東方迷子伝   作:GA王

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今年で終わりみたいですね。
最後ですので自分の好きなキャラに投票してみては?
(一押しで1名、他で6名選べるそうです)
またその際、勇儀姐さんに一票をお願いします。


十年後:鬼の祭_肆

 肩を落とし、光を失った瞳で(うつむ)く力の四天王。心に空いた穴は深く大きな物、それは地底と地上を結ぶ穴よりも大きく深い。

 

??「いいのですか、このままで?」

 

 物陰から一部始終を見守っていた母。背中を曲げた娘に優しく話しかけるも、

 

勇儀「……」

 

 反応はない。その様子に抑えていた物が破裂した。

 

棟梁「追いかけなくていいのかと聞いているのです! 答えなさいッ!」

勇儀「私には……、荷が重すぎた……」

棟梁「なに寝ぼけた事を言っているのですか! 大鬼をどうするつもりです!?」

勇儀「……」

棟梁「責任を持つのではなかったのですか!?」

勇儀「私には……、無理だったんだ」

 

 

■     □

 

 

??「怒ってるかな〜?」

 

 大勢の客で(にぎ)わうメインストリートを全速力で駆け抜ける小さき鬼。故郷に着くなり出会った知人達に、もう1人の祭り当番の居場所を聞かされ、その場所へ急ぐ。

 

??「ごめんよ、ちょっと通しておくれ」

 

 町の中央部へ近づくにつれ密度が増す人混み。客達の間をぶつかり、押されながら少しずつ前へ。完全にスピードダウン。「このままでは時間がかかる」と察した彼女、

 

??「『疎符:六里霧中』」

 

 霧へと姿を変え、空中を音も無く静かに流れていく。

 

 

□     ■

 

 

 頃合いを見計らいゆっくりと、されど堂々とした足取りで歩みを進める者。最後のT字路を左へ曲がり、直進すれば目的地。慣れた道、考えなくとも体が勝手に導いてくれる。そして足の(おもむ)くまま左折。

 

 

ドンッ

 

 

 

??「大鬼?」

 

 違和感を覚え視線を下に向けるとそこにいたのは、尻餅をついた行方不明となっていた彼の家族。ようやく会えた少年に飛び跳ねて喜びたいところだったが、どうも様子がおかしい。彼の予想とは大きく異なる表情。(よわい)15の少年は、歯をくいしばってポロポロと涙を流していた。

 

親方「どうした? 勇儀ちゃんと仲直りしたんじゃないのか?」

大鬼「……」

親方「もう一度冷静になって話せば……」

大鬼「……れ」

親方「ん?」

大鬼「だまれって言ってんだ! どうせ()()()は何も知らないんだろッ!!」

親方「あ゛〜ッ?」

 

 助言には耳を傾けようとせず、怒号を放ってその場から逃げる様に走り去る少年。

 

親方「おい大鬼ッ!」

 

 大声で名前を呼ぶも答えるはずもなく、少年の姿は薄暗い影の中へと溶けていった。

 

親方「あのやろぉ……」

 

 突き刺さる少年の言葉。それは何度も何度もリピートされ、彼の胸を打ち続けていた。打ち付けられる度に散る火花は、やがて小さな火種へ。

 

 

■     ■

 

 

ドンッ

 

 

 背後に感じる衝撃に仏頂面のまま振り向く彼。「あ〜ん?」と発したドスの利いた声からも、その虫の居所の悪さを感じさせる。衝突したのが他の者であれば、すぐさま怒鳴られていたであろう。

 

??「いったぁ〜。あれ? おじさん?」

親方「萃香か」

萃香「さっき大鬼がこっちに……」

 

 彼女が尋ねようとしたまさにその時、

 

 

ーーーーーーッ!!

