昨日は深い霧に覆われた地底世界。本日は打って変わって視界良好。地底の壁もくっきりである。その上暑い日が続く中で、今日は比較的過ごし易い方。絶好のお出かけ日和、冒険日和である。
現時刻は昼を経過してまもなく。地上では太陽が下り始めた頃。そんな中いつもの集合場所では……。
??「どりゃあッ!」
パキパキ、ミシミシと音を立て、地面から離れる巨木。さっきまで横になり、安らかな眠りにつき、土へと帰るのを気長に待っていた。だが、突如何者かによって幹側から強引に持ち上げられ、引きずられる様に、その場から運ばれ始めていた。
ズルズルズルズル……
巨木、まだかすかに残る枝と葉をフルに使い、「その場に留まらせてくれ」と必死の、全力の、全身全霊の抵抗。が、それも虚しく、最終的には同じ被害に遭った仲間が集う場所へダイブ。
ズシーンッ
??「コレで……10本……目」
額から大量の汗を流し、肩で息をする純・鬼の少年。集合時間より早く到着し、現在鍛錬の真っ最中。昨日誓った事、公言した事、その目標に向け、彼は自らに課したノルマを達成すべく、公園に累々と散らばる木々を1箇所に集めていた。運んだ数は現在ノルマの半数。ノルマを達成したところで、それでも全体の半分以下。全体の整備には少なくとも後2日は要する。
だが全て運び終わったとて、それで終わりではない。今度はそこから反対側へと運ぶのだ。つまり、巨木を公園の端から端まで、何度も何度も運搬するのだ。しかもコレを毎日、稽古のある日も欠かさずにである。
やがて彼のノルマが残りあと1本となり、気合いを入れて肩に担いだ丁度そのタイミングで、少年がやって来た。
大鬼「ガァーズゥーギィーッ!」
闘争心、敵対心、復讐心をむき出しにして。その顔は……
和鬼「ぶわはははッ! 大分
大火傷を負った人斬り状態。即効性のある、いつものお薬と使用方法で治療中であるが故である。
大鬼「笑うなッ! よくも
和鬼「人聞き悪いなぁ。別に騙してねーよ。お前だって昨日、『厳しくしてもらう』って言ってただろ? 良かったじゃねぇか、お望み通りで」
少年、これを言われてしまっては、
大鬼「ぐぅ……」
の音も出ない。だが、
和鬼「ちょっと待ってろよ。これで自主練のノルマ終わるから」
腹の虫が治るはずも無い。いや、かえって激しく煮えたぎっていた。と、ここで思いつく妙案。少年、「ほほー……」と呟き、悪意の塊のいい笑顔を浮かべ、
大鬼「じゃあ協力してやるよ」
とだけ告げると……。
大鬼「よっと」
和鬼「おい! なに勝手に上ってんだ!」
大鬼「だから協力だってば。なんか余裕ありそうだったし、負荷は多い方が早くパワーアップできるでしょ?」
和鬼「ふざけんなッ! もうギリギリなんだよ!」
これまでの自主練で溜まった乳酸により、彼は既に息は切れ切れ、汗はダラダラ、手足はパンパン。そこにラス1となる巨木の重量。もう膝は大爆笑。産まれたての子鹿もビックリする程である。そう、彼の言う様に、もはや限界ギリギリ。
その状態で加わる少年の重力。しかも加わるベクトル方向は真下。つまり、彼の真上の位置に少年は上ったのだ。だが、これで終わりではなかった。
大鬼「そーれ、そーれ。早く行けー」
ゆっさ、ゆっさと縦に揺らす少年。これにより定期的に下へのベクトルに加速度が生じ、負荷はMAX。
和鬼「ダァーイ゛ィーギィーッ!」
