東方迷子伝   作:GA王
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十年後:鬼の祭_漆

 

 駆けつけた彼女達の目に飛び込んで来たのは、土俵へ向け掌を向けるチャンピオンの姿と、その前にこんもりと出来上がった瓦礫の丘。ただそれだけ。

 そして聞こえてくる音は、彼を(たた)える息の合った歓声のみ。

 口を手で覆い瞳を見開く覚り妖怪。能力を使わずしても悟れる状況。彼女の顔は一気に青いものへと変色していった。

 

さと「そんな……」

 

 衝撃的な光景に言葉を失う覚り妖怪。だがそれでも彼女は町の長、如何なる時でも気を強く持ち、冷静に対応しなければならない。そう隣の者に教えられていた。

 

さと「親方様、これはいったいどういう事ですか? 勝手に町中の者を集めたかと思えば、いきなり土俵の上でこんな事を……」

 

 まさに蛇に睨まれた蛙だった。向けられた彼の視線は、彼女の質問を強制的に中断させていた。

 彼女の恐怖心に気付いたのだろう。彼は彼女から視線を離すと、戦意を消して構えを解いた。

 

親方「すまねぇ、罰なら後でいくらでも受ける。それにもう終わった」

 

 計り知れない力を持つ者のみが放てる衝撃波。その衝撃波と物理攻撃が掛け合わさった攻撃は、間違いなく鬼の歴史上最強の威力を誇る大技。

 傷一つ負わず体力は全快、さらにそこに加わる強い想い。彼の放った大技は間違いなく記録を更新していた。クリティカル中のクリティカル。無事でいられるはずがない。だがたった一撃で終わってしまったショーに、

 

親方「あっけねぇ……」

 

 彼はポツリと呟き、覚り妖怪達の下へと歩き出した。

 湧き上がる大歓声に指笛。「勝負ありッ!」と会場中の誰もがそう確信し、歩みを進める彼へスタンディングオベーションで拍手を送っていた。

 

大鬼「ふ〜、危なかったー」

  『ぎょッッッ!!?』

 

 信じられない光景に目玉が飛び出す一同。心臓が止まりかける者もしばしば。

 最強の歴史上最強の一打をガッツリ受けていたはずの最弱は、

 

親方「おいおいおいおい……」

 

 瓦礫を払いのけながら……笑っていた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 飛び出た目を納めてパチクリと瞬き。少年は笑っている。目を(こす)って再確認。少年はドヤッと笑っている。見間違いでもなければ幻でもない。観客達の視線の先には、確かに笑みを浮かべた少年がいる。唖然とする一同、それは彼女とて例外ではなかった。浮上する謎について真剣に思いを巡らせようとていた。だがそこへ……

 

 

トントン……

 

 

 と肩を叩かれ妨害される事に。眉間に(しわ)を寄せた難しい顔をしたまま視線をそちらへ向けると、

 

??「ひゅ、ひゅひはへん」

 

 文字通り開いた口が(ふさ)がらない現・町長が。

 

棟梁「古明地さん!?」

さと「は、はほははほへはひは」

棟梁「は?」

さと「はほははほへはひは(あごがはずれました)!」

 

 必死に事を伝えようとする彼女の叫び声は、

 

棟梁「もしかして……顎が外れたのですか?」

 

 なんとか届いたようだ。間髪入れず顎を押さえながら頷く覚り妖怪。そしてスカートのポケットから小さなメモ帳、鉛筆を取り出して手早く書き上げると、先代の町長へ手渡して回れ右。さらに元来た方向へと逃げるように走り去って行った。

 急な展開に再びパチクリと瞬きをする先代町長。手渡されたメモ帳へ視線を落とすと、そこには手塩にかけた現町長からのメッセージ。一読し終えると、彼女はため息混じりに

 

棟梁「はい、かしこまりました」

 

 とだけ呟き、大きく深呼吸をした。

 先程まで涙を流していた瞳はキリッとしたものへ、重荷から解放されて安らかなものになっていた表情は引き締まったものへ、そして傷ついた心に鞭を打ち

 

棟梁「皆の者、静まりなさい!」

 

 仕事モードへ。今一度覚り妖怪が治療を終えて戻るまでの片時だけ、町長の座へ。

 

