◇ ◇ ◇ ◇ ◇
親方「ったくゾンビかよ……」ゼェゼェ
自慢の技を放っても放っても、全く手応えがない少年に本音がこぼれる。その上衝撃波を繰り出す度に消費される体力の所為で、いよいよ能力を維持するのも困難な状況に。「もう立ち上がるな」と願うが、
大鬼「
少年は間髪入れず再び立ち上がる。
ムカッ
親方「『大江山颪』ッ!!」
腹の底から湧き上る
しーん……
空砲。能力を維持できる体力がとうとう底を突いた。
少年はこれをずっと待っていた。一撃必殺の策が破れたものの、そこで得た確かな勝機。それは「チャンピオンは土俵際にいる」という事実。どんな方法でもいい。後一歩、いや半歩分だけでも後退させる事が出来れば。
そう思い立ったのは無我夢中で彼へ向かっていき、吹き飛ばされる直前の事。その時少年はしっかりと彼の立ち位置を見ていた。さらに幸運な事に、彼は自ら宣言したのだ。衝撃波の連撃を。少年は悟った「構えを解いてあの場から動き出す事はない」と。
そこからは賭けだった。自分の体が壊れる方が先か、チャンピオンの能力切れが先か。結果、少年はこの賭けに勝ったのだ。
大鬼「(今だッ!)」
チャンピオンに休みを与える事は許されない。千載一遇の大チャンスを逃すまいと、突進を仕掛ける。が、
大鬼「うっぶ」
親方「調子に乗るなよ」
巨大な拳骨が少年の腹部を襲った。能力こそ切れたが、それでも彼は鬼の中でもトップの力持ちであり、その攻撃の破壊力は半端なものではない。
大鬼「うう……」
少年、ここに来て初めて
「ようやくダメージが?」と脳裏を横切る彼だったが、「どうも様子がおかしい」とその考えを改めた。少年の顔色は真っ青、おまけに口に手を当てて前傾姿勢のあのポーズ。それはダメージを負ったというよりも、
ゴクンッ!
少年、気合いで逆流回避。
大鬼「きもちわる……」
親方「大した根性じゃねぇか。土俵を汚さないなんて」
大鬼「そりゃどうもッ!」
会話をそこそこに、すぐさま仕掛ける。
そこへ鉄拳が降り注ぎ地べたに
間をおかずに起き上がって立ち向かう。
再び拳に襲われる。
諦めずに……が、叩き付けられる。
立ち上がっては倒され、攻撃しに行っては反撃をくらい、三歩進んでは二歩下がり……何度同じ光景が続いただろう。それでも少しずつ少年は彼へと近付いていた。
そして、
大鬼「へへっ、捕まえた」
とうとう辿り着いた。チャンピオンの片足にしっかりとしがみ付く事に成功したのだ。ここまで来ればやる事は一つ。
大鬼「(思いっきり持ち上げる)」
歯を食いしばり、全身の力を込めて上へのベクトルを……
親方「だから何だと言うんだ?」
大鬼「!?」
少年の視界が突然闇に
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
少年が行動を起こすよりも早く、彼はその巨大な手で捕まえていた。
大鬼「ンーッ!」
目だけは見えるように顔の下半分を片手で鷲掴みにし、地面から引き離したのだ。
逃れようと懸命に暴れる少年。足をバタつかせて蹴る、蹴る、蹴る。両手で捕まれた手を殴る、殴る、殴る。
親方「効かねぇよ。人間の力なんざ」
だが彼は涼し気で余裕の表情。さらに少年を
大鬼「ンーッ! ンーッ!」
親方「ガッハッハッ、怖いか? 恐ろしいか? このまま手を離せばお前は場外負け、生き地獄が決定だもんなぁ!!」
いよいよ決着の時。観客は「ズシン、ズシン」と足をふみ鳴らし、拳から伸ばした親指を下に向け、待望の結果に沸き立っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
??「マズイの」
??「地獄行きって……。一輪、本気じゃないよね?」
一輪「残念だけど、たぶん本気なんだと思う」
??「ふーん、どうでもいいや」
途中から観戦していた彼女達。だがこれまでの試合展開と周囲の熱の入り方で状況を薄々察していた。そこへ最強の鬼が放った決定的な一言。目の前で起きている事は、彼女達が予想していたものを大きく超えていた。
村紗「私……我慢出来ないッ」
一輪「村紗待ちなさい! 何処に行くの!?」
村紗「止めてくる!」
雲山「ワシも力を貸そう」
村紗「ありがとう」
ぬえ「やめた方がいいと思うけどなー」
席を立ち上がり、駆け出す舟幽霊と入道雲。「決着が着く前に」と急ぐ。
ジリリリリリッ!
