◇ ◇ ◇ ◇ ◇
苦しい……辛い……痛い……すごく。痛すぎて頭がクラクラする。でも……。
親方「勇儀が受けた苦しみと痛みはこんなもんじゃねぇぞ!」
わかってる。萃香さんが自分の事を犠牲にしてまで教えてくれたから。あの時の激痛に比べたら、今の方が格段にまし。少しの間だけだったけど心と体が粉々に、バラバラになりそうだった。あれをずっとと思うと……それこそ生き地獄だったはず。
親方「あいつはお前が出て行った後も『帰って来る』ってずっと信じて待ってたんだ。いつ帰って来てもお前がすぐ食べられる様に、何度も何度も飯を温め直して、作り直して、おまけに風呂まで沸かし続けていたんだぞ!」
そうだったんだ……。それなのにのうのうと診療所の爺さんの情に甘えて、食事と風呂まで世話になって。ホント、なにやってたんだろ……。
親方「喧嘩になった事を悔いて、お前と仲直りする事を望んでいたんだ」
つまらない意地を張ってごめんなさい。
親方「それなのに、それなのに、それなのにーッ!」
今まで面倒を見てくれた事、本当に感謝してる。それを
親方「勇儀は……勇儀は……勇儀はもう助からねぇ」
辛い目に合わせてごめんなさい。それと、
親方「本当の孫の様に思ってたのに……」
じいちゃん。裏切る真似して、
でも……でも、それでも
親方「お前が生き地獄に合うところなんて、見てられねぇよ。やりたくねぇよ。せめてもの情けだ。今この場で殺してやる」
絶対に……姐さんは絶対に助ける。こんな事で姐さんを死なせたりしない。それに、ちゃんと言わなきゃいけない事があるんだ。
大鬼「うぅぅぅ……っ」
だから、今は死ねない!
ヤマメが、ミツメが、ばあちゃんが教えてくれた。昔自分が小さかった時、大怪我して死ぬ寸前だったって。その時に……――――
棟梁「私が見た時には、あなたは大量の血を流して気を失っていました」
ヤマ「診療所のおじいちゃんも『すぐに輸血しないと助からない』って」
大鬼「ゆけつ?」
さと「血を分けてもらう事よ。同じ血液型の者同士ならできるの。そんな事も知らないの?」
ヤマ「でも種族が違う者の間では絶対にやっちゃいけない事なの」
棟梁「それでもあの子、勇儀は『罰なら受ける、何でもやる』と言って……。その上町を出て行く覚悟も決めてまであなたを救おうとしていました。その後どうなったのかは、今あなたが生きている事が全てですよ」
大鬼「それじゃあ……」
ヤマ「だからね……」
棟梁「あなた達2人は……――――」
萃香さんも気を失いそうだったはずなのに、それなのに一生懸命
萃香「他人とか、本当の親じゃないとか、悲しい事言わないで……。勇儀はさ、育ててくれたよね?」
大鬼「うん……」
萃香「『大鬼』の名前、くれたよね?」
大鬼「うん……」
萃香「それに……、あなた達には確かな
大鬼「え?」
萃香「大鬼、あなたの中には勇儀の……――――」
『血が通ってる』
親方「もう
違う、人間じゃない。口うるさくて鈍感で寝相は最悪だけど、強くて、かっこよくて、綺麗で優しい鬼の血を受け取った……
親方「あばよ大鬼」
鬼だ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……
…………
…………。
…………ぃ。
(?)
……なさい。
(??)
ごめんなさい。
(…………)
つまらない意地を張ってごめんなさい。
(…………ウソ)
今まで世話をしてくれた事、感謝してる。
(……またウソ)
それを仇で返してごめんなさい。
(怖い。また裏切られそうで。でも…………)
辛い目に合わせてごめんなさい。
(分かっちまう。どれもこれもアイツの本心だって。アイツの想いが流れこんで来て、手に取るように分かる)
口うるさくて鈍感で寝相は最悪
(おい、しっかり伝わってるからな)
だけど、
(ん?)
強くて、かっこよくて、綺麗で優しい
(へへ……)
鬼の血を受け取った鬼だ!
