東方迷子伝   作:GA王

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十年後:ある日の出来事_地霊殿組

◆    ◇

 

 

フラフラ〜

 

 

右へ〜左へ〜と、やる気を一切感じられない様子で町外れを飛行。

 それはやがて自身の何倍もある大きな、大きな門の前へ。そこはかつての町の長達が住んでいる古風なお屋敷。町の者でさえも、恐れ多くて余程の事が無い限りは近付こうとはしないお屋敷。その巨大な門をノック、もしくは「たのもー」と大声を上げるのかと思いきや――

 

 

フラフラ〜

 

 

高度を上げて勝手に侵入。これは犯罪。(まご)うことなき不法侵入である。屋敷の者に見つかればお(しか)りを受けるところ。しかし運の良い事にそこには誰もおらず、

 

 

フラフラ〜

 

 

不法侵入は続く。否、過激になっていく。

 次なる目的地は玄関――

 

 

フラフラ〜

 

 

かと思いきや、庭先へと移動。そして中へと入れる場所を見つけると、これまた

 

 

フラフラ〜

 

 

躊躇(ちゅうちょ)なく屋敷の中へ。だが、

 

 

ガッ!(??の服を掴む音)

 

 

ついに現行犯逮捕。

 

 

◇    ◆

 

 

他の部屋の倍はある広い部屋。そこでは……

 

??「うー……」

 

1人頭を抱えて唸り声を上げる者が。そこへ、

 

 

コンコン……

 

 

丁寧なノック。

 

??「どうぞ」

 

彼女の了承と共に開かれる扉。部屋へと入って来たのは、

 

??「さとり様そろそろお昼にしませんかニャ?」

 

猫娘。

 時刻はまもなく正午を迎えるところ。町では既に仕事の休み時間が始まり、外食目的の客達が列を成していた。

 

さと「ふー…。そうね、そうします」

 

鉛筆を机の上へ置き、大きなため息。そして椅子にもたれ座り、ぼんやりと遠い視線。

 

お燐「……」

さと「……」ボー

お燐「……さとり様?大丈夫ですかニャ?」

さと「えっ!?あ、うん。ごめん。お昼ご飯よね?

   今日の当番は誰だっけ?」

お燐「こいし様ですニャ」

 

ここ地霊殿の家事全般は当番制。その日によってそれぞれの役割分担が異なる。という事に形式的にはなっているが……

 

さと「何にするって?用意はしてあるの?」

お燐「そ、それが……また何処かに……ですニャ」

さと「またぁーッ!?いつもフラフラと……」

 

ばっくれも多い様で、

 

さと「もー…、分かりました。今から支度します」

お燐「え!?さとり様いいですニャ。あたいが作り

   ますニャ」

さと「お燐は昨日当番だったでしょ?それに妹の不

   手際の責任は、姉である私が負うものです」

 

彼女の苦労は絶えないようだ。

 

お燐「でもさとり様……」

さと「いいの、やらせて。気分転換したかったし。

   気持ちだけもらっておきます」

 

彼女はそう言い残すと、立ち上がって扉へと歩き出した。

 すると部屋から出る直前、何かを思い立ったかの様に「あっ」と呟くと、

 

さと「でも折角だから、他の子達にご飯を上げてく

   れる?」

お燐「わ、分かりましたニャ……」

さと「お願いね」

 

大量のペット達の昼食の用意を笑顔で頼み、部屋から出ていった。

 広い部屋に取り残された猫娘。一人ポツリと呟くのは、

 

お燐「さとり様、それはさとり様の当番ですニャ。

   ご自身で朝昼兼用で上げてましたニャ……」

 

主人の多忙ぶり。それも数時間前に自分が何をしていたのかでさえ忘れてしまう程の。

 

お燐「さとり様働き過ぎニャ」

 

主人の苦労はペットの苦労。彼女もまた、人知れず色々と気を使っている様だ。

 

 

--少女調理中--

 

 

さと「はい、お待ちどうさま。こいしの分はあるか

   ら、遠慮しないで食べてね」

 

この日の地霊殿の昼食は、

 

お燐「久しぶりニャ」

??「にゅっはー♡オムライスだ」

 

みんな大好き、オムライス。薄くひいた卵にチキンライスを入れ、コロリと閉じた定番の、昔ながらのアレ。分類は卵料理という事もあり、

 

??「た・ま・ご♫た・ま・ご♫」

 

一際テンションが上がる者も。

 好物:ゆで卵、得意料理:ゆで卵、作れる料理:ゆで卵のみ。灼熱地獄管理人、地獄鴉のお空こと霊烏路(れいうじ)(うつほ)である。

 

さと「はい、ケチャップ。出し過ぎ注意ね」

お空「はーい」

 