棟梁「親方と大鬼、その場から動かないように! 発言も禁止です。もし守れなかった場合、その者を敗北とします!」

 

 彼女はそう言い残すと組合が集まる席へと歩みを進めた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 無言で(うつむ)く彼女。瞳から(あふ)れかけている物の意味は、

 

??「きっと私の所為で……」

 

 大きな責任感。

 

??「純狐……」

 

 VIPで観戦していた彼女達は、複雑な心境で事を見守っていた。

 少年と毎年一緒に出店を回っていた女神。年に1~2度くらいしか会えていないが、人並みに少年の事を理解しているつもりだった。その少年が育ててくれた恩人を傷つけたという事実を受け止められずにいた。「まさかあの子が」と。

 そして女神の隣に腰を掛ける彼女。今日初めて会ったにも関わらず、どこか他人とは思えない者へアドバイスを送ったつもりだった。だが結果は……。

 暗い雰囲気に包まれるVIP席。その2人の前に町長代理が姿を現した。

 

棟梁「ヘカーティア様と純狐さん。申し訳ありませんが、少しだけ待っていてもらえますか?」

ヘカ「うん、いいけど。娘さん大丈夫?」

 

 身を案じて尋ねてみるも、彼女はすぐにその言葉を撤回した。

 

ヘカ「じゃないよね……」

棟梁「正直なところ厳しい状況です。助かる見込みも……」

純狐「ごめんなさい」

 

 震えた声で割り込んで告げられた謝罪の言葉。2人の視線は自然とそちらへ集まる。

 

純狐「私の所為なんです。私が余計な事を言ってしまったばかりに……」

棟梁「勇儀はそんな事は思ってないと思いますよ。ですから安心して下さい」

 

 責任感で押し潰されそうになっていた者に、微笑んで答える勇儀の実母。そして2人に頭を下げると、その横を気品のある姿勢で通り過ぎて行った。

 

純狐「強い人……」

 

 追いかける視線。彼女の目に映る凛とした姿の女鬼は、現役を引退した今もなお(おとろ)えていなかった。

 その彼女が足を運んだ時には他の者達は輪になり、彼女のことを待ち受けていた。瞳に宿る物は固く、既に答えが出ている事を伺わせる。それも満場一致で。

 

鬼1「棟梁殿、あなたの意見を伺いたい」

 

 一同の視線が彼女へ集中する。その視線の意味するもの。それは「考えを聞きたい」という曖昧(あいまい)なものではなく、よりはっきりとしたもの。言うなれば正解。それは彼女も察知していた。

 瞳を閉じて意識を奥底へ。やがて見えて来る何パターンにも分岐する可能性。その中から光輝く最善の道を探し当てる。事の結末までは分からない。あくまで正しい入口を選ぶ程度。弱まりつつある彼女の能力ではあるが、この時は正常に機能していた。

 そして彼女が皆を導くその入口は……。

 

 

◇    ◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 動く事を禁じられ、その上発言も禁止となった2人。片やその場で胡座(あぐら)をかいて腕を組み、不可解な謎に挑んでいた。

 

 

 【可能性其の一】

親方「((かわ)したのか? いや、それはない。逃げようも避けようもなかった。それに触れた感触は確かにある)」

 

 故にこの可能性は、ゼロ。

 

 

 【可能性其の弐】

親方「(受け流した? アイツは今ソウに稽古を付けてもらっている。こちらの動きを先読みしていたのだとすれば、それは充分に考えられる。どうやったかは知らんが)」

 

 故にこの可能性は、有力。

 

 

 【可能性其の参】

親方「(やせ我慢ということは? あれを? それこそ無いだろう。それに……)」

 

 故にこの可能性は、ゼロ。いつになく難しい顔の彼だったが、結論が出たようである。

 

親方「(あのヤロー……)」

 

 苛立ちを覚えて。

 そして片や無言で寝転がる少年。回復を目的としたものなのだろうか。やはりやせ我慢の可能性も……と思いきや、そうではなかった。それこそが最強に苛立ちを覚えさせた原因。少年は、

 

大鬼「zzz……」

 

 眠っていた。ほんの僅かな時間にも関わらず、すっかり夢の中。テストで0点を取り続ける小学5年生並の速度でご就寝中である。鼻提灯を作りながら。そこへ、

 