(出来過ぎだバカ野郎!)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『勇儀!?』
むくりと目覚めた彼女に
??「すっごい心配したんだよ」
彼女の手を握り、涙ぐむ蜘蛛姫。
??「ぱーるぱるぱるぱる(泣)」
彼女の胸元に顔を埋め、目から鼻から滝を流して大号泣の嫉妬姫。
??「フッフッフッ……、王子様のチューは不要だったか」
何を期待していたのか、自力で目覚めた眠り姫を不気味な笑顔で迎える桶姫。
各々が彼女の目覚めに歓喜する中、
お燐「勇儀さん、頭は大丈夫ですかニャ!?」
猫娘だけは身の回りで起きている不可解且つ異様な現象について、彼女を気にかけていた。そう、今彼女達の周囲では片角の鬼、萃香、和鬼そして医者までもが、頭を抱えて七転八倒している最中だった。
ヤマ「そうだ勇儀、鬼のみんなが『音が、音が』って苦しんでるの。私達には聞こえないんだけど……」
「何か聞こえる?」そう尋ねようとした矢先、蜘蛛姫は自分の声が彼女に届いていないと察して質問を変更した。
ヤマ「勇儀?」
「もしもし聞こえてますか?」と。試しに目の前で手をかざして振ってみる。だが彼女は瞬きもせず、光を取り戻していない瞳でただ一点だけを見つめて
あまりの無反応さに「どうしたんだろう?」と蜘蛛姫が疑問を抱き、再び不安になり始めた頃、彼女はようやくポツリと独り言を呟いた。
勇儀「呼んでる……」
ヤマ「え?」
勇儀「アイツが……大鬼が私を呼んでる」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
突然襲って来た音に妨害され、彼の最大の技は不発に終わった。
その音は高く、特大のボリュームで鼓膜を通り越し、彼の脳を激しく揺さぶったていた。
親方「があああッ!」
この試合で初めて上げる悲鳴。彼は今、耳を塞いでも静まらない音に、頭を地面に打ち付け必死に対抗していた。そこへ、
ゾクッ
天才的戦闘のセンスが、五感が、細胞が危険を察知し、彼をその場から遠ざけた。冷静に考えればそんな事をする必要はなかった。少年は今や虫の息。身動き一つ出来ない程負傷し、今や彼に危害を加えられる者は誰もいないはずなのだから。
だがこの時は彼の細胞と直感が正しかった。
大鬼「……」
動けないはず。
大鬼「……だ」
立ち上がるなんてもっての他。
大鬼「ボクは……だ」
その上最弱。にも関わらず、
親方「お、お前……大鬼貴様何者なんだよ!」
最強はじりじりと少年からさらに距離を置き始めていた。
大鬼「何者? ボクは……ボクは鬼だ」
親方「黙れ人間ッ! 何も出来ないクセに起き上がってくるんじゃねぇよ! 『大江山颪イイイッ』」
脳を激しく揺さぶられながらも、ありったけの力を込めて放った衝撃波は、これまで以上の速度と重さと密度で少年へと一直線で飛んで行く。速度×重さ×密度=破壊力の法則に従えば、少年の場外は確実。その上負傷した体で直撃すれば骨、内臓、そして命までも無事では済まない。
大鬼「鬼だーーーッ!!」
バッチーーーン!!
破壊力に比例した大ボリュームの破裂音。その音が意味するものは「ターゲットに命中した」という事。それは
親方「なんで……」
だが少年は、
親方「なんでそこにいるんだよッ!」
その場から寸分も動く事なく、折れた右腕を重力に任せて2本の足で立っていた。唯一残っている左手を彼に向けて。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヤマ「きゃっ!」
パル「ムグッ」
視線の先へと歩き始める彼女。その拍子に肩が辺り、尻もちをつく蜘蛛姫。そして山の8合目から滑り落ち、深い谷の奥底へ沈没して呼吸困難になった嫉妬姫。だがそんな事には目もくれず、彼女はただ前だけを見つめていた。
ヤマ「勇儀ダメだって! 今行ったらダメなんだって!」
後ろから飛びつき停止を呼びかけるも、
ヤマ「ちょ、止まってよ!」
そのまま引きずられながら前へ。
ヤマ「キスメとお燐も手伝って! パルスィも踏ん張って!」
お燐「分かったニャ」
キス「フッフッフッ……お任せあれ」
パル「ムゥーーーッ!」
桶姫に猫娘に協力を求め、さらに前方にいる嫉妬姫に指示。4人がかりで彼女を押さえにかかるが、
ヤマ「どうして!?」
お燐「ニャッ!?」
パル「ムムー!?」
キス「フッフッフッ……、
全く動じず、ものともしない。
ヤマ「勇儀ごめん!」
自慢の糸を彼女の足に向け噴出する蜘蛛姫。念には念をと何重にも重ね、彼女の足をグルグル巻きにしていく。
ブチブチブチブチッ
が、あっさりと破れる。大人の鬼が全力で引っ張っても切れず、超巨大化した鬼の体重がかかっても原型を保っていた糸が、いとも容易く破られた。
ヤマ「ウソでしょ!?」
キス「フッフッフッ……、あれま」
パル「ム……ム……」
戦車の
お燐「これ勇儀さん能力を発動しているとしか思え
神をも脅かす純粋で規格外の力、それが彼女の能力。その名も『
この状況下で猫娘にはそれしか考えられなかった。だがその能力を発動するには……。
ヤマ「大鬼君と繋がってないのにどうして!?」
蜘蛛姫がよく目にしていたのは少年と彼女が手を繋いだ時。それ故に、今能力が発動するのは考えにくかった。しかし、蜘蛛姫はすぐに自身の考えを改めた。なぜなら過去に一度だけ、彼女は少年との繋がり無しに能力を発動していたからだ。それも蜘蛛姫の目の前で。
ズルズル
などと考えている間も、戦車は前進し続ける。妖怪達を引きずりながら。彼女と土俵の距離はもう残り数歩。蜘蛛姫が「もうダメか」と
??「後で『セクハラだ』とかぬかすなよッ!」
??「勇儀さんおはようございます。そんでもって止まってください!」
??「もう目を覚まさないんじゃないかって……。本当によかった。でも今は止まって!」
伊吹一族参戦。
彼女の後ろから羽交い締めで取り抑える片角の鬼、腰元へ肩からタックルで押し返そうとする肉屋の
ズル……、ズル……
小さな障害物になれた程度。減速させるも止められない。そこへ
バッチーーーン!
響き渡る大気が破裂する音。それは彼女の瞳に光を取り戻させ、
勇儀「あれ? ここは……」
彼女を完全に目覚めさせた。
【次回:十年後:勝者】