それでも耐える彼。険しい表情……否、鬼の表情で一歩、また一歩とジリジリ歩みを進める。今彼を支えている物。それは脳から抽出されるアドレナリン、エンドルフィン、そして怒りの3本柱。
大鬼「あっれー? 『超修行する』みたいな事を言ってたのは何処の誰だっけー? ウソだったのかなー?」
和鬼「ぐぅ……」
の音も出ない。
--巨木運搬中--
和鬼「ゼェー……ッ、ゼェー……ッ」
大鬼「はい、ご苦労!」
無事ノルマを達成した彼。文字通り精魂尽き果て、地べたで大の字。もはや手も足も動かせない状態。そんな彼を、少年は木の束の上から見下ろしていた。
和鬼「ご苦労じゃねぇよ! あと少しで押し潰されるところだったぞ!」
大鬼「これでイーブンだから」
「絶対比率が合わない」と思う彼。だがこれ以上言い合っても無意味……その前にそんな余裕が無く、
和鬼「休憩したら残りの七不思議の調査だ」
相手にする事をやめた。
大鬼「今日は何? そんな状態で行けんの?」
和鬼「今回は安全だと思う」
【地底七不思議ー其の伍:謎の飛行物体】
ある者は言った。「地底世界の遥か上空をフラフラ、ふよふよと移動する灰色の物体を見た」と。またある者はこう言った。「目の前を光が不規則な動きをしながら通過した」と。さらに別の者はこう言った。「高速で黄色い何かが飛んで行った」と。
この様に情報がバラバラ。共通している事と言えば、「宙を飛ぶ何か」であるという事。だが目撃者は決して少なくない。その上、近年よく目にするという。
それは朝、昼、夜と時間帯を問わず、町外れ、町中と場所も問わず目撃情報がある。つまり――――
和鬼「運が良ければこうして寝そべっていても見つかるし、運が悪ければ血眼になって探しても見つからない」
大鬼「完全運頼みってこと?」
和鬼「
大鬼「……」
彼の渾身のギャグを無言で返す少年。その視線は痛く、冷たく突き刺さる。と、少年。
大鬼「ん?」
遠くの方で何かを見つけた。それはフラフラ~と、右へ~左へ~と、目標があるのか無いのか分からない様子で飛んで行く……
大鬼「和鬼、アレ違う?」
和鬼「あー、妖精ね。違うらしいぞ」
地底世界の妖精。その手には紙を持ち、飛んで行く方向は……
大鬼「家に何か用かな?」
和鬼「さー……、妖精の考える事は分からん」
そう、少年の家。何をしに行くのかと問われれば、答えは不法侵入だろう。
大鬼「アレが違うなら何なのさ?」
和鬼「それを今から調べるんだろ? 取り
大鬼「町外れで情報収集? どうやって?」
和鬼「見た事無いか聞くんだよ」
大鬼「誰に?」
そう尋ねる少年だったが、すぐにその答えに辿り着き、「あ……」と零すと、
『ナミ達』
2人同時に答えた。
--少年移動中--
体力の回復、顔面の治療を終えた少年達。だが彼に至っては、
和鬼「いたたたた……」
珍しく筋肉痛中。それもまた鍛錬の証。これが完全に回復すれば、彼はまた目標への長い階段を一段上る事になる。
そんな中、彼らは目的地へと到着。一般的な住居であれば門や扉の前で、ノックや呼び鈴を鳴らすところではあるのだが……
和鬼「これ何処から玄関だ?」
目の前は洞穴。その奥へと進めば即、船の上。境が
和鬼「ごめんくださーい!」
その場で大声を出してみる。が、返事無し。ならばと洞穴の中へと進み、船上に上がる直前で再び……。
和鬼「ごめんくださーい!」
