東方迷子伝   作:GA王

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タイトル変更しました。


9輪目_花見へ ver.裏

??「それじゃあ、私も出発の準備があるから、これで失礼するわね。じゃあまた花見で♡」

 

 お気に入りの扇子(せんす)で口元を隠し、ニコリと微笑んでその場を後にする彼女。自身の能力で生み出した穴をくぐれば、

 

??「紫(しゃま)お帰りな(しゃ)いで(しゅ)

 

 そこは幻想郷の何処かにある彼女の自宅。誰もが(うらや)む便利なワープ能力である。

 

紫 「ただいま。支度は出来た?」

 

 大主人のこの質問に、まだまだ半人前で勉強中、修行中の幼い化け猫は元気よく「はい!」と答えると、満面の笑みで続けて身支度の進捗を報告し始めた。その気になる進捗度は……。

 

橙 「あとは(かばん)に大好きなお(しゃかな)ソーセージ(しょーしぇーじ)を入れて、みんなで食べるオヤツを入れて、ポケットにハンカチとチリ紙を入れて、歯磨きをして、ジュー(しゅ)を持って完了で(しゅ)

紫 「……(ちぇん)?」

橙 「はい紫(しゃま)

紫 「逆に何が終わったのかしら?」

橙 「着替えで(しゅ)

 

 全くといって言いほど進んでいない。にも関わらず、(ほこ)らしげに答える子猫妖怪。今この場で「それではいけない」と注意をしてもいいものだが、彼女はそこを拳と共にグッと(こら)えて子猫妖怪の直属の主人、

 

紫 「(ちぇ〜ん)? (らん)は何処で何をしているのかしら?」

 

 つまり彼女の式神にその任務を負わせる事を決意したのだった。これは彼女の式神の、主人としての威厳(いげん)を保つためでもあり、「甘やかしてばかりいるからこうなるのよ!」と彼女自身が式神を教育するビッグチャンス。彼女はこの期を逃したくはなかった。そう、ここ最近彼女はこの式神達に頭を抱えていた。

 直属の式神は己の式神に今もデレデレ。その度合いと言ったら子猫妖怪が無事に任務をこなせば、

「ちぇえええええええええん」

 任務に失敗しても

「ちぇえええええええええん」

 転んだら

「ちぇええええええ(ry」

 昼寝をしたら

「ちぇえええ(ry」

 歩いているだけでも

「ちぇ(ry」

 何もしていなくとも

「(ry」

 と、以前よりも増して(ひど)いありさま。

 一方そんな式神の式神となってしまった子猫妖怪、事ある(ごと)に抱きついて来ては激しい(ほほ)ずりをしてくる主人の行為に、

 

「いい加減にもうやめてください!!」

 

と口には出さないが、心を閉ざした瞳で明らかに迷惑そうな表情を浮かべるようになっていた。その上、大主人である彼女に対しては敬意を払いながらも、親しみを持って接してくれるのだが……

 

橙 「()()()なら鏡とにらめっこしてマシタヨー。お化粧のノリが悪いってぼやいてマシター」

 

 と、流し目で視線を外して語尾が棒読み。話題に出しただけで「許されるなら関わりたくない」と心の声が全面に出るありさま。二人の上司と部下の信頼関係が崩れつつあるのだ。

 

紫 「そう……。ところで橙、猫達には(えさ)をあげたの?」

橙 「あっ、いけない! 紫(しゃま)〜」

紫 「はいはい、送ってあげるから急いであげて来なさい」

 

 甘えた声で助けを求める子猫妖怪に、彼女はため息を吐きながらその場にワープゾーン、スキマを生み出すと「10分後に迎えに行く」とだけ伝え、すぐにスキマを閉じるのだった。

 

紫 「私も甘くなったものね」

 

 子猫妖怪の些細(ささい)な失敗には目を(つぶ)るようになり、「以前よりも角が取れたな」と思ってしまう自分に小言をぽつり。

 

紫 「なにが着替えしか終わってないよ」

 

 さらに彼女はそう(つぶや)くと、子猫妖怪の姿を思い出しながらくすりと笑った。

 

紫 「色気付いちゃって」

 

 彼女はしっかりと気付いていた。支度が全く進んでいなかったその理由を、(くちびる)に塗られた色付きのリップを、綺麗(きれい)に整えられた(まゆ)を。

 まだ彼女が半人前以下の巫女に手を焼いていた頃、その頃に比べると身長が伸びて顔も身体も大人びてきた子猫妖怪。立派になった八重歯の所為(せい)でさらにサ行が言いにくくなった子猫妖怪。だが見せる笑顔は当時を思い起こさせるあどけなさの残る子猫妖怪。そんな子猫妖怪に自然と笑みが(こぼ)れる彼女だった。

