勇儀「おはよう」
鬼1「勇儀姐さん、おはようございます!」
鬼2「姉さん、おはようございます!」
鬼3「お嬢、おはようございます!」
妖怪「おはようございます! 本日もご指導の程、よろしくお願いします!」
勇儀「おう、しっかりな」
仕事場で昔と変わらぬ挨拶を交わし、朝のルーティーンへ。その一環である渋めの茶を
??「やっはろー」
スーパーエースが笑顔で手を振りながら登場。しかも……
鬼1「お、おはよ〜☀」
??「おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」
鬼2「お、おはよう。今日もか、可愛いね」
??「やだなぁ、もう。冗談が上手なんだから」
鬼3「おはよう! 今日昼飯一緒にどう?」
??「えー、どうしようかなぁ」
妖怪「嫁にならない?」
??「随分ストレートだね……」
と、人気がある。しかも異常に。
さらに皆のあの反応、今まで私には一切無かった。同じ女として自信を無くしそうになる。「妬ましい。パルパルしい!」などと思ってはいけない。またさっきみたいにヤツが来たら面倒だ。
??「勇儀、やっはろー」
で、何だそれ? 取り
勇儀「お、おう。ヤマメおはよう」
普通に返そう。
勇儀「今日も偉く人気だな」
ヤマ「あははは……。ね? 不思議だよね。ただの蜘蛛の妖怪なのにね」
彼女との付き合いも長い。こうして苦笑いを浮かべているあたり、今の状況をあまり快くは思っていないのだろう。それはそれで贅沢な悩みだな。
??「姐さん、おはようございます」
勇儀「おう、おはよう」
??「ヤマメやっはろー」
ヤマ「やっはろー」
そこへ私の弟分がいつもよりも遅めの出勤。そして謎の挨拶。その挨拶流行ってんのか。バカっぽいからやめろ。
それともう一つ謎が。
勇儀「鬼助、どうしたんだい? その怪我」
肘から二の腕にかけて大きな擦り傷。しかも両腕に。
ヤマ「ホントだ。これ、もしかして背中も?」
鬼助「背中が一番傷だらけ」
勇儀「何か事故に巻き込まれたのかい?」
弟分の身を案じて心配して、悪気なんて毛頭も無く、尋ねたつもりだった。しかし弟分は私をジトッとした目で見続け、質問に対して質問で返した。
鬼助「姐さん、『大鬼』このワードで何か思い当たる
これにはもう直ぐに察した。
勇儀「わ、悪かった! まさか当たるなんて……」
ヤマ「え? なになに?」
勇儀「じ、実は……」
私は早朝の出来事をヤマメと弟分に説明した。修行が上手くいっていない事、その最中にヤツが来て勝負を挑まれた事、そして弟分がそうなってしまった経緯を。
ヤマ「え? え? え? 大鬼君がパルスィを?」
目を丸くして聞き返してくる彼女。私の言った事か信じられないといった様子。
勇儀「鬼は嘘言わないぞ」
この事実に腕を組んでドヤドヤ。私の事じゃないけどな。それでも誇らしい。
鬼助「大鬼のヤツ……とうとうそこまで……」
そう呟きながら、どこか嬉しそうな表情を見せる弟分。同性として何かと面倒を見てくれ、気にかけてくれていただけあって、感慨深いものがあるのだろう。
勇儀「ああ、助けられたよ。とは言えだ、鬼助ホントにすまなかったな」
鬼助「いえいえ、大した怪我じゃないんで大丈夫ですけど……」
ヤマ「勇儀、パルスィは妖怪だし、自業自得なところもあるら100歩譲ってよしとするけどさ、大鬼君は……人間なんだよ?」
彼女の言う様に、大鬼は種族的には人間。鬼よりも妖怪よりも、ひ弱でか弱い種族だ。けど、
勇儀「アイツは……」
ヤツを投げ飛ばすわ、和鬼と本気の喧嘩をするわ、それは……
勇儀「もう普通の人間じゃないだろ?」
『ですよねー……』
2人とも即答。前々からそう思っていたと見て間違いないだろう。
ピーーーーーッ!!