??「むっ? 小童供か」
まるで条件反射の様に現れる巨大な年寄りの顔に、少年達
『ぎゃーーーッ!』
心臓が止まりかける。いるであろう事は覚悟していたとは言え、その大きさとタイミング。誰でもビビる。
大鬼「おおお驚かさないでよ!」
和鬼「サイズがおかしいだろ!」
雲山「すまんぜぇ。宝を盗もうと
大鬼「ちょっと聞きたい事があって来たんだ」
和鬼「一輪さん達いますか?」
雲山「おお、そうかそうか。みんなおるぜぇ。中で待っておれ」
雲の爺さんに案内され、船内で待つ事になった少年達。居間の様な広いスペースで暫く待つ事……。
水蜜「さっぱりしたー。牛乳♪ 牛乳♪」
まだ乾ききっていない短い黒髪。本日は白のショートパンツをしっかりと着用。だが、首からタオルを掛けたその上半身は……。
『……』
水蜜「……」
--そして時は動き出す--
水蜜「きゃーーーーッ!!」
バッチィィィィィィィィンッ!X2
水蜜「もーッ! なんでいるのよッ! 最悪ぅッ!」
大鬼「いったいなーッ! 叩くことないだろ!」
和鬼「勝手に上半身裸で現れたクセにッ!」
水蜜「人の裸見ておいてそういう事言う!?」
頬に作られた赤い紅葉の葉を押さえ、激怒する少年達に対し、「叩かれて当然だ」と主張する被害者にして加害者。両者の言い分は各々あるが……どっちもどっちである。と、そこに悲鳴を聞きつけた者が集まって来た。
??「ムラサ!? どうしたの!?」
別室にいた雲の爺さんのパートナーにして、主人的なポジション。入道使いの雲居一輪。
一輪「あれ? 君達来てたの?」
『おじゃましてまーす』
そして……、
??「今の悲鳴何!?」
霧の七不思議の真犯人にして、泣き虫のクセにイタズラ好きの封獣ぬえである。
ぬえ「あ、あの時の……」
『あーーーッ!!』
少年達、彼女を見るなり指差して大絶叫。いきなり発声された重なり合うビッグボイスに泣き虫、
ぬえ「ひぃぃぃッ!!」ビクビク
慌てて入道使いの背後へ。
大鬼「なんでそいつがここにいるのさ?」
事情を知らぬ者からすれば、当然の疑問。2人の関係は被害者と加害者なのだから。この少年の疑問に被害者は、頭をかきつつ、苦笑いをしながら答えた。
一輪「いやー……。実はね……」
--事情説明中--
『はー……』
経緯を聞かされ少年達、「左様でございますか」と納得。で、今度は立場が逆転。
一輪「君達は何でここにいるの? あと何があったの?」
和鬼「聞きたい事があって来たんです」
大鬼「洞穴入ってすぐの所で、雲のオッサンにここに案内されて……」
和鬼「待ってたら、ナミがこの姿で入って来たんです」
そう伝える彼の親指は、未だ同じ姿で自身の体を抱きしめ、小さく縮こまる船幽霊を指していた。
大鬼「で、いきなり殴られた」
「ほら見てよ」とでも言う様に、頬に残る手形を見せつける少年。
状況を把握した入道使い。下すジャッジは……
一輪「お互い災難だったね」
まさにその通り。
水蜜「えー、明らかに私が被害者でしょ?」
一輪「殴ってなければね。それよりも早く上着なよ」
入道使いの適切な判断により、事態は収束。
??「何事ぜぇ!」
そこに遅れてやってくる雲の爺さん。
雲山「むぅ〜う? ムラサその姿……、ええのぉ」
登場するなり、ニンマリ笑顔でサムズアップ。だがその笑顔の隣には既に……、
ゴッ!
コメカミに突き刺さる
ズドーーーンッ!
