東方迷子伝   作:GA王

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十年後:鬼の祭_玖

 圧倒的な力を持つ者と闘い、勝利を収めるにはどうしたらいいか。

 手法は色々あるかも知れないが、一様に言える事は「一撃必殺」に限るだろう。綿密に立てられた計画に、相手を知るための情報収集。自身を鍛え、仲間を集い、時には罠に落とし入れて己を優位な立場にするのも悪くない。ありとあらゆる手を尽くし、機が熟した時に決行。その結果、卑怯者と呼ばれる事になったとしても仕方がない。そうでもしないと全く歯が立たない相手なのだから。 

 例を上げればRPG。冒険に旅立った主人公がそのままの実力で、しかもたった一人で悪の親玉に勝てるだろうか? 道中数々の魔物と戦ってレベルを上げ、優れた仲間と出会い、強力な武器と防具を手に入れて立ち向かうはずだ(ただし正攻法に限る)。

 そして現実の社会は、意外とそんな感じのオンパレードだったりする。

 

 少年が日頃考えていた事。それは共に暮らす最強の鬼に「どうすれば勝てるのか」という事。そう考える様になったのは自身に課した決意のため。ただそれだけ。

 その為に真っ先に思い至ったのは「強くなる事」。そこで目標に掲げたのが犬猿の仲だった和鬼相手に「楽々勝利する事」だった。

 だが(ふた)を開ければその戦績は5割以下。鬼とは言え、同じ年頃の子供にでさえ勝てるかどうかと言ったところ。少年は早くも壁にぶち当たった。「力では他の者に敵わない」。そう悟ったのは良いものの「どうすればいいか分からない」と悩んでいた時、少年はヒントを見つけた。華麗に舞い、力を必要とせず、チャンピオンと互角に闘う者を。闘いにこそ敗れてしまったものの、少年にとって彼の動きは眩しく輝いていた。

 そこからは早かった。その日の宴会で彼の下へ訪れ、弟子入りを志願。すんなりと稽古を付けてもらう事になった。

 それから月日は流れ、少年は成長した。体系も力も技も、当時とは比較にならない程に。だがそれでもチャンピオンとの実力の差は歴然。ただ普通に正面からやり合っては勝ち目などない。

 そこで少年は「情報収集」にも力を入れ始めた。「何をすれば最強は怒るのか」そのきっかけを探し始めた。つまり弱点探しである。日頃の過ごし方、体型の変化を細かくチェックした。その結果辿り着いた結論は「怠けている」だった。「ここを突けば、単純なチャンピオンは冷静さを失う。それが大衆の前ならば尚の事だろう」そう確信した。

 しかしそれでも足りない。少年の一番の懸念点、それがあの大技『大江山颪』。怒らせるのはいい。だがその代わりに向かって来ないで衝撃波を浴びせられては、手も足も出ない。

 だがその可能性は無くなった。この日少年が引き金となって起きた事件によって。

 小さな四天王をおぶり控え室の小屋へと向かう道中、少年は幼馴染から聞かされていた。「皆の目の前で見せしめの様に一方的に痛み付けられるだろう」と。さらに「あんなに怒っている親方様は初めてだ」とも。それは彼の怒りが「これまで想定していた遥か彼方である」という事を意味していた。

 少年は悟った「衝撃波なんて生半可な物は使わない」と。と同時に「最強の技で来る」と。消える懸念点と浮上する新たな問題点。しかしその問題点の突破口はすぐに見出せた。それは周りの者が勇儀を心配し、悲しみの涙を流す中での事。あまりにも偶然でこんな時だからこそだったのかも知れない。そして再び強くなる原点の決意。

 幸か不幸かこの日、少年の機は……

 

大鬼「『大江山颪(我流)』」

 

