東方迷子伝   作:GA王

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十年後:ある日の出来事_地底七不思議(壱)

 昔から利用している(いこ)いの場所は、例え姿、形が多少変わったとしても、足が自然と向くもの。それは彼も同じである。

 

 

ボケー…

 

 

口を半開き、腕を両側の(ひも)に引っ掛け、腰を掛けるのは、

 

 

ブラ〜ン……ブラ〜ン……

 

 

半桶。昔はコレでよく遊び、取り合いにも発展した彼の思い出深い遊具。

 だが、成長と共に増えていく重力と、時間と共に()ちていく遊具の均衡は取れていない様で、揺れる度にミシミシと音を立てていた。

 

??「退屈……」

 

ポツリと呟かれる本音。それを全身でかき消す様に、彼は大きくブランコを漕ぎ出す。が、

 

 

バキバキバキバキッ!

 

 

とうとう寿命が。彼は雷鳴の様な音と共に地面に落下し、

 

??「いたたた……」

 

腰を強打。しかも最悪のタイミングで現れる

 

??「プププ、見ーちゃった♪見ーちゃった♪」

 

腐れ縁。

 

大鬼「和鬼だっせぇー」

和鬼「う、うるさい!ボロくなってたんだよ」

 

痛めた腰を(さす)りながら立ち上がる。だがそんな彼を

 

大鬼「そこまで気付いていて何で使うのさ?頭悪い

   の?」

 

さらに挑発する小生意気な少年。この言葉にさすがの彼もカチンッと来た様で、

 

和鬼「お前に言われたくねぇよ…。まだガキのクセ

   に……」

 

冷静な顔で反撃開始。

 

大鬼「なっ、歳そんなに変わらないクセにガキ呼ば

   わりするな!」

和鬼「はっ、すぐそうやってムキになるなんて、ま

   だまだガキだな。大鬼ちゃんかーわいい♡」

 

 

ブチリッ!

 

 

鈍い音を立てて切れる理性。失われる知性。そして剥き出しになる少年の本心。

 彼の思惑は大成功。声を上げて迫り来る少年に対し、

 

和鬼「『大江山颪(未熟)』」

 

力強い右張り手を繰り出す。が、

 

 

ゆらっ……

 

 

少年は彼の直前で不自然な動きを取った。そして、まるで川の流れに身を委ねる落ち葉の様に、彼の張り手を(かわ)すとその右腕を引き、バランスを崩しに来た。

 

和鬼「あぶねっ!」

 

焦る彼。慌てて足を一歩前へ出し、踏み止まる。だが彼は知っていた。まだ終わりじゃない事を。この後がある事を。急いでその場で身を屈め、重心を真下へ。その途端、目の前に転げ落ちる様に現れる

 

大鬼「うわわわ」

 

少年。形成逆転、彼は少年の服を掴むと地底の天井へ向け、

 

和鬼「うおりゃーッ!」

大鬼「ウううぅぅゎゎぁぁーー」

 

全力投球。そして落下地点へと急ぎ、宙で身動きが取れず、あたふたしながら落下してくる少年を、

 

 

ガシッ!

 

 

ナイスキャッチ。ただその受け止め方が、

 

和鬼「お怪我はございませんか?」

 

抱かれる方に精神的ダメージを与え、

 

大鬼「ヤメロッ!離せって!!」

 

キュン死不可避の

 

和鬼「おやおや、わんぱくな姫様ですね」

 

通称『お姫様抱っこ』。

 

大鬼「ふざけんな!気持ち悪い!今すぐ下ろせ!」

 

罵声を上げ、彼の腕の中でジタバタと暴れる大鬼姫。すると王子様、

 

和鬼「へーへー、分かりましたよ」

 

「仰せのままに」と姫から手を離し、両手を上へ。となると姫は、

 

 

ゴッ!

 

 

落下し地に腰を強打。

 

大鬼「いだだだ…。こ、コノヤローッ!」

 

当然姫は大激怒。そしてそこから更に激化する()()()()

 

 

--少年喧嘩中--

 

 

 地に大の字になって寝そべる2人の少年。互いに顔に(あざ)を作り、膝と肘は()りむけ、少量の血を流していた。

 

和鬼「お前の『さんぽひっさつ』、大分マシになっ

   たな」

大鬼「師匠は『まだまだだ』って。『余計な力が入

   ってる』ってさ。姐さんにも『気持ちが見え

   見えだ』って言われた。和鬼は力が強くなっ

   てるし、もう少しなんじゃない?」

和鬼「全然。アレは普通の力じゃ無理だ。目標が馬

   鹿げてるって最近後悔し始めたよ」

 

反省会。彼らにとって喧嘩は、互いの鍛錬の成果の見せ合いの場でもあった。手を合わせる度、それぞれの成長を確認し合っていた。「昔よりはかなり良くなっている」と認め合っていた。

