--少女着衣中--
再びきついお仕置きを受けた少年達。その両頬にはしっかりと、くっきりと赤い
水蜜「七不思議?」
大鬼「そう、地底世界の」
和鬼「まさかそれがナミだなんて……」
水蜜「その呼び方……ヤ・メ・テ・モ・ラ・エ・ナ・イ?」
定着しかけている不本意の呼び名に、拳を作ってワナワナと震える船幽霊。さらに自分が「七不思議の一つになっている」という事実が、相当ショックなようで、
水蜜「あーもう! 最悪ッ!! もうここで泳げないじゃない! 毎年の楽しみだったのにぃーッ!」
地団駄。その発言に少年達、
『だから泳ぐなよ』
心の声を同時に発声。
和鬼「さっきも言ったけど、ここ遊泳禁止だから」
水蜜「だからいいんじゃない。プライベートポンドよ」
大鬼「私物化すんなよ……」
和鬼「それにあんた、町で結構噂になってるから」
彼のこの一言に船幽霊、
水蜜「え?」
目を点にし分かりやすく硬直。彼女の時が止まった。そこに畳み掛ける容赦ない彼。
和鬼「七不思議の中で
駄目押しにと声色を変えて放った一撃は、時が止まっていた彼女を恐怖に
水蜜「や、やめてよ!」
自身の身体を強く抱きしめて小さく
和鬼「じゃあもう変態行為はやめときな。ナミ」
大鬼「そうそう、それがいいよ。ナミ」
だが軽いジャブを止める気はない模様。
水蜜「君達ねー……」
そんな彼らに目を細めて睨みつける彼女だったが、
和鬼「でもこの調子だと他のも期待出来ないかなー……」
彼、それをお馴染みのポーズで華麗にスルー。
大鬼「他のってどんなのがあるのさ?」
和鬼「『霧の中の巨人』とか。『霧の中の謎の女』とか」
大鬼「なにそれ? 両方霧じゃん」
和鬼「でも今回までとは言わないけど、わりと目撃者いるんだよ。しかもこの2つ、同時に見る人の割合が多いらしい」
残りの七不思議について議論を交わす少年達。その表情は目を輝かせ、興味深々といった様子。楽し気に次の作戦会議を行う2人を、
水蜜「あ、あははは……」
彼女は気まずそうに苦笑いをしながら見守っていた。そして作戦会議を終えた2人が、それぞれの自宅へと戻ろうとしたその時、
水蜜「あ、君達待って」
彼女が少年達に静止を呼びかけた。
水蜜「君達他の七不思議の謎も追うんでしょ?」
和鬼「そのつもりだけど?」
水蜜「楽しそうにしてるから止めはしないけど、気を付けなよ。くれぐれも他の人に迷惑かけちゃダメだからね。あと……」
それは少年達よりもずっと年長者の彼女からのアドバイス。大切な事。だが彼等は少年とは言え、もうお年頃。故に
大鬼「いや、流石に子供じゃないんだから……」ボソッ
「子供扱いするな」となる。しかしその時、彼女の話の途中でそう呟いた少年には
ムギュッ!
魔の手、もとい幽霊の手が迫っていた。
水蜜「私に迷惑をかけておいて、どの口が言うのかなぁ? 私、もうここに来れなくなったんですけどー?」
大鬼「
少年の頬を楽し気に「ビヨーン、ビヨーン」と伸縮を繰り返す船幽霊。
少年はこの時思い出していた。前にも似たような事があったと。それが起きた場所を。そして頬を抓
大鬼「そんなに泳ぎたければミツメに頼めばいいだろ!?」
水蜜「ミツメ?」
大鬼「今の町の長、地霊殿の主人だよ」
問題をまるっと覚り妖怪に投げた。
水蜜「おー! そっかそっか。そうしよう」
しかも彼女はその意見に疑いも無く乗っかる始末。
水蜜「あ、そうそう」
とはいかないご様子。彼女にはまだもう一つ、少年達に伝え忘れていた事があった。
水蜜「コレ、あげる。まだあるから」
彼女が少年に手渡したのは、
水蜜「似合ってたよ」
彼女の白い帽子。
水蜜「冒険に行くならそれ被って行きなよ」
大鬼「あ、ありがとう……」
水蜜「それじゃあ私は帰るから。七不思議、全部解けるといいね」
そして彼女は2人の少年に別れを告げると、スッと宙に浮きそのまま何処かへと飛んで行った。残された少年達、天井を眺めながら
『……』
無言。そして目の前で起きた現象に目が点に。
和鬼「見た?」
大鬼「う、うん」
そう一言ずつ放った後に交わされるのは、「お宝ゲット」はたまた「決定的瞬間ゲット」と言わんばかりの、
パチンッ!!
ハイタッチ。
大鬼「変わった人だったな」
和鬼「全く……。ちょっとは恥じらえってぇの。無防備過ぎ」
大鬼「でもちょっと?」
和鬼「可愛かったな」
大鬼「あははははッ!」
少年、手を叩いて大爆笑。この笑い声に彼はようやく気が付く。
和鬼「な、大鬼てめぇッ!」
誘導されていたと。
大鬼「あ、やっぱり! そうだったんだ。あははははッ!」
そして腹を抑えて尚も笑い続ける少年に、
ゴッ!
