東方迷子伝   作:GA王

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十年後:鬼の祭_捌

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

ガコッ!

 

 

 鈍く痛々しい音が響く。それは体の内側、骨から落ちた音。だがそのお陰で負ったダメージは80%程度まで回復していた。

 試運転がてらに動かす。眉を寄せて掌で(さす)っているところから察するに、若干の違和感は残っているご様子。だがこの状態であれば支障は無いと言ったところだろうか。

 

??「ふー、一時はもうどうなるかと思いました」

 

 顎が外れた町長である。

 

医者「応急処置じゃ。もう大きな口を開けたらいかんぞ」

さと「肝に命じて最善を尽くします」

 

 頬を赤らめ、感謝と謝罪の意を込めて一礼。会場からここまでまっすぐ向かって来た彼女ではあるが、

 

さと「笑われたくないですし……」

 

 道中すれ違った者達と……色々あったようである。

 

医者「して、状況はどうなんじゃ?」

 

 「荒れているだろう」と予測を立てながら尋ねる最長老。彼の質問に彼女は興奮気味にジェスチャーを加え、ありのままを伝えた。

 

さと「それが既にドーンで、土俵がバーンで、そこから大鬼くんがドヤッてノソッと」

 

 だがこんな調子。当然理解などしてくれるはずもなく……

 

??「何ッ!?」

 

 否、一人だけいた。娘の容体を心配し、駆けつけていた片角の鬼である。

 

蒼鬼「それはつまり、あの土俵がバコーンなのにピンピンだと?」

さと「そう、そうなんです!」

 

 「まさにその通り!」と指差してさらに興奮する覚り妖怪。伝わってよかったと一安心するも、

 

医者「いやいやお前さん達、それじゃ分からんて」

 

 普通は伝わらない。

 

さと「詳しい事は見て頂いた方がいいです。私は町長としての責務がありますので、先に戻っています」

 

 代理を立てているとは言え、現在の町長は彼女。用が済んだのならば職務に戻らなければならない。2人にこの場を任せ、外に出ようと扉に手をかけた時、

 

??「ま……って……」

 

 彼女の背後から弱々しい声が。

 

蒼鬼「萃香!?」

萃香「わ……たしも」

医者「無理をするな。外傷は完治しているとはいえ、心と魂にダメージを負っているのじゃから。(ひど)い頭痛の上思う様に動けんじゃろ?」

さと「そうですよ、今行ってももう手遅れです。ただ辛い想いをするだけですよ」

 

 『顎を治して来ます。その間よろしくお願いします。もし可能ならみんなを正しい道へ導いてあげて下さい』とメモを渡した先代町長でさえも、場を鎮めるのは困難だろうと察していた彼女。「ここで大人しくしていた方が賢明」と説得を試みるが、

 

萃香「お願い……連れて行って」

 

 (うる)ませた瞳でこう言われてしまっては……。その上、彼女の眼差しからは強い覚悟が放たれている始末。

 

蒼鬼「……わかった。みんなで行こう。長老も一緒に行けば問題ないだろ?」

 

 折れるのも無理はない。

 

医者「言われんでもそのつもりじゃ」

 

 目覚めた小さな四天王を父親の背に乗せ、小屋を後にする4人。(はや)る気持ちを押し殺し、おぶられた者に負荷が掛からぬよう、慎重にゆっくりと歩みを進めて行く。

 

さと「あっ、そう言えばさっきすれ違った時に勇儀さんの片腕の包帯が外れていましたよ?」

医者「おやそうかい。でももういらんじゃろ? しかし信じられん即効性じゃのぉ。あの薬と酒の組み合わせは」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

ゴクリ……

 

 

 喉を通る生唾が予想以上に大きな音を上げた。それも一同揃って。

 一切の無駄がなく、されど付きすぎてもいない。細く引き締まったSIXパックの腹部、スラリとした細い腕、そして若干の盛り上がりを見せる胸部。

 

 

ゴクリ……

 

 

