び寄せ、家の中へ。
萃香「意外だったね」
勇儀「ああ、大鬼の中ではある程度整理がついてい
たのかもな」
廊下を歩きながら、2人で安心していたと思う。けど、彼女を呼んだのは他でもない。あの事をどうしても聞いておきたかったからだ。
勇儀「あのさ、さっき地上に……」
そこまで話しただけで彼女は察してくれた。
萃香「うん、今地上は変わろうとしているんだよ。
新しい博麗の巫女のおかげで。平和的に解決
できるスペルカードルールのおかげで」
そう語る彼女の口調は、どこか楽し気で、希望に満ちていた。それを私はただ無言で耳を傾けていた。
萃香「私思うんだ。きっと近い内に、人間も妖怪も
鬼も吸血鬼も、種族の枠を超えて、みんなが
仲良くなれる日が来るんじゃないかって。
だから……」
勇儀「協力してあげたい……か?」
私のこの質問に、彼女は強い視線を向けながら深く頷き、再び口を開いた。
萃香「他にもね、何度も外の世界に行っているうち
に、八雲紫とも仲良くなっちゃってさ」
勇儀「え゛っ!?」
萃香「外の世界に行くのに彼女の能力を使っていた
んだ」
内心、「そうなんだ」と直ぐに納得出来なかった。それよりも先に訪れていた感情は、焦り。「大鬼の事を知られてはいないだろうか」という不安。知られたところで直ぐに困る事はないだろうけど、「なぜ?いつから?どうやって?」といった疑問が浮上するのは目に見えていた。さらに最悪の場合、極一部の者しか知らない秘密にでさえ触れかねない。もしその様な事にでもなれば……
そんな私の心境を覚ったのか、彼女は慌てた様に
萃香「あ、でも安心して。大鬼の事は言ってないか
ら。いつも『探し物をして来る』って言って
あるから」
それを否定した。でも誤魔化し方が……
勇儀「そんな抽象的な言い方で、よくその先に踏み
込まれなかったな」
萃香「不思議だよね。彼女甘い物が大好きでさ、
私が外の世界に行く度にお土産を買って来て
あげたからかな?」
あどけない笑顔で、気軽に、何気なく答える彼女。だが私は聞き逃さなかった。いや、聞き流せなかった。
勇儀「鬼が外の世界で買い物!?」
萃香「うん、結構普通に出来たよ。みんな私の事を
本当の鬼だと思ってないみたいでさ。なんて
言ったけ?『コスプレ』とかだと思っていた
みたいだよ」
勇儀「コスプレ?」
萃香「いもしない人の衣装を着て、真似する事を
そう言うんだってさ。でも、毎回子供扱い
されたのは少し腹が立ったけど……」
彼女からすれば人間の成人と言え、赤子以下。その者達から子供扱いされていたとなると、怒りも湧くだろう。けど、彼女を足元から頭のてっぺんまで眺めると、
勇儀「あははは……」
妙に納得。苦笑いで返すしかなかった。
萃香「……隠せてないから」
勇儀「わ、悪い悪い。それで?幻想郷の創設者様と
仲良くなってどうしたって?」
萃香「うん、彼女も新しい博麗の巫女に期待を寄せ
ていて、今後の幻想郷についても色々考えて
いるみたいで……協力して欲しいって頼まれ
てるんだ」
希望していたところへ、正式なオファー。ともなれば、彼女はさぞ嬉しかっただろう。
萃香「それにね」
彼女はそう呟くと拳を握りしめ、
萃香「さっき見せた『百万鬼夜行』。私一押しの、
自身有りの技なんだ。誰にも負けないと思っ
てる。アレでその巫女と勝負したいんだ。
その為なら『異変』だって……」
その熱い胸の内を明かしてくれた。
鬼は闘いが好きな種族だ。特に私なんかは、強い者と遭遇した時、その衝動に駆られて真っ向に勝負を挑みに行くだろう。それは彼女も同じ。という事なのだろう。
で・も!