そこに作業の開始を告げる笛の音が。残りの茶を一気に飲み干し、
勇儀「じゃあ行くか」
『おー!!』
作業場へ。歩きながら今思う事。それは自分で疑問に思いながらも、分かりきっている事。誰が何と言おうと、
勇儀「大鬼は鬼だよ」
これは譲らない。
『ですよね』
--鬼等仕事中--
地霊殿の建設を終えた今、私達の主な仕事は町の修繕工事。古い家屋が多いこの地底世界では取り壊しや補修、リフォームの依頼が後を絶たない。それでも地霊殿建設の頃と比べると、給料が格段に下がっている。いや、正確に言えば元に戻ったと言うべきか……。今となってはあの頃がピーク、バブルだったと気付かされる。
そしてそうなってくると問題が出てくる。今はまだいい。だが今後も
ヤマ「えーーーッ! そんなにッ!?」
鬼助「それマズくないですか?」
弟分も手を止め、目を丸くして唖然。
勇儀「だろ?」
??「おっ? 俺の作った蕎麦が不味いってか?」
『違う違う……、そうじゃない』
今は昼休み。今日の昼飯は大鬼もよく世話になる蕎麦屋だ。大鬼は貯めた小遣いで、ここの記録に挑んでいるみたいだが、正直どうでもいい。応援するとしても、「まあ頑張れ」程度だ。
そして私が弟分達に話したのは、その大鬼に関係する事。ズバリ食費だ。今となっては通常の食事でさえも、幼少期の優に3倍。筋肉痛発症時には……語るも恐ろしい。しかもそれが立て続けに起きた日には、お手伝いさんが倒れる始末だ。
勇儀「給料上げてくれないかな?」
鬼助「イヤー……、難しいんじゃないですかね?」
ヤマ「大型案件ないからねー……」
蕎麦を食べながらぼんやりと淡い期待を浮かべる私達。それに比べて、
店長「おや、そっちは不景気かい? こっちは
ニヤニヤと嬉しそうに皮肉を込めてくる店長。嫌味か? 嫌味なのか?
勇儀「あーそうかい。そりゃ良かったな。でもその内痛い目見るぞ?アイツは近い内に
私は柱に掛かった数字を指差し、そう言い放った。これは宣戦布告。今この時はアイツを応援しよう。心から。
店長「そうかい。そりゃ楽しみだ」
腕を組んで満面の笑み。心の中では「そんな事にはならない」と高を括っているに違いない。大鬼、絶対に越えろよ。小遣いはプラスにはしないがな。
--鬼等食事中--
店長「まいどー」
腹は満たされ3人並んで現場へ。とそこへ。
??「あ、勇儀さん、ヤマメさん、それと……」
鬼助「鬼助ですって……お勤めご苦労様です」
前から町の長が。鬼助、泣くな。
さと「ふふ、ちゃんと覚えていますよ。安心して下さい。鬼助さんもお疲れ様です」
ヤマ「さとりちゃん、やっはろー」
さと「やっはろーです」
笑顔で謎の挨拶を交わす2人。なにそれ可愛い。もっと流行らせようぜ。
勇儀「珍しいじゃないか。見回りかい?」
さと「いいえ、気分転換にたまには外食でもと思いまして。お蕎麦屋さんに」
勇儀「そうかい、あそこ美味いからお勧めだぞ」
さと「ええ、私も好きでして、たまに利用させてもらっています」
以外な事実。これまで何度も蕎麦屋へは足を運んでいたが、一度も会った事が無い。
勇儀「へー、そうなのかい。じゃあ、あの記録の事も知ってるのかい?」
さと「え゛っ!?」
鬼助「柱に掛かっているやつですよ」
勇儀「今度挑戦してみたらどうだ?」
ヤマ「いやいや……、無理でしょ?」
さと「そそそそうですよ。私なんて少食ですから、あんなに沢山なんて食べれませんよ。おほほほほ」
勇儀「そうだよな。見るからに細いもんな。あんなに食べれるヤツが
さと「う゛っ……」
ヤマ「勇儀、そろそろ行かないと」
勇儀「お、そんな時間か。さとり嬢またな」
鬼助「失礼します」
さと「ええ、また」
ヤマ「アデュ〜」
さと「アデュ〜です」
--鬼等仕事中--
ピーーーッ!
