東方迷子伝   作:GA王

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十年後:鬼の祭_拾壱

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 辺りには張り詰めた空気が(ただよ)っていた。彼女達と無関係な観客達はそのただならぬ雰囲気を感じとったのか、会話一つ、身動き一つ出来ないでいた。向き合う2人はさながら西部劇の決闘シーン真っ只中。

 片や鋭い視線で睨みつける舟幽霊。片やニコニコと鼻歌混じりに微笑む心を閉ざした覚り妖怪。ルールは先に少女が提示したスペルカード3枚の勝負だろう。舟幽霊の彼女もそう認識していた。

 

 

バコーーーンッ!

 

 

 会場中に響き渡る破壊音が開始の合図になり、双方が動いた。最初に仕掛けたのは、

 

村紗「『転覆:』」

 

 舟幽霊、1枚目のスペルカードをすぐさま掲げ、宣言を開始した。

 

村紗「『撃沈』」

 

 『転覆:撃沈アンカー』巨大な(いかり)型の光弾を相手に目掛けて飛ばす豪快な技。彼女の代表的なスペルカードである。水色の光を放つ錨はどこか怪しげではあるものの、見る者を直感的に魅了する。さらに魅力はさることながら、その威力もかなりのもの。現に以前、少年達と冒険へと旅立った際に、地底の壁を爆破させたほどである。要約すると、ガチでヤバイ。

 

村紗「『アンむぐっ!?』」

 

 だが、小さく白い手によって妨害された。

 

こい「ダメだよ♪ こんな近くでスペカを宣言しちゃ♪」

 

 ニコリと笑みを浮かべながら彼女の口を片手で塞ぎ、反対の手でこれから宣言するスペルカードを見せつける少女。そのカードに書かれた文字は『無意識:弾幕のロールシャッハ』。

 飛ばされる光弾は円を描く様に広がり、遠方に居れば容易に避けれるのだが、実はこのスペルカード、宣言と同時に少女の周囲をぐるぐると回りながら、何重にも光弾を残していく。

 今少女と彼女の距離は腕の長さ一つ分だけ。超近距離のこの状態で宣言されれば大量の光弾は彼女に命中する事になる。

 だが彼女は少女が掲げるスペルカードの威力と効果を知らない。それでもたった一つだけ理解していた。

 

村紗「(ヤバイ……)」

 

 と。例えどんなスペルカードであろうと、今の彼女の状況では間逃れられないのだから。

 

こい「な〜んてね♪」

 

 暖かい春の陽気を彷彿(ほうふつ)させる晴々としたニッコリスマイル。無邪気な少女は彼女から手を離すとくるりと向きを変え、観客席の空いているスペースを目指して歩き出した。再び呆然(ぼうぜん)(たたず)む彼女。だが直ぐに察した。

 

村紗「くー……ッ!」

 

 遊ばれていただけだと。赤面し、両手で拳を(にぎ)りしめてワナワナ。こみ上げる(いきどお)りは彼女に2枚目のスペルカードを引かせていた。

 

 

ガッ!

 

 

 だが彼女が掲げるよりも早く、その腕を掴まれて阻止された。

 

ぬえ「やめた方がいいよ。あの子、相当強いから」

 

 「やるだけ無駄」と(うなが)す感の鋭いイタズラ好きな泣き虫。すると、この言葉が少女の耳にも届いたのか、少女は膝丈くらいのスカートを広げながら、再びくるりと回転して彼女達を正面にすると、

 

こい「えへへへ〜♪」

 

 嬉しそうに頭をかきながら照れ笑い。そして、

 

こい「あなたもね♪」

 

 と、()めてくれた泣き虫にお返しの言葉をプレゼント。送られた方はこれまたモジモジと小さくなり、満更でもないといったご様子。

 いっぽうその頃、他の宝舟御一行は

 

  『(それ、お世辞だから)』

 

 と、少女の言葉を本気にする泣き虫を鼻で笑っていた。

 面倒な事だと感付けばエスケープ、油断したところを突いてはエスケープ、他の者が寝静まったところを狙ってはエスケープ。しかし結局それがバレ、裏モードの一輪に叱られて「ぬえーーーん」。こんな日頃の行いを目の当たりにしていれば、そう思うのも無理もない。

 

こい「みんなで一緒に見ようよ♪」

ぬえ「あっ……うん」

村紗「そんな場合じゃないって言うのに……」

 

