東方迷子伝   作:GA王

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十年後:注いだ酒のランクを上げる盃

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 私と大鬼が喧嘩になった原因。その一つが萃香のこと。でもそれは純狐のおかげもあって、ギリギリで気付くことができた。けど、もう1つあることに気付いてあげられなかった。それは今も同じ。

 

大鬼「姐さん」

勇儀「うん?」

 

 だから「何を言われるんだ」と鼓動を早めながらも平然を装って構えていた。寝相の悪さ、口うるささ、短気なところ、大鬼が抱えているであろう私への不満を思いつく限り考えていた。

 

大鬼「姐さんから見たら自分はまだ幼い?」

勇儀「へ?」

 

 けどこの問いは予期出来なかった。その所為で変な声で聞き返してしまう始末。何かの冗談かと思ったけど、

 

大鬼「答えて」

 

 私を見つめる目は真剣そのもの。

 仕事をしているわけでもない。1人暮らしをしているわけでもない。飯だって作ってやらないときっと餓死するだろう。おまけに部屋の掃除なんてしないし、都合の悪いことがあるとすぐに不貞腐(ふてくさ)れる。

 

勇儀「正直言うと、まだまだだと思う。けど……」

 

 けど、コイツは鬼に勝った。しかもあの父さんにだ。あんなに小さくて、弱々しくて、可愛らしかったコイツが。誰がこの結果を予想出来た? 名前通りに……いやもうそれ以上じゃないか。だったら……

 

勇儀「ごめんな、もう幼くないよな。大きくなったよ、強くなったよ」

大鬼「え、あ、うん。ありがと……」

 

 認めてあげないと。

 

勇儀「半人前程度に」

 

 少しだけな。

 

大鬼「半人前って……」

勇儀「ま、もっと頑張れって事さ」

大鬼「でも半分は認めてくれるんだよね? 頼ってくれるんだよね?」

勇儀「頼る?」

大鬼「自分に萃香さんの残りの罰則を負わせて」

 

 一瞬何を言っているのか分からなかった。

 なに? 萃香の罰則を負わせる? 

 誰に? 自分に? 

 自分って誰? 大鬼しかいない…………

 

萃香「え……」

勇儀「はーーーッ!? なんでお前さんが? 関係……」

大鬼「なくない! 関係無くない。大ありだ。2人の罰則は……」

勇儀「それは私達が勝手にやった事だ! だから大鬼が責任を負う必要はない!!」

大鬼「最後まで聞いてよ!!」

 

 その瞬間ハッと気付かされた。「またやってしまった」と。

 

勇儀「す、すまない」

大鬼「今年で10年目、やっと半分だよ? それなのになんでまた増やすのさ。毎年すごく忙しそうにしてるし。帰って来たら即寝だし。早く終わらせたいでしょ?」

勇儀「それは……そうだけど……」

大鬼「お金の貸し借りできないと不便じゃない?」

勇儀「まあ……確かに……」

大鬼「また賭博場行きたいでしょ?」

勇儀「いや……それはもう……」

 

 今となってはもう全く行っていない(いこ)いの場。思い出されるのは活気と煙管の匂いが漂う店内。「また行きたいか?」と自分の本心に聞いてみる……。ウソは言わない。

 

勇儀「そうでもない」

 

 変わっちまったな、私。あの頃の私が今の私を見たら、「気持ち悪ッ!」とか「頭打ったか?」とか言いそうだ。でも、行ったら行ったでまた楽しむんだろうな。通うようになっちまうんだろうな、きっと。けどその前に……、誰かの所為で跳ね上がったエンゲル係数のおかげで掛け金を出すのも心苦しいんだけどな。

 

大鬼「あっそ」

 

 それもこれもお前さんのおかげだからな。

 