 

 

  苦しみに悶える断末魔が2人の鼓膜を強く揺さぶった。

 

  『勇儀ッ!?』

 

 慌てて悲鳴の下へ同時に走り出す2人。助けを求める声は強くなる一方。それは繰り返される拷問(ごうもん)に七転八倒する者の声。

 巨大な門を抜けて突き進み、やがて2人の目に映し出されたのは……

 

??「あ゛ああああッ!!」

 

 地べたに横たわり、身体を仰け反らせて激しく痙攣(けいれん)する勇儀の姿。その身体からは煙が立ち、白く美しかった肌は赤く変色していた。

 

萃香「どうしたの!? 誰にやられたの!?」

 

 親友の見るも無残な姿に駆け寄ろうとする彼女だったが、突然首筋を捕まれ、動きを封じられた。

 

萃香「おじさん離してッ! 早く助けないと勇儀が!」

親方「分かってる、けど今はどうする事も出来ねぇんだ! 下手に近付けば萃香もタダじゃ済まないんだぞ!?」

萃香「でも黙って見ているなんて事出来ない!」

親方「もうじき止まる! それまで耐えるんだ」

萃香「何でそんな事わかるのさ!」

親方「これがお前達2人に付けられた鎖の……『咎人(とがにん)(かせ)』の能力だからだ」

萃香「それじゃあ勇儀は……」

 

 徐々に力を失っていく断末魔。動く事ができないながらも、彼女は前傾姿勢を保ち続けていた。その時が来ればすぐに駆け寄れる様に。

 拳を握り締めていたのはほんの(わず)かな時間、しかし彼女達にとってはあまりかにも長い時間だった。

 そして叫び声が止まった。

 拘束が解かれると、彼女は動かなくなった親友のそばへと急いだ。

 

萃香「勇儀、勇儀ッ! 返事をしてよ!!」

 

 反応を示さない親友に、祈る想いで顔を近づけて呼吸を探る。

 弱々しい風が彼女の頬をくすぐった。張り詰めていた糸が解かれ、ため息がこぼれる。だが安心してばかりもいられない。親友の容態は極めて最悪。

 

親方「何があったんだ?」

 

 彼の視線の先には固く目を閉じ、両手で耳を塞ぐかつての町の長。彼はその声が届いていないと気付くと大きく息を吸い込み、

 

親方「ミユキッ!!」

 

 特大の声量で名を呼ぶ。それは目を背けていたその者を現実へと引き戻した。

 再び尋ねる彼に妻は話した。すれ違う2人の事を、その原因を。震える声で。そして最後に、

 

棟梁「勇儀は、大鬼の事を見放してしまったのです」

 

 と。

 

萃香「そんな……」

 

 初めて事情を知る者からすればあまりにショックな話。ましてやそれが己の事が原因なのであれば(なお)の事。

 

棟梁「早く2人の問題を解決しないとまた……」

萃香「え……、また?」

棟梁「さっきのが起きます。あと3時間後、それまでに。でないと次こそ勇儀は……」

 

 泣き崩れる当時の町の長であり、重傷を負った実の娘に鎖を付けた張本人。その罪悪感は計り知れない。

 

棟梁「こんな事になるなら……」

萃香「私、大鬼を探して来るッ!! 棟梁様は『あの薬』で勇儀を!」

 

 親友に背を向けて駆け出す小さな四天王。屋敷の敷地を出るとすぐに霧へと姿を変え、風の様にその場を後にした。

 

棟梁「萃香お願い、もうあなたしかいない」

 

 神でも仏でもない、今娘を救える唯一の者に祈る美しく優しい鬼。胸の前に組まれたその手は固く、固く握り締められていた。

 手にしたハンカチで涙をふき取り、例の薬を取りに行こうと動き出した時だった。

 

棟梁「!!」

 

 彼女は見た、見てしまった。無言で立ち去ろうとする夫の顔を。そして悟った。

 

棟梁「お前さん! 馬鹿な考えはおよしなさい!」

親方「……」

 

 灯された小さな火種は、

 

棟梁「お前さんッ!!」

 

 猛炎へと姿を変えていた。

 

親方「そいつは無理な相談だ」

 

 そこへ少年達の様子を(うかが)いに集う当番の手伝い組。蜘蛛姫、橋姫、桶姫、弟子。彼女達は彼を前にした途端、金縛りにでもあったかの様にその場から動けなくなった。全身から放たれる圧力によって。

 

親方「お前達」

 

 一言発しただけで重みのます圧力。恐怖を植え付け、息苦しさを感じさせるその圧力の名は、

 