 照れる泣き虫と、未だ胸の内が晴れない舟幽霊の腕を掴み、自分のワールドに(いざな)う無意識の少女。

 

こい「煙のおじさんもこっちこっち♪」

雲山「う、うむ……。じゃがワシは煙じゃなくて見越入道の妖怪で……」

こい「じゃあ()()()()()()()()()だね♪」

 

 御年輩でさえも巻き込んでいく無意識の少女。

 

一輪「やれやれ、これは敵わないわね」

 

 そう彼女の笑顔、行動、言動は全て無意識。だから

 

こい「()()()()()♪ 早く早く〜♪」

 

 

ブチリッ

 

 

一輪「この砂利っ娘がー! 〇〇(ピー)〇〇(ピー)に手ェ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしてやらァッ!」

雲山「マズイ、裏モードじゃ」

ぬえ「ひぃぃぃっ!」

村紗「一輪落ち着いて!」

こい「あははは〜♪

 

 仕方がない。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

親方「へへ、だいぶ荒れてきたな」

 

 土俵の下へ目をやり、大きなベル音が聞こえた観客席へ視線を移し、そして被写体を少年に戻して余裕の笑み。

 

親方「随分と好かれたものだな。人間のくせによ」

大鬼「ンーーーッ!」

 

 なんとか脱出しようともがき続ける少年。だがそれはかえって逆効果。

 

親方「おいおいおいおい、そんなに暴れてくれるなよ。手が滑って離しちまったら、お前の負けなんだぞ?」

 

 彼のこの発言で少年の足掻(あが)きがピタリと止まった。自身の置かれた状況を改めて認識したのだ。加えて浮き上がる疑問、チャンピオンの言動はあたかも……。

 

親方「……ねぇよ」

 

 その場で手を離せば少年を生き地獄へと送る事が出来た。だが彼は、

 

 

バコーーーンッ!

 

 

 少年を真反対、土俵に出来上がった瓦礫(がれき)の山へと全力投球を行なったのだった。

 

親方「終わらせねぇよ。無傷のまま終わらせてたまるか!!」

 

 彼の燃え盛る怒りはまだ消えてなどいない。そのまま終わらせてしまっては意味をなさないのだから。

 彼の狙いは民衆の前で少年の行いを(さら)し、完膚なきまでに痛めつける事。そして止まる事を知らない怒りをありのまま放つ事。そう、彼の中ではこれは勝負や決闘などですらなかった。勝って当たり前の体格差に、圧倒的な実力差、そして種族の差。誰もが「彼が勝つ」と信じて疑わないだろう。

 だが現実はどうだ。攻撃を加えても加えても少年は平然と起き上り、そして危うく負けるところだったのだ。当然怒りが静まるはずなどない。

 

大鬼「危なかったー……」

 

 最強の鬼の全力投球にも関わらず、またまたいつも通りに立ち上がる少年。チャンピオンの内心がどうであろうと、少年からすれば九死に一生、ラッキー中のラッキーである。その上チャンピオンは未だ土俵際。少年は「まだ勝機はある」と判断、直ぐに彼に照準を合わせて走り出した。

 

大鬼「(さっきは油断した)」

 

 少年は学んでいた。失敗したのは「辿り着く事を目標としていたからだ」と。「足を掴んで持ち上げる」そんな単調な方法で彼が倒れない事は、少年が一番よく知っている事だった。だからこそ今度はあらゆる手を考えた。

 

①殴りに来たら → 散歩必殺

②掴みに来たら → 散歩必殺

③蹴りに来たら → 散歩必殺

 

 どの方向から何が来ても対処出来る様に動きをイメージしていた。抜かりなどない。

 

大鬼「(この位置。さあ、来い!)」

 

 イメージした中で最高のポジション。加えて強大な相手は腕を引き「打」の構え。少年の『考え①』が現実味を帯びて来た。

 

 

ゆらっ……

 

 

 全身からすぐに力を抜きリラックスモードへ。そこへチャンピオンの腰元から突き出された手が一直線に向かって行く。

 ここまでは少年のシミュレーション通り。後は片足を軸に回転を加えながら回避し、態勢を崩して押し出す。少年の目には自分の通るべき道筋、未来の動作が一コマ一コマ残像の様に映し出されていた。

 だが少年はまたしても油断していた。真っ先に考えなければならないものを、最も危惧しなければならない状況を、起こりうる可能性から消していたのだ。

 