卵の上から掛けるソースを主人から受け取ると、(あご)に人差し指を添え、

 

お空「ん〜、何描こうかな?」

 

()()()の悩み事。そして「コレにしようと」決意し、描いたのは――

 

お燐「コレ(ニャに)ニャ?」

 

楕円にギザギザ。お察しの通り、

 

お空「ヒビ割れたゆで卵」

 

である。卵の上にまた卵を描くという斬新さ。ある意味芸術。裏を返せば「そんなに好きか?」である。

 

お空「はい、お燐」

 

そして手渡されるバトン。

 猫娘はそれを受け取ると、悩む事なく、躊躇(ためら)う事なく、遠慮する事なく大きく『♡』印を描き、その中に『大』の字。そこから更に続けて描こうしたところで、

 

さと「はい、おしまーい」

 

取り上げられる。

 

お燐「えーっ、さとり様酷いニャ」

さと「出し過ぎ注意!」

 

黄色い背景に、赤い『♡』印。その中には『大』。風情のある斬新な大文字焼きの出来上がりである。コレもある意味芸術。裏を返せば「そんなに好きか?」である。

 そして取り上げたバトンを手に、ペットの2人が見守る中、

 

 

ササッ

 

 

主人が素早く描いた、もとい書いたのは、二文字のカタカナ。意味はバカ、アホ、ドジに似た悪口の文字。芸術感なしの、どストレートなもの。

 だがそれでも、

 

  『あー……』

 

裏を返せば「そんなに好きか?」なのである。

 

さと「ふんっ!」

 

彼女は頬を少し染めると、その二文字をスプーンでグシャグシャっとかき消し、

 

さと「いただきます」

 

遅めの食事の挨拶。

 

 

◆    ◇

 

 

ぶら〜ん

 

 

首根っこを柱の出っ張りにかけられ、干される不法侵入者。当然の末路である。

 さぞ己の行動を反省し、悪怯(わるび)れる表情を浮かべているかと思いきや、

 

??「……」

 

ザ・無表情。光の消えた、死んだ魚の目。口はポカーンと栗状態、『口みたいな栗しやがって』である。

 そんな罪人を見つめるのは、

 

??「スー…、フー〜。全く……」

 

旧町の長にして、現町のNo.2の権力者。星熊勇儀の実の母。棟梁様である。

 

棟梁「毎回毎回…『勝手に入って来てはいけない』

   と注意しているはずですよ?」

 

棟梁様からのこの言葉にでさえ、罪人、

 

??「……」

 

無言を貫き通す。その態度に棟梁様、煙管を吸い込むと、ため息と共に煙を勢いよく吐き出した。

 

棟梁「それで?今日ココへ来たのは『()()()()』で

   いいの?」

 

彼女のこの質問に、罪人はようやくコクリと生命反応を見せた。

 

 

◇    ◆

 

 

お空「うにゅ〜♡さとり様美味しいです」

 

頬に手を当て、満面の笑みを浮かべる地獄鴉。さぞ気に入った様である。

 

さと「あ、ありがとう。お昼からも頑張ってね」

 

だがその言葉を送られた方は、どこか困り顔。そんな2人を他所に、唯一彼女だけが、

 

お燐「フーッ!フーッ!フーッ!」

 

天敵と格闘中だった。頃合いを見計らい、決意を胸に口へと運んでみるも、

 

お燐「あつッニャ」

 

なかなか適温にはならない。だがコレもまた()()()である。

 

さと「お燐ごめんね。冷ます時間が無くて」

 

普段であれば彼女の分のみを先に作り、時間をかけて充分に熱を取るところ。

 しかし度々起こる臨時の事態ではその時間は無く、この様に他の者とご一緒の提供となってしまうのだ。そしてその都度、彼女は酸欠寸前の覚悟でフーフーを余儀なくされる。

 

お燐「さとり様大丈夫ですニャ。ゆっくり食べます

   ニャ」

 

主人が臨時で作ってくれた昼食。文句などない。(むし)ろ感謝しかない。が、

 

お燐「あっつ!ニャ」

 

食べられない。と、そこに

 

お空「うにゅ〜♡さとり様美味しいです」

 

入るリピート。しかも一字一句異なる事なく。その表情でさえ全く同じである。だがコレもまたまた()()()。いつもの事。故に、

 

さと「あ、うん…。ありがとう」

 

主人からすれば、その扱いは慣れたもの。例えその回数が、16進数で2桁目へ突入しようとしていても。と、ここに来てようやく訪れる変化。

 

お空「ごちそう様でした」

 

それは無限ループからの脱出のお知らせ。その途端、ドッと湧き上がるため息。彼女達の食事の時間は、終始リラックス出来るものではない様だ。

 

