東方迷子伝   作:GA王

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十年後:鬼の祭_前夜祭

 夕食。

 

??「まだ帰らんのか?」

 

 いつも真っ先に現れ、私が作った飯を豪快に平らげる我が家の大食らいは今……

 

??「もう時間も時間です、先に食べましょう」

 

 いない。実家で暮らす様になってから守られて来た暗黙のルールが、初めて破られようとしている。冷たくなった飯。味噌汁だけはと先程から何度も温め直している。私達の問題でこれ以上父さんと母さんを待たせてしまうのは申し訳ない。

 

勇儀「私はもう少し待つよ。2人は先に食べてくれ」

 

 いつもは食事中にも構わずアイツの利き手の事で注意をする母さん。アイツはそれを耳障りな雑音程度にあしらい、母さんの火に油を注ぐ。そんな光景を楽しそうに笑いながら食を進める父さん。それが我が家の食卓だった。騒ぎの中心がいない今、そんなものは無い。耳に届くのは茶碗と箸がぶつかる音だけ。

 無言で冷めた食事を食べ進める2人。私の事を気にしてか、時折視線をこちらに向けて来る。2人にはまだ何があったのか話していないけど……。

 

棟梁「ご馳走様。勇儀、後で私の部屋へ来なさい」

 

 母さんはそう言い残すと、食べ終えた食器を洗い場まで持って行き、そのまま自室へと向かって行った。

 

親方「勇儀ちゃん、大鬼と何かあったのか?」

勇儀「……」

親方「まあ、無理に言わなくてもいいけどよ。もし協力が必要だったら、遠慮しないで言えよ?」

勇儀「ありがとう、そうさせてもらうよ。ところで飯は?」

親方「おかわりをくれ」

勇儀「はいはい」

 

 事情を知っているのかいないなか、いつもと変わらない呑気(のんき)な調子の父さん。でも、だからこそこんな時はすごく救われる。もしこれが全て計算されたものだとしたら母さんよりも、さとり嬢よりもやり手だろう。「流石は町のNo.2のポジションだっただけはある」と感心する。

 

親方「ごちそうさん。さて、一風呂入って戦利品で一杯やるかな」

 

 まあ、その可能性は低いけどな。

 

 

--鬼食器洗中--

 

 

 片引きの(ふすま)。この部屋へ足を運ぶのはいつぶりだろう? 屋敷の中でもここだけは、この部屋だけは禁断の部屋で開かずの間。

 

勇儀「勇儀です」

棟梁「お入りなさい」

 

 その襖を開け、いざ中へ。

 

棟梁「少し散らかっているけど」

 

 少し?

 

勇儀「うっわー……」

 

 そこは本棚から出された本が至る所に積み重ねられ、足の踏み場がギリギリの状態。私の記憶と大分違う様な気がする。整理整頓を口酸っぱく言っている母さんの部屋が、まさかこの有様だなんて……。人の事言えないだろ?

 

棟梁「今、『他人には整理整頓しろと言っているクセに』とか思ったでしょ?」

 

 ご名答。顔に出ていたらしい。

 

棟梁「いつもはこんなではありません。さとりさんへの教育が終わり、完全に身を引く事になったので、これを機に不要な本と書類をまとめているだけです」

 

 そういう事ね、納得。

 

棟梁「それで? 大鬼と喧嘩でもしたの?」

 

 いきなり本題へ。そしてこれまた見事にご名答。いや、喧嘩……で済む話ではない。思い出すだけでイライラして来る。でもそれだけじゃない。胸の内がズキズキと痛む。

 母さんの質問に答えず拳を握りしめて歯を食いしばり、それを隠す様に(うつむ)いていた。

 どれくらいの時間が経っただろう? 10分? 30分? 1時間? 時が止まったとも思える何の変化もない、重苦しい無音の時間が永遠と続いた。

 そこへ訪れる変化。ふわりと鼻を刺激する煙管の匂い。顔を上げると元町の長は

 

棟梁「ふー……。少し昔話をしましょうか」

 

 吹き上げた煙をぼんやりと眺め、私を(さと)すように語り出した。

 

棟梁「ある所に1人の若く、いつまでたっても能力が開花しない未熟な鬼がいました」

 

 いつもの説教とは違った話し方に、私は全神経を耳に集中していた。それはとても心地よく、そのまま眠りについてしまいそうな。もう記憶には無いが、私の体の細胞全てがこう告げていた。「懐かしい」と。

 

