--時を少し
店長「らっしゃい!」
来店者に威勢のいい声をかける店長。だが、その客の姿を目視するや否や、
店長「これはこれはチャンピオン様。ようこそおいでくださいました」
態度をガラリと変えた。
??「あの、店長さん……」
店長「はい、なんでしょうか?」
両手を繋いで、にぎにぎと動かしながら、その客に笑顔で尋ねる店長。分かりやすいごますりである。すると客は、この質問に柱を指差し、
??「あの数字を……」
初めはゆっくりと、
??「額に入れて飾るの……」
段々と早めていき、
??「やめて頂けませんかッ!?」
そして爆発。このお得意様の反応に店長、
店長「まあまあ、誰もあの数字を出したのが貴女だなんて知りませんよ。それに、アレを超える事を生き甲斐としているヤツもいるんですから」
どーどーと、手で壁を作りながら
店長「それよりも今日は新記録を?」
??「しません! 5杯
--そして翌朝--
大鬼の指示の下、作り上げられた秘密基地。今となってはただの公園。久々に来てみたが――
勇儀「大鬼……、これはやり過ぎだろ?」
なぎ倒され、横たわる木々の屍。しかもその数、累々たるもの。南無三。
大鬼「誰のせいで……」ボソ
勇儀「あ゛っ? なんか言ったかい?」
大鬼「別にぃ〜」
朝から不機嫌。寝起きだから? それもあるが、単に「面倒事に付き合わされて災難だ」とでも思っているのだろう。
ヤマ「勇儀やっはろー。朝は涼しくていいね」
そこへ師匠登場。今日も笑顔が眩しい。そして謎の挨拶。よし、流行らそう。
勇儀「やっはろー」
少し恥ずかしいが。
ヤマ「大鬼君も来たんだ。やっはろー」
大鬼「あ、うん。おはよう」
違うぞ。そこは「やっはろー」だ。
ヤマ「ここしばらくぶりだなぁ。もう随分クタビレちゃったかぁ……」
そう独り言を言いながら、昔の自分の作品を見に行くヤマメ。作品一つ一つを懐かしみ、時折手でなぞる様に触れていく。さぞ感慨深いものがあるのだろう。気持ちは分かる。
大鬼「ねー」
呼ばれたか?
勇儀「ん?」
大鬼「さっきの何? バカっぽいからやめて」
勇儀「う゛ぐッ」
冷たい視線。冷静に見るとやっぱりそうなのか? もうやめておこう。
作品を一通り鑑賞し終えたヤマメ。戻って来るなり、大鬼の事を見つめてポツリと「大きくなったね」と。そして一度大きく深呼吸をし、
ヤマ「それじゃあ始めようか」
鍛錬の開始を告げた。
ヤマ「早速だけど、光弾を出してくれる?」
勇儀「分かった。大鬼」
大鬼「はいはい」
大鬼に協力を頼むと、いつも通りのやる気のない感じで、手を差し出してきた。私がその手を掴もうとした丁度その時、
ヤマ「ちょ、ちょっと待った」
ヤマメから停止の指令が。
ヤマ「え? なに? 何してるの?」
勇儀「光弾を出すんだろ?」
ヤマ「そうだけど……、何で大鬼君の手を?」
勇儀「能力を発動させるためだ」
ヤマ「それは分かるけど……、もしかして……」
勇儀「ああ、能力無しじゃ光弾が出せない」
ヤマ「えー……」
肩の力を抜いて猫背。しかも「これは大変だ」と言わんばかりの表情。私の出来の悪さに、早くも根を上げ始めているのだろう。
勇儀「やっぱり難しいか?」
私のこの質問に、ヤマメは腕組みをして「んー……」と唸りながら、難しい表情を浮かべた後、「取り敢えずやってみて」と。私はその指示に「分かった」と一度頷き、大鬼の手を握って意識を集中。……感じる。湧き上がるこの感じ……。
勇儀「よしッ!」
成功。でも、いつもより心なしか弱い感じがする。それこそ数年前と比べたら全然。不思議に思いながらも、ヤマメの言われた通りに、光弾を放つ準備に取り掛かる。
手を前へ。掌に意識を集めて……
勇儀「バーン!」
ドッカーン!
光弾の発射は成功。私が放ったそれは、地面に接触した途端に大爆発を引き起こし、その威力をくっきりと残した。我ながら上出来だ。
勇儀「どうだ?」
少し誇らしい気に尋ねてみると、ヤマメは口をへの字に曲げて
ヤマ「ん~……。あのさ、思うんだけど……」
勇儀「なんだい?」
ヤマ「力み過ぎじゃない?」
と。思いもよらぬ感想に私は衝撃を受けた。
勇儀「え? そうなのか?」
ヤマ「スペルカードルールって魅せる戦いだから、威力は2の次、3の次なんだよ。それじゃあすぐに疲れちゃうよ。それと勇儀、光弾を出す時に何をイメージしてる?」
私はヤマメのこの質問に、すぐに答える事ができなかった。と言うのも、私が光弾を出す時は、ただ意識を集中させているだけで、イメージを持たせるなんて事は、これまで一度も考えた事が無かったからだ。
私の口からは一向に答えは出ず、「うーん」やら「えーと」といった声が出るだけだった。するとヤマメも察してくれた様で……
ヤマ「あ、うん。分かった。もういいから……」
勇儀「すまない……」
ヤマ「いいよいいよ。初めはみんなそんな感じだから。
勇儀「糸を? 飛ばす?」
ヤマ「実際に見せた方がいいかな?」
ヤマメはそう言い残すと、私の横に並び「見ていてね」とだけ告げ、掌に糸を出し始めた。
それは細い糸。静に流れる風に
私はその巧みな技に魅入っていた。そして、出来上がったその球体を見てこう思った。「毛玉か?」と。
ヤマ「えいっ!」
掛け声と共にその毛玉は飛んで行き、少し離れた所で、
バッ!