親方「全員に伝えろオ゛オオッ!!」

 

 殺意。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 町は深い霧で覆われていた。見通しの悪さと聞こえてくる馴染みのある声に、町民達は歩みを止め口々にこう告げていった。「こっちには来ていない」と。

 次第に晴れていく霧、視界は良好。各々の目的地へ向けて歩き出す町民達。

 祭りは初日、まだまだ続く。例年通りに。だが間もなく彼らも知る事になる。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 寄せ集められた倒れ木の山に腰をかけ、膝の上で組んだ腕に顔を埋める少年。その地に着くなりずっとそのまま。しばらく、時間にして30分程度経った頃。

 

??「大鬼?」

 

 優しく柔らかな声。

 

??「随分変わっちゃったね、ここ」

 

 忘れられない声。

 

??「昔はよく遊んだよね」

 

 ずっと待ち続けていた声。しかし少年は顔を上げる事も無ければ、返事をする事も無かった。否、出来なかった。そんな彼の前に立ち、彼女は語り始めた。

 

萃香「ねぇ大鬼、棟梁様から全部聞いたよ?」

 

 本題を。

 

萃香「勇儀と喧嘩してるって」

大鬼「……」

萃香「仲直りする気は無いの?」

大鬼「……」

萃香「今勇儀……」

大鬼「その名前はもう聞きたくない!」

 

 表情を隠しながら発せられた少年の声は、

 

萃香「えっ……」

 

 彼女を深く突き刺した。

 

大鬼「全然分かってくれなかった。気付いてくれなかった!」

萃香「……なにを?」

大鬼「本当の気持ちを」

萃香「……それだけ?」

大鬼「頼ってくれなかった、信じてくれなかった。いつまで経っても子供扱いで……。でも、もういい」

萃香「……なんで?」

大鬼「どうせ無理だったんだ。赤の他人同士だし、種族違うし。期待した自分がバカだった」

 

 次の瞬間、静かな広場に鈍い音が響き渡った。

 吹き飛ばされ、激痛の走る左頬を押さえる少年の目に映ったのは、

 

萃香「ふざけんじゃないわよ……」

 

 涙を浮かべて拳を握りしめる彼女の姿。

 

萃香「気持ちを分かってくれない? そんなの当たり前でしょッ! さとりじゃないんだから! 同じ種族でも家族でも、声に出さないと分からないし、伝わらない! 大鬼あんたちゃんと勇儀に話したの!?」

大鬼「……」

萃香「話してないんでしょ? それなのに『分かってくれない』ってメソメソと()ねて。子供扱いしないで欲しい? 甘えてんじゃないわよ……全然ガキのままじゃないッ!」

大鬼「ぐっ……」

萃香「こんな下らない事で勇儀は……」

 

 「ギリッ」と音を立てる彼女の歯。そして鋭い視線で少年を睨み付け、

 

萃香「付いて来なッ!」

 

 力強く腕を(つか)んで早足で歩き出した。

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 やがて足を止めたのは……。

 

 

ガラッ……キィー〜……ガッ、ガッ、ガン!

 

 

 彼女の登場にどよめく店内、慌てふためく店員に常連達。

 そして彼女は少年に告げた。

 

萃香「教えて上げる。勇儀がどうなったのか」

 

 少年の腕を掴んだままその境界線を…………(また)いだ。

 

萃香「キャアアアアアッ!」

大鬼「ギャアアアアアッ!」

 

 その瞬間上がる2つの断末魔。その場で倒れ、強く痙攣(けいれん)する2つの影。

 突然の出来事に焦り出す店員と客達だったが、手が出せなかった。(もだ)える少年の姿から近付けばどうなるのか瞬時に察していた。そんな中、一番近くにいた鬼が意を決して動いていた。

 

??「ン゛ーーーーッ!!」

 

 全身に走る激痛に目を見開くも歯を食いしばり、2人を境界線の外へ。

 

  『店長ッ!!』

 

 役目を果たし、膝から崩れる鬼の下へ急ぐ従業員達。ダメージを負った勇敢な者の腕を肩へと回し、ゆっくりと立ち上がらせる。

 