 

--猫娘食事中--

 

 

お燐「ご馳走様でしたニャ」

お空「さとり様ごちそう様です」

 

ようやく完食した猫娘。

 永遠フーフーしているのかと思いきや、それは最初の方だけ。適温になってしまえば彼女の土俵。ペロリと瞬く間にオムライスを平らげたのだった。

 

さと「ふふ、お粗末様でした」

 

笑顔で食事を終えた食器を重ねていく地霊殿の主人。だがそこに、

 

 

ふわ〜…

 

 

と漂う優しいバターの香り。「みんな食べ終わったのに」と疑問に思う主人だったが、直ぐに察した。そして匂いの下に視線を向けるとそこには、

 

??「うん♪上手に出来た♪」

 

地霊殿の主人の妹君、無意識の達人の姿が。

 

さと「こいし!あなた何処に行っていたのよ!」

 

怒り口調の姉。いや、怒っていた。それもそのはず。理由は……言わずもがな。

 

こい「ご、ごめんごめん。つい見入っちゃって……

   代わりに夕飯やるから♪」

さと「……約束だからね?」

こい「うん♪約束♪」

 

一先ず丸く収まった姉妹。だが、姉には2点ばかり気になる事がある様で……

 

さと「それ何?今日のお昼ご飯はオムライスよ?」

 

妹の手元に置かれた物体。それは姉である彼女が作ったチキンライスの上に、オムレツが乗った言わば『チキンライスのオムレツ丼』。

 こうなってしまったのには訳がある様で……

 

こい「知ってるよ♪でも私、卵で閉じられないもー

   ん♪」

 

技術不足だった。だがこれが、

 

こい「でもね♪真ん中に~♪こうやって切れ目を入

   れて広げるとー……」

 

 

ふわっふわ〜♪

 

 

  『おーーーっ!!!』

 

革命をもたらした。

 

こい「ね?簡単に出来るでしょ♪」

お燐「卵がふわふわニャ!」

お空「にゅは〜!こいし様一口、一口だけ!」

 

目を輝かせる乙女達。初めて見る形状のオムライスに、全神経が釘付けになっていた。

 

さと「あなたコレ何処で覚えたの!?」

 

普段の形状を作った者としては気になるところ。しかし妹は眉を八の字にすると、首を傾け、

 

こい「ん〜……勘?」

 

まさか発言。コレには家族一同、絶句。彼女の隠された感性に言葉を失った様だ。コレが姉の気になった1つ目。

 そして2つ目が、

 

さと「へー、凄いわね。それで何処行ったの?

   『見入ってた』って言ってたけど?」

 

コレ。何処で何をしていたのかである。尋ねられた妹君は、自作のオムライスに舌鼓をうち、飲み込んだ後、笑顔を見せながら答えた。

 

こい「片角の鬼さんの所♪」

 

この発言に過剰反応を見せる

 

さと「ちょっと待ったー!」

 

姉。と、

 

お燐「ずるいですニャ!」

 

猫娘。何を隠そう、この日のその時間、そこでは、

 

お燐「大鬼君のお稽古見ていたんですかニャ!?」

こい「そだよー♪」

 

少年が師を相手に鍛錬の成果を披露していた。

 

  『ど、どうだった?』

 

少しばかり頬を赤らめ、妹君に迫る者は2人。

 

お空「あーん」

 

大きく口を開けて妹君に迫る者は1人。

各々がそれぞれの目的で妹君に迫る中、彼女は自作のふわふわオムライスをスプーンで(すく)い、それを明るい表情で目の前の大きな口へと運びながら、2人の疑問に答えた。一度に3人を相手にしたのだ。

 

こい「面白かったよ♪」

  『は?』

こい「大鬼君ね、空中でグルッてなって、地面にグ

   シャッて♪」

 

それは見るも無残な光景。師に技をかけようとしていた少年が、逆に師に捕まって縦方向の回転を加えられ、そこへ追い討ち。地面へと叩きつけられた瞬間だった。想像しただけで……

 

  『おうふ』

 

痛い。

 

さと「それ大丈夫だったの?」

こい「さー…、動かなかったけど、生きてはいると

   思うよ♪その後すぐに帰って来たから分かん

   なーい♪」

 

一番大事なところを見ていない妹君。だがそれは今に始まった事ではない。屋敷の工事の時も(しか)り、彼女からの報告は必ず肝心なところが抜けているのだ。

 

お燐「大丈夫かニャー…」

 

視線を落として少年を心配する猫娘。その気持ちは彼女の主人とて同じ。今すぐにでも、

 

さと「棟梁様に渡さなきゃいけない物があるから」

 

「安否を確認しに行きたい」

 