急ぐ舟幽霊の足下でベル音がけたたましく鳴り響いた。それは地底世界にはまだない文明の利器。見た事も無い不思議な物に首を傾げる舟幽霊。だが放置していてもベルの音は鳴り止まない。周りの観客達もその音に気付き始め、ジロジロと冷たい視線で「早く鳴り止ませろ」と語っていた。
周囲に苦笑いで「ごめんなさい」と会釈をし、再び視線を鳴り止まない黒い物体へ。彼女は目を疑った。その物体に、今まで無かったメモがいつの間にか貼り付けあったのだから。そこには、
『←耳 ↑取ってね♡ →口』
と
??「イマ、アナタノウシロニイルヨ」
背筋に悪寒が走った。「いる」彼女の全神経がそう告げていた。一瞬前まで感じなかった何者かの気配がすぐそこに。恐怖から体が硬直し、身動きが取れなくなった彼女。が、
??「もしも〜し、後ろにいますよ〜♪」
耳元と真後ろから同時に聴こえて来た緩い声。どうやら「振り向け」という事らしい。その声に真っ先に反応したのは
雲山「何奴!?」
舟幽霊の隣で様子を見ていた雲のおっさん。彼が目にしたのは肩に
??「こんにちは〜♪」
雲山「う、うむ」
村紗「あなたは……?」
張り詰めていた緊迫感から解放され、背後を確認する余裕が生まれた舟幽霊。彼女も不思議な少女の姿を目視していた。
??「私こいし、お姉ちゃんの妹だよ♪ お空、あっちにお姉ちゃんいるから行ってきなよ」
少女が肩の鴉に語りかけると、鴉は翼を広げて主人の下へと飛んで行った。
いきなり現れ、自分のペースに引き込む少女に一時呆然となるが、
村紗「ちょちょちょっと待った。お姉ちゃん? それよりもコレ何? 取った瞬間に『今、あなたの後ろにいるよ』ってどういう事?」
瞬時に我に返り、謎だらけの少女に質問の連打。
一輪「その人は多分、今の町長の妹さんだよ」
そこへ歩み寄る入道使いと太古の妖怪。入道使いが言う様に、彼女達の前にひょっこり現れたのは地霊殿の妹君。古明地こいしである。
こい「ピンポーン♪ それであなたが持っているそれは電話って言うんだよ♪ やっぱり知らなった?」
村紗「ごめん初めて見た」
こい「ん〜……、せっかく河童さんに作ってもらったのにな〜。じゃあメリーさんも知らないよね〜。これはしばらくお蔵入りかな〜?」
眉間に皺を寄せて腕組み。やりたい事が「時代を先取りし過ぎていた」と、ブツブツ言いながら一人反省会。
村紗「あのー……」
こい「そうそう、それで何しようとしてたの?」
村紗「そうだ! 試合を止めないと」
忘れかけていた本題を思い出し、再び駆け出す舟幽霊。少女の横を通り過ぎ、「間に合え」と祈りながら急いだ。
こい「ダ〜メ♪」
無邪気な子供が口にした茶目っ気たっぷりの一言だった。だが放たれた雰囲気はその真逆。急ぐ彼女の首に突き付けられた光る物が、少女の本気度を象徴していた。
こい「させないよ♪ 今いいところなんだから♪」
村紗「いいところって……、あんな状況じゃあの子に勝ち目ないじゃない。あれの何処がいいところなのよ! あなたは知らない子かも知れないけど、私達は……」
こい「知ってるよ♪ ずっと昔からね♪」
村紗「じゃあどうして……助けたいと思わないの?」
少年とは知り合ってからまだ日は浅い。その上恥ずかしい姿を見られ、変なあだ名を付けられた。だがそれでも一緒にちょっとした冒険をした仲間。放ってなどいられなかった。
