東方迷子伝   作:GA王

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十年後:鬼の祭_参

 力強く打ち鳴らされる和太鼓、祭りに参加する町民達はそれを心地の良いBGM程度にしか思っていない。息を切らせ、汗を滝の様に流すその男の事を気にする者など、無論いない。一人寂しく孤独な戦いを繰り広げるのが通例。そう、数年前までは……。

 

??「今年もやってるねぇ」

 

 舞台となる(やぐら)の真下で彼の勇姿を見つめる唯一の観客。たった今音もなく現れたばかりの客。周囲の者達はいきなり現れたその観客に二度見をする始末。そんな中、先程よりも軽快に且つ豪快に鳴る太鼓の音。ただ一人の観客は、久し振りに聞くリズムに瞳を閉じて全身で堪能していた。

 そしていよいよラストスパート、この回の彼の見せ場。4ビートで刻まれていたリズムは徐々に加速する。8ビートへ、16ビートへ。ついに32ビートへ。さらに彼はここぞとばかりに魅せる。いつもよりも長く、力強く刻み続ける。まだ鳴り止まぬ連打の音に周囲の者は足を止め、過ぎ去った者達はきびすを返す。

 気付けば観客は(やぐら)を取り囲んで「おオーッ!」と、次第に力強さが増す後押しの雄叫びを上げ始めていた。そして雄叫びが最高潮に達した抜群のタイミングで

 

 

ドドンッ!!

 

 

 打ち鳴らされる締めの2打。そこから間髪いれず上がる彼を(たた)える賞賛の声、大きな指笛、鳴り止まぬ拍手。そして、

 

 ??「いよっ、男前!」

 

 最高のプレゼント。

 局地的な盛り上がりを見せていた(やぐら)周辺、沸き上がるアンコールに2度応え、今は元の静けさを保っている。その上は今、

 

??「もうすっかり板に付いているじゃないか」

??「へへ、ありがとう。それと小町ちゃん久しぶり」

 

 盛り上がり始めていた。死神が持って来た手土産を食しながら、近況報告と世間話に花を咲かせる2人。種族は違えど共に上司を持つ者同士。

 

??「――それで店を出たら奇妙なものが見えてさ、『なんだ?』って見ていたんだよ。そしたら……」

小町「そしたら?」

??「それが大鬼でさぁ、慌ててキャッチしたよ。そんでもっていつかの祭の時みたいに背中からズザーッて。」

小町「あっははは、そいつは散々だったね。たしかに豪快で清々しいけど、有り余る力を振り回す上司ってのも考えものだね。鬼助も苦労人だねぇ。他に相談してガス抜きした方がいいと思うよ?」

 

 通じるものもあるようだ。

 

鬼助「こんな事を話せるのは小町ちゃんくらいだよ」

小町「ふふ、だとしたらすまないね、なかなか来られなくて。特に今年は四季様の監視が厳しくてね、抜け出すのが難かったんだよ」

 

 彼に会いに来られない理由をあたかも上司の所為だと語る彼女、しかしそうなるに至った経緯は彼女自身の勤務態度によるもの。日頃から真面目に働いてさえいれば、所定の休暇がもらえ、居残り勤務も無かったはずである。

 

鬼助「ところで今日は仕事休み?」

小町「いんや。昨日の夜に宴会があってね、その帰りに立ち寄ったんだよ」

 

 この様に。ため息を吐いて呆れる閻魔の姿が容易に想像できる。それは彼も同じだった。彼女の回答に口元を引きつらせ苦笑い。

 

  『きゃーッ!』

 

 そこへ町中から上がる悲鳴、それを皮切りに次々と連鎖していく。間違いなく何かが起きている証。しかしそれを知らせる信号は上がっていない。

 

鬼助「トラブルだよな?」

小町「奇妙だねぇ、毎年トラブルがあれば赤いのが上がるはずなのに」

 

 見落としたのかとその方角を注意深く見つめる彼と、上がるべき物を毎年楽しみにしている彼女。しかし待てど暮らせど、信号が上がる様子はない。彼が不審に思い始めた頃、視界に見知った顔がすぐそばを通過する姿が飛び込んで来た。彼はその者を大声で呼び寄せて事情を説明し、急ぐように伝えた。

 それから間も無くして――。

 

小町「た〜まや〜」

 

 打ち上がる信号、

 

小町「これこれ、これを待っていたんだよ」

 

 待望のそれに歓喜の声を上げる死神だったが、

 

小町「でも初めて見る色だねぇ」

 

 その色は白くも暖かみを感じる、言うなれば夏の空に浮かぶ雲の色。彼女が目にした事のある注意を知らせる黄色や、トラブル発生を知らせる赤色とは異なる物。だがそれもそのはず、たった数時間前に、決まった事なのだから。

 喜びつつも首を(かし)げる彼女、しかしその隣の彼は

 

鬼助「やっと見つかったか」

 