 

紫 「さ・て・と!」

 

 「それはさておき」と歩き出す彼女、肩を怒らせ地に足がつく度にズンッ、ズンッと力強い音が聞こえて来そうである。そしてある部屋の前で立ち止まると、力一杯戸を開け……。

 

紫 「ちょっと藍!」

 

 日頃の鬱憤(うっぷん)と共に自身の式神の名を叫んだ。そこには、

 

藍 「はい、何でしょうか?」

 

 正座で鏡の前に座り、パフを片手にきょとん顏の九尾が。

 

紫 「(すず)しい顏して『何でしょうか?』じゃないわよ! 橙を放ったらかしにして……支度が全然終わってないじゃない。いつまでやってるつもりよ!」

藍 「申し訳ありません。もう少し、もう少しで終わりますから」

紫 「だいたい何で急に化粧なんてしているのよ。いつもそんな事していないじゃない」

藍 「だって今年は殿方が来られるんですよね? しかもその内の一人は外来人なのに幻想郷に詳しいそうじゃないですか。いざ本物を見た時に『なんかイメージよりも()けてるなー』とか『こんなもんかー』って思われたらイヤじゃないですか」

紫 「あんたねー……」

藍 「紫様も身だしなみはきちんとされた方がいいと思いますよ。寝グセ直されていませんよね? それとそのお召し物、色()せてますし新しい物にされたらどうですか?」

紫 「うっるさいわねぇ、言われなくも初めからそのつもりだったわよ」

藍 「ホントですか〜? それならもう一つ言わせて頂きますけど、せめて化粧水と乳液くらいはされた方がいいですよ。もうお若くないんですから、ちゃんとお肌に(うるお)いをあげて保湿しないと……あっ」

紫 「(ら〜ん)?」ゴゴゴゴゴ

藍 「は、はい紫様……」

紫 「神社を見張ってなさい!」

藍 「いっ、今からですかー!? まだ全然集まっていないと思いますよ? それにまだ化粧が……」

紫 「5秒以内!」

藍 「え、ええええ!?」

紫 「(よーん)……」

藍 「眉毛眉毛……」

紫 「(さーん)

藍 「尻尾、尻尾にブラシだけさせて下さい!」

紫 「(にーッ)!」

藍 「紫様の意地悪ーッ!」

紫 「1、0〜」

 

 タイムオーバー。「はい、いってらしゃーい」と式神の真下にスキマを生み出し強制転送(ボッシュート)。さらに今度は顔がギリギリ通る程の小さなスキマを作り、そこへ頭を入れると、その向こう側で腰を(さす)りながら立ち上げる式神に

 

紫 「いいこと? 私の予感は的中していたわ。厄介者が来てしったらもう手遅れよ。もちろんアレが来ている事が前提(ぜんてい)で。ここは開けておくから、抜群のタイミングで呼びなさい」

 

 かなり無茶苦茶な指令を言い渡し、その場を後にした。

 

紫 「髪の毛と化粧水くらいは……ね」

 

 

――少女支度中――

 

 

 最後の指差し確認、忘れ物はなし。ポケットにはハンカチとチリ紙。抜かりはない。いつでも出発できる。だが……。

 

橙 「紫(しゃま)〜まだ行かれないんで(しゅ)か?」

紫 「藍が合図を送ってくれるはずだからそれまで待っていなさい」

 

 今は来たるその時まで待機状態。とはいえ、その時はいつ来るのか検討すらつかない。まだまだ先の事かもしれないし、

 

橙 「もう合図が来るかもしれま(しぇ)んよ?」

 

 (わず)か数秒後かもしれない。ここは全ての支度を終え、待つ事に徹底すべきである。であるのだが……。

 

紫 「それまでには終わるわよ」

 

 今度は大主人様がお肌の工事中。化粧水をたっぷりと染み込ませたパックで、砂漠地帯に(うるお)いを与え始めたのだ。さらに服は「楽だから」と着慣れている半袖ワンピースドレスから長袖ドレスへとお召し替え。少女でさえ気になっていた寝グセは直され、ブラッシングされたサラサラヘアーに。

 幻想郷のトップに君臨する少女の大主人様。その地位と実力と能力からか、人の目など気にしていなかった彼女。その彼女が今明らかに他人からの目を気にしている。これは少女にとって一大事件。故に少女はこう思った。

