東方迷子伝   作:GA王

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12輪目_スイッチ入りましたです

□     ■

 

 

 中から聞こえて来た話し声は、

 

優希「ぐはッ」

 

 僕には刺激が強すぎました。

 

優希「か、海斗君これまずいって!」ヒソヒソ

 

 温泉に()かってもいないのに頭から湯気を立たせ、さらには顔面を熱々に火照らせながらも、海斗君の服を(つか)んで「もうやめようよ」って(うなが)したんですが……。

 

海斗「見えるぞ、(ひじり)が体を反らせて髪を束ねる姿が。それなのに綺麗な半円を描くライン、予想以上の大きさ! 見えるぞ、並盛りの村紗(むらさ)影狼(かげろう)を襲っている姿が。それなのに崩れないこのシルエット、実に素晴らしい! 見えるぞ、一輪がお疲れのサラリーマンのように湯に浸かる姿が。それなのに水面上に浮かぶそれは実にふつくしい! 見える、見えるぞ、俺には見える!!」

 

 その海斗君は腕を組んで目を閉じたかと思えば、そのまま空を見上げて脳内バーチャルリアリティから帰って来ようとしません。というか何この謎スキル……。いったいどんな修行をしたの?

 

海斗「あやや達と影狼だけだと思っていたのに、まさか聖達までいるとは。嬉しい誤算だぜ!」

 

 ようやく帰って来てくれました。このチャンスを逃してはいけません。

 再び海斗君に呼びかけをトライしようと決心し、喉の手前まで声を出しかけていたその時、不意に海斗君がポケットをゴソゴソとあさり始めました。やがてそこから出てきたのは……

 

優希「スマホ?」

 

 意外な物に僕の目は思わず点に。だって幻想郷(ここ)では圏外ですし、ましてや夜の明かりを月と火に頼るような所。コンセントなんて見た事がないです。だから僕のスマホはとっくにバッテリーがゼロ。電源ボタンを長押ししても、もう『電池がありませんマーク』すら出ません。0%中の0%なんです。つまり僕のスマホは今や最新技術を集結させただけのただの(かたまり)です。でも……、

 

優希「なんで生きてるの!?」ヒソヒソ

 

 海斗君のは光っているんです! 神々しく。懐かしのブルーライトに僕、たまらず感激。こんなにも明るかったんですね。ちょっと(まぶ)しく感じるくらいです。

 

海斗「早苗の所に行った時にな、充電させてらもらったついでに電池も何個かもらったんだぜ。モバイルバッテリーは常備していたから今でもこの通りって理由(わけ)だぜ。でも前にここに来た時に忘れちまってな。霊夢からもらって即充電してようやく復活だぜ!」

 

 (ほこ)らしげに語る海斗君に僕、心の底から思いました。

 

優希「(いいなぁー)」

 

 って。だってだって電波がなくても役立つアプリに機能が盛り沢山なんですから。ライトに目覚まし、メモ帳に計算機……あれ? 無くても別に困らなくない? あ、でもカメラと音楽再生は楽しめるよね。

 そんな事を考えている僕を差し置いて、海斗君は素早い親指の動きで何やら操作を始めていました。その時は「何をしているんだろう?」くらいにしか考えていなくて、ただその様子を黙って見守っていました。

 でも次に海斗君が取った行動、スマホを高々と(かか)げたポーズ。そこからしばらく経ってようやく気付きました。僕はその機能を使った事がなくて、完全に見落としていました。そう、スマホの隠れた便利機能の一つ『ボイスレコーダー』の存在に。

 

優希「海斗君それは絶対ダメなやつだって!」

 

 僕、海斗君の腕にしがみついて必死の抵抗です。友達が人の道を外れようとしている、黙って見過ごす事は出来ません!

