東方迷子伝   作:GA王

145 / 229
十年後:勝者

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 向けられた小さな左手は、さながら突きつけられた銃口。彼の目にはそう映っていた。

 「偶然だ」「手元が狂ったんだ」「きっと何かの間違いだ」と己に言い聞かせるが、どれだけ否定的になろうとその可能性が頭から離れない、拭えない、抜ききれない。まさに皮肉、裏目。抜群の戦闘スキルを持つが故の苦悩としか言いようがない。

 彼がそうこう考えている間にも、少年は次の一手に向けて行動を起こしていた。

 向けていた左手を腰元へ引いて充填。

 彼を力強い瞳に映して目標捕捉。

 真っ直ぐ掌を前へ。

 

 

バチーーーン!

 

 

 押し出された空気は弾丸となり、彼の巨体を吹き飛ばした。未熟や我流などの(まが)い物ではない。正真正銘本物の……。

 

親方「(大江山颪だとぉぉぉっ!?)」

 

 宙を舞いながら驚愕(きょうがく)する彼。だが目を皿にしてそう思うのは、彼だけではない。

 

  『えーーーッ!?』

 

 会場中が一致団結して声を上げていた。

 それは土俵下の目覚めたばかりの眠り姫に、寄って(たか)っておんぶに抱っこになっている一同も例外ではない。

 

ヤマ「い、今の親方様の技だよね?」

蒼鬼「いやいや、あれはとんでもない力がないと出来ないんだぞ?」

キス「フッフッフッ……理解不能」

お燐「だニャ」

 

 気のせい、目の錯覚、幻。そう信じて結論付ける事が簡単で最もらしい答え。それ故に彼女達はそういう事にし、それ以上考える事をやめた。

 

勇儀「あいつ……」

 

 目を見張りながらも嬉しそうに微笑む眠り姫と、その笑顔から薄っすらと察した小さな四天王、そして

 

和鬼「アイツ……」

 

 少年を(にら)んで拳を強く握り締める彼を除いて。

 

親方「『大江山颪いいいッ!!』」

 

 着地と同時に放つ衝撃波は、(わず)かに残されていた能力の全てを注いだなけなしの一発。それでも威力は通常より若干(おと)る程度。その上持続性、コントロールは良好。つまりこれまでとなんら差はない。

 

親方「(さっきのは偶然だ)」

 

 彼は願っていた。

 

親方「(もうこれで終わってくれ)」」

 

 と。そこでふと気付く。

 なぜ少年への攻撃が衝撃波なのか。

 なぜそう願うのか。

 そして、なぜ突き出した手が震えているのか。

 その答えに。

 

 

バチーンッ!

 

 

 破裂する大気の音が鼓膜を刺激し、我に返って焦点を指先から少年へと合わせていく彼。霧がかかった様にぼやけていた影は徐々に絞られ、虚像は実像へと徐々に姿を変え、彼の目に現実を映し出しす。

 

親方「チックショオオオッ!」

 

 憎しみをこめた声で己を奮い立たせ、拒絶していた本心に速度を上げて立ち向かっていく。

 やがて彼は少年を射程距離範囲内に入れ、その場で大きく、力強く左足を踏み込んだ。握り締めた右拳に加速度を上乗せし、サイドスローのモーションで直立不動の少年へと……

 

親方「!!」

 

 否、少年は動き始めていた。それは彼の目に残像を残すスローモーションで投影させ、脳内にそのワンシーン、ワンシーンを深く刻ませていた。

 左足を一歩分後ろへ。

 上体をやや左へと(ひね)り、

 腰の位置で開いた左手を収める。

 岩石の(ごと)く大きな最強の拳骨に対抗するのは、彼の拳よりずっと小さな最弱の掌から放たれる

 

大鬼「『大江山颪イイイッ!!』」

 

 究極破壊兵器。

 物理攻撃の掌底は最強の拳を跳ね返し、同時に押し出した空気は豪快に弾け、耳を貫く破裂音を生みながら衝撃波を生み出す。そして生まれて間もない衝撃波は、少年の掌を中心に半球状に広がり、突風となって土俵際で見守る彼女達の下へ。

 

ヤマ「きゃあーーー……」

キス「あれまーーー……」

お燐「ニャァーーー……」

医者「なんとーーー……」

 