と傘が勢いよく開かれるかの様に、大きな蜘蛛の巣へと変貌を遂げた。
それはまるで手品。私は目を見開き、
勇儀「すごいな」
本心を
ヤマ「今のはゆっくりやった場合ね。で、コレが」
シュッ! バッ!
ヤマ「早くやった場合」
とドヤ顔で言われたが、何が起きたかさっぱり。彼女の手から何かが出たのは見えた。ただ次の瞬間には蜘蛛の巣が現れていて……
勇儀「は?」
頭が追いつかず、これまた本心がポロリ。
ヤマ「ま、まあいいよ。私ね、昔からコレが得意でさ。光弾を出す時に、このイメージをよく使うんだ」
勇儀「私に糸を飛ばせって事かい?」
ヤマ「違う違う、なんかさ勇儀にもない? それに近い様な特技とか技とか」
勇儀「んー…」
再び上がる唸り声。そうは言われてもパッと思いつく物が無く、自然と眉間に力が入る。そんな私の様子に見かねたのだろう。ヤマメが苦笑いを浮かべ、
ヤマ「な、無いかなぁ?」
恐る恐ると再び尋ねて来た。と、そこに
大鬼「大江山
勇儀「そうだ! 大江山颪、あれなら連射できる!」
ヤマ「それって親方様の?」
勇儀「ああ、ちょいと見ていておくれよ」
私はそう告げると、手頃な岩を正面に……構えッ! そして放つ
勇儀「大江山颪!」
1発目。その後に間髪入れず、2発、3発、4発……と連続して発射。
バチコーーッン!
1発目が岩に。表面を
勇儀「ドヤッ」
得意気にヤマメへと視線を移すと、目を見開いて口をあんぐり。いいね、その反応。
ヤマ「す、すごいね。それ、どんな感覚でやってるの?」
勇儀「どんなって……こう力を押し出す感じで……」
彼女の質問に最後まで説明しようしていたが、そこに彼女が突然、
ヤマ「それだよ!」
大声を上げて割り込んできた。
ヤマ「その感覚で光弾を出そうよ。しかも今の技って光弾に凄く近いよ。ただ形が無いだけで」
勇儀「いや、でもアレは空気を……」
ヤマ「いいからやってみて! 師匠命令!」
ヤマメに師匠稼業に熱が入り始めた。さらに私を見つめるその瞳には炎が。「もっと熱くなれよ!」とか言い出さないよな?
ヤマ「まず光弾を出すところまでやってみて。その時なるべく『力』をイメージして」
勇儀「力?」
ヤマ「『この光弾は力の塊なんだー』って感じで。勇儀の場合はその方がいいと思う」
ヤマメの言われるがまま、全身に
勇儀「うわっ!!」
ヤマ「えーーーッ!?」
大鬼「デカッ!!」
とんでもなく大きな球体が目の前に。その大きさは私の倍程度。眩いまでの赤色の光を放ち、それはまるで……。地底世界では拝めない物、地上でしか見られない物。太陽そのもの。
大鬼「まぶしッ」
その光に目を背ける大鬼。
勇儀「わ、悪い悪い」
慌てて力を抜くと、それはみるみる小さくなっていき、掌サイズまでになろうとしていた。
ヤマ「ストップ!」
まさにその時だった。ヤマメから静止を呼びかける声が上がったのは。私は慌てて少量の力を込め、状態を維持する様に試みた。すると光の玉は少しだけ膨らみ、その大きさでピタリと変化を止め……。
ヤマ「それ! その力加減を覚えて! まずはその大きさをすぐに出せる様に練習しよう。飛ばすのはその後。そこまで出来る様になったら、スペルカードの魅せ方を一緒に考えよ」
勇儀「わ、分かった」
そこから力加減を覚えるための反復練習が始まろうとしていた。だが、そのタイミングで運悪く
勇儀「ゼェ……、ゼェ……、ゼェ……」
能力切れ。大鬼から手を離し、両手を膝へ。昨日よりも披露度が大きい。立っているのもやっとの程だ。
ヤマ「どどどどうしたの勇儀!? 大丈夫?」
普段見せない私の姿にさぞ驚いたのだろう。ヤマメが慌てながら声を掛けて来た。それに比べて大鬼ときたら……
大鬼「あー……、いつもの事だよ。姐さん、能力使っている時に普段出来ない事をすると、反動でこうなるんだよ。」
私を
勇儀「す、すまないヤマメ……。少しだけ休ませておくれ」
これでは鍛錬のしようがない。私がそう頼むとヤマメは
ヤマ「へー、そうなんだ」
と納得しながらこう呟いた。
ヤマ「なんか大鬼君みたいだね」
大鬼「はーーーッ!? 全然違うし!」
ヤマ「そう? そっくりだよ。2人とも」
勇儀「そっくりって事はないだろ? 私とコイツで同じところなんて、利き手とそれくらいだろ?」
そう、私とコイツの共通点なんてそれくらい。食べ物の好みも近いけど、ただそれだけの事。それ以上は思い浮かばない。性別が違うし、角もない。コイツとはただの他人同士。でもヤマメにそう言われて不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
【次回:十年後:すれちがい(参)】