 

橙 「(これは異変です)」

 

 と。

 

??「紫様」

 

 そこへ少女の主人の声が。

 

紫 「来たのね?」

藍 「ええ、もう大方集まっています」

紫 「アイツらは?」

藍 「まだです。天狗達は来ていますが、温泉に行きました。あと命蓮寺一派も来ていますが、聖と船幽霊、入道使いは同様に温泉へ。出られるのでしたら今しかないかと」

紫 「そうね。橙、行くわよ」

橙 「はい紫(しゃま)

 

 その時は来た。少女は用意した鞄と飲み物を手に、大主人様は能力で身の丈程のスキマを生み出し、いざ花見会場の博麗神社へ。

 

藍 「ところで紫様――」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 袖の短い服から露出した左腕はスラリと伸び、美しさを感じさせる。だがもう一方は指先から二の腕までを包帯に巻かれ、痛々しさを感じさせる。

 彼女はその場にいる者達に笑顔で挨拶をし、会話に参加するつもりだった。だが、

 

??「ちょっとそこの君」

 

 その彼女の横を全速力で横を走り去るたわし頭。停止するように声をかけてはみるが、

 

??「霊夢さーん!」

 

 そのままブレーキをかける様子もなく、汽笛を上げながら出発進行。これには彼女も

 

??「もう、人の事を見て逃げるなんて失礼しちゃうわね」

 

 と、いささか気に障ったご様子。だがため息を一つ吐くと、気を取り直して後ろを振り返り、

 

??「こんにちは。私が開いた花見、楽しんで頂けているかしら?」

 

 新参者の少女に笑顔を作って尋ねた。

 

あゆ「は、はい……」

 

 返事はYes。だがそうは答えるも、少女は足元に視線を落とし、目を合わせようとはしない。その様子を彼女はしばらく黙って見つめていたが、状況が変わらないと悟ると今度は地底世界の妹君にターゲットを移した。

 

??「あなたは来ていたのね。他は?」

 

 しかしこちらは浮かない表情をして返信なし。これでは輪に入れないと他の者に助けを求めようとするが、その場の皆が皆前の二人同様に地に視線を落として「我関せず」を決め込んでいた。中には口を押さえてだんまりを決め込む者までも。つまり彼女、来て早々仲間外れなのである。(あせ)る彼女、何とかしてきっかけを作ろうと高速でプランを練り直す。

 と、そこへ……。

 

  『じゃんけんぽんッ』

 

 周囲の話し声に混じりながらも、確かに届いた楽しげな声。

 

??「ゆ・で・た・ま・ご」

 

 一歩一歩を正確に進む軽快なリズム。

 

  『じゃんけんぽんッ。あいこでしょッ』

??「マ・ヨ・ネ・ー・ズ」

 

 視線を移せば嫌でも目に入る光が反射し、

 

  『じゃんけんぽんッ』

??「ね・た・ま・し・い」

 

 キラキラと眩しく輝く二つの黄色い頭。

 

  『じゃんけんぽんッ』

??「や・き・ざ・か・(ニャ)! アタイの勝ちニャ」

 

 勝利者の証、ガッツポーズ。そして、徐々に姿を現わす

 

??「あなたも龍を? まだいたのね」

??「ええ、ですからあなたに飼育する上でのアドバイスを頂きたくて」

??「いくつくらい?」

??「生後20年くらいだと思います」

??「じゃあまだまだ若いわね。大変でしょ?」

??「はい、ですから噛み付いて来たり、暴れ回ったりと……。今日も朝の(えさ)を与えに行ったら()えられました」

??「そういうの私も覚えがあるなー」

 

 薄紫色の頭と、二つのお団子をのせた桃色の頭。会話は聞こえないにしても、彼女の瞳にはしっかりとその二人の姿が鮮明に映し出されていた。

 

  『!!?』

 

 その一瞬、両者の視線が一直線上で重なった。

 

??「兎さんその方の後頭部ッ!」

 

 この声に真っ先に反応したブレザー兎。素早い回転で背後を視界に映すと、新参者の服を(つか)んで強引に引き寄せた。

 

??「どういうつもりですか!?」

 

 今ブレザー兎の腕の中にいる新参者の頭部があった位置には、

 

??「いきなりあゆみに何するウサ!」

 

 スラリとした美しい左腕が

 

  『紫(様)ッ!』

 

 スキマから死神の鎌の様に不気味に伸びていた。

 




次回はヤツのお話です。しばらく出ていませんが、何処に行ったんでしょうね。

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