親方「『大江山颪イイイッ』!!」

 

 回避へと動き出した少年を、高密度の大気が大波の様に襲い、吹き飛ばした。

 少年の勝機、それは三つの条件下でのみ見出せる。

 

 一つ、自分がダメージを負っていない事

 一つ、チャンピオンが土俵際にいる事

 一つ、チャンピオンが能力切れである事

 

 だがチャンピオンは復活していた。少年を掴んでいた数分の間に呼吸を整え、能力を使えるまでに体力を回復させていたのだ。この時点で少年の勝機に分厚い雲がかかった。

 またまたまたまた瓦礫の山へと飛ばされた少年、さぞ驚き、絶望しているのかと思いきや「全快なわけがない。もうアレは使えない」とプラス思考、やる気は満々といった様子。

 少年のこの見解は正しかった。彼がその時点で回復出来た体力は、大江山颪1発分程度。少年の勝機が再び輝き始めた。

 しかし厄介な事に彼はこの闘いの中である術を身に付けていた。その事にいち早く気付いたのは、

 

蒼鬼「なるほどな。状況に応じて発動させるわけか」

 

 場外乱闘を終えたチャンピオンの親友だった。そしてその相手は今、

 

和鬼「離せよッ! そんでそこから退きやがれ!」

 

 座布団としての使命を全うしていた。

 少年を救おうと意気込んで叔父に立ち向かって行った彼だが、相手が悪かった。攻撃を受け流し、その力を利用して反撃する「柔」の伝道師。普段からその弟子と手合わせして戦い方を熟知していたが、格が違い過ぎた。結果、力任せの攻撃を全て避けられ、あっと言う間にダウン。さらに巨匠に指示を出してミノムシへと大変身。それをいいことに……で、今に至る。

 

蒼鬼「そんなに動くなって。内臓が刺激されて……あ、出そう」

和鬼「ふざけんなッ、あっち行ってして来い! わっ、臭え!!」

 

 甥の上で「割り込もうとした罰」という名目で豪快にガスを放つ片角の鬼。

 その彼の見立て通り、チャンピオンは能力のONとOFFを切り替える事にしていた。少年が近づいて来ない時は能力を切って体力をチャージ、近寄ってきたら能力を発動して『大江山颪』。そうする事で「持続させる」という体力を使う間が、充填時間へと姿を変え、弾切れの心配が無くなった。しかも彼はこれを素早く切り替えていた。練習していた訳ではない。たった今思い付き、器用にこなしたのだ。もはや『闘いの才能』とでしか説明が出来ない。

 そんな工夫の事など知る(よし)もない少年。

 

大鬼「(もう撃てるはずがない)」

 

 と膝を立てた姿勢から立ち上がろうとするが、その見解は大外れ。走り出す前に衝撃波を当てられて後方へ。その上着地と同時に向かって行くが、また衝撃波が襲いかかり、更に押し戻される。

 

大鬼「そんな……」

 

 予想以上に回復しているチャンピオンに少年は焦り始めていた。勝機に再び暗雲がかかった瞬間だった。だがそれだけでは終わらない。

 

親方「こんなんじゃいつまでたっても(らち)が明かねぇ」

 

 巨大な拳を握りしめて肩を怒らせ、少年へと近づき始めたのだ。チャンピオンがあの位置にいたからこそ、色々な戦術を考えられたというもの。言わば可能性であり、勝利への希望だった。それを失ってしまっては暗闇に突き落とされたのと同意。少年の勝機に亀裂が入った瞬間だった。

 それでも少年は諦める訳にはいかなかった。生き地獄を回避するために、夢を実現するために、そして、

 

大鬼「姐さん……」

 

 視線の先の者に(つぐな)うために。

 

大鬼「(絶対に勝つ!!)」

 

 ◯自分がダメージを負っていない事

 ×チャンピオンが土俵際にいる事

 ×チャンピオンが能力切れである事

 

 条件の内二つが無くなり、勝機などとっくに消え失せた少年。

 

大鬼「(まだいける)」

 

 今や最後の条件のみが心の()り所。その目に宿る闘志はまだ消えていなかった。だが……。

 

親方「あん? 大鬼てめぇ……」

 

 それは少年の近くまで歩み寄った彼だけが気付いた小さくも、大きな意味を持つ変化だった。

 

親方「鼻血が出てるぞ」

 




【次回:十年後:鬼の祭_拾弐】

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