東方迷子伝   作:GA王

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十年後:ある日の出来事_地底七不思議(陸)

雲山「なんと……」

一輪「おっと、これは想定外……」

  『でけーーーッ!!』

 

 規格外の大きさ。入道の妖怪が完全に見上げる程の、巨大な人影。そして……

 

巨人「お゛ぉぉぉーーーッ!」

 

 耳を覆いたくなる低く、恐ろしい雄叫び。相手は戦闘モードと判断した2人。先手必勝と、

 

一輪「雲山!」

雲山「言われなくとも!」

 

 入道の妖怪を繰り出し、放つのは……

 

一輪「『鉄拳:問答無用の妖怪拳』」

雲山「承知! ぬぅーーーんッ!」

 

 雲爺さんのロケットパンチ。それは巨人の顔面目掛けて一直線に向かって行く。が、

 

 

スルー……

 

 

 手応え無し。

 

  『え?』

 

 ならばと、

 

一輪「『連打:キングクラーケン殴り』」

雲山「ヌラヌラヌラヌラヌラヌラヌラッ」

 

 浴びせる拳のラッシュ。だがそれらも全て巨大な影に命中するも、暖簾(のれん)に腕押し、(ぬか)に釘。手応えは無い。

 

一輪「何で!? どうして!? 全部当たっているはずなのに……」

雲山「避けてもおらんのに、全く触れた感じがしないわい」

 

 「こんな事は初めてだ」と(あせ)り始める2人。そんな2人の目の前で巨人、その長い手を頭上へと振り上げた……

 

一輪「え?」

雲山「ま、まずいぜぇ……」

 

 その姿勢、体勢、フォーム、それはまごう事なく害虫を叩き潰す時のもの。その巨体から推定される掌の大きさ、彼女達の周囲を(おお)える程。彼女のみならず、少年達も無事では済まない。

 それは彼等も覚っていた。だからこそ……、

 

  『うりゃーーーッ!』

 

 既に動いていた。彼等を中心に高速で描かれ続ける、半径x半径x円周率の図形。一円一円描く度に、加速度が上昇していく。そしてその半径となっている凶器にして鈍器、超重量にして「鬼と言えば」的な武器。

 

和鬼「あと3つで離すぞ!」

大鬼「分かった!」

和鬼「1つ!」

 

 重量x

 

大鬼「2つ!」

 

 速度x

 

  『みぃぃぃっっっつ!!』

 

 硬度=破壊力。

 放たれる弾丸。慣性の法則とエネルギー保存の法則により、蓄えられたエネルギーは一直線に巨人の(すね)へ。方向はバッチリ。

 が、ここで大きな誤算。この星に住む、存在するものに必ず加わる力。その名も重力。彼等はその存在を忘れていた。故に金棒、弧を描きながら巨人の足下へ降下。

 降下。それ(すなわ)ち、重力が働いたという事。つまり、『下へ向くベクトルに加速度を与える』という事。ここで今一度おさらい。重量x速度x高度=……

 

??「ひでぶッ!」

 

 

ズッドーーーンッ!

 

 

 破壊力。

 金棒が地面と接触する音よりも前に上がる悲鳴。それは金棒がヒットした事を意味していた。と同時に、巨人の影は辺りを覆う霧に溶けていく様に、その姿を消した。と、少年達、薄っすらと気付き始める。

 

大鬼「今……何かいた?」

和鬼「()()じゃないな。()()だな」

 

 そしてそれはこちらでも。

 

一輪「なるぽど。どうりで手応えが無いわけだ」

雲山「足下のみに実体があったんじゃからのぉ」

 

 「よくも濡れ衣を着せてくれたな」という怒り。「ビビらせやがって」という苛立(いらだ)ち。それらは彼女達の内なる火の勢いに燃料を与え、熱を生み出した。熱、それ即ちエネルギー。エネルギー保存の法則により、器の許容量をオーバーしたエネルギーは()()放出される。

 

一輪「『忿怒:空前絶後大目玉焼き』」

雲山「ぬぅぅぅッン!!」

 

 放たれる無数の線状の光弾。それはまさに拡散するレーザー。姿が見えない霧の奥の犯人目掛け、逃げ場を奪う様に飛んで行った。そこに放たれる駄目押し、

 

一輪「『拳打:げんこつスマッシュ』」

雲山「ヌンッ!」

 

 雲爺さんの怒りの鉄拳。

 

 

ゴッ!

