東方迷子伝   作:GA王

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十年後:鬼の祭_後夜祭

 不覚、まさかまた寝ちまうなんて……。

 戻って来た診療所の爺さんに「カッカッカッ、すっかり仲良しじゃのぉ」と笑われながら声をかけられ、重い(まぶた)を開けてみれば、私は横になって眠っていた。

 

大鬼「……」

 

 隣で不機嫌な顔して歩くコイツを枕にして。無自覚とは言え、怪我人に何をしてんだ私……。だから非は認める。けど、

 

大鬼「怪我、悪化してると思うなー」

勇儀「だからごめんって謝ってるだろ」

 

 ねちっこい上にしつこい。このことは生涯言われ続けられる気がしてならない。こうなったら……

 

勇儀「早く行かないと飯がなくなるぞ?」

 

 話を反らせるのみ。

 私が大鬼と爺さんを診療所に運んでしばらく経った後、萃香達が父さんを担架に乗せてやって来た。ヘカーティア様のあの一撃を受けておきながらも、父さんの怪我は大したものではなく、簡単な処置だけで終わった。ただ爺さんが言うには、頭へのダメージが強かったみたいで「もうしばらくは目を覚まさないだろう」と。それで診療所でゆっくりさせる事も考えたが、「大鬼と一緒にしておくのはマズイだろう」という意見もあり、運んで来てもらったメンバーで実家へと郵送してもらうになった。

 そしてその去り際に、「2人の仲が良くなったお祝いをしよう」と萃香が言い出し、今夜は宴会を開く事になった。で、今私達は診療所を出発して帰宅途中というわけだ。

 一応診療所の爺さんには、今まで大鬼が世話になった礼の意味を込めて誘ったけど、「カッカッカッ、それならコッチで支払いな」と断られた上に現物を要求された。あの器のデカイ爺さんが金を要求するなんて……大鬼よ、この3日間でどれだけ食ったんだ?

 

大鬼「って、聞いてる?」

勇儀「悪い、考え事をしてた」

大鬼「なんか会場に忘れ()()してる気がするんだけど……」

勇儀「(さかずき)なら……ほら、ちゃんと持ってる。それに(ひょう)はきっとさとり嬢が持ってるよ」

大鬼「いや、他に」

勇儀「もう夜だし、気になるなら明日行けばいいだろ。さっさと歩かないと置いて行くぞ」

大鬼「んー……、なんだったっけ?」

 

 

――少年移動中――

 

 

 で、帰ってきたわけだが……。

 

??「あっひゃひゃひゃひゃ」

 

 腹を抱えて大爆笑の萃香、

 

??「アタイそういうの苦手ニャ」

??「下品です!」

 

 とか言いながらしっかり瞳に焼き付けているお燐とさとり嬢。他には

 

??「暑苦しくて妬ましい……」

 

 猪口(ちょこ)に口を付けてじっくりと堪能しているヤツに、

 

??「フッフッフッ……、ナイスバルク!」

 

 声援を送るキスメ、

 

??「こっちみて〜」

 

 指で額縁を作って構えるヤマメ。そして、そのみんなの視線の先で

 

??「ドヤアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 上半身裸で勇ましく実った筋肉を膨らませ、したり顔で決めポーズを取る筋肉バカ、もとい和鬼。

 

勇儀「どういう状況だコレ?」

ヤマ「あ、勇儀戻ってたんだ。これはさっき『大鬼君が脱いだら実は凄い』って話になってね」

お燐「そうしたら和鬼君が『自分の方がスゴイ!』って言い出してニャ」

キス「フッフッフッ……、そして今に至る」

 

 確かにあの体は凄かった。今思い出しても……ムフフ♡ だがコレは……

 

勇儀「へエー……スゴイデスネ」

和鬼「フンフーン!」

 

 認めるが好みじゃないな。ガチガチのムキムキはよろしくない。それと、

 

萃香「ぶわひゃひゃひゃひゃ」

 

 萃香ー……。赤い顔してゲラゲラ笑いながら転げ回って完全に笑い上戸だ。大鬼は私との事を覚えてくれてなかったのに、アレとの出会いは……

 

パル「嫉ーーーーーっ妬!!」

さと「勇儀さん気を静めて!」

勇儀「はっ!」

 

 危ない危ない、落ち着け私。大きく息を吸ってゆっくりと吐いて。

 

勇儀「はー……」

パル「あん、もうちょっとだったのにー」

勇儀「お前さんはなんでイ・ル・ン・ダ・イ〜?」

 

 私にあんな事をしておいて、どの面下げてここに来てんだ? 

