東方迷子伝   作:GA王

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十年後:ある日の出来事_地底七不思議(漆)

 昨日は深い霧に覆われた地底世界。本日は打って変わって視界良好。地底の壁もくっきりである。その上暑い日が続く中で、今日は比較的過ごし易い方。絶好のお出かけ日和、冒険日和である。

 現時刻は昼を経過してまもなく。地上では太陽が下り始めた頃。そんな中いつもの集合場所では……。

 

??「どりゃあッ!」

 

 パキパキ、ミシミシと音を立て、地面から離れる巨木。さっきまで横になり、安らかな眠りにつき、土へと帰るのを気長に待っていた。だが、突如何者かによって幹側から強引に持ち上げられ、引きずられる様に、その場から運ばれ始めていた。

 

 

ズルズルズルズル……

 

 

 巨木、まだかすかに残る枝と葉をフルに使い、「その場に留まらせてくれ」と必死の、全力の、全身全霊の抵抗。が、それも虚しく、最終的には同じ被害に遭った仲間が集う場所へダイブ。

 

 

ズシーンッ

 

 

??「コレで……10本……目」

 

 額から大量の汗を流し、肩で息をする純・鬼の少年。集合時間より早く到着し、現在鍛錬の真っ最中。昨日誓った事、公言した事、その目標に向け、彼は自らに課したノルマを達成すべく、公園に累々と散らばる木々を1箇所に集めていた。運んだ数は現在ノルマの半数。ノルマを達成したところで、それでも全体の半分以下。全体の整備には少なくとも後2日は要する。

 だが全て運び終わったとて、それで終わりではない。今度はそこから反対側へと運ぶのだ。つまり、巨木を公園の端から端まで、何度も何度も運搬するのだ。しかもコレを毎日、稽古のある日も欠かさずにである。

 やがて彼のノルマが残りあと1本となり、気合いを入れて肩に担いだ丁度そのタイミングで、少年がやって来た。

 

大鬼「ガァーズゥーギィーッ!」

 

 闘争心、敵対心、復讐心をむき出しにして。その顔は……

 

和鬼「ぶわはははッ! 大分(しご)かれたみたいだな。顔面ミイラ」

 

 大火傷を負った人斬り状態。即効性のある、いつものお薬と使用方法で治療中であるが故である。

 

大鬼「笑うなッ! よくも(だま)したなッ! お前の所為で顔面からグシャッだったんだぞ! 鬼の三カ条破りやがって!」

和鬼「人聞き悪いなぁ。別に騙してねーよ。お前だって昨日、『厳しくしてもらう』って言ってただろ? 良かったじゃねぇか、お望み通りで」

 

 少年、これを言われてしまっては、

 

大鬼「ぐぅ……」

 

 の音も出ない。だが、

 

和鬼「ちょっと待ってろよ。これで自主練のノルマ終わるから」

 

 腹の虫が治るはずも無い。いや、かえって激しく煮えたぎっていた。と、ここで思いつく妙案。少年、「ほほー……」と呟き、悪意の塊のいい笑顔を浮かべ、

 

大鬼「じゃあ協力してやるよ」

 

 とだけ告げると……。

 

大鬼「よっと」

和鬼「おい! なに勝手に上ってんだ!」

大鬼「だから協力だってば。なんか余裕ありそうだったし、負荷は多い方が早くパワーアップできるでしょ?」

和鬼「ふざけんなッ! もうギリギリなんだよ!」

 

 これまでの自主練で溜まった乳酸により、彼は既に息は切れ切れ、汗はダラダラ、手足はパンパン。そこにラス1となる巨木の重量。もう膝は大爆笑。産まれたての子鹿もビックリする程である。そう、彼の言う様に、もはや限界ギリギリ。

 その状態で加わる少年の重力。しかも加わるベクトル方向は真下。つまり、彼の真上の位置に少年は上ったのだ。だが、これで終わりではなかった。

 

大鬼「そーれ、そーれ。早く行けー」

 

 ゆっさ、ゆっさと縦に揺らす少年。これにより定期的に下へのベクトルに加速度が生じ、負荷はMAX。

 

和鬼「ダァーイ゛ィーギィーッ!」

 

 それでも耐える彼。険しい表情……否、鬼の表情で一歩、また一歩とジリジリ歩みを進める。今彼を支えている物。それは脳から抽出されるアドレナリン、エンドルフィン、そして怒りの3本柱。