 

 

 鈍い音、手応え有り。その瞬間、雲の爺さん「ようやく1発返せた」と、『してやったり』の顔。

 数歩先の視界を奪う程の深く、濃い霧。それは姿を隠すには打って付けの環境。そして光の加減を調整して、自身の何倍もの巨人を投影するにはこの上ない環境。イタズラ好きには最高の環境。その環境が出来上がった時、誰もが見上げる巨人が姿を現わす。まるで(おび)える者達の姿を楽しむ様に。

 徐々に晴れていく霧。少年達が待ち合わせしていた頃と比べると、その視界の差は歴然。それは雲の爺さんが放ったゲンコツで、相手と共に吹き飛ばしたと言っても過言ではないだろう。

 

??「ぅぅぅ……」

 

 痛みに(もだ)える声を出しながら、ゆっくり起き上がる真っ黒な影。その大きさは少年達と大差は無い。

 

一輪「観念してこちらへ来なさい!」

 

 「そうすれば大目に見てあげる」、続けてそう伝え様とした時だった。

 

??「NぅEえええん!」

 

 泣き声。と同時に飛び立つ影。その方向、彼女達の真逆。その行動の意味するもの、それは……。

 

雲山「やはりそうきたか。逃さぬ!」

 

 だがそこはディフェンスに定評のある雲の爺さん。この展開を早々に察知し、未だに残る霧に紛れて黒い影に近付いていた。そして、飛び去ろうとするイタズラ好きの目の前で実体化し……

 

 

ガシッ!

 

 

 ボディーと腕で下から包み込む様に、しっかり、がっちりとキャッチ。

 

大鬼「おー」パチパチ

和鬼「やるねぇ」パチパチ

一輪「ナイキー」パチパチ

 

 ファインプレーになる拍手。雲の爺さん、誇らし気にドヤドヤ。その腕の中では……

 

??「離してよッ! どこ触ってのよハゲッ! 痴漢ッ! 変態ッ! エロジジィッ! 加齢臭がキツイ!」

 

 真犯人が暴れ回っていた。

 

大鬼「凄い言われ様……」

和鬼「あそこまで言われたら立ち直れないかも……」

 

 生きのいい真犯人に少年達、苦笑い。

 

一輪「君達ありがとう。お陰で助かったよ」

和鬼「いえ、自分達は何も……」

一輪「ううん、君達のアレが無かったら、実態を掴めないままだったよ」

 

 彼女の言葉に少年達は鼻の下を(こす)ると、大きくドヤった。それは彼等の中にようやく掴んだ『手応え』だった。先の見えない修行の日々、その成果が実感出来た瞬間でもあった。

 

一輪「後はこっちの問題だから、2人はもう帰りな。霧が薄くなった今のうちにね」

  『はいッ!失礼します』

 

 

--少年移動中--

 

 

ズルズルズルズル……

 

 

 2人で協力し、無事に町まで帰還を果たした少年達。

 

和鬼「ここまででいいや。後は1人で持って帰るから」

大鬼「あっそ。じゃあ」

 

 互いに何気なく別れを告げるも、その表情は自信に満ち溢れていた。そして、それは次なるステップへの

 

和鬼「もっと強く……コレを片手で楽に振り回せるくらいになってやる」

 

 強く大きな志へと繋がった。それは向上心。彼等が忘れていた物だった。

 

大鬼「いつになるやら……」

 

 熱くなる彼に冷めた視線を送り、遠い未来を眺める少年。だが、彼の意志の硬度は少年の(はる)か上だった。

 