 

勇儀「言っておくが今回は本気で怒ってるからな」

 

 コイツも大鬼に負けず劣らずの礼儀知らずだ。

 

ヤマ「ほらパルスィ、怒ってるってさ」

 

 ヤツを(ひじ)で突いて謝罪を(うなが)すヤマメ。けど今さらそんな事をされても私の怒りは静まらない。例え土下座されても許すつもりなど……

 

パル「コレお詫びに」

 

 献上してきたのは干し肉と、純米大吟醸酒。美味いと評判な酒だが、コストパフォーマンスが良くないからこれまで手を付けていなかった品だ。

 

パル「ごめんなさーい」

 

 どうやら物で釣ろうという事らしい。やれやれ、随分とお安く見られたものだ。

 

勇儀「うん、今度からやめろよ」

 

 ありがたく貰うけどな。お、これは高級な干し肉だな。ついでに「礼儀知らず」ってのも考え直しておいてやる。

 

ヤマ「パルスィには私達からガツンと言っておいたから。特にお空がすごかったんだよ」

勇儀「え、あのお空が?」

 

 「説教される事はあっても、することはないだろう」と思っていただけに、ヤマメからそう聞かされた時は本当に驚いた。なんでもパルスィに「勝手に触ったらダメ」やら「我慢も大切」やら「自分がされて嫌な事はやめよう」などの事を優しく注意していたそうだ。でも……

 

勇儀「それのどこがすごいんだ?」

 

 当然の疑問。「そんな事でヤツが改心するはずがない」と、「私ならもっと骨身に刻むようにキツく注意できる」と思っていた。そんな私に告げられた真相は、

 

ヤマ「ここからだよ。言い終わったらまた最初から一字一句変えずに同じ事を言い始めるんだよ。驚いちゃった。しかもそれを何度も何度も。アレは記憶力が良くないとできないよ。お空ってあんな感じだけど実は頭が良いのかもね」

 

 なんとも滑稽(こっけい)な状況だった。

 

勇儀「なるほどな、そういうやり方で骨身に刻まされたわけか」

 

 けど頭が良いかは定かじゃないと思うけどな。

 チラリとヤツに視線を向ければ、話が聞こえていたのだろう、

 

パル「∞ループ……怖い」

 

 ガクガク震えていた。トラウマになってるじゃねぇか。しかも、

 

キス「む、無限ループ……」ガクガク

 

 桶まで。なぜにお前さんまで?

 

勇儀「で、そのお空は? 姿が見えないけど?」

お燐「眠く(ニャ)って家に帰りましたニャ」

勇儀「え、もう? まだそんな時間じゃないだろ?」

さと「彼女はこの時間いつも寝ているんです」

 

 大鬼だってこの時間はいつも起きてるっていうのに?

 

勇儀「子供かよ」

さと「だからきっと育つんです」

勇儀「まだ成長期なのか?」

お燐「こっちがですニャ」

 

 その部位で2つの半球を描くお燐のジェスチャーで瞬時に理解した。なるほど、あっちがね。

 

お燐「あたいもやってみようかニャ……」

 

 お前さんがその話題に触れると、主人にイヤミに聞こえるからヤメイ。

 

さと「事あるごとに服が、特にそこがキツくなったって……パルパルです」

 

 拳を握りしめてそこまで悔しそうに語らないでも……。

 

勇儀「そんなに気にする必要はないだろ? 肩凝るし、邪魔になるだけだぞ?」

 

 

じとー……

 

 

 冷たい視線が1箇所に突き刺さる。いかん、地雷踏んだか?