 

海斗「優希、分かってくれ。これは東方ファン代表としての使命なんだ」

優希「そんなのファンじゃないって!」

海斗「拡散なんてしないから、俺のお楽しみにするだけだから」

優希「それでもダメだって!!」

 

 お互い引かず(ゆず)らずの攻防戦。でもそんな時、僕の耳が微かに反応し、反射的に海斗を掴んだまま近くの(しげ)みに隠れました。

 

海斗「なんだ? 急にどうしたんだぜ?」

優希「しーッ、今話し声が聞こえた」

海斗「堂々としていれば問題……」

優希「大ありだよ! 『こんな所でそれ持って何してんの?』ってなるでしょ!」

海斗「まあまあ落ち着けよ。その誰かが来たみたいだぜ?」

 

 徐々に迫る足音と話し声。息を殺す僕達の視界に入って来たのは、

 

??「私ここ始めてなんだよねー」

??「本当にいくの? もう花見始まってるのに?」

 

 二人の金髪の女の子でした。一人は全身茶色で手にタオルを持っていて、お風呂に入る気満々といった雰囲気。でももう一人は手ぶらで、ただなんとなく付いて来た感じです。

 名前も知らない初めて見る人達に「また増えた……」と大変失礼な事を考えている僕の横で海斗君は……。

 

海斗「あれヤマメとパルパルか!?」

 

 このリアクション。これには僕、もう驚きもしません。「知り合いなの?」ともなりません。ただ「やっぱりご存知なんですね」くらいにしか思いません。

 

ヤマ「だって地底の恵みだよ? 一度は利用させてもらわないと。宴会の方がよければわざわざ来なくてもよかったんじゃない?」

パル「嫉妬のにおいがして」

ヤマ「そ、そうなんだ……」

パル「ここまで歩いて来たからエネルギー不足。補充しないと」

ヤマ「意外と距離あったよね。私も足が棒だよ」

パル「結局いなかったね」

ヤマ「うん……、でもきっと大丈夫だよ」

 

 親しげに話すお二人の様子を僕は「こっちに気付かないで」と強く祈りながら見守っていました。その時の僕といったら汗がダラダラ、全身ガクブル、心臓は些細(ささい)な衝撃でも破裂する寸前。そこへ……。

 

 

■     □     

 

 

 楽しそうに(じゃ)れ合う彼女達の様子を笑顔で見守る者がいた。その者は彼女達に声をかけ、「自分は花見初参加で、吸血鬼の少女達下で世話になっている」と簡単に自己紹介を済ませると、髪の毛の事で困っていた住職に、偶然持ち合わせていたヘアゴムを貸す事を提案した。

 これで晴れて心置きなく温泉を楽しめる事になった住職。冷え切った身体を温めようと湯に肩までしっかりと浸かり、ホッと一安心している時だった。

 

??「はい椛の負けー」

 

 (おもむろ)に立ち上がった白狼天狗を指差す今風新聞記者。決着は付いたようだ。だが、

 

椛 「待ってください。何か気配がします」

 

 辺りを見回してそう注意を促した。

 

文 「気配〜? 言い訳にしては苦しいですよ?」

はた「そうそう、()()()なんてして()()()()?」

椛 「違うんです、奇妙な気配なんです。今まで感じた事のない、でもよく知っているような不思議な雰囲気の……。皆さん気を付け下さい」

村紗「なになに? どうしたの?」

文 「なにやら不穏な気配がするそうですよ」

影狼「え、今?」

椛 「はい、警戒はした方がいいです」

はた「本当の事だったらだけどね」

一輪「風呂で不穏な気配、考えられるのは……覗き?」

聖 「一輪やめてよ。気持ち悪い事言わないでよ」

??「聖さん大丈夫ですよ。そのような事をする方は花見(ここ)にはいませんよ」

 

 リラックス空間に走る緊張感。信じる信じないは別として、彼女達は会話を打ち切り、微かな物音をも逃さまいと耳を澄ませていた。

 

 

□     ■

 

 

優希「うわあああッ!」

 

 僕のノミの心臓はあっと言う間に破裂し、口から大きな爆発が上がりました。今までずっとギリギリのラインで耐えていたのに、その導火線に火をつけたのは、

 

??「は〜、超・快・感♡」

 

 和傘を持ってうっとりしているこの子。後ろからいきなり「おどろけーッ!」って現れたんです。そしてそのおかげで……。

 