和鬼「この秋までに……遅くとも冬を迎える前までにだ! 今以上に特訓して、飯も今以上に食って、体をデカくしてやる!」

大鬼「え? 本気?」

和鬼「大本気」

 

 瞳の中に闘志の炎を燃やす彼を前に、少年は返す言葉がみつからず、

 

大鬼「……」

 

 無言。「このままでは差を付けられる」と、早々に悟っていた。それはライバルである彼に勝てなくなるという事、負けを認めるという事でもある。

 それだけは少年、耐えられなかった。

 

大鬼「じゃあ自分も師匠に、もっともっと厳しく稽古を付けてもらう! それで自分だけの『さんぽひっさつ』を完成させてやる!」

和鬼「へー……、じゃあ叔父貴にキツく(しご)かれても文句言わないって事だな?」

大鬼「当たり前だ!」

和鬼「じゃあ今日の七不思議の件は、『真犯人は見つからなかった』って事でもいいよな? 言ったら宝船の事をバラす様なもんだし」

大鬼「いい!」

和鬼「分かった。叔父貴にそう伝えておく。その後の事はよろしく。じゃあな、また明日」

大鬼「おうッ!」

 

 互いの家を目指し、背を向けて歩き出す少年達。その手に覚悟を握りしめて。

 その後、少年がライバルに担がれていたと気付いたのは、それからまたしばらく後の事。だが気付いたところで時すでに遅し。そしてその翌日の午前中……少年はグシャッとなったそうな。

 

 

--少年達が去った宝船では--

 

 

 雲の爺さんによって捕獲された真犯人。巨人を投影していたイタズラ好きの正体は、全身真っ黒な少女だった。その少女は今……。

 

??「……」ビクビク

 

 その身を縄で締められ、正座をさせられていた。小刻みに震えながら。

 

一輪「名前は?」

??「……」ビクビク

 

 1度目、無反応。

 

一輪「聞こえてる? 名前は?」

??「き、聞こえてマス……」ビクビク

 

 2度目、反応はあったが答えてはもらえず。

 

一輪「名前はぁ!?」

??「ホゥジュゥ……ぇ」ゴニョゴニョ

 

 3度目、何を言ってるか分からず、

 

一輪「ナーマーエーハァ〜ッ!?」

 

 結果、入道使いを怒らせる。眉間に皺を寄せ、怒りの表情。仏の顔も三度までである。

 

??「ひぃぃぃ、ほほほ封獣(ほうじゅう)ぬえです!」ビクビク

一輪「能力は?」

ぬえ「…………デス」ゴニョゴニョ

一輪「ノーリョクハァ〜ッ!?」

 

 真犯人の顔横スレスレに、勢いよく手を叩きつけ、怒気を放ちながら迫る入道使い。そのポーズは通称:壁ドン。キュンとくるシーンで使われるのがお決まりだが、この場にそんな物は転がっていない。あるのは怒りと恐怖のみ。第3者から見れば(おど)し、恐喝(きょうかつ)、カツアゲ的な状況である。

 

ぬえ「『正体を判らなくする程度』の能力です!」ガダガタ

一輪「その能力で今までずっとイタズラしていたと?」

ぬえ「は、はい……」ガダガタ

一輪「その所為(せい)で、他の誰かに疑いの視線が向けられるって思わなかったのカナァー?」

ぬえ「ごごごごめんなさい……」ガダガタ

一輪「私達はまだいい方。町には本格的に疑われた人達だっているんだ。どう落とし前をつける気?」

ぬえ「……」ガダガタ

 

 真犯人、またもやだんまり。なかなか会話が進まないこの状況に、入道使いの怒りは……ついに頂点に。既にガダガタと震えている真犯人の胸ぐら掴むと……。

 

一輪「落とし前はどうするかって、キイテルンダケドーッ!? さっさと喋らないと、口の中に手突っ込んで奥歯ガダガタいわすぞゴラァ!」

 