 

和鬼「オレの胸筋も負けてない!」

勇儀「はいはい……」

お燐「ずるいですニャ」

勇儀「お燐はこっち側だろ?」

萃香「ゆーりー(勇儀ー)ひまわはひを(今私を)わらっはなー(笑ったなー)!」

勇儀「萃香のことは話してないだろ」

ヤマ「喧嘩売ってるノ・カ・ナ〜?」ピクピク

勇儀「そんなつもりないって!」

パル「パル↗ パル↗ パル↗ パル↗」

さと「パル↘ パル↘ パル↘ パル↘」

勇儀「合唱するな!!」

キス「フッフッフッ……、少しよこせ」

 

 鎌を構える桶を先頭に、目を光らせてジリジリと距離を詰めて来る。私の味方は誰一人としていない。マズイ、非常にマズイ! こうなったら……

 

勇儀「じゃっ、そういうことで!」

 

 逃げるんだよォ!

 

萃香「にばふなー(逃すなー)!」

  『おーッ!!』

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 熱気と活気と殺気が充満していた地底世界。だがその熱はすっかり冷め、祭りの時期だというのに例年よりも静けさが漂う今の地底世界。そんな地底世界のとある和風の屋敷の縁側には、地上から流れ込む夜風に当たりながら、盃を交わす3人の鬼の姿が。

 

蒼鬼「2人共まだ飲むだろ?」

親方「すまねぇ」

棟梁「ありがとうございます。あとで私がお注ぎします」

蒼鬼「悪いな」

 

 しんみりと静かに、上品に注がれた酒を口へと運ぶ。それぞれが一口分の酒を飲み終える頃、それはやって来た。木製の廊下を踏みしめる「ミシ……」という音と共に。

 背後に気配を感じて振り向く彼ら。

 

棟梁「あら、お帰りなさい」

蒼鬼「もう平気なのか?」

 

 そこには3日ぶりの帰宅となる少年の姿が。少年にいつも通りの口調で声をかける2人だったが、

 

親方「……」

 

 彼だけは目視すらもしていないかった。そんな彼に少年は

 

大鬼「じいちゃん」

 

 普段通りに声をかけてみるも、

 

親方「じじいなんだろ?」

 

 その返事は皮肉めいたもの。しかし少年がしたことを考えれば、至極当然な反応と言えるだろう。

 すると少年は3人の下へと近付いて行き、横を通り過ぎ、素足のまま庭へ。そして彼らを正面にすると、

 

大鬼「(ひど)いことを言ってごめんなさい!」

 

 深々と頭を下げ始めた。

 

親方「……」

 

 (あご)を上げて無言で見下ろす彼。その表情は試合開始直前となんら差はない。少年が発言を間違えれば再び暴れ出す。そんな雰囲気が側にいた2人にヒシヒシと伝わっていた。

 

大鬼「それと姐さんを酷い目に合わせてごめんなさい!」

 

 姿勢を変えず、そのままの姿勢で続けてごめんなさい。その言葉に嘘、偽りはない。まごうこと無く本心。そしてこれが、少年の頭で考えられる最上級にして最大限の謝罪の言葉だった。

 

親方「酷い酷いってちゃんと分かってんのか?」

大鬼「はい、反省してます」

親方「何をしたのか分かってんのか?」

大鬼「ばあちゃんに辛い想いをさせました。みんなにも心配をかけました。じいちゃんと姐さんに酷いことを言いました。姐さんを傷つけました。大切な家族を傷つけました」

 

 次々と自身の口から上げられていく少年の犯した罪を、3人は真剣な目で(うなず)きもせず、ただ黙って聞いていた。そして最後に少年は、

 

大鬼「取り返しのつかない事になってしまうところでした。本当に、本当にごめんなさい! 絶対にもうしません!!」

 

 額を地に付けて全身全霊で叫んだ。少年の木霊が止み、あたりに静けさが戻った頃、少年の師が口を開いた。

 

蒼鬼「って言ってるが?」

 

 だが当の本人は依然として無言で険しい表情を浮かべたまま。そんな彼に親友はため息を一つ吐くと、続けて(さと)し出した。

 

蒼鬼「コウ、何か言ってやったらどうだ? 下手なりにここまでしてんだから」

親方「……」

 

