東方迷子伝   作:GA王

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十年後:鬼の祭_拾弐

大鬼「えっ!?」

 

 チャンピオンの言葉で我に返る少年。鼻に神経を向ければ確かに感じる生温かい物。恐る恐る手で(ぬぐ)ってみれば、そこにははっきりと赤い液体が。

 

親方「くっ、くくく……。どうやら完全なゾンビというわけじゃないらしいな」

 

 悟った彼はすぐに次の行動に出ていた。自身の身に起きた事に驚愕し、反応が遅れた少年の直近であの構え。そこから繰り出す技は3度目の正直となる

 

親方「『大江山颪ィィィッ』」

 

 究極破壊兵器。

 放たれた掌底はしっかりと小さな少年の体を捉え、さらに土俵の奥底へと沈めていく。彼の体重が加わった物理的な破壊力。そこに掛け合わさる高密度の衝撃波は、土俵から大きな瓦礫(がれき)を大量に()き散らせ、平らだった表面はスプーンですくわれたかの様に、くっきりとクレーターを残した。

 その中心部、そこで2本足で立っているのは彼一人。チャージしていた能力が再び底を突いたのだろう。「ハァ……、ハァ……」と肩で息をしている。そして彼の足下には、大の字で天を仰ぐ少年の姿。

 

大鬼「ゲボッゲボッ!」

 

 (せき)をしながらも上体を起こして立ち上がる。ゆっくりと膝に手を付いて、眉間(みけん)(しわ)を寄せた表情で。

 

  『ウオオオオオッ!!』

 

 観客席から上がる歓喜、狂喜、快楽の雄叫び。誰もが理解した。「少年にダメージが入った」と。

 

親方「やっと……」

 

 一つ、チャンピオンが能力切れである事

 

親方「やっと来たぜ」

 

 一つ、チャンピオンが土俵際にいる事

 

親方「この時がよーっ!!」

 

 一つ、自分がダメージを負っていない事

 とうとう最後の心の支えまで失った今、勝機は闘志を道連れに音を立てて粉々に崩れ去った。

 【闘志:戦おうとする意志の事】

 それは戦う上で最も大切なもの。それだけに格上相手で失ってしまっては……

 

大鬼「うあああ……」

 

 自信は怯えへ、勇気は恐怖へ、希望は絶望へと姿を変える。

 仁王立ちで構える鬼。少年の目にはそれがいつもの倍以上に映り、歯をカタカタと鳴らさせ、足をガクガクと震えさせ、心臓をズキンズキンと脈打たせ、その場で縛り付けた。

 

親方「その面をよぉ、ずーっと待ってたんだよ」

 

 高々と振り上げられた拳は、少年の頭を目掛けて彗星となって降り注ぐ。

 

大鬼「()()()

 

 それはお仕置きのゲンコツを食らった時程度のリアクション。少年にとって大したダメージになっていなかった。だが彼にとってはそれで充分だった。なぜなら少年は確かに言ったのだから。()()と。

 

親方「今のは能力無しだ。次は上乗せするぞ!」

 

 そう言い放つと、彼は惜しげも無く能力を完全開放。さらにそこから間髪入れず殴る、殴る、殴る、蹴る、蹴る、蹴るの猛ラッシュ。彼は息の続く限り攻撃を行った。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 長いプロローグの末、ついに幕を開けた一方的で無慈悲で残酷なショー。だが観客は目を背けずに、熱い眼差しと歓声を送っていた。

 

??「これが……これが正しい選択だというの?」

 

 (なげ)きの声と共にその場で膝をつく『正しい道を示す』程度の能力者。

 彼女が戻った時には、既に夫の猛攻は始まっていた。抵抗出来ない少年に豪雨の様に浴びせられる巨大な鉄拳、姿勢を崩したところに吹き上げる間欠泉の様に襲いかかる岩盤の様な足。攻撃を受ける度に少年は|苦痛な表情を浮かべ、口から少量の血液が混じった唾液を垂らしていた。そしてついに、

 

大鬼「うああああッ!」

 