吹き飛ぶ。雲のエロ爺さん、
水蜜「黙れ全ての元凶ッ!」
『たしかに……』
着替を済ませた船幽霊。居間に戻って全員が揃ったところで、少年達は本題へと移る事にした。尚、水蒸気のエロ爺さんは、今もご就寝中である。
和鬼「今日も七不思議の調査してるんだけど、情報にまとまりが無くて……」
大鬼「情報集めてるんだ。知ってる事があったら教えて」
水蜜「そんな事で来たの? 君達も好きだねー」
一輪「あっははは。いいよ、知ってる事があれば答えてあげる。あなたも知ってたら答えなよ?」
ぬえ「めんどくさ……」ボソ
一輪「あ゛?」
ぬえ「こここ答えます答えます」ガタガタ
--少年説明中--
和鬼「っていうのなんだけど……」
『うーん……』
少年の話を聞いてみるも、困った表情を浮かべ、見合う船幽霊と入道使い。心当たりが無いといったご様子。
一輪「その話は聞いた事は無いな」
ぬえ「……」カタカタ
水蜜「光る飛行物体でしょ? ないなー……」
ぬえ「ぁ……」カタカ
大鬼「はー、やっぱりかー」
ぬえ「ぇ……」カタカタ
和鬼「今回は難航しそうだな。一度情報整理してみるか」
ただ彼女を除いて。
ぬえ「あの……」カタカタ
『さっきから何!?』
ぬえ「ひぃぃぃぃッ」ガタガタ
一輪「言いたい事があるなら、さっさと言いな」
水蜜「何か知ってるの?」
ぬえ「お、怒らない?」カタカタ
『早くしろ!』
ぬえ「ひぃぃぃぃッ! そ、それ多分私の事です!」ガタガタガタガタ
『はーーーッ!?』
まさかのカミングアウトに目を点にし、耳を疑う一同。情報どころか、その犯人が意外な形で見つかった、いや目の前にいるのだから。しかも彼女の場合、
和鬼「霧の件といい、今回の件といい、3つともあんたかよ」
大鬼「なんか拍子抜けだなー」
余罪有りの前科持ちなのである。事実を知った真犯人の監視役、「またお前か」と思いながらも、笑顔を浮かべて
一輪「どういう事か説明してくれるカナー?」
優しく聞いてみるが、怒りは隠しきれていなかった。
『怖ッ』
水蜜「やっぱりイタズラ感覚でやってたの?」
ぬえ「……はい」
一輪「能力を使って?」
ぬえ「……はい、でも私が飛ぶ時はいつもゆっくりだし、最近はやってない! だから『高速で飛行する黄色い何か』っていうのは私じゃない!」
その噂の多くは自分であると認めるものの、一部の容疑は完全否定する泣き虫。その表情は真剣そのもの。だが今、彼女の信用は……。
じー……
それは視線となって現れていた。船幽霊と入道使いの冷たい眼差しに、彼女は状況を悟り、
ぬえ「ぐぅ……」
の音もでない。
この間少年達、なにやら2人でひそひそと秘密の作戦会議。その末……。
大鬼「あー、うん。自分達は信じるから」
和鬼「そうそう、高速飛行する黄色い物体が違うなら、それでいいから」
いそいそと、まるで「これ以上突っ込まないでくれ」と言わんばかりに、話題を終わらせに取りかかった。
ぬえ「あ、ありがとー!」
ようやく出来た味方に泣き虫、目に涙を浮かべて歓喜。が、
大鬼「ところでさ、能力を使ってイタズラしていたって言ってたけど、どんな能力?」
一輪「『正体を判らなくする程度』の能力だって。正体不明の何かになったり、したり出来るんだって」
入道使いのこの言葉にやっと出来た味方達、
和鬼「はーーーッ!? じゃあ、あの『血の池』のも……」
大鬼「あんたの仕業だったのか!?」
あっという間に寝返る。
ぬえ「え? 血の池なんて行った事……」ガタガタ
『トボケルナーーッ!!』
ぬえ「ぬえええええんッ!」ガタガタガタガタ
「高速で黄色い何かが飛んで行った」
なんの事でしょうね。
【次回:十年後:ある日の出来事_地底七不思議(捌)】