棟梁「皆の者、よく聞きなさい!」

 

 町長代理の一声に静まる会場。そして割れる鼻提灯、少年も目を覚ました。

 

棟梁「2人の試合を続行する!」

 

 上がる拳、沸き立つ雄叫び。そして、再び投げられる少年への野次。会場は再び熱気の渦へ。そんな中彼女はさらに大きな声で告げた。

 

棟梁「ただし! 行司を付け、ルールを明確にした上での仕切り直しとします。誰か行司をやってくれる者はいませんか?!」

 

 そう呼び掛ける彼女の近くで真っ先に力強く手を挙げる者が。行司、それは勝負を公平に見守る事が出来る審判である。

 

棟梁「確かにあなたなら……ではお願いします」

 

 その責任重大なポジションを彼女はその者に一任し、

 

棟梁「この者が行司を行います。そこの2人、ルールはこの者と決めるように!」

 

 足早にその場から去って行った。

 送られる拍手の中、2人が構える土俵へと急ぐ行司。汗を大量に吸い込んだ服、普通の自慢の鼻、青い髪の毛から覗く2本の角。

 

客1「びびって逃げんなよー」

客2「飾り程度にはしっかりやれよー!」

客3「どうせすぐ決着つくだからよー!」

 

 観客達から愛のある野次で送られ、2人が待つ土俵へと足を踏み入れる彼の名は……

 

  『鬼助ッ!』

親方「頼むぞ」

 

 他ならぬ親方様からのありがたいと声援に力強く頷く彼だが、

 

大鬼「よろしく」

  

 少年へは冷たい視線で見下ろし、

 

鬼助「やれるか?」

大鬼「ご心配なく」

鬼助「けっ、可愛気のないヤツ。お前がどういうつもりか知らねーけど、時間がもったいない。さっさと始めるぞ」

 

 そう告げて2人を土俵の中心部へと導いた。加えて高々に宣言されるこの勝負のルール。時間無制限、最後まで土俵上にいた者が勝者。とことんやり合うそれがルール。

 

鬼助「見合って見合ってー」

 

 親方様の一撃で隆起し、瓦礫が残る足場の悪い土俵。

 

鬼助「はっけよーい……」

 

 その上で繰り広げられる、賭けるに至らない試合(ショー)が今、

 

鬼助「残った!」

 

 再び幕を上げた。

 再スタートの先手を取ったのは、大きく一歩を踏み込んで深く腰を落として構え、能力全開の

 

親方「『大江山颪イイイッ!』」

 

 最強。掌から伝わる少年の体温、触れたという確かな感触。さらに鼓膜を刺激する「バキンッバキンッ」と弾け折れる音。それは衝撃を受け流す事無く、体にダメージとして蓄積されたという事を意味していた。彼もそう理解していた。

 究極破壊兵器をもろに受け、全力で投げられた野球ボールの様に瓦礫へと突っ込んだ少年。大きな岩盤をその身で粉々に粉砕し、粉塵を巻き上げていた。が、

 

大鬼「よっこらせ」

  『はいいいー!?』

 

 再び目玉が飛び出る一同。会場の誰もが「無事でいられるはずがない」と察知していた。それは見守る女神達とて例外では無かった。だが、少年は起き上がったのだ。依然として何事も無かったかのように跳ね起きたのだ。

 

鬼助「ストップ!」

 

 明らかな異常事態にたまらず一時停止を呼びかける行司。

 

鬼助「大鬼、上着を脱げ」

 

 それは言うならばボディーチェック。不正がない事を調べるためのもの。観客の誰もが疑い、荒れる前に対処したのだ。実に的確な対応、愛される下っ端(したっぱ)は早くも仕事をしたのである。

 そしてこの指示に少年、

 

大鬼「え、え、え? ぬ、脱ぐの? ははは、恥ずかしいじゃん」

 

 目をキョロキョロとさせ(ども)る。明らかに動揺していた。不審過ぎる挙動に少年へと歩みを進める行司。少年の下へ着くなり服を(つか)むと、

 

鬼助「いいから脱げよッ!」

 

 強引に()がし取った。

 




【次回:十年後:鬼の祭_捌】


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