店長「ワシの事はいい、2人はどうなった!?」

 

 全身に強い痺れを残しながら向けた視線。店先では地面に横たわる2人の姿。

 

大鬼「うぅぅぅ……」

 

 唸り声を上げて腕を震わせながら起き上がる少年。店長同様強い痺れが残っていたが、幸いにも大事には至っていなかった。が、

 

萃香「イヤ゛ァァァッ!!」

 

 彼女の大気を裂く様な悲鳴は止まらない。

 

大鬼「す、萃香さん……」

店長「ヤメロ大鬼ッ! 触るんじゃねぇ!」

大鬼「……無理ッ!!」

 

 店長の静止に耳を傾けず、少年は苦しむ彼女の腕を掴んだ。

 

大鬼「ぐぅぅぅッ! い、ま゛だずけ……」

 

 再び襲う激痛、全身を縛り上げる大電流に歯を食いしばる。己の身を犠牲にしてでも、彼女を救おうと。

 だが気付いた時、少年は店前に置かれていた掃除道具やガラクタに埋もれていた。腹部から伝わる違和感、服に付いた足跡が全てを物語っていた。

 

大鬼「す、萃香さん……なんで……」

 

 疑問を抱きつつも、腹を押さえながらヨロヨロと起き上がる少年の目に飛び込んで来たのは、全身に火傷を負い、ぐったりと横たわる少女の姿。少年の顔から一気に血の気が引いた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 急いで抱き起す。さっき襲った激痛はもう無い。アレに襲われた時、激痛の他に胸の内側から壊される感覚があった。それを……

 

大鬼「萃香さん!」

 

 目を閉じたまま反応がない。イヤだ、イヤだイヤだイヤだ! お願いだから目を開けて。

 

大鬼「萃香さん! 萃香さんッ!!」

萃香「だ……ぃ……きぃ」

 

 聞こえた。(かす)れて消えてしまいそうな声だったけど、確かに今。

 

大鬼「萃香さん!? 今すぐ家に運ぶから!」

萃香「ねぇ……、聞いて」

大鬼「話しは後で聞くから今は」

萃香「今勇儀も……、なんだよ」

 

 えっ……

 

萃香「仲直り……、でないとまた……。助けてあげて」

大鬼「でも……」

萃香「今の大鬼……キライ」

 

 どんな表情をしていたんだろう。萃香さんは薄っすらと開けた瞳でくすりと笑っていた。その後、左頬からくすぐったくて優しい感触が。

 

萃香「他人とか、本当の親じゃないとか、悲しい事言わないで」

大鬼「……」

萃香「勇儀はさ、育ててくれたよね?」

大鬼「……うん」

萃香「『大鬼』の名前、くれたよね?」

大鬼「うん……」

 

 今にも消えてしまいそうな声だった。所々聞き取れないけど分かる。痛いほど分かっている事だったから。

 

萃香「それに……」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 残された気力で少年を引き寄せ、耳元で(ささや)く小さな鬼。そして彼女は最後に満足気に微笑むと、腕をだらりと落とした。

 そこへ、

 

??「大鬼ッ!」

 

 息を切らせて現れる腐れ縁。

 

和鬼「と、萃香さん!? 萃香さんまでどうして……」

店員「分からねぇ、もう無茶苦茶だ」

店長「大鬼、萃香さんは大丈夫なのか!?」

 

 大きな声で尋ねるもなかなか反応を示さない少年。再び尋ねようとした時、

 

大鬼「静かにしてあげて、今眠っているだけだから。でも大丈夫じゃない、早く手当しないと……」

 

 少年はそう告げると力の抜けた彼女をおぶり走り出した。だが、

 

和鬼「待て大鬼、お前が行くのは家じゃない!」

 

 その前に腐れ縁が立ち塞がる。

 

大鬼「どけよッ! 早くしないと……」

和鬼「分かってる! でも家に行ってもあの薬は無い。別の所にある!」

大鬼「別の所?」

和鬼「ここにいるみんなも聞いてくれ! 町民全員に緊急招集がかかった。場所は……」

 

 




【次回:十年後:鬼の祭_伍】

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