 再び飲み込まれる生唾。どの部位にも筋と影が現れ、筋肉が「ここにいるぞ」と主張している。例えるならばバンダム級のボクサー体型。実に理想形である。そして地底世界のお姉様方は、

 

キス「きゃーッ♡」

パル「ね、妬ましい……♡」

お燐「ふにゃ〜♡」

キス「フッフッフッ……。グハッ!」

 

 コレが大好物。真っ赤に染まる顔を隠す指の隙間からガッツリ堪能する者、他所を向きながらもチラチラと堪能する者、刺激が強すぎて骨抜きになり気を失う者、そして感極まって吐血する者までも。先程までの怒りは何処へやら。それはそれとして目の保養を楽しむお姉様方。そんな鼻息を荒くする彼女達の後方。そこでは少年の保護者が丁寧に眠らされていた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

大鬼「いやん♡」

 

 行司の前に姿を現したのは鍛えた体と、残された当時の傷跡だけ。頬を赤らめる少年の体には何も無かった。

 

大鬼「鬼助の大胆♡」

 

 少年、頬を押さえて目をパチパチ。

 

鬼助「気持ち悪ッ!」

 

 おちょくる少年に苛立ちを覚えつつも、ボディーチェックを続ける。全身くまなくチェックし、残るは……

 

鬼助「それじゃあ口を開けて」

 

 口内のみ。

 

大鬼「あーん」

 

 この指示に大きな口を開けて答える少年。そして、

 

大鬼「虫歯は無いぜ」

 

 とアピール。審判の判断は……

 

鬼助「続行ッ!!」

 

 疑わしきところは無し。と同時にどよめく観衆。下されたジャッジに誰もが納得出来ていなかった。特に彼に至っては……

 

親方「てめぇ、いったい……」

 

 思考の末に辿り着いた可能性が外れ、再び怪訝(けげん)な表情を浮かべていた。この摩訶不思議な状況に「どういう事だ」はたまた「何をした」と質問を投げ掛けようとした矢先、

 

大鬼「歳じゃない?」

 

 小指で耳掃除をする少年からまさかの回答。

 

大鬼「それに近頃鍛錬もしてないみたいだし」

 

 少年、(あお)る。

 

大鬼「家ではお酒飲んでゴロゴロしてるし」

 

 煽る。

 

大鬼「運動不足でしょ?」

 

 煽る。

 

大鬼「そう言えば最近太ったよね?」

 

 煽る。そしてトドメの一言。

 

大鬼「緩み過ぎでしょ?」

親方「黙れえええッ!!」

 

 民衆の前で己の気にしている事を突かれ、痴態を暴かれ、その上コケにされ……。怒りは余裕の沸点越え。頭上からは湯気を放ち大噴火。本能に従うまま真っ赤な顔で拳を振り上げ、少年へと向かって行った。

 

 

ゆらっ……

 

 

 腕をぶらりと下ろして力は必要最小限に。決して勢いに逆らわず、躱すのではなく流すイメージで。触れられた瞬間に脳で察知するよりも早く反応する事。それは全て師からの教え。

 ()る気を隠す。それは幼い頃に力では敵わなかった犬猿の仲に対抗する術を考え、技名を使わせてくれた

 

大鬼「ユーネェ……」

 

 土俵側で眠る命の恩人からアドバイスされ続けて来た事。

 

大鬼「もう終わるから」

 

 顔を影で覆い尽くす巨大な拳が迫る中、少年は瞬きもせずその時を待ち続けていた。

 頬から伸びる産毛が風圧を感知し、脳への伝達信号を開始。脳へと伝わる前に少年は動き始めていた。

 川の流れに身を委ねる木の葉の様に、体を時計回りに回転させながら、襲いかかる力と勢いを殺す事なく流す。それが少年の反撃の第一歩目。

 

親方「!?」

 

 続く第二歩目。目を丸くするチャンピオンを横目に、回転速度を上げながら背後へと回る。今ターゲットの重心は前方方向。自身の力に遠心力を加えて態勢を崩しにかかかった。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 握りしめた拳を少年の顔目掛けて振り下ろしたチャンピオン。

 

親方「!?」

 

 だが彼が目にした物は土俵を円形に型どる縄だった。この時彼は自分のおかれた状況にようやく気が付いた。少年に「踊らされていた」と。慌てて上体を起こし、急ブレーキを試みる。しかしそこへ、

 

 

ドンッ!