棟梁「やがてその者にも念願の能力が開花し……」

 

 その話は私の事、ここまで言われれば自ずと気付く。「そこからの話の展開は説教に似たものだろう」と身構えていた。

 

棟梁「その能力と家系から、組合の推薦で若くして町の長となりました。未熟者にも関わらず。それが故に、彼女は数多(あまた)の苦労を()いられました。自分の失態を悔やみ、迷惑をかけた者達に頭を下げ、寝る間を惜しんで勉学に努める日々が続きました。やがて月日は流れ、その者にも夫ができ、子供が生まれました。その時彼女は誓いました。自分の子供を誰からも認められ、しっかり者の鬼にしようと。苦労をかけないように、早いうちから教育をしっかりとしようと。そして、ゆくゆくは自分の後を次いでもらおうと」

 

 初めて聞かされた母さんの胸の内に、私は無言で驚く事しか出来なかった。

 

棟梁「一般常識や礼儀作法を始め、話術、料理。どれもあなたの事を思って、事ある毎に注意しながら教えていましたが、どうやらそれが良くなかったみたいですね。結局それが原因で家を飛び出したのですから」

勇儀「母さん……」

棟梁「あの日の事は今でも覚えていますよ。あの時程『やり直したい』と、これまでの自分の行いに悔いた事はありませんから。もっとあなたの事……その性格、意思や考えを汲み取るべきでした」

 

 私もその日の事をよく覚えている。父さんが仲裁に入る中、私と母さんの口論は激化。そして、私は母さんから……「嫌なら出ていけ」と。

 

棟梁「家族とは言え、親子とは言え、勘違いや思い込みからすれ違う事はあります」

 

 やっぱりかなわないな。

 

棟梁「大鬼と冷静になって話しをなさい。本当の想いを理解してあげなさい」

 

 そこまで見抜かれているだなんて。

 

勇儀「はい、今からアイツの事を探しに……」

棟梁「ふふ、そうですね。でも少しくらい外泊させても良いと思いますよ? その方がお互い熱も冷めるでしょう」

 

 

--その頃--

 

 

ガツガツガツガツ

 

 

 茶碗にそびえ立つ山を片手に、鍋を食べ進めていく大食らい。己の分をあっという間に食べ終え、

 

大鬼「ご馳走様でした!」

 

 合掌。食後の挨拶。だがそのタイミングで「グー……」と申し訳なさそうに鳴る欲望の音。それは「近頃耳が遠くなってきた」とボヤく、家主にもしっかりと届いていた。

 

??「カッカッカ、噂通りの大食漢じゃな。でもすまんのー、これしか出せる物が無くて」

 

 食べっぷりの良い少年に嬉しそうに答えるご老体。ここは地底世界唯一の診療所。少年が大変お世話になった場所である。

 

大鬼「我慢するから平気」

 

 ムスッとした表情で答える少年。食事を提供してもらっているにも関わらず、無礼な態度と言葉ではあるが、

 

医者「カッカッカ、そうかそうか。我慢してくれるか。ありがたや、ありがたや」

 

 それさえも笑いながら受け止める器の大きな町の最年長。

 

医者「それで? いきなり『泊めてくれ』と言うておったが、何があったんじゃ?」

大鬼「……」

 

 まだ事情を知らないご老体。尋ねてみるも、少年は黙って下を向いたまま。するとご老体、ならばと

 

医者「訳ありか? 喧嘩かの? 相手は和鬼か?」

 

 2択の質問を連打。その間も少年は無言を貫き通すが、尋ねられる度に心拍数は上昇。Noの答えの時に一旦は落ち着くが、

 

医者「勇儀か? 小遣い関係か? 頼み事か?」

 

 そこから一気に範囲を狭めていく。

 

医者「当たらずといえども遠からずといった様子じゃの。はて、そうなると……」

 

 やがてご老体の質問は、

 

医者「食い違いか?」

 

 その本質を(かす)り始めた。この問いに少年の心臓はこれまでで一番早く、力強く脈打つ。それは()()いる者からすれば明らかな変化。「動揺している」とすぐに結論付けられた。

 だがそこまで。それ以上の事が予想できず、

 

医者「何をじゃ? そろそろ話してくれんかの? ん?」

 

 柔らかな口調で尋ねるも、片眉を上げながら、(うつむ)く少年の顔を覗きこむ様にして追い込む。

 これまで無言を貫いていた少年だったが、観念したのか膝の上で拳を握りしめると、ぶつぶつと呟く様に事情を……

 