それが「古くからの知り合い」と語る少女に止められ、「何故こんな事を?」と疑問を投げかけるのは自然な流れ。
すると少女は
こい「だって……」
この質問に
こい「面白いじゃん♪」
「あはははッ」と高い声で笑いながら答えた。
村紗「面白いってあんたねぇ、正気じゃないよ」
こい「そうかな〜? でも、どうしても止めたいのなら〜」
少女はそこまで告げると、舟幽霊を解放してその前で通せんぼ。そして続きの言葉を無邪気な笑顔で言い放った。
こい「私を倒していきなよ♪」
その手には3枚のカードが広げられていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドクン、ドクンと強く、早く、痛みを感じさせる程脈打つ心臓。意図的ではないにしろ、少年がやった事は決して許される事ではない。でも、いざその時を直面すると……。
お燐「いやニャ……」
それは彼女に限った事ではない。
ヤマ「ウソ……ウソだよね? 生き地獄なんてウソだよね!?」
現実から目を背けようとするが、
キス「フッフッフッ……。ヤマメ、鬼はウソを言わないんだよ……」
受け入れる事しかできず、
パル「ね、妬ましい……」
何も出来ない自分に、
萃香「イヤーッ!」
苛立ちを覚え、悲鳴を上げる。彼女達は心の底から願う事しか出来なかった。「誰か止めて」と。
??「ウオーッ!」
祈る彼女達のすぐ近くで若い雄叫びが上がった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
顔を合わせればいつも喧嘩ばかりしていた。昔から変わらずずっと。今年になってもそれは変わらなかった。力が弱くて、短気で面倒くさくて、その上歳下のクセに生意気な口を叩いて。はっきり言ってムカつく。
好きか嫌いかで聞かれたら、200%嫌いって答える。
兄弟から「最近一緒に行動していて仲が良さそう」って言われるけど、そんな事はない。七不思議を一緒に探したのは、お互い退屈していたから。ただそれだけ。
だからアイツが自分でまいた種でどうなろうと知った事ではない。
大鬼「ンーッ!!」
はずなのに、それなのに……。
和鬼「ウオーッ!」
放ってとけないんだよ!
和鬼「大鬼!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
走り始めた少年の腐れ縁。深い理由など無い、ただ「助けたい」という強い想いが体を動かしていた。
走り初めて間もなく、彼は突然全身が軽くなった事に気が付いた。それはまるで羽が生えたかの様に「ふわり」と。だがそう感じた直後、全身を強い衝撃が襲った。この瞬間、彼は誰の仕業であるか確認もせず、直感的に悟った。
和鬼「叔父貴邪魔するな!」
蒼鬼「カズ、今何をするつもりだったんだ?」
和鬼「大鬼を助ける! 地獄行きなんてさせない!」
蒼鬼「馬鹿野郎が! もう始まってるんだ。そんな事をすればお前もただじゃ済まないぞ!?」
和鬼「それでも……」
目の前で敗北が決まりかけている最弱は、彼とは犬猿の仲で、因縁の仲で、腐れ縁。それでも……。
和鬼「助ける!」
初めて出来た友達。
和鬼「どけ叔父貴!」
蒼鬼「させるかよ!」
【十年後:鬼の祭_拾壱】