 

 

 と、加わる追い討ち。自身で付けた勢いは殺しきれず、背後から加わった力でさらに前傾姿勢へ。そしてチャンピオンは知っていた。「これで終わりではない」と。彼の考えはこう。

 

「戦法:背後からの体当たりによる『送り出し』」

 

 送り出し。それは相撲の決まり手における特殊技。相手の後ろから力を加えて場外へと押し出すもの。彼はそれを予期していた。

 今彼の姿勢はギリギリ前後の均衡を保っていられる状態。いや、やや前のめりといった態勢。そこへ駄目押しの一撃。まともにぶつかって来られれば、いくら微力とはいえ均衡を破られ場外は必至。そこで彼は瞬時に考え、閃いた。

 

「対策:払い退けて『送り出し』もしくは『送り投げ』」

 

 送り投げ。これもまた相撲の決まり手における特殊技。相手の後方もしくは横から相手を投げ出すもの。これが彼の狙い。具体的には少年が手の届く射程圏内に入った時が勝負。体の一部、主に腕を掴み場外へと投げ落とす。これにより彼が崩したままだとしても、少年よりも先に場外となる事は無くなる。それがベスト。例え投げられなくとも、叩く事さえ出来れば同様の結果が得られる。その為にはまず……。

 そう察するが早いか、彼は崩れるバランスの中体を捻り、次の少年の一手を正面から受ける姿勢をとった。

 次に彼が目にしたものは、予想通りに動いていた少年の姿。彼の表情に笑みが零れた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 計画通り。それは数年前に見た少年の師がチャンピオンと闘った戦法のパクリ。言葉で攻め続けたのも、眠っている真似をしたのも、余裕の笑みを浮かべていたのも、全てはこの時のための布石。その思惑通りチャンピオンは突っ込んで来た。

 「攻・防・魔を一度に放つ鉄壁の構え」とはいかないが、避・崩・倒を兼ね備えた技。力の四天王の十八番「三歩必殺」の名に由来し、ゆらりぶらりとした姿勢から始まるところから名付けた少年の必殺技。その名も「散歩必殺」。

 避・崩とここまで順調。そして最後の一歩。態勢が崩れかけている最強の背中目掛けて勢いよくスタートを切った。次に少年がチャンピオンへ視線を移した時、瞳に映し出されたのは、ほくそ笑むチャンピオンの顔だった。

 背後へ攻撃を仕掛けたつもりが、行き着く先は正面。その上勝利を確信した不気味な笑み。動きを予測され、仕掛けて来られるのは明らか。だが速度も方角も今となっては変えられない。作戦は猪突猛進あるのみ。

 そこへ行く手を阻む様に迫る大きな手。少年はチャンピオンの射程圏内に足を踏み入れていた。捕まれば即場外、生き地獄が決定。

 

 

にやり

 

 

 少年は笑った。この絶体絶命の大ピンチの状況でも。気が触れたのか?

 

大鬼「(やっぱりね)」

 

 いや、そうではなかった。少年はこれを予期していた。自身の鍛錬を怠り、戦利品の極上セットで美酒に酔いしれ、ダラダラ過ごす。付いた結果はお腹回りの贅肉。これは紛れもない事実。それでも腐れ縁から聞かされる話は「人差し指一本のみで逆立ちした」や「ため無しで連続バク宙した」など「やはり最強」と認識させるものばかり。もはや天性の才能としか考えられない抜群の運動神経。そんな彼に敬意を表しているからこそ出来る予知。

 真っ直ぐ突き進む猪は、

 

親方「なんだとおおおッ!!?」

 

 跳ね上がった。計算され尽くされた歩幅、さらに抜群のタイミング。狙いは一点のみ。両手を引いて全力の……

 

大鬼「『大江山颪(我流)』!」

 




【次回:十年後:鬼の祭_玖】

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