 風の威力に負けて飛ばされる蜘蛛姫、桶姫、猫娘、御老体。このままでは観客席へとまっしぐら。怪我は確実。が、

 

ヤマ「『キャプチャーウェブ』!」

 

 巨匠の機転と広げた網により、全員それを回避。

 

パル「ルううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。……☆」

 

 一名様を除いて。

 そして少年が起こした風は、彼女達を巻き込んだ後観客席にも到達し、若干の被害を出していた。

 

村紗「みんないる!?」

ぬえ「な、なんとか」

一輪「村紗の判断が遅れていたと思うと……」

 

 周囲に目をやれば、座席に腰を落としていた者達は上段の席まで追いやられ、客と客が重なりあって団子状態となっていた。彼女達がそうならなかったのは、舟幽霊が即座に出した錨のおかげ。重りにしがみ付いて身を屈め、一同は難を逃れたのだった。

 

村紗「あれ、雲山は?」

こい「見越入道のおじさんなら飛んで行っちゃったよ♪」

 

 ただし、こちらも一名様を除いて。

 さらに風の被害はこちらの席も例外ではない。

 

ヘカ「純狐、棟梁さん大丈夫?」

棟梁「ええ、私は身を屈めておりましたので」

純狐「う、うん。私は落とされただけだから。腰をちょっと……うん? 下に何か柔らかい感触が……」

さと「……すみません。そこを退いていただけると幸いです」

 

 そして、その風圧を自力で耐えた

 

蒼鬼「なんつー風だよ」

萃香「密度上げてなかったら飛ばされてたよ」

和鬼「あのヤロー……」

勇儀「大鬼……」

 

 実力者達。土俵を見つめる彼女達の目には、

 

  『え……?』

 

 (たたず)む一人の戦士の姿だけが映し出され、

 

 

ドシーンッ!

 

 

 耳へは、地面を強く打ちつねる音が後ろから刺激した。

 慌てて背後へ視線を向ける彼女達。そこにあったのは紛れもなく現実。

 

さと「いたたた……」

 

 重力に襲われた腰を(さす)りながら、己の使命を全うしようと起き上がる現・町の長。やがて2本の足でしっかりと地面を踏むと、凛とした表情をつくり、

 

さと「勝者、大鬼!」

 

 ショーの幕引きを告げた。

 勝者へと送られる拍手喝采などない「しーん」と静まり返る会場。誰もが目を見開き、口をあんぐりと開けたまま放心状態。

 負けるはずがない、勝利は確実、勝って当たり前。

 誰もが勝つと信じて疑わなかった最強は、(かたよ)ったオッズに反して観客席の前列を破壊し、大の字になり仰向けの姿勢で

 

親方「…………」

 

 沈黙。

 

棟梁「古明地さん、コレを」

 

 先代から覚り妖怪へと手渡された(たすき)。それは長い時間手渡される事のなかった役目。覚り妖怪の彼女はしっかりとその襷を握りしめ、勝者の下へと歩みを進めていく。

 『注いだ酒のランクを上げる盃』と『酒が無限に湧き出る瓢』。長い長い鬼の歴史において、鬼同士の奪い合いは珍しいものではない。だがたった一人の者がコレを所持する事はなかった。数年前までは。それがこの年、

 

さと「ボケッ子、これはあなたの物よ」

 

 初めて鬼以外の、しかも鬼としては憎むべき種族へと手渡される。

 

大鬼「やっと……」

 

 いつもすぐそばにあったが、触れる事を許されなかった物。近くにあるのに手が届かなかった物。道半ばで何度も挫折しそうになった物。それが今、少年の手へ。

 

大鬼「うおおおーッ!」

 

 歓喜の雄叫びと共に高々と上げられた小さな左手。その手には紅く大きな盃が誇らしげに掲げられていた。となったのも束の間、

 

さと「あわわわ、いいいいきなりどどどどしたのよ!?」

 

 突然身を預けてきた少年に赤面する覚り妖怪。受け止めたはいいが、少年の上半身は衣を剥がされ皮膚は露わ。その上お姉様方を魅了する魅惑のボディ。いきなり訪れたラッキー、美味しい展開、むふふな状況にテンパりながらも淡い期待を寄せるが、

 

大鬼「い、痛い……疲れた……」

さと「ハハ……、デスヨネー」

 