一撃。怒り、恥じらい、そして胸を締め付ける感覚。年長者の彼ではあるが、初めて味わう苛立ちに堪える事が出来ずに放った一撃。通称、
大鬼「いってぇーなッ! 殴る事ないだろ!」
和鬼「黙れ黙れ黙れ黙れーッ!」
八つ当たり。彼の顔は残された両頬の跡が見えなくなるまでに、見事に
和鬼「忘れろ……」
大鬼「は?」
和鬼「今日見た事、聞いた事、話した事、全部忘れろッ!」
大鬼「はーーーッ!?」
和鬼「覚えてていいのはオレだけだッ! だから忘れろッ!」
大鬼「無理だからッ! あんなに印象に残るのなんて……」
和鬼「それ以上喋るなッ! 忘れられないなら……その記憶、消してやる!」
大鬼「極端なんだよッ!」
彼、暴走。そして鳴らされるゴング。恒例行事の始まりである。が!
ザッバァァァーーーッ!
そこに大量の水が上から流れる音。その水飛沫は熱くなる彼達にも降り注ぎ、消火させた。
『えっ?』
2人を襲う威圧感。恐る恐る血の池へ視線を向ける少年達。
地底七不思議、その一つ。血の池の主。それは暑い日に
『ギャーーーッ!!』
ゼロではない。巨大な瞳は、走り去る少年達を静かに、不気味に追いかけていた。
ーーその頃ーー
水蜜「ただいまー」
少女、ご帰宅。
??「おかえりー」
??「今日は随分と遅かったのぉ。ずっと泳いでおったのか?」
いつもより遅い帰宅に、「何かあった?」と少々心配して尋ねる彼女の知人達だったが、
水蜜「いやー……、それにはあまり触れて欲しくないかなー……」
それは彼女としては話したくない、あわよくば思い出したくも出来事。知人たちから視線を逸らし、「これ以上聞くな」という雰囲気を醸し出していた。その雰囲気を察知した2人。互いに目を見合わせ、
『??』
首を傾げる。と、ここで知人、彼女のある変化に気が付く。
??「あれ? 帽子は? 行く時被っていなかった?」
そう、彼女のお気に入りの、トレードマークと言っても過言ではない程の、白い帽子。それを彼女が被っていない事だった。ましてや手ぶら。どう考えても違和感。
水蜜「あー……それもちょっと……ねー」
だがそれも『禁則事項です』の様だ。これ以上踏み入れてはいけない領域に立たされた2人。気になるところではあるが、それ以上話す事も無くなり、
『うーん……』
腕組みをして
水蜜「そういえばさー……」
彼女からの話題のシフトチェンジ。
水蜜「少し前に、地底世界に人間が来たって話なかった?」
??「そう言えばそんな事もあったかのぉ。何年前じゃ?」
??「10年くらい前だったと思うけど……。あの時、当時の町の長がみんなを集めて、集会みたいな事をしていたね」
知人のこの発言に彼女、強い反応を見せ、
水蜜「その人間の名前は!?」
食いついた。
??「そこまでまだは覚えておらんなぁ」
だが、1人は当時の記憶があやふやであるが故に、そこまでは覚えていない。これには彼女も、「そうだろうね」と割り切っていた。
??「えっと……確かー……ダ……」
しかし、もう1人の知人は記憶を手繰り寄せ、
??「ダリアンだか、ダイキチだか、ダイマルだかそんな感じだったと思うよ」
惜しいところまで。しかも非常に。ここまで判明すれば気付くものである。だが彼女、
水蜜「(そういえばアイツらの名前分からない……)」
痛恨の凡ミス。顔は忘れたくとも、忘れられないにも関わらず、名前が不明。不本意ながらも記憶を辿ってみるも、ヒントになる様なシーンも無く……
水蜜「(諦めよう……)」
断念。そして次なるヒントを求め、
水蜜「その人間ってさ……」
核心且つ確信になり得る情報を2人に尋ねた。
水蜜「子供だったりしない?」
すると彼女の知人達は……。
『まっさかー』
??「子供が来れる様な所ではなかろぉ」
??「それにここは人間の事を嫌っている連中ばかりだよ?そんな所に人間の子供が来たら、すぐ野垂れ死ぬよ」
「それは考えられない」と全否定。それでも僅かな可能性を信じる彼女、
水蜜「で、でも……もし、もしもだよ? 誰かに面倒を見てもらっていたりとか……」
その可能性について、2人に尋ねていた。
??「それも無いと思うよ? もしそんなヤツがいたら、余程運がいいヤツか……好かれたんだろうね」
水蜜「好かれた?」
??「たまにおるじゃろぉ。万年モテ期みたいヤツが」
??「そうそう、本人は無自覚で何もしていなくても、自然とその周りに人が集まるみたいな。そういうの何て言うんだっけ? か……か……」
??「カリスマじゃのぉ」
??「そうそうそれそれ。そんなヤツは極めて稀。それに私は、そのカリスマは姐さんしかいないって思ってる」
強い視線を彼女に送りながら、そう語る知人。その瞳に大きな目標、意思、野望を漲らせて。
水蜜「そうだよね……」
??「まあ、その人間は当時は若者で、もう地上に帰っていると考えるのが無難じゃろぉ」
水蜜「そうだね、変な事聞いてごめんね。地上かー……。いつになったら戻れるかなー?」
??「この船の封印を解かない限りは……」
水蜜「やっぱり難しいの?」
??「強力過ぎてね。神クラスの実力者じゃないとこれは……。けど必ず」
彼女達は上を、さらにその遥か上、陽の光がさす地上を見透かす様に眺めていた。いつかその地に戻る事を固く誓いながら。