 と一言だけ呟き、安堵(あんど)のため息をこぼした。

 

小町「鬼助、あれにはどんな意味があるんだい?」

 

 彼女からの何気ない質問、だがそれは

 

鬼助「どう言えばいいかな……」

 

 彼を悩ませるには充分な物だった。別段秘密にしなければならない訳でもない。だが彼の上司の身内のトラブル、それをおいそれと話していいものでもない。「どうやってお茶を濁そうか」と珍しく脳をフル回転させていた。

 

小町「鬼ぃ〜助ぇ?」

 

 そこへ腰に手を当て、イタズラな笑みで覗き込む彼女。上目遣いの視線は「私に隠し事をする気か?」と訴えていた。心中を察せられた彼は観念し、彼女に事情をかいつまんで説明した。そして最後にくれぐれも他言無用と念を押して。

 

小町「ふーん、難しい年頃なんだ」

鬼助「昔は小さくて可愛いヤツだったんだけどなー……」

 

 ぼんやりと天井を見上げて答える彼。と同時に、脳裏に浮かぶ未だ現れない最重要人物の顔。

 

鬼助「それにしても萃香さん遅いな」

 

 ただの小言、それはあくまで独り言。のはずだった。

 

小町「ん? 彼女ならまだ寝てたよ」

鬼助「え゛っ!? 小町ちゃん一緒にいたの?」

小町「昨日の宴会に一緒に参加したんだよ。かなり盛り上がったし、彼女その前に壊れた神社の修復作業やっていたからねぇ。大分お疲れだったみたいで、揺すっても叩いてもびくともしなかったよ」

 

 こぼした愚痴を拾われ、聞かされたショックな話に彼、

 

鬼助「えー……」

 

 落胆。そこへ上がる2度目となる白い信号。打ち上げられた光弾は、ある程度の高度に達すると他の色の信号と同様に花開き、見事な白い彼岸花となった。そこから立て続けに何度も何度も打ち上げられ、それはあたかもメッセージを送っている様でもあった。

 

鬼助「姐さん気付いてないんだな……」

小町「でもおかげでいい物を見せて貰えてるよ。白い彼岸花か……いいじゃないか」

 

 花火大会のフィナーレの様に花咲く光の白い彼岸花。彼女はその光景に吸い寄せられる様に歩みを進め、(やぐら)(ふち)ギリギリの所から堪能していた。

 程なくして両腕を広げて大きく深呼吸をする彼女、そして……

 

小町「鬼助、白い彼岸花の花言葉を知ってるかい?」

鬼助「なんだろ? 分からないな」

小町「ふふ、そっか。じゃあね」

鬼助「あ、ちょ……」

 

 突然別れの言葉を残して姿を消した彼女に、呆然と立ち尽くす彼。だがすぐさま大きく息を吸い込むと、

 

鬼助「小町ちゃーーーん! また来ておくれよーッ!」

 

 ありったけの声を上げて再会を願った。

 

 

ドーンッ!

 

 

 それに答える様に上がる白い光弾。地上へと通じる穴のそばで先程よりも美しく咲いていた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 戸を開けると、玄関で腰を下ろす母さんとアイツの姿があった。説教をされていた様子は無い。もしそうだったとしたら、こんな短時間で済むはずがない。

 

棟梁「私からは何も聞いていません。2人でよく話し合いなさい」

 

 私達にそう言い残すと、立ち上がって私の耳元で

 

棟梁「落ち着いてね」

 

 最後のアドバイスを送ってくれた。

 家の奥へと消える母さんに頭を下げ、足下へ視線を落とす大鬼の隣に座る。

 それからどれくらいの時間が経っただろう、切り出す言葉が見つからず重苦しい空気が漂っていた。

 

勇儀「なぁ」

 

 ようやく出せた声、深い意味はない。強いて言うなら、「今から話す」という事を伝えたかっただけ。回りくどいのは苦手だ。

 

勇儀「お前さんに我慢させていた事って、萃香の事なんだろ?」

 

 一気に本題へ。私の問いに大鬼は直ぐに答えてくれなかった。相変わらず固く口を閉ざしたま

ま視線は下。でも私は待つ。例えそれが明日や明後日になっても、大鬼自身が話してくれるまで。

 

大鬼「どうして……」

 

 小さな声だった。この静けさでなければ聞き逃してしまいそうな程の。それでも「ちゃんと聞こえてる」「届いている」と伝えたくて、

 

勇儀「ん?」

 

 最上級の柔らかな声で尋ねた。

 

大鬼「どうして自分に何も言ってくれなかったんだよッ!」

 

 怒鳴り声で叫ばれた心の声、それが全ての元凶。その瞬間「やっぱりか」と思う反面、途方もない後悔の念に駆られた。

 

大鬼「なんで相談してくれなかったのさ……」

 