 

大鬼「あっれー? 『超修行する』みたいな事を言ってたのは何処の誰だっけー? ウソだったのかなー?」

 

 (あお)る少年。この発言に彼は、

 

和鬼「ぐぅ……」

 

 の音も出ない。

 

 

--巨木運搬中--

 

 

和鬼「ゼェー……ッ、ゼェー……ッ」

大鬼「はい、ご苦労!」

 

 無事ノルマを達成した彼。文字通り精魂尽き果て、地べたで大の字。もはや手も足も動かせない状態。そんな彼を、少年は木の束の上から見下ろしていた。

 

和鬼「ご苦労じゃねぇよ! あと少しで押し潰されるところだったぞ!」

大鬼「これでイーブンだから」

 

 「絶対比率が合わない」と思う彼。だがこれ以上言い合っても無意味……その前にそんな余裕が無く、

 

和鬼「休憩したら残りの七不思議の調査だ」

 

 相手にする事をやめた。

 

大鬼「今日は何? そんな状態で行けんの?」

和鬼「今回は安全だと思う」

 

 

【地底七不思議ー其の伍:謎の飛行物体】

 ある者は言った。「地底世界の遥か上空をフラフラ、ふよふよと移動する灰色の物体を見た」と。またある者はこう言った。「目の前を光が不規則な動きをしながら通過した」と。さらに別の者はこう言った。「高速で黄色い何かが飛んで行った」と。

 この様に情報がバラバラ。共通している事と言えば、「宙を飛ぶ何か」であるという事。だが目撃者は決して少なくない。その上、近年よく目にするという。

 それは朝、昼、夜と時間帯を問わず、町外れ、町中と場所も問わず目撃情報がある。つまり――――

 

和鬼「運が良ければこうして寝そべっていても見つかるし、運が悪ければ血眼になって探しても見つからない」

大鬼「完全運頼みってこと?」

和鬼「しょうゆ(醤油)うこと」

大鬼「……」

 

 彼の渾身のギャグを無言で返す少年。その視線は痛く、冷たく突き刺さる。と、少年。

 

大鬼「ん?」

 

 遠くの方で何かを見つけた。それはフラフラ~と、右へ~左へ~と、目標があるのか無いのか分からない様子で飛んで行く……

 

大鬼「和鬼、アレ違う?」

和鬼「あー、妖精ね。違うらしいぞ」

 

 地底世界の妖精。その手には紙を持ち、飛んで行く方向は……

 

大鬼「家に何か用かな?」

和鬼「さー……、妖精の考える事は分からん」

 

 そう、少年の家。何をしに行くのかと問われれば、答えは不法侵入だろう。

 

大鬼「アレが違うなら何なのさ?」

和鬼「それを今から調べるんだろ? 取り()えず町での情報は聞き尽くしたから、残りは町外れで情報収集だ」

大鬼「町外れで情報収集? どうやって?」

和鬼「見た事無いか聞くんだよ」

大鬼「誰に?」

 

 そう尋ねる少年だったが、すぐにその答えに辿り着き、「あ……」と零すと、

 

  『ナミ達』

 

 2人同時に答えた。

 

 

--少年移動中--

 

 

 体力の回復、顔面の治療を終えた少年達。だが彼に至っては、

 

和鬼「いたたたた……」

 

 珍しく筋肉痛中。それもまた鍛錬の証。これが完全に回復すれば、彼はまた目標への長い階段を一段上る事になる。

 そんな中、彼らは目的地へと到着。一般的な住居であれば門や扉の前で、ノックや呼び鈴を鳴らすところではあるのだが……

 

和鬼「これ何処から玄関だ?」

 

 目の前は洞穴。その奥へと進めば即、船の上。境が曖昧(あいまい)なのだ。だが取り()えずという事で、

 

和鬼「ごめんくださーい!」

 

 その場で大声を出してみる。が、返事無し。ならばと洞穴の中へと進み、船上に上がる直前で再び……。

 

和鬼「ごめんくださーい!」

??「むっ? 小童供か」

 

 まるで条件反射の様に現れる巨大な年寄りの顔に、少年達

 

  『ぎゃーーーッ!』

 

 心臓が止まりかける。いるであろう事は覚悟していたとは言え、その大きさとタイミング。誰でもビビる。

 