 一気に落とされる。頬をひくつかせて「何を期待してるんだ」と自分の心に苦笑い。大きくため息を吐き、その場で少年を仰向けに置くと、大きめの声で指示を出した。

 

さと「長老様、手当を!」

医者「わ、分かった」

 

 町長の指令で我に返り、救急箱を手に動き出す医者。そして彼女のこの一声が、止まっていた会場の時間を再び進めさせた。

 

  『大鬼ッ!』

 

 次々と少年の下へと駆け寄る所縁(ゆかり)のある者達。蜘蛛姫、桶姫、猫娘、腐れ縁達。その中には、

 

萃香「腕大丈夫!? 顔までこんなに……」

 

 怪我を気遣う少年の『良き友』。そして……。

 

勇儀「大鬼ッ!」

 

 着くなり抱き寄せる、『全身全霊で責任を持って育てる』と誓いを立てた少年の保護者。

 「チラッ……、ガッツリ!」と綺麗な分かりやすい2度見。目を擦って3度見。この時、さとり妖怪はようやくその事に気がついた。

 

さと「勇儀さん心がムグッ!?」

 

 驚きのあまりボリュームがMAX。だが背後からそれを妨害される。

 

お燐「しーですニャ。今は邪魔しちゃダメですニャ」

 

 気が効くペットによって。

 

大鬼「姐さん? よかった意識が戻ったんだ。心が壊れたって……じゃなくて」

勇儀「ん?」

大鬼「えーっと……いや、何て言うかそのー……」

勇儀「……」

大鬼「…………い、色々ごめん」

勇儀「全くだ!! 電撃浴びせられて、死ぬかと思ったぞ!」

大鬼「ごめん……」

勇儀「家出しやがって」

大鬼「ごめん」

勇儀「おまけに何勝手に初めてんだよ!」

大鬼「ご、ごめん。でもこれには……」

 

 怒りに満ちた声と表情にたじろぎながらも、「理由がある」と弁解しようとする少年。だがそこへ……

 

勇儀「無事で良かった」

 

 少年を締め付ける力は強く、折れた右腕をも巻き込んでいたが、それでも少年は顔を歪めもせずそっと瞳を閉じ、

 

大鬼「本当にごめんなさい」

 

 彼女の耳元でそっと囁いた。

 

大鬼「姐さん、やっぱ痛い……」

勇儀「あ、悪い悪い」

医者「ほれほれ、大鬼腕見せてみ。あー、これは大分酷いのぉ。他の傷は薬を染み込ませた包帯で何とかなるが」

大鬼「でしょ? それなのに姐さん思いっきり締めるんだよ?」

勇儀「いや、アレは悪気があったわけじゃ……。それにさっき謝ったよな?」

大鬼「聞こえてなーい」

勇儀「オ・マ・エ・ナー……」

 

 いつもの調子の2人にくすりと微笑む一同。誰もが「全てが丸く収まった」と思っていた。だがそれは、

 

鬼 「ふざけんなッ!」

 

 観客からのこの一声でやって来た。

 飛び交う怒号の嵐、ブーイングの雨あられ。「全てが丸く収まった」と感じていたのは土俵上の面々のみ。その他の者達は納得などしていなかった。そして膨れ上がっていく負の感情は、彼等を行動へと移させる。

 

鬼 「お前に渡してたまるか。大鬼今すぐ俺と戦え!」

 

 観客席を飛び降り、土俵を目指す一人の鬼。それを皮切りに「俺が先だ!」と続々と観客達が土俵へと走り出した。今や観客席は土俵を目指す者達で押し合い圧し合いの『おしくらまんじゅう』状態。参戦を希望しない者達を跳ね除け、大混乱と化していた。

 

一輪「酷い……このタイミングで寄って集って」

村紗「痛ッ! なにすんのよ!」

鬼 「うるせえ邪魔だ!」

村紗「あーん? 一輪コイツらやっていい? 許可を!」

一輪「よし、やっちまえ。私も加勢する」

 

 怒りのボルテージが基準値を満たし、戦闘モードへと移る宝船組。風で飛ばされた見越入道がいなくとも、光弾で応戦できると意気込む入道使いだったが……

 

 

 チョンチョン♪

 

 

 ふいに肩を突かれ振り向くと、そこにはハレバレとした笑顔で、愉快そうにしている妹君が。

 

こい「それ、ちょっとだけ待っててくれる?」




【次回:十年後:観客】

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。