 熟した。

 チャンピオンの(あご)を下から突き上げる様にして放たれた駄目押しの一手は、強力な技名ではあるものの非力でごく普通の掌底。だがそれで十分。少年の目に映る巨大な壁は上体を仰け反らせ、そのまま場外へ。少年は悟った「勝負あり」と。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 油断。その一言に尽きる。相手の意のままに動かされ、気付いた時には完全にバランスを崩されてもう手遅れ。後悔をする余裕もない状況。倒れていく中、彼は悟った「勝負あり」と。

 

 

ミシミシ……

 

 

 音が聞こえた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 音が聞こえた。何かを絞る様な、無理やり圧縮する様な音。その音に気が付いた時、少年は後方へと宙を舞っていた。

 背中から着地した衝撃で後頭部を土俵に打ち、慌てて立ち上がり現状確認。

 答えは直ぐに聞こえて来た。行事の掛け声に観覧席からの大歓声。チャンピオンは生き残っていた。

 偶然、幸運、奇跡。そんな簡単な言葉では片付けられない。言うなれば「神が、天が彼を味方した」だろう。

 彼は倒れていく中、半歩分だけ片足を下げた。その着地点は土俵の上で円を作る勝負俵。彼の(かかと)は見事にそれを捕らえていた。(わず)かに出来た段差を利用し、踏ん張り持ち(こら)えた。神が彼を味方瞬間だった。そこへ続く天からの恵み。

 この日地底は祭りの初日。加えて現在進行形で行われているショー。会場は蒸し暑いと感じるまでに熱気に包まれていた。その会場の真上は、地上へと通じる唯一の通気口。熱によって温められ、低気圧となった会場に、地上から風が流れ込み、彼の背中を後押しした。

 大きな背中で船に広げた帆の様に天からの恵みを余す事なく受け、彼は姿勢を戻すと共に反撃に出た。着地を終えていない少年に対して頭突きを放ったのだった。

 

親方「つつつぅ、あぶねぇ……」

 

 打ち付けた額に手を当てる彼。両足で土俵をしっかりと踏みしめ、完全復活。

 

大鬼「鬼助どういう事だよッ!」

 

 方や納得がいかず、行司に向かって声を荒げる少年。

 

鬼助「ギリギリセーフだ。続行!!」

 

 圧倒的な力を持つ者と闘い、勝利するには…………「()()必殺」あるのみ。だがもし、それを失敗したら? 答えは簡単。

 

大鬼「くそーッ!」

 

 待つのは

 

親方「『大江山颪』!」

 

 敗北のみ。行司から告げられた判定は、さながら少年へ送る死の宣告。

 温めて来た策、最強の鬼を打ち負かすための唯一の策が破れ、悔しさと怒りの感情のまま走り出す少年。だがそこへ最も懸念していたあの技。見えない衝撃波である。これを放たれては、

 

親方「近付かせねぇよ」

 

 触れる事すらもままならない。

 

大鬼「飛び道具なんて卑怯だぞジジイッ! それでも鬼かよ、男かよ! 何が最強だ!!」

親方「あ〜ん?」

大鬼「ただの弱虫じゃねぇか!!」

 

 少年のこの言葉に会場は大激怒、ブーイングは再びピークに。そして肝心の彼は、

 

親方「ナ・ン・ダ・トー……」

 

 顔を下に向け、肩を震わせていた。怒りの合図、少年がこれを見逃すはずがなかった。再び彼へ向かってスタートを切った。狙いはさっきと同じところ、それも両手ではなく全身で。

 彼の元まであと5メートル……。

 4メートル……。

 3メートル……。

 2メートル……

 

親方「そんなにご希望ならくれてやるよ!」

 

 満面の笑みで少年を迎え入れる最強。少年の全身が危険を察知し、鳥肌となって現れた。

 

親方「『大江山颪』をだ」

 

 

 バチーンッ!