大鬼「おおお驚かさないでよ!」

和鬼「サイズがおかしいだろ!」

雲山「すまんぜぇ。宝を盗もうと(たくら)(やから)かと思ぉてのぉ。して、何用ぜえ?」

大鬼「ちょっと聞きたい事があって来たんだ」

和鬼「一輪さん達いますか?」

雲山「おお、そうかそうか。みんなおるぜぇ。中で待っておれ」

 

 雲の爺さんに案内され、船内で待つ事になった少年達。居間の様な広いスペースで暫く待つ事……。

 

水蜜「さっぱりしたー。牛乳♪ 牛乳♪」

 

 まだ乾ききっていない短い黒髪。本日は白のショートパンツをしっかりと着用。だが、首からタオルを掛けたその上半身は……。

 

  『……』

水蜜「……」

 

 

--そして時は動き出す--

 

 

水蜜「きゃーーーーッ!!」

 

 

バッチィィィィィィィィンッ!X2

 

 

水蜜「もーッ! なんでいるのよッ! 最悪ぅッ!」

大鬼「いったいなーッ! 叩くことないだろ!」

和鬼「勝手に上半身裸で現れたクセにッ!」

水蜜「人の裸見ておいてそういう事言う!?」

 

 頬に作られた赤い紅葉の葉を押さえ、激怒する少年達に対し、「叩かれて当然だ」と主張する被害者にして加害者。両者の言い分は各々あるが……どっちもどっちである。と、そこに悲鳴を聞きつけた者が集まって来た。

 

??「ムラサ!? どうしたの!?」

 

 別室にいた雲の爺さんのパートナーにして、主人的なポジション。入道使いの雲居一輪。

 

一輪「あれ? 君達来てたの?」

  『おじゃましてまーす』

 

 そして……、

 

??「今の悲鳴何!?」

 

 霧の七不思議の真犯人にして、泣き虫のクセにイタズラ好きの封獣ぬえである。

 

ぬえ「あ、あの時の……」

  『あーーーッ!!』

 

 少年達、彼女を見るなり指差して大絶叫。いきなり発声された重なり合うビッグボイスに泣き虫、

 

ぬえ「ひぃぃぃッ!!」ビクビク

 

 慌てて入道使いの背後へ。

 

大鬼「なんでそいつがここにいるのさ?」

 

 事情を知らぬ者からすれば、当然の疑問。2人の関係は被害者と加害者なのだから。この少年の疑問に被害者は、頭をかきつつ、苦笑いをしながら答えた。

 

一輪「いやー……。実はね……」

 

 

--事情説明中--

 

 

  『はー……』

 

 経緯を聞かされ少年達、「左様でございますか」と納得。で、今度は立場が逆転。

 

一輪「君達は何でここにいるの? あと何があったの?」

和鬼「聞きたい事があって来たんです」

大鬼「洞穴入ってすぐの所で、雲のオッサンにここに案内されて……」

和鬼「待ってたら、ナミがこの姿で入って来たんです」

 

 そう伝える彼の親指は、未だ同じ姿で自身の体を抱きしめ、小さく縮こまる船幽霊を指していた。

 

大鬼「で、いきなり殴られた」

 

 「ほら見てよ」とでも言う様に、頬に残る手形を見せつける少年。

 状況を把握した入道使い。下すジャッジは……

 

一輪「お互い災難だったね」

 

 まさにその通り。

 

水蜜「えー、明らかに私が被害者でしょ?」

一輪「殴ってなければね。それよりも早く上着なよ」

 

 入道使いの適切な判断により、事態は収束。()に落ちないながらも、着替えて来ようと動き出す船幽霊だったが……。

 

??「何事ぜぇ!」

 

 そこに遅れてやってくる雲の爺さん。

 

雲山「むぅ〜う? ムラサその姿……、ええのぉ」

 

 登場するなり、ニンマリ笑顔でサムズアップ。だがその笑顔の隣には既に……、

 

 

ゴッ!

 

 

 コメカミに突き刺さる(かかと)。力の向きは水平方向。で、

 

 

ズドーーーンッ!