さと「だから……」

 

そんな気持ちでいっぱいだった。

 

さと「行って来てくれる?お燐」

お燐「は、はいニャ!」

さと「今取って来るから、出掛ける準備をして」

 

だが今の彼女は町の長。やらねば、決めなくてはならない事が山の様に盛沢山。そんな中、自身の気持ちを優先する様な、軽はずみの行動は…。

 自室へと続く屋敷中央の階段。そこを上りながら、彼女が今思う事。それはかつてその下で、1人の小さな少年と口論をした事。恥ずかしい思いをさせられた事。そして、そんな少年に背後から心を射抜かれた事。

 

さと「お燐、応援しているからね」

 

彼女はそう自分に言い聞かせる様に呟いた。

 

さと「あ、でもたまには揶揄(からか)いに行こうかな?」

 

 

◆    ◇

 

 

ぶら〜ん、ぶら〜ん……

 

 

干された状態から解放されたのは良いが、依然として首根っこを掴まれ続ける罪人。だがその表情は無表情ではあるものの、心なしか「満更でもない」といったご様子。どうやらコレがこの罪人の(あつか)い方のデフォルト、『持つとしたらこう』の様だ。

 そして棟梁様によって運ばれた部屋は、書物が多数置かれた部屋。棟梁様の自室だった。彼女は罪人から手を離すと本棚の前に立ち、一冊の分厚い、掌よりもやや大きい本を取り出した。そこに書かれた文字は、ひらがなでも漢字でもカタカナでもない文字。地底世界では見慣れない文字だった。

 彼女はその本を机の上へ置くと、

 

棟梁「ほら、貸してみなさい」

 

掌を罪人に見せ「物をよこせ」と命じ、罪人はスッと素直に手にしていた紙を手渡した。紙を受け取った棟梁様、それを流し読みしていき、あるところでピタリと視線を止めると、

 

棟梁「えーっと、この単語は……」

 

先程の分厚い本を開き始めた。そう、彼女が開いているのは辞書。そして手にした紙は、

 

 

棟梁「はいはい、読みますよ?

   『こんにちは、私の友達。手紙ありがとう。

    私は最近ヘカーティア様と一緒に、スペル

    カード作りを楽しんでいます。今度スペル

    カードで遊ぼう。クラウンピースより』

   ですって」

 

罪人の友人からの手紙。その文面は語るには困難。実態は、

 

『Hello , My friend. Letter thank you ね!Ataiは

 最近 My master と Spell card making を enjoy

 してるね!今度Spell card で Let’s playね

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆Clownpiece』

 

と文法無視の2種の言葉が入り混じった怪文書。馴染みのある言葉のみを読んだところで、内容を把握出来るはずもない。そこでこの罪人、馴染みのないこの言葉を翻訳出来る者がいると小耳に挟み、(かね)てから友人から手紙が来る度に、棟梁の下へと訪れていたのだった。しかも

 

棟梁「返事、書くの?」

 

このサポート付きで。と、そこに

 

 

◆    ◆

 

 

??「ごめんくださーいニャ」

 

来客。地霊殿の猫娘である。

 

棟梁「はーい、少々お待ちください」

 

返事と共に部屋を出て行く棟梁様。そしてその後をフラフラとした飛行で追う罪人、もとい地底世界の希少生物。

 

??「ゾンビー」

 

間も無く2人は出会い、目と目が合った瞬間にお互いが一目惚れ。その勢いは「か、か、か…。かわい~~~~!」だったとか。そしてあっさり主従関係を結び、晴れて希少生物は地霊殿の家族の一員へ。

 やがて猫娘は彼女の名前を付けたスペルカードを作り――

 

 

--ある日--

 

 

??「もう散々猫の姿の貴方と戦った気もする

   けど」

お燐「人間の貴方を殺して、業火の車は重くな

   る~♪あー死体運びは楽しいなぁ!」

 

本心を隠す様に、覚られない様に見せる狂気。少女の目の前に立ち塞がる彼女の目的は、他のところ。

 

お燐「(みん(ニャ)、早く大鬼君の所に……)」

 

そしてその言葉を皮切りに始まる光の弾の撃ち合い。美しく見せた方の勝ち。この世でもっとも無駄なゲーム。スペルカードルール。それは徐々に激しさ、美しさを増していき、やがて宣言される。彼女のカード。

 

お燐「『呪精:ゾンビフェアリー』」

 

 

 




主、オムライスは大好きです。
卵はどちら派かと聞かれれば、『包む派』です。
けど、作れるのは『ふわふわ』だけ。
こいし嬢ではないですが、アレ難しいです。
コツとかあるんですかね?

【次回:十年後:鍛錬の成果】

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