 裏の顔がこんにちは。コレには真犯人、心のダムが決壊し、

 

ぬえ「ぬええええええんッ!」

 

 目から滝の様な涙を流しながら泣き出す。

 

一輪「泣いて済むならお役所は要らないんだよ! それに家の入道をあんな風にしやがって! こっちには謝罪無しか? あ゛ーッ!?」

 

 そう言い放つ極道モードの彼女の人差し指の先では、

 

雲山「ハゲ……ジジィ……加齢臭……」

 

 身を小さくし、体育座りでハートブレイク中の入道が。その大きさたるや掌サイズ。極限までに凹んでいた。

 

ぬえ「ご、ごめんなさーいッ!」

 

 と、そこに……。

 

??「ただいまー。って何コレ? どういう状況?」

 

 船幽霊がご帰還。

 

一輪「お帰り。実はコイツが町でイタズラをしていた所為で、私達が七不思議の犯人にされそうになったんだよ。ナ゛ーッ!」

ぬえ「ヒィィィィィッ!」

水蜜「あっちゃー……、それは災難だったね。その七不思議なら聞いたよ。『霧の中の巨人』と『霧の中の謎の女』でしょ? 私も雲山と一輪の事だと思ってたし。でも、謝ってもらったなら許してあげたら? なんか可哀想だし。あと、雲山も何があったか知らないけど、メソメソするのはやめなよ」

雲山「う、うむ……」

 

 事情を聞かされるも、目の前でガダガタと怯える真犯人に同情する心優しい船幽霊。彼女のこの言葉に、入道使いは、やや()に落ちないながらも許す事にした。だが問題はもう1つ……。

 

一輪「町の人達の誤解を解かないと」

 

 そう、町で疑われている者達の濡れ衣をどう晴らすかである。人を集めて一斉に周知させる。それも手ではあるが、彼女達は町から離れた辺鄙(へんぴ)な所で暮らす者達。その様な事をすれば、「何処の誰?」となるのは必然。そしてこの船の存在を知られてしまう、認めさせてしまう恐れがある。彼女達とここの事を知っているのは、町の長とNo2のみ。となれば、

 

一輪「地霊殿の主さんに相談しようか」

 

 必然とこうなる。

 

水蜜「そうした方がいいかもね」

一輪「どんな人?」

水蜜「可愛らしくて優しい人だったよ。こっちの本心見抜いてるみたいで、謙遜していても『遠慮しないで』って、『要望にはなるべく答えます』言ってくれたし」

雲山「ほー……、そいつは凄いのぉ」

一輪「じゃあ早速行くとしようかな」

水蜜「いってらっしゃーい。あ、そう言えば、ここに男の子2人組来なかった?」

一輪「あー、来た来た。鬼の少年達が。名前は聞いてなかったけど、1人はムラサの帽子被ってたよ。あの子に帽子あげたんだ」

 

 入道使いの報告に、船幽霊の彼女は「角の事はバレなかった」とホッとため息。と同時に「渡しておいて良かった」とも。

 

水蜜「まあね、でもそれ以上は何があったか聞かないでね。思い出したくないから」

一輪「分かったよ、ナミ。もう聞かないよ、ナミ」

雲山「うむ、誰にも知られてたくないんじゃろ? ナミ」

 

 2人の回答に船幽霊、顔を真っ赤にし、「次に会ったら覚えてろよ」と心の中で固く誓うのだった。その後、入道使いと入道のおじさんは、真犯人を引き連れて、地霊殿へと相談しに行ったそうな。現町の長は2人の悩みを快く聞き入れ、真犯人の監視を条件に、解決へ努力する事を約束した。

 だが、只でさえ忙しい上に、その前の船幽霊からの要望。それらは町の長の頭をさらに悩ませる事になるのだった。そう、数時間前の出来事でさえも忘れてしまう程に。

 

 

 




【次回:十年後:ある日の出来事_地底七不思議(漆)】

と、その前に……

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