 「バキバキッ」と枝が折れる音がした直後に、会場中に反響する断末魔が上がった。

 

鬼1「きたーーーッ!」

鬼2「ついにデカイのがいったぞ!!」

妖怪「ざまあねえなッ」

 

 さらに活気付く観客席。その声に後押しされたかの様に夫の拳は速度を上げていく。

 

棟梁「これは何かの間違い……こんなのが正しいはずがない」

 

 弱者が強者に徹底的に痛めつけられているところを大勢で楽しむ。如何(いか)なる理由があろうと、そんな事が許されるはずがない。まさに血も涙もない鬼の所業。「自分の能力で導いた道の先が、皆を悪しき方向へと導いている」彼女はそう思った。

 

棟梁「このままでは何も解決出来ないばかりか、最悪な方向へ辿(たど)り着いてしまう」

 

 そう呟くのが早いか、彼女は夫のいる舞台へと歩み出していた。

 

??「待って下さい!」

 

 そこへ大の字で立ちはだかるのは、彼女が手塩にかけて育てた現・町の長。

 

さと「お気持ちはお察しています。ですが、いくら棟梁様とは言え、もう止められません」

棟梁「そんな悠長な事を言っていられる場合じゃありません! 後悔したって遅いのですよ!? それにもう時間がありません。早くしないと本当に勇儀が……」

 

 そこまで話した彼女は目を見開き、言葉を詰まらせた。

 

さと「分かっていますよ……。今の状況が最悪な事も、時間があと30分も無い事も、今すぐ止めないとボケっ子が本当に地獄行きになってしまう事も。もしかしたら最悪の場合……」

 

 彼女の前に立ち塞がる弟子は歯を食いしばり、その拳からは

 

さと「私は勇儀さんを救う事が正しい道だと思うんです。だから……だからきっとこれが彼女を救う方法だと思うんです」

 

 赤い涙が(こぼ)れ落ちていた。

 

棟梁「古明地さん、正しい道が必ずしも全て丸く収まるとは限りません。何かを犠牲にして成り立つ正しさもあり得るのです。例え正しくなくても、そうなる前に対応しないと……」

さと「棟梁様の能力はそんなものではありません! あなたは心優しい方です。その方の能力が残酷な正しさを選ぶはずがありません! 棟梁様が導いてくれた道は、きっと勇儀さんを助けてくれて、全てを丸く収めてくれると信じています!!」

 

 その上こうも言われてしまっては、もう返す言葉もない。無言で向き合う二人。まるでその場だけ時が止まったかの様。だがその硬直状態はまもなく破られた。

 

??「ギャーーーッ!」

 

 鼓膜を貫く悲鳴によって。視線を悲鳴の発生源へと向けるとそこには、

 

??「い、いてぇー……」

 

 頭に手を当てて苦悶(くもん)の表情を浮かべる観客が。

 

さと「どうかされたんですか!?」

鬼3「分からない。コイツいきなり叫……ギャーーーッ!!」

さと「え!? ちょ、ちょっとあなた大丈夫!?」

鬼3「あ、頭が割れる……」

さと「頭が割れる?」

 

 様子が奇妙な2人に、覚り妖怪の彼女は首を傾げながらも、「きっと2人共ヒートし過ぎただけ」と楽観的に考えていた。だがこの不可解な現象は別の所でも起こっていた。それも彼女の近くで。

 

??「ちょちょちょっと鬼さん達どうしたの!?」

 

 共に観戦していた組合の者達が一様に苦しみ出し、慌て始める地獄の女神。そんな彼女を横目に

 

純狐「ヘカーティア、その人達だけじゃないよ。会場中が悲鳴を上げてる」

 

 女神のご友人は冷静に周囲を見回していた。

 

ヘカ「さとりん! みんなの様子が変だよ!!」

 

 女神からの呼び掛けでこの異常事態が「只事ではない」と理解した現・町長。深く息をして、心が落ち着いた状態で観客席へと目を向ければ、頭を抱えて悲鳴を上げる者が多数。しかもそれは……。

 