勇儀「異変って要は騒ぎの事だろ?こっちにも影響
を出す様な事はするなよな」
萃香「う、うん。その時は気を付ける……」
彼女の熱意は充分過ぎる程伝わった。だから、
勇儀「萃香、行ってこいよ」
萃香「うん、ありがとう」
笑顔で彼女を送り出そう。
--女鬼準備中--
勇儀「よし、どこからでも掛かって来な」
制限時間は3分。その間に、
大鬼「お願いします!」
この右手に持ったどこにでもある
大鬼「さん…」
その中の水を一滴でも
勇儀「やれやれ……」
両腕を正中線上で縦1列。その姿勢のままゆらり、ゆらりと木の葉が舞い落ちる様に近付いて来る。やる気がない様に見えるが、視線はヤル気満々。真っ直ぐ前。私をロックオン。どれもこれも中途半端。こんなものでは…。
大鬼「ぽひっ」
勇儀「あまい」
袖口を掴んで軽く、ゴミを放る様に
ポイッ
相手をするまでもない。投げ飛ばした大鬼は空中で一回転。
大鬼「あー、びっくりした」
受け身はきちんと取れた様だ。そこは流石。長い事親友の親父さんに、稽古をつけてもらっているだけはある。けど……
勇儀「やるなら『やる気』をもっと隠せ!そんなの
じゃ警戒されて当然だ!それとお前さんの技
は、自分から仕掛ける物じゃないだろ?!」
未だに肝心なところが全然。そして私がこうアドバイスを送ると必ず、
大鬼「分かってる!」
怒る。で、次には……
大鬼「あ゛ーーーっ!」
猪の様に真っ直ぐに向かって来る。ホント、毎回毎回……ワンパターン。
最初の一手。左脚を軸にヒラリと躱す。
次の一手。右足で大鬼を引っ掛け、体勢を崩す。
最後の一手。倒れた大鬼へ渾身の左ストレート
ピタッ
を顔の目の前で寸止め。
勇儀「私が教えたのは、こういうやつだったはずだ
が?」
昔の方が出来ていた。成長していくに連れ、力が付いていくに連れ、力任せになって本質を見失っている。
親父さんからは、「大鬼は技の成長は早い」とお褒めの言葉をもらっている。でも同時に、「心の成長がまだまだ」とも。すぐムキになったり、冷静さを失ったり、これじゃあまるで……
大鬼「スキありっ!」
考え事をしている不意をつかれ、左手を取られた。そしてそこに加わる、親指方向への回転。
勇儀「マズイッ!」
腕に力を込め、回転に急ブレーキ。体勢を崩したが、なんとか堪えた。「危ない危ない」そう安心し、ため息を吐いたのも束の間、
ピシャ
顔にかかる水滴で思い知らせられた。
大鬼「はい、勝った」
勝負有り……と。
勇儀「待て待て!今のはなしだろ?!」
大鬼「はーーーっ!?」
勇儀「アドバイスをしてる最中だったじゃないか」
大鬼「そんなの頼んでないし!勝手に始めたんで
しょ!?それに油断していたのが悪いんじゃ
ん!」
勇儀「あのタイミングは来るとは思わないだろ!」
どっちも引かずの睨み合い。と、そこに仲裁に入って来たのが、
親方「がっははは!」
大きな高笑い。
親方「勇儀ちゃんの言い分は分かる。確かにその通
りだ!」
大鬼「
勇儀「ほれ見ろ」
腕を組んで頷きながら語る父さん。「味方が出来た」そう思っていた。でも、
親方「だがどんな理由だろうと、結果は結果。勇儀
ちゃんには悪いが、今回は大鬼の勝ちだ」
勇儀「父さんッ!?」
大鬼「ほれ見ろ」
形成逆転。出された結論は私の敗北。そして、してやったり顔を浮かべる生意気小僧。さらに手を前に出して、
大鬼「約束っ!」
「物を出せ」と。けど今は生憎、
勇儀「手持ちがないんだ。また今度でいいか?」
出せるだけの額がない。というよりも、大きな金額しか持ち合わせていない。だから「少し待って欲しい」そう尋ねた。しかし、大鬼は表情を曇らせ、
大鬼「えっ……」
とても悲しそうな声を出した。「何か訳がありそうだ」とそこまでは気付いていた。でもそれ以上の事は分からず、
勇儀「何か困るのか?」
何気なく尋ねた。
大鬼「……」
返事なし。ただ一瞬向けた視線。その先は――
勇儀「大鬼、ちょっと来い」
大鬼を呼び、父さんと親友から距離を取り、肩に腕を回して引き寄せた。と、同時に大鬼の懐へコッソリと……それには大鬼も気が付いた様で、目を丸くしていた。
勇儀「私は罰則で金銭の貸し借りが出来ない。
それは知っているな?」
大鬼「う、うん」
勇儀「だからそれはやる」
大鬼「へっ!?」
勇儀「バカッ!声がデカイ!!」
大鬼「ご、ごめん」
勇儀「ただ一つ約束して欲しい。私も訳あって修行
しなといけなくなった。だからその時が来た
ら、手伝ってくれ」
大鬼「う、うん。約束する」
勇儀「よし、じゃあそれで萃香と一緒に楽しんで来
い!」
そう告げて背中を強めに叩くと、大鬼の顔が瞬く間に赤くなった。どうやら私の見解は正しかった様だ。
やがて頬の赤みが引いた頃、大鬼は大きく深呼吸をして、彼女の下へと勇ましく歩き出した。そして、それが私から親友に送る
勇儀「あの頃から……いや、もう少し後?」
大鬼が私に素っ気なくなり、反抗し始めたのは…。
やはり相談無く、親探しを打ち切りにしてしまった事を根に持って……「もう一度ちゃんと話をしよう」そう決心した矢先、
ガラガラガラッ
玄関の方から扉が開く音。そして近付くゆっくりとした足音。
大鬼「……ただいま」
勇儀「お……おかえり」
あんな事があった後、いきなり話を切り出すにはタイミングが悪過ぎる。とは言えだ。
『あのさ』
見事にタイミング良く……
勇儀「なんだい?」
大鬼「……」
発言権を譲ってみるが、下を向いて無言。暫く様子を見守ってみる事に。で、
大鬼「何か用?」
ようやく出た言葉がコレ。バトンをこちらへ渡して来た。だが、私も心の準備が出来ていない。それで咄嗟に出たのが、
勇儀「あ、明日修行手伝ってくれるかい?」
全く関係無い事。すると大鬼は大きく吐きながら、ガックリと肩を落とし、
大鬼「分かった」
それだけを言い残して自室、離れへと歩き出した。
勇儀「もうすぐで飯だからなーっ!」
大鬼が成長してくれて、強く逞しく育ってくれて、最近思う事がある。
大鬼「……」
勇儀「おい返事ッ!」
大鬼「へーい」
何を考えているのか分からない。
悩みの種だ。
【次回:十年後:ある日の出来事_地霊殿組】
ちょっとしたサイドストーリーです。