 

■     ■

 

 

はた「誰!?」

椛 「こんな近く!?」

文 「さすが椛です」

村紗「『撃沈アンカー!!』」

 

 頭上から降って来た青く光る巨大な錨に襲われ、海斗君はX軸方向に、傘の女の子はZ軸方向へ。そして僕は……

 

優希「うわあああぁぁぁ。。。……」

 

 Y軸方向へ。宙に飛ばされてジタバタと足掻(あが)く僕の目に飛び込んで来たのは……ごめんなさい、これだけは言えません。

 するとその後すぐに

 

ヤマ「『キャプチャーウェブ』」

 

 ヤマメさんに捕獲されーーーー

 今に至るわけです。

 きっと温泉にお金を払わないで入っていたから、ここに来て一気に不幸が襲ったんだと思います。あの看板、あながちウソって訳ではなさそうです。今度があればちゃんとお金払おうと思います。今更反省しても遅いかもしれませんが……。

 僕は全部話しました。出来る限りの全力で。

 

優希「と、とぃぅ……なんです……」ごにょ

 

 それでもこんな感じなんですけど……。もうみんなからの視線が怖くて怖くて……。さとりさん……いえ、さとり様がいてくれなかったら全く状況が分からなかったと思います。

 でも……

 

さと「そこに村紗さんがドカーンで、フワッとしてラッキースケベなところをヤマメさんにギュッとキャプチャーウェブだそうです」

 

 言いかたッ! 間違いではないんですけど変に誤解されますよ!! それと説明の仕方もう少しなんとかなりませんかね?

 あ、睨まれた……。嘘です、ごめんなさい。本当に感謝してます。

 そう念を送るとさとり様は「分かればよろしい」とでも言うように二度頷きました。そして補足事項としてみんなに向けて、

 

さと「結果だけ言ってしまえば『見た』という事にはなりますが、これは事故です。友人を止めようとした、そこは評価すべきだと思います。彼も被害者なんです」

 

 そう言ってくれました。

 

ヤマ「そうだったの!? ごめんなさい、今糸を解くから」

 

 徐々に緩まっていく拘束衣、その間もヤマメさんは謝り続けてくれて、完全に自由になった後も合掌しながら何度も頭を下げてくれました。

 謝罪なんてそんなそんな……。僕はヤマメさんに助けられたんですから。あのままヤマメさんが捕まえてくれなかったら僕は……問答無用でフルボッコだったでしょうね。

 

さと「それをちゃんと口に出して言いましょう」

優希「はい……。ヤマメさん」

ヤマ「ん?」

優希「助けてくれてありがとうございま()た」

 

 噛んだー……。

 

さと「噛みましたね。でも言えてましたよ」

ヤマ「なんの事か分からないけど、どういたしまして」

 

 笑って答えてくれるヤマメさん。そのおかげで、

 

優希「みなさん」

 

 僕の中のスイッチがONになりました。

 

優希「ご迷惑をかけてすみませんでした」

 

 深く、より深く頭を下げて謝罪。わざとではないとはいえ、事故とはいえ、白い目で見られるような事になって……

 

優希「申し訳ありませんでした」

 

 僕の謝罪に答える人は誰もいないまま、しばらく辺りに静かな空気が流れました。でもその気まずい空気を断ち切ってくれたのは意外にも、

 

??「大丈夫ですよ。私は最初から分かっていましたよ」

 

 アリスさんでした。アリスさんは頭を下げる僕に柔らかい口調でそう告げると……突然ですがここでご報告です。

 

優希「(あああああアりりりりリすすすスさんの、ててて手がぼぼ僕の手を!?)」

 

 包み込む細くて僕よりも少し小さな手から伝わる優しい温もり。そして込められた力は僕に「元気を出して」って言ってくれているみたいです。きっとそうです! ね、さとり様? ってヤマメさんとなんか話してるし……。

 

魔理「そ、そんなの魔理沙ちゃんだって信じてたze☆? 魔理沙ちゃんと優希の仲だもんな?」

 

 なんでそれを僕に聞くんですか? というか「信じてた」って絶対ウソですよね? 思いっきり疑っていましたよね?