 

 

 吹き飛ぶ。雲のエロ爺さん、満身(まんしん)創痍(そうい)。一発KO。決まり手:空中後ろ回し蹴り。

 

水蜜「黙れ全ての元凶ッ!」

  『たしかに……』

 

 着替を済ませた船幽霊。居間に戻って全員が揃ったところで、少年達は本題へと移る事にした。尚、水蒸気のエロ爺さんは、今もご就寝中である。

 

和鬼「今日も七不思議の調査してるんだけど、情報にまとまりが無くて……」

大鬼「情報集めてるんだ。知ってる事があったら教えて」

水蜜「そんな事で来たの? 君達も好きだねー」

一輪「あっははは。いいよ、知ってる事があれば答えてあげる。あなたも知ってたら答えなよ?」

ぬえ「めんどくさ……」ボソ

一輪「あ゛?」

ぬえ「こここ答えます答えます」ガタガタ

 

 

--少年説明中--

 

 

和鬼「っていうのなんだけど……」

  『うーん……』

 

 少年の話を聞いてみるも、困った表情を浮かべ、見合う船幽霊と入道使い。心当たりが無いといったご様子。

 

一輪「その話は聞いた事は無いな」

ぬえ「……」カタカタ

水蜜「光る飛行物体でしょ? ないなー……」

ぬえ「ぁ……」カタカ

大鬼「はー、やっぱりかー」

ぬえ「ぇ……」カタカタ

和鬼「今回は難航しそうだな。一度情報整理してみるか」

 

 ただ彼女を除いて。

 

ぬえ「あの……」カタカタ

  『さっきから何!?』

ぬえ「ひぃぃぃぃッ」ガタガタ

一輪「言いたい事があるなら、さっさと言いな」

水蜜「何か知ってるの?」

ぬえ「お、怒らない?」カタカタ

  『早くしろ!』

ぬえ「ひぃぃぃぃッ! そ、それ多分私の事です!」ガタガタガタガタ

  『はーーーッ!?』

 

 まさかのカミングアウトに目を点にし、耳を疑う一同。情報どころか、その犯人が意外な形で見つかった、いや目の前にいるのだから。しかも彼女の場合、

 

和鬼「霧の件といい、今回の件といい、3つともあんたかよ」

大鬼「なんか拍子抜けだなー」

 

 余罪有りの前科持ちなのである。事実を知った真犯人の監視役、「またお前か」と思いながらも、笑顔を浮かべて

 

一輪「どういう事か説明してくれるカナー?」

 

 優しく聞いてみるが、怒りは隠しきれていなかった。

 

  『怖ッ』

水蜜「やっぱりイタズラ感覚でやってたの?」

ぬえ「……はい」

一輪「能力を使って?」

ぬえ「……はい、でも私が飛ぶ時はいつもゆっくりだし、最近はやってない! だから『高速で飛行する黄色い何か』っていうのは私じゃない!」

 

 その噂の多くは自分であると認めるものの、一部の容疑は完全否定する泣き虫。その表情は真剣そのもの。だが今、彼女の信用は……。

 

 

じー……

 

 

 それは視線となって現れていた。船幽霊と入道使いの冷たい眼差しに、彼女は状況を悟り、

 

ぬえ「ぐぅ……」

 

 の音もでない。

 この間少年達、なにやら2人でひそひそと秘密の作戦会議。その末……。

 

大鬼「あー、うん。自分達は信じるから」

和鬼「そうそう、高速飛行する黄色い物体が違うなら、それでいいから」

 

 いそいそと、まるで「これ以上突っ込まないでくれ」と言わんばかりに、話題を終わらせに取りかかった。

 

ぬえ「あ、ありがとー!」

 

 ようやく出来た味方に泣き虫、目に涙を浮かべて歓喜。が、

 

大鬼「ところでさ、能力を使ってイタズラしていたって言ってたけど、どんな能力?」

一輪「『正体を判らなくする程度』の能力だって。正体不明の何かになったり、したり出来るんだって」

 

 入道使いのこの言葉にやっと出来た味方達、

 

和鬼「はーーーッ!? じゃあ、あの『血の池』のも……」

大鬼「あんたの仕業だったのか!?」

 

 あっという間に寝返る。

 

ぬえ「え? 血の池なんて行った事……」ガタガタ

  『トボケルナーーッ!!』

ぬえ「ぬえええええんッ!」ガタガタガタガタ

 

 

 




「高速で黄色い何かが飛んで行った」
なんの事でしょうね。

【次回:十年後:ある日の出来事_地底七不思議(捌)】

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