 だが2人の目標は果てしなく先。スタートを切ったのはいいものの、今自分がどの位置を走っているのか不明確。そんな中で走り続けさせられれば、モチベーションも下がるというもの。「何か一つ、目に映る目標が欲しい」あわよくば、「達成感が欲しい」そう思っていた。

 2人の前髪を撫でるこの日の風は、暑くなってきた地底世界に心地よさを与えていた。それは地上からの贈り物であるかの様に。

 

和鬼「なあ大鬼。お前この地底世界、どう思う?」

大鬼「……退屈」

 

意見があった。それは彼が日頃から感じていた事でもあった。

 

和鬼「大人はいいよな。仕事は大変そうだけど、賭

   博場とか行けるし」

大鬼「やりたいの?」

和鬼「いや、父ちゃん負けて帰る事が多くて、いつ

   もションボリしているから、楽しくないんだ

   ろうなって思うんだけど…。お前は?」

大鬼「鬼助が言っていたんだけど、姐さんが昔よく

   通っていたみたいでさ、なんか大勝ちした事

   があるんだって。だから一度はやってみたい

   かな?」

和鬼「あー、父ちゃんもそんな事言っていたかも。

   でも勇儀さんがね…。全然イメージないな」

 

少年達は知らなかった。

 かつて星熊勇儀がそこをこよなく愛する常連であった事を。そして行かなくなった……いや、行けなくなった理由も。それもそのはず。それは彼ら2人が出会う前の出来事なのだから。

 

大鬼「そう?結構似合いそうじゃない?手土産とか

   持って店に入って行く姿とか」

 

この時彼は脳内で「果たしてそうなのか?」と疑問を浮かべながらも、その様子をシュミレーションしていた。そして導き出した答えは、

 

和鬼「……否定しない」

 

「似合い過ぎ」だった。

 

大鬼「でも自分達がそこに入れるのってさ……」

和鬼「まだ先なんだよなぁ……」

 

比較的自由に見える地底世界。しかしその実態は規則により、町の治安を維持している。地上、外の世界となんら変わりはない。

 その反面、彼らの様に規則によって縛られてしまう者がいる事も、また事実。『賭博場は未成年厳禁』なのだ。さらに言ってしまえば、『飲む・打つ・買う』この三拍子は成人してからなのだ。

 娯楽がその程度しかない狭い地底世界。それでも幼少の頃は、ここに来て遊べば満足できていた。しかし、成長と共に彼らはそれだけでは満足する事が出来なくなっていた。

 幼少期を終え、未成年の彼らにとっては

 

和鬼「今が一番つまらない……」

 

のである。

 

大鬼「剣玉は?」

和鬼「子供か?」

大鬼「秘密基地作り」

和鬼「子供かって」

大鬼「じゃあ蕎麦屋の記録に挑戦」

和鬼「一人でやってろ」

大鬼「……」

和鬼「……」

  『はーー……』

 

良い案は出ず、出るのは大きなため息だけ。

 

大鬼「なんか面白い事ない?いだだだ…」

 

筋肉痛を発症しながら尋ねて来る少年。彼はその問いに、「何かないか」と記憶の中を模索しだしていた。そして、

 

和鬼「そう言えば……」

 

その「何か」を思い出した。

 

和鬼「随分前……祭の時かな?叔父貴(おじき)が、

   『地底世界には不思議が多い』って言ってて

   さ。その後、父ちゃんにその事を聞いたんだ

   よ。そしたら……」

大鬼「そしたら?」

 

少年のこの問いに彼は、雰囲気を出す様に声色を低くし、

 

和鬼「七つの不思議、『七不思議』があるって」

 

両手で『7』を作って答えた。

 

大鬼「どんなやつ?迷信とかじゃないの?」

 

だが、

 

和鬼「さー……」

 

その内容までは把握出来ていないご様子。

 

大鬼「さーって…。知らないんじゃ意味ないし」

 

少年の言う事は御尤(ごもっと)も、彼は返す言葉がなかった。さらに自分で言い出してしまった手前、このままで引き下がる事も出来ない。そこで彼は起き上がり、少年を見下ろすと、

 

和鬼「分かった。じゃあ今日また聞いてみる。だか

   ら明日またここに集合な」

 

「明日こそは」とリベンジを約束し、

 

大鬼「りょーかーい」

和鬼「じゃあな」

 

少年へ背を向けて歩き出した。だがその間もなく、

 

大鬼「ちょちょちょっと!和鬼!!」

 

静止を呼びかける声が。

 

和鬼「なに?」

大鬼「起こして。そんで家に連れて行って」

 

この時彼は思った「毎回面倒くせー」と。そして同時に思い浮かぶちょっとしたイタズラ。

 