 歯を食いしばる音が聞こえた。膝の上の拳には力が入り、(かす)かに震えている。

 話そう、あの時私がどんな想いだったのかを。そのために来たのだから。

 

勇儀「お前さんがチャレンジに成功した日、『お前さんの親を探すのをお終いにする』と言った日の事を覚えているか?」

 

 反応はないがきっと覚えているはず。

 

勇儀「私もその日、お前さんが稽古から帰る直前に聞かされたんだ。アイツの想いを」

 

 結論を急いでいた。

 

勇儀「それで(さかずき)を取りに行った時に萃香に言ったんだ。『行ってこいよ』って」

 

 大鬼に聞かれない様に、知られない様に萃香を呼び寄せて、まるで善人を装い彼女の背中を押したのは……

 

勇儀「話せばきっとお前さんは反対すると思って……」

 

 これを恐れて。私に話してくれた時だって、ずっと一人で悩んでいたに違いない。彼女とは途方も無く長い付き合いだ。口に出さなくても分かる。そんな中大鬼が反対しようものなら、彼女はきっと決心が揺らぐ。大鬼と同様、彼女にとって大鬼は……

 

大鬼「ふざけるなッ!!」

 

 頭上に降りかかる怒号、胸の奥深くまで突き刺さる。

 

大鬼「ギリギリまで教えてくれなかったのも同じ理由?」

 

 萃香を送り出す前日の夜、送別会を開いた。ヤマメやさとり嬢達といった馴染みのある者達も呼んでいた。彼女達へはその前日に事情を話していたが、大鬼に話したのはその送別会が初めて。私は最後の最後まで隠し続けていた。

 

勇儀「……」

大鬼「なんとか言ってよ!」

勇儀「……そうだ」

大鬼「呆れた、どこまで信じてくれないわけ?」

勇儀「……じゃあそれを知った時ショックを受けなかったか? 冷静でいられたか?」

大鬼「ショックだったよ、冷静でなんていられなかったよ、悪い夢だって信じたかった。でもだからって意見のしようが無い時まで教えてくれないなんて、やり方が卑怯だ!」

勇儀「だから黙っていたんだ! お前さんが少しでも萃香の前で……」

 

 そこまで言い放って脳裏に浮かぶその時の大鬼の表情。それは疑問に思っていた事。

 

大鬼「そんなの分かってる!」

 

 大鬼は

 

大鬼「だからウソをついたよ」

 

 笑っていた。

 

大鬼「『自分は平気だから行きなよ』って」

 

 つくづく

 

大鬼「萃香さんが笑顔で行けるように」

 

 私は

 

大鬼「それしか出来なかった」

 

 愚か者だ。

 

大鬼「もっと伝えたい事だってあったのに」

 

 きっと大鬼は、

 

大鬼「そんな時間もなかった……」

 

 いつ話しても反対しなかった。本心に(ふた)をして、ウソの表情で彼女の背中を押しただろう。

 今日まで気付けなかった理由、今だから分かる。時々忘れる事実。大鬼は……

 

勇儀「すまなかった」

 

 人間だ。ウソだって言える。それなのに大鬼の言葉を鵜呑みにして、心の声に気付いてやれなかった。全ては私の過信が招いた事。

 もしかしたら他の事でも……どれだ? 大鬼の言葉を思い出せ、きっと他にもあるはずだ。

「まさかまだ探してくれていたって方が耳を疑った」か? 「僕大きくなったら一緒に仕事したい」もか? 分からない。どれが真実で何が嘘なのかが。思い出される全ての言葉を疑ってしまう。

――ユーネェ

 やめろ。

――寝相悪いからイヤだ

 やめてくれ。

――でもね……

 今思い出したら……

――大好き

 

 分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない。大鬼の事が分からない。

 

大鬼「それにあの事だって……」

勇儀「え……」

大鬼「はは、そっちは分かってくれてないんだ」

 

 分からない。でもこれだけ分かる。大鬼の瞳から流れている物は、紛れもなく真実。

 

大鬼「いいよ……、期待してなかったし。だって……」

 

 大鬼?

 

大鬼「本当の親でなければ……」

 

 それ以上は…………

 

大鬼「種族が違う。姐さんは鬼、僕は…………人間だ」

 

 今言わないと、なにかを叫ばないと。

 

勇儀「ぁ……ぁ……」

大鬼「絶対に通じ合えるはずがない、分かり合えるはずがない! もうこれ以上辛い思いをするのは沢山だ!! 姐さんだって昔みたいに賭博場に行ったりして自由に生きたいだろ? 僕の事、邪魔でしょ?」

勇儀「……」

大鬼「さようなら」

勇儀「待て! 何処行くんだ!」

大鬼「放っておいてよ!」

 

 止めようと思えば止められた。力を加えて2度と離さない様にする事なんて容易(たやす)かった。でも、この先も大鬼に辛い思いをさせるかも知れないと思うと……。

 

 




【次回:十年後:鬼の祭_肆】

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