終業を知らせる笛の音。私も鬼助もヤマメも、道具をまとめて今日が終わる。鬼助とは帰る方面が違うから現場で別れ、ヤマメと肩を並べて家へと向かう。その道中――
勇儀「ヤマメ、スペルカードの事なんだけど」
ヤマ「ん?」
もう頼れるのは彼女くらい。地霊殿の連中は色々と忙しいだろうし、キスメは休みが不定休でなかなか都合がつかない。
勇儀「どれくらいできた? もう闘おうと思ったらいつでもやれるのか?」
ヤマ「う、うん。キスメとパルスィと休みの日に遊んでるよ」
やっぱり。彼女達は既にそういう段階に来ている。もう手段を選んでいられない。
勇儀「ヤマメ頼む! 私にスペルカードの作り方を教えてくれ!」
ヤマ「え、えぇぇぇーーーッ!?」
急に頭を下げられて驚いただろう。ヤマメの通る声が町中に響き、通行人の足を止めさせていた。
ヤマ「ちょちょちょちょっと頭上げてよ。は、恥ずかしいからさ」
そう言われても私は頭を上げなかった。私にとってこれは死活問題。是が非でもなんだ。
勇儀「朝も話したけど、このままじゃ近い内に私はヤツから逃げられなくなる。それに……これ以上逃げ回りたくない! だからせめて対等には闘える様になりたいんだ。頼む!」
ヤマ「分かったから、手伝うから。お願いだから頭上げて」
了承は得られた。ならばと顔を上げると、ヤマメは耳まで真っ赤に染まっていた。初めて見るヤマメの表情に思わず、「さすが、あざとい」と。
ヤマ「パルスィの事は酷いと思うよ。だから協力する。けどね、勝てる様になるかは保障できないよ? パルスィ、私達3人の中だとスペルカードルールで一番強いから」
勇儀「それでも構わない、ありがとう。恩にきる」
こうして私の師が決まった。これで鍛錬も
勇儀「じゃあ明日の早朝から頼めるか?」
ヤマ「いいよ。勇儀の家でやるの?」
勇儀「いや、家だと塀とかあるし……」
ヤマ「そうだよね、壊しちゃったら大変だもんね」
勇儀「そ、そうなんだよ。あ、あははは……」
言えない。既に塀がツギハギだらけになっているなんて……。
ヤマ「じゃあ、どこでやる?広い所がいいよね?」
勇儀「そうだな、周りにも迷惑をかけない町外れとか……」
ヤマ「……」
勇儀「……」
私達は無言で見合っていた。そして互いに一度頷くと、「せーの」で口を開いた。
『秘密基地』
文句無しの一致。場所も決まった。あとは明日を待つだけ。
勇儀「ヤマメ師匠、どうぞよろしく。何か必要な物があれば言っておくれよ?」
ヤマ「やめてよ、師匠だなんて」
そう言いながらも、笑顔を浮かべて満更でもなさそうなヤマメ師匠。すると突然思い立ったかの様に、「あっ」と呟くと
ヤマ「朝ご飯、一緒に食べさせてもらってもいいかな?家に戻って支度するのって、結構面倒でさ」
「朝食を出せ」と。そんなの勿論問題なし。
勇儀「ああ、いいぞ。そういえばヤマメは毎朝何を食べているんだい?」
一日の最初の食事。欠かせない物があるなら揃えよう。
ヤマ「マヨネーズ納豆ご飯かな?」
うっぷ……なんだそれ?
【次回:十年後:すれちがい(弐)】