さと「鬼だけ……」

 

 そう覚るやいなや、彼女の耳に小さな(うな)り声が聞こえて来た。

 

さと「棟梁様!? 大丈夫ですか?」

棟梁「お、音が……」

さと「音?」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 猛攻が始まってから少年に浴びせた攻撃の数は優に3桁を超えていた。それも能力を開放し続けたまま。残量から考えれば、もうとっくに切れていてもおかしくはないはず。それを可能にしているのは極度の興奮状態。今彼を動かしているのは脳内から(あふ)れるアドレナリン、ドーパミン、エンドルフィンのみ。

 ラッシュ開始時こそ(わず)かなダメージしか与えられなかった打撃は、続けているうちに次第に威力相当のものへ。少年の体には(あざ)が浮かび、顔は内出血で膨れ上がっていた。それでも、能力で倍化した彼の攻撃を受けていながらこのダメージ量はまだいい方。だがついに、その時は来た。

 

 

バキバキッ

 

 

 彼の拳が少年の右腕を(とら)え、悲鳴を上げさせた音だった。拳を伝わる振動が、弾けるリズムが、そこに加わる少年のビブラートが彼を絶頂へと導いた。

 あらぬ方向へと屈折した腕を押さえて(ひざまず)き、生まれて初めて味わう激痛に悶絶(もんぜつ)する少年。自分と最強の本当の実力差を思い知らされたのだ。

 「勝てっこない」「敵わない」「無理」続々と押し寄せる負の感情。それらは一つの真実に向けて少年の思考を加速させていた。

 

大鬼「(殺される)」

 

 と。

 

親方「腕が折れたみたいだな。どうだ? 痛いか? 苦しいか?」

 

 (もだ)える少年の姿を嘲笑(あざわら)うかの様に尋ねる最強の鬼。

 

親方「けどな……けどなぁッ」

 

 叫びながら握りしめた拳を振り上げ、

 

親方「勇儀が受けた苦しみと痛みはこんなもんじゃねぇんだぞ!」

 

 追撃を行うチャンピオン。

 

親方「あいつはお前が出て行った後も『帰って来る』ってずっと信じて待っていたんだ」

 

 言葉を発する度に重みを増していく力自慢の拳では、

 

親方「いつ帰って来てもお前がすぐ食べられる様に、何度も何度も飯を温め直して、作り直して、おまけに風呂まで沸かし続けていたんだぞ!」

 

 少年の血が赤く染めていき、

 

親方「喧嘩になった事を悔いて、お前と仲直りする事を望んでいたんだ」

 

 彼の飛び散る涙がそれを洗い流していた。

 

親方「それなのに、それなのに、それなのにーッ!」

 

 2撃、3撃と続く駄目押しに、少年は地面にひれ伏し、とうとう頭から大量の血を流し始めた。

 

親方「勇儀は……勇儀は……勇儀はもう助からねぇ」

 

 恋愛、友愛、隣人愛、兄弟愛、そして家族愛。『愛』には様々な形と意味がある。それは温かく、人を幸せにし、活力を与えるもの。

 

親方「本当の孫の様に思っていた……」

 

 だが一様にして言えるのは、

 

親方「ああは言ったが、お前が生き地獄に合うところなんて……見てられねぇよ」

 

 その『愛』に背いた時、

 

親方「せめてもの情けだ」

 

 与えた愛情の何倍にも膨れ上がった

 

親方「今この場で殺してやる」

 

 憎しみへと変貌(へんぼう)する

 

大鬼「うぅぅぅ……っ」

親方「もう足掻(あが)くな。お前は所詮人間、ワシらとは住む世界が違ったんだ」

 

 彼の足下で苦しみの唸り声を上げる少年は、もはや虫の息さながら。起き上がる余力さえも持ち合わせていないのは見るに明らか。そこへ片手を腰元まで引いたあの構え。

 

親方「あばよ大鬼」

 

 別れの言葉と共に送る

 

親方「『大江山颪』」

 

 究極破壊兵器。

 




【次回:十年後:目覚め】
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