大鬼「と・に・か・く、早く罰則を終わらせて欲しいの。もうこれ以上姐さんに負担を掛けたくないの。分かった?」

勇儀「ヤマメ達と一緒で手伝うだけじゃダメなのか?」

大鬼「ダメ。それだと今と変わらない。罰則を自分が肩代わりしないと意味ない」

勇儀「祭好きだろ?」

大鬼「好きだよ。楽しいし、美味しいし、テンション上がるし」

勇儀「もう10年間楽しめなくなるんだぞ?」

大鬼「それでもいい」

勇儀「ただただ忙しいだけだぞ?」

大鬼「覚悟してる」

 

 本気だ。率直にそう思わせる程に強く、熱い眼差しだった。

 まさか考えもしなかった。もう1つの事がそんな事だなんて。

 

勇儀「負けたよ。じゃあ大鬼の心意気に甘えさせてもらおうかな」

 

 嬉しいよ。そこまで思ってくれて。

 

勇儀「ありがとうな」

大鬼「へへ、じゃあミツメそういう事だから」

さと「はいはい、分かりました」

大鬼「自分にも鎖付けてよ」

さと「はいはい、分かり……は?」

  『はいーーーッ!?』

大鬼「だって罰則を肩代わりするんだから。そうなるでしょ?」

勇儀「いやいや待て待て。気持ちはありがたいし、覚悟も充分伝わった。萃香の分を肩代わりするのももう反対しない。でもそこまでしなくていいだろ?」

大鬼「イヤだ、それに他にもあるんだ。自分に罰として加えて欲しい事が。だからコレは自分への(いまし)めとケジメなんだ」

 

 とは言うけど、コレばっかりは賛成出来ない。アレを体感してしまった後だから尚の事だ。なにも大鬼を信用していないわけじゃないが、万が一もあり得る。

 周りの連中も同じ事を思っていたのだろう。眉を八の字にして「うーん」と唸り声を上げていた。そこへ、

 

さと「あなたの考え、読ませてもらったけど……本当にいいの?」

 

 便利な能力のさとり嬢。妙に納得した表情ではあるけど、何を読んだ?

 

勇儀「さとり嬢、大鬼は何を?」

さと「それは詳細を詰めてから皆さんに伝えます。それにボケ……大鬼君には今回の件で罰を受けてもらうつもりでしたので、丁度いいです」

勇儀「丁度いいって、この鎖をだぞ? 私と萃香をあそこまでにした」

さと「わかっています。ですが、大鬼君が言うようにケジメは必要です。それくらいの事をしないと他が納得してくれません」

 

 話をしている次元が違った。私は大鬼の事だけを考えていたが、彼女は町民全ての気持ちを()んだ上で話しをしている。冷静になって周囲を見回せば……なるほど確かに。こちらへ、大鬼へと向けられている視線は痛く冷たい。

 私情を挟まず、常に他人の事を考え優先し、正しい意見と共に皆を導く。まったく、

 

勇儀「鎖の件は、さとり嬢に任せる」

 

 母さんそっくりだ。しっかりと引き継ぎやがって。

 

さと「ありがとうございます。無理難題にはならないように配慮しますので」

勇儀「頼む」

 

 心苦しいが、大鬼の粋な計らいを受け入れる形で一件落着といったところだろう。もう後腐れは……ん? ちょっと待て。

 

勇儀「大鬼、お前さん萃香の事本当にこのままでいいのか?」

大鬼「え゛ッ!?」

萃香「ん?」

勇儀「だって本当は……」

大鬼「いいの! それはもう自己解決したから!!」

勇儀「そうか、それならいいんだけど……」

 

 自分の中で話が決着しているのなら余計な心配だろう。ただし、一応確認させてもらうぞ。

 

勇儀「さとり嬢、って言っているんだが?」

さと「本当の事ミ・タ・イ・デ・ス・ヨー」

 

 頬をヒクつかせて仏頂面(ぶっちょうづら)。なんで不機嫌になるかね……。

 

萃香「なになに? 何の話?」

さと「イマハ(今は)キニシナクテ(気にしなくて)イイデスヨ(いいですよ)ー」

萃香「ん〜?」

 