 土下座をされようと、親友にそう言われようと、大切なものを失う寸前だった彼。そう簡単に胸の内が晴れるはずがない。それを彼は、少年へ向けて静かに語り始めた。

 

親方「一度失った信用ってぇのは、すぐに取り戻せるものじゃあねぇ。例えどんなに謝られても、すぐに許せるものじゃあねぇ。ここまではいいか?」

大鬼「はい」

親方「だからワシも今は許すつもりはない」

大鬼「はい!」

親方「信用して欲しければ、許して欲しければ態度で示せ!」

大鬼「はい!!」

親方「これから先、お前の覚悟と本気を見させてもらう。いいな!?」

大鬼「はい!!!」

親方「話は終わりだ。もう行け」

大鬼「はい、ありがとうございます!」

 

 かつては町のNo.2として君臨し、最強の鬼の称号をものにした彼。だがその実態は、妻の尻にひかれ、娘にも頭が上がらず、孫(仮)にもあしらわられ、家庭での地位は底辺。その上今となっては手にした名声も失い、優しいが頼りないただの町民となった彼。

 だが少年の心に深く刻まれたドスの効いた声は、

 

大鬼「(絶対に信用させてやる)」

 

 成長期で反抗期の少年をさらに(たくま)しくするのだった。

 強い意思を胸に、彼らの前から立ち去る少年。だが突然、数歩進んだ所で

 

親方「大鬼イイイイイイッ!!」

 

 怒号にも似た叫び声が背後から襲って来た。少年、驚きのあまり目を丸くしてその場で硬直。と、そこへ……。

 

親方「強くなったな」

大鬼「じいちゃん、一緒にご飯……」

親方「……あとで行く」

 

 その言葉を聞くや否や、少年は駆け足でその場を後にした。

 拳を交わした2人は本当の家族ではない仮の家族。種族も異なる者同士。それでも嬉しそうに微笑むその表情は、

 

大鬼「ありがとう」  親方「ありがとうよ」

 

 そっくりだった。

 

蒼鬼「んじゃ、この酒が終わったら萃香達の所に顔を見せに行くとしますか」

 

 「仕切り直しに」と残りの酒を器に注ぎながら、そう2人に告げる片角の鬼。だがその直後、

 

 

メラメラメラメラ……

 

 

蒼鬼「おうッ!?」

 

 撒き散らされる殺気にたじろぐ。

 

蒼鬼「おいコウ、あれ……」

親方「あん?」

 

 「自分ではどうにも出来ない」と悟ると、彼は親友を呼び「向こうを見ろと」と指差した。そこには、

 

親方「大鬼のヤロー、余計なことを……」

蒼鬼「じゃ、後よろしく!」

親方「あ、おい! 汚ねぇぞ!」

棟梁「ばあちゃん? ばあちゃん? ばあちゃん?」ピクピク

 

 世にも恐ろしい表情を浮かべた般若(はんにゃ)がおったそうな。

 

 

――般若鎮静中――

 

 

 説得とヨイショの末、平常心を取り戻した屋敷の主人。(あら)わになっていた眉間のシワはすっかり消え失せ、元の美しい顔へ。その後長年の夫婦は特にこれといった会話をする事もなく、チビチビと酒を飲みながら時間を消費していた。

 

親方「なあ」

棟梁「はい」

親方「どこまで気付いていた?」

棟梁「何のことですか?」

親方「『馬鹿な考えはよせ』とワシを止めようとしていただろ?」

棟梁「さあ、どうでしょうね」

 

 彼女は夫の質問に笑顔を浮かべて答えると、(さかずき)に残った酒を飲み干して続けて話し出した。

 

棟梁「でも文字通り『馬鹿な事』をするような気がしていました。結果、そのおかげで勇儀は救われましたけど、一歩間違えれば……」

 

 彼女はそこで話を止め、手を添えて頷きながら優しくさすり始めた。広く、大きく、強くも、

 

親方「ワシは……大切なものを2つも失うところだった」

 

 心優しい夫の背中を。

 

棟梁「それがわかって頂けて何よりですよ」

 

 

 




【次回:十年後:咎人の枷】


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