 

 

 空気が破裂する音と共に、少年は再びスタート地点へと吹き飛ばされた。

 一撃必殺に失敗した者の末路。手の内を読まれ、それを逆手に反撃される。残された手段は……

 

大鬼「ア゛ーッ!」

 

 策などない。ただ我武者羅(がむしゃら)に突っ込むだけ。大きな声を出して己に闘魂注入。だがその先で待ち受けるのは、

 

親方「まだまだいくぞ。『大江山颪』!」

 

 それを嘲笑(あざわら)うかの様に構えを解かず、連撃を宣言する鬼の姿。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

??「こいつはいったい……」

 

 彼が会場に到着した時には既に無残なショーは幕を上げていた。

 

 

バチーンッ!

 

 

 鼓膜を強烈に揺さぶる破裂音。そして後方へと倒れる弟子。

 

 

バチーンッ!

 

 

 それは少年が起き上がる度に繰り返され、彼がその光景を目にしてから既に二桁に達していた。少年が倒れる毎に、一方的であればある程に盛り上がっていく観客席。そんな中彼は冷静に試合を分析していた。

 

 

バチーンッ!

 

 

 攻撃をしているのは紛れもなく親友。

 

 

バチーンッ!

 

 

 だが

 

親方「ゼェー……ゼェー……」

 

 激しく体力を消耗しているのは、その彼自身。加えてダメージが蓄積されているはずの少年は、

 

大鬼「あーッ! もうウザったいなッ!!」

 

 未だ元気ハツラツ。苛立ちを覚えながらも何事も無かった様に立ち上がる。

 

蒼鬼「長老さん、大鬼の体どうなってるんだ?」

 

 衝撃波とは言え、力自慢の鬼が能力で力を上げて放った物。その威力を既に経験している彼。この疑問が湧くのは当然だろう。

 彼のこの質問に、答えを見つけようとする医者だったが、

 

医者「んー……、ここからではよく見えんな」

 

 そこは御老体。老眼が(たた)った。

 

 

バチーンッ!

 

 

??「うっ……」

蒼鬼「萃香大丈夫か?」

 

 音が鳴る度に眉間に皺を寄せる小さな四天王。無理もない。鼓膜はやがて神経を伝い、脳を揺さぶるのだから。

 

蒼鬼「やっぱり戻った方がいい。お前には刺激が強すぎる」

 

 血の気の引いた顔の娘を気遣う彼だったが、

 

萃香「だ、大丈夫……。ヤマメ、もう少しだけ上に……」

 

 本人は引く気はなし。それどころか「よく見えないから」とベッドの高さ調整を巨匠に依頼する始末。彼女は今、匠の技によって作られた即席ベッド「蜘蛛の糸ハンモック」で横になりながら少年を見つめていた。

 

ヤマ「これくらい?」

医者「無理するでないぞ」

パル「もう見ない方がいいと思うけど……」

キス「フッフッフッ……。後は自己責任で」

 

 彼女本気で心配する一同。それもそのはず、

 

お燐「ふにゃ〜♡」

和鬼「相変わらず細いよなー。タンパク質とアミノ酸が足りてないじゃないか?」

 

 彼女はただでさえ体調最悪な上に、

 

萃香「エヘ、エヘヘへ……♡」

 

 鼻から真っ赤な下心が止めどころ無く流れ続けているのだから。その量たるや……そろそろ本気でヤバイ。

 

医者「やれやれ……。貧血で危うくなったらまたあの薬の出番かのー……」

蒼鬼「長老、あの薬は?」

医者「ああ、持って来ておるよ」

 

 「ほれ」と懐から出した少年のお薬セット。用意周到である。だが不安に思う事もあるようで、

 

医者「底が見えて来たのぉ。彼奴(あやつ)にまた……その前に大鬼の件の礼が先か」

 

 ポツリと遠い日を懐かしみながら呟いた。

 

  『親方ーッ!!』

 

 周囲からいきなり湧き上がった声援に、彼らの視線が土俵へと集まる。そして一同は瞬時に理解した。

 

蒼鬼「コウのやつ……能力が切れやがった」

 

と。

 




【次回:十年後:鬼の祭_拾】

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