 名前を呼ばれて近寄ってみれば棒読みで「なんでもない」と。首を傾げたくなる気持ちも分かる。でもまあ、気になるなら治療が終わってから大鬼に直接聞くんだな。その時は……キスメを誘って物陰から見させてもらうとしよう。

 

ヘカ「あと5分だよ。でも2人共もうなんだか大丈夫そうだね」

お燐「一応言いたいことがある(ニャ)ら、言っておいた方がいいと思うニャ」

キス「フッフッフッ……、念には念を」

和鬼「用心に越したことはないからな」

お空「うにゅ? 2人共せーので『ごめんなさい』ってした?」

萃香「そう言われてみればしてないような……」

こい「お〜♪ お空ナイス〜♪」

さと「でも2人同時に謝る事なんてもう……」

 

 私と大鬼の仲は既に元通りだと思う。いや、私としては喧嘩する前よりも良好になったと思っている。けどな、

 

??「あるッ!!」

 

 一番肝心なところがまだなんだ。それを代弁してくれたのが、

 

??「勇儀、大鬼君。分かってるよね?」

 

 ヤマメ。最初から最後まで世話になったな。

 

  『ありがとう。もう大丈夫』

 

 大鬼も同じ事を考えていたらしい。同じタイミングに思わず目が合って、また一緒に照れ笑い。

 

勇儀「出て行けなんて言って……」

大鬼「酷いことを言って……」

 

 せーの。

 

  『ごめんなさい』

 

 もう思い残す事は無い。胸の内もスッキリした。心なしか肩凝りも取れた気がする。満足満足。これでもし発動したら……その時は誤動作だろう。頼むからそれだけは勘弁して欲しいが。ま、それでもまた復活してやるけどな。

 

大鬼「そ、それとさ……」

勇儀「ん?」

 

 「まだ何か謝る事があるのか?」はたまた「また何かお願いか?」と思っていた。正直「もういいだろ」とも。

 

大鬼「助けてくれて、今まで面倒見てくれて……その……あ、ありがと……」

 

 赤くなりながら、何度も何度も私の顔を見ては逸らし見ては逸らし、チラチラと。これには思わず……

 

 

 ズキューーーーン!

 

 

 効いた。これは久々に効いた。

 

勇儀「お、おう」

 

 熱くなる目頭を地上に向けて必死に(こら)える。まだ観客達も大勢いる。そんな中で鬼の四天王の情けない姿なんて見せられない。大鬼、もう何も話さないでくれ。今はマズイ。

 

大鬼「それで、コレ……」

 

 (こぼ)れないように注意しながら少しだけ視線を下へ。

 

勇儀「え……」

 

 思わず視線は釘付けに。おかげで目から一粒の雨が落ちた。でもそこまで。

 

大鬼「あげる」

 

 一気に目が乾いた。

 

  『なにーーーーーッ!?』

 

 会場一丸となって大絶叫。それはそうだ、大鬼が差し出して来たのは……

 

勇儀「あげるって……『注いだ酒のランクを上げる(さかずき)』だぞ?」

大鬼「そうだね」

勇儀「お前さんコレの価値分かってるのか!?」

大鬼「分かってるけど?」

勇儀「だったらなんで……欲しいから父さんと戦ったんだろ?」

大鬼「まあそうなんだけど、それはその……なんて言うか……」

 

 視線を横に外して(ども)る。その仕草は昔から変わらない私だけが知っているコイツの癖。胸の内に何かを秘めている証だ。それに気付いた時、私の中である可能性が浮上してきた。高鳴る心臓、再び熱くなる目頭、全身に走る衝撃に堪え、恐る恐る尋ねてみる。

 

勇儀「もしかして……このために戦ってくれたのか?」

 

 これの返事がYesだったら、私は……

 

大鬼「そ、そうだげど?」

 

 あ、ダメだ。

 

 




「ズキューーーーン!」
この効果音を出すのは実に久しぶりです。
そして勇儀姐さんと大鬼君、この回一歩も動いてません。

【次回:十年後:無茶するな】

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