 

魔理「なんだよその目は。魔理沙ちゃんを疑うのか?」

アリ「魔理沙、もう優希さんの事を分かってあげなさいよ」

魔理「アリスまで魔理沙ちゃんを疑うのか?」

アリ「だってあなた本気で怒ってたじゃない」

魔理「うぐっ……」

アリ「優希さんが覗きだなんて……。そんな()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ?」

 

 あっれー? アリスさんそれはあれですか? 僕が逃げ腰で、臆病で、度胸がないって言われてます? そうですよね……そうじゃないと分かって頂けませんもんね……ぐすん。

 

アリ「優希さん? どうかされましたか?」

魔理「お前ホント面倒くさいやつだな」

 

 アリスさんからパワーをチャージされ続けているのに、悄気(しょげ)る僕。さらにそこに追い打ちでディスる魔理沙さん。僕立ち直れなくなりますよ?

 

アリ「これ……」

 

 不意にポツリと(つぶや)くアリスさんに「どうしたんだろ?」と少し顔を上げて様子を伺うと、僕の足下にガッツリとロックオン。そこにはさっきまで僕を拘束していた……

 

アリ「うそうそ、何これ? 細いのに凄く丈夫に出来てる。それなのに伸縮性、柔軟性、弾力性が保たれていて加工もしやすそう。魔力の伝達速度は……は、早い!? これなら……これなら」

 

 糸。アリスさんは僕からを手を放すと急ぐようにそれを拾い、独り言を呟き始めました。僕、負けました。糸に負けました。生き物ですらない細くて透き通った糸に負けました。完敗です……。

 

アリ「これ……これあなたが?」

ヤマ「え、うん。そうだけど?」

アリ「お願いこれ頂戴! もっと、もっと沢山!! こんな糸を見た事がないの。生まれて初めて見る最高の糸なの!」

ヤマ「いや〜、それほどでも〜」

 

 拾い上げた糸を握ったまま一気にヤマメさんとの距離を詰めるアリスさん。どうしたのですかいったい?

 

魔理「あー……完全にスイッチ入ったze☆」

優希「あ、魔理沙さん。アリスさんどうされたんですか?」

魔理「あれは一種の病気だze★」

優希「病気?」

魔理「人形と裁縫、特に布と糸の話しになると歯止めが効かなくなるんだze☆」

 

 つまりこういう事みたいです。アリスさんは…………裁縫オタク! なんか凄く共感できます。その話、掘り下げたらもっと面白いのかな?

 

ヤマ「あげるのはいいけど、どうやって糸をまとめるの?」

アリ「ボビンならある!」

 

 ボビンって横から見ると『エ』の字のミシンに使うアレですか? それを常備って……アリスさんかなりの強者(つわもの)ですね。

 

魔理「おいアリス、準備はもういいのか? 間に合わなくなるze☆?」

 

 魔理沙さんからそう言われると、アリスさんはハッとした様子で我に返り、名残惜しそうな表情を浮かべ出しました。

 

アリ「で、でも……」

ヤマ「あとでちゃんとあげるから行って来なよ」

アリ「ぇ、ぁ、うん……」

 

 でもヤマメさんと約束を交わすと、駆け足でその場を後に。

 準備って何だろ? それに最後何で元気なくなっちゃったんだろ?

 

優希「あの、魔理沙さん」

 

 その答えを魔理沙さんに尋ねようとしたんですが、

 

魔理「色々聞きたいかもしれないけど、今はお・た・の・し・み・に・だ・ze☆」

 

 だそうです。ウインクして秘密にされました。たまに不意打ちで見せる魔理沙さんのこういうところ、ズキュンって来てしまう僕は負けでしょうか?

 そして魔理沙さんは「それよりも……」と呟いて視線を僕から移しました。その先にいるのは他でもない、

 

魔理「問題なのはこっちだze☆」

 

 海斗君です。




【次回:13輪目_何考えてるの?です】

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