医者「はぁー? 大鬼もうちっとでかい声で話してくれんかの?」

大鬼「だーかーらッ!」

 

 

--少年説明中--

 

 

 少年から事情を聞かされたご老体。彼は少年がここに来る事になった原因だけでなく、その本質全てを知った。そして腕を組んで、「うーむ……」と頷きながら長考。その結果は……

 

医者「勇儀も勇儀じゃが、大鬼も大鬼じゃな」

 

 判断出来ずの喧嘩両成敗。

 

医者「それで勇儀に言われたまま家出して来たと?」

大鬼「そういう事」

医者「しかし何でここなんじゃ? 和鬼の所もあったろうに」

大鬼「和鬼、鬼助、ヤマメ、ミツメの所はすぐにバレそうだし、師匠の所は追い払われそうだし、パルパルの所はすぐ妬まれそうだし、キスメの所は行った事無いけどヤバそうだし……」

医者「カッカッカ、そうかそうか。まあワシはずっといてもらってもいいぞ。飯は少ないがな」

大鬼「ホント!?」

医者「じゃが勇儀達に問われたら隠さずに話す事になるぞ? 鬼じゃからの」

 

 医者から出された条件、それは「実質、少年の保護者が医者に出会うまでがタイムリミットである」という事。少年はこの条件に「仕方ない」と思いながらも渋々了承し、人生初の家出を決行したこの日が終わろうとしていた。

 

医者「部屋はここでいいかの? 空いている部屋が無いんでな」

 

 ご老体の案内で寝床へと移動して来た少年。だがそこは……

 

大鬼「あのさ……別にいいんだけどさ、ここ患者を寝かせる部屋だよね?」

 

 寝室と呼ぶにはほど遠い、診察室に併設(へいせつ)されたいわゆる入院部屋。まさかの展開に少年、顔が引きつる。

 

医者「カッカッカ、そうじゃ。懐かしいじゃろ?」

大鬼「へ? 自分ここ使った事無いけど? ミツメの時も、不味い薬を飲まされていた時も、そっちの部屋だったでしょ?」

 

 微笑みながら尋ねるご老体だったが、少年はキョトンとした顔で隣の診察室を指差し「勘違いでは?」と、彼の記憶を疑っていた。

 

医者「なんじゃ? 覚えておらんのか?」

大鬼「何かあったの?」

医者「お前さんが不味い薬を飲む事になった時じゃぞ?」

大鬼「覚えてない」

医者「そうか……、確かにお前さんはあんな状態じゃったからのー……」

 

 天井を見上げて遠い視線で語り出すご老体。そして少年に視線を戻すと、

 

医者「あの時の小僧が今やこんなになりおったか……」

 

 流れる月日の早さをしみじみと感じながら、ポツリと呟いた。

 

大鬼「え?」

医者「これはお前さん自身で思い出した方がええじゃろう。勇儀は勘違いに気付く事、大鬼は思い出す事。それが仲直り出来る一番の近道じゃろうな。しかも幸いにもこの部屋じゃ。今は記憶からは消えかけているやも知れんが、ここにおったら思い出すかもの」

 

 そう言い残して部屋から出て行くご老体を、少年は不思議そうに首を傾げながら見送っていた。

 いつもと違う布団。いつもと違う部屋。薬品の臭いが充満する部屋。その部屋で1人布団に入り、ボンヤリと見慣れない天井を見つめる少年。いつも大きなイビキをかき、夜な夜なその寝相の悪さで、少年を蹴飛ばす隣の厄介者はいない。珍しく安らかに眠られる一時。だが胸の内は、興奮とは違うざわつきを覚えていた。

 なかなか寝付けず何度も寝返りを繰り返す少年がったが、それでもやがて瞳を閉じて夢の中へ。その夢の中では……

 

??「大鬼――れ! 負け――ない!」

 

 ()りガラス越しの影が時折投影されていた。

 

医者「ようやく寝たか、寝顔はまだ面影があるのー。まさかあの2人がの……いやはや。これはいよいよヤツの力が必要かもしれないの」

 

 少年の寝顔を(わず)かに開けた(ふすま)隙間(すきま)から見つめるご老体。歳を重ねる度に増えていく独り言を(つぶや)くと、頭上を見上げて

 

医者「早く帰って来い、みんな待っておるぞ」

 

 その者へ届かぬメッセージを送った。

 




【次回:十年後:鬼の祭_壱】

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