和鬼「ったくしょうがねぇな……よっと!」

大鬼「わわわっ、おい!これはヤメロッ!」

和鬼「なんで?」

大鬼「恥ずかしい!顔が近い!気持ち悪い!」

和鬼「だって一人で動けないんだろ?赤ちゃんじゃ

   ん」

大鬼「なっ、誰が赤ちゃんだ!」

和鬼「おーよちよち。今家まで連れて行ってあげま

   ちゅからねー」

大鬼「ヤーーーメーーーローーーッッッ!!!」

 

この日の夕刻、町では爆笑の渦が各地で発生し、その都度悲痛な叫び声が上がったそうな。

 

 

--そして翌日--

 

 

 手にメモ用紙を持ち、上機嫌で約束の地で少年を待つ彼。その表情はどこか誇らしげでもある。

 

和鬼「お、来たな」

 

そこに遠方の方に人影。それは馴染みのあるシルエット。だが、その背後には轟々(ごうごう)とした不吉なオーラが。彼は覚った。

 

和鬼「うわ、不機嫌そー……」

 

と。一歩、また一歩と徐々に彼へと近付く少年。歩みを進める度、地響きが聞こえて来そうである。そしてとうとう彼の下へ……到着。

 

和鬼「よ、よう。七不思議の事なんだけど」

大鬼「カーズーキーッ!何か言う事は!?」

 

明らかな怒気。火力は強火。下手に刺激すれば、大火事は間逃れないこの状況。ここで素直に謝るのが吉。(むし)ろそれでも少し遅いくらい。が!

 

和鬼「姫、ご機嫌いかが?」

大鬼「最悪でゴザイマスワ!歯ぁ食いしばれ!」

 

止めておけばいいものを…。それはまさに火に油。少年の怒りは余裕のK点越え。ともなれば、

 

和鬼「わ、悪い悪い」

 

今更謝ったところで、

 

 

ゴッ!

 

 

手遅れ。それは大きな誤り。

 

和鬼「いってぇなっ!謝っただろうが!」

大鬼「遅いんだよッ!」

 

 

--少年喧嘩中--

 

 

大鬼「いだだだ……筋肉痛が来た」

 

昨日と同様のポーズの少年。

 

和鬼「お前バカだろ?」

 

それはこちらも同様。

 

大鬼「和鬼に言われたくねぇ」

和鬼「これじゃ話が進まないだろ」

大鬼「それは()次第」

和鬼「メタ乙」

 

冗談を言い合える程度までには回復した2人。とは言え、

 

大鬼「町で笑い者にされたんだからな!姐さんにだ

   って……」

 

根が深い。

 

和鬼「分かったって、悪かったって。でもあの後、

   勇儀さんと何かあったのか?」

 

彼が少年を丁寧に運んだ時、出迎えたのは休暇中の勇儀だった。その時は「あははは、ありがとうな」とだけ言葉を残し、少年をその状態のまま受け取っていた。彼としては、面白い反応を期待していただけに、その場は不発で終わり、物足りなさを感じていた。

 そして今この時、そのリベンジにと、その後の展開に期待に胸を躍らせていた。

 

大鬼「……泣かれた」

 

だが少年の口から出た一言は衝撃的なのものだった。

 

和鬼「ど、どうして?」

大鬼「分からない。けど……」

 

少年は言葉をそこで区切ると、深呼吸をしてその場を思い出しながら、続けて話し出した。

 

大鬼「『重くなったな』って」

和鬼「……そうか」

 

期待していたものとは大分異なるが、「これはこれで良かった」と思う彼。

 時刻はまもなく夕食時。町では食欲を(そそ)る香りが漂い、それは風に乗せて少年達の鼻へと届き、

 

 

ぐうぅ〜〜……

 

 

その気にさせた。

 

和鬼「七不思議、明日からにするか」

大鬼「というか誰かの所為で動けないし……」

 

この時彼は思った。「しつこい」と。だがそこは年長者、

 

和鬼「はいはい、悪うござんした」

 

やや皮肉を込めて(こら)えた。

 

大鬼「今日はちゃんと運べよ」

 

この時彼は思った。「図に乗るな」と。そして立ち上がり、少年に近付くと――

 

 

ガッ!(大鬼の??を掴む音)

 

 

大鬼「いだだだだッ!擦ってる、擦ってる!背中い

   てぇ!頭禿()げる!」

和鬼「お仕置きだ」

大鬼「はーーーッ!?」

和鬼「お前は歳上に対する口と態度が悪過ぎる」

大鬼「2つしか変わらないだろうが!」

和鬼「ふーん…。反省しないの?なら続行」

大鬼「ヤーーーメーーーローーーッッッ!!!」

 

この日の夕刻、町では苦笑いの渦が各地で発生し、悲痛な叫び声と怒りに満ちた声が、絶え間なく上がっていたそうな。

 そして次の日も彼らは似たような展開となり、七不思議探しを更に後日へと持ち越したそうな。果たして2人が地底の七不思議に迫る日は来るのだろうか?

 




【次回:十年後:すれちがい(壱)】

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