東方迷子伝   作:GA王

170 / 229
結果、彼の話を。どうかお付き合い下さい。


【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補九人目

 武道を(たしな)む者において、朝の鍛錬とはラジオ体操である。眠っている身体を呼び覚まし、ベストコンディションへと(いざな)う。と同時に、筋肉の張りや動きのキレ、バイタリティのチェック。異常がないかを確かめる。

 この日も白玉楼の庭先では朝早くから少女が剣を振るっていた。刃先が空気を切る音、素早く軽快な身のこなし、そして綺麗に一列に整えられた前髪、どれを取ってみてもベストコンディションである事が(うかが)える。

 しかし少女の表情は()えない。その胸の内は雨が降り出しそうな空模様と言ったところだろうか。その雲を生み出したのは他でもない、

 

??「みょーん、俺の方も見てくれよ」

 

 このオタク。

 二人が守矢神社に訪れた日から数日が経過していた。その日彼女が経験した目を疑うような奇妙かつグロテスクな光景、奇想天外ではあるが説得力のある考察は、彼女の中で黒く(ふく)らんでいるのだった。

 

妖夢「わかりました。では初めに……」

 

 それでも彼女は平然を(よそお)う。

 

??「うふふ、これこれ。これが夢に出てきたのよ。いただきま〜す」

 

 縁側で満足そうに梅干し、漬物、唐揚げ、チーズ、卵焼き、納豆をぶち込んだ超巨大爆弾おにぎりを頬張る主人に悟られないために。

 

 

――少女指導中――

 

 

海斗「Do?」

妖夢「すごいですね、昨日指摘ところはもうバッチリです。悔しいですけど……」

海斗「まぁな、自慢じゃないけと運動神経はかなりいい方だぜ?」

妖夢「みたいですね。悔しいですけど……」

海斗「あのさ、なんか怒ってない?」

妖夢「いいえ、だから言ってるじゃないですか。悔しいんです。まさかこうも早く基礎を全て習得されるとは思わなかったので」

 

 教え子がみるみる成長していく。それは指導者からすればこの上ない喜びだろう。だが、その成長の度合いが過ぎていたとしたらどうだろう。注意すれば完璧に修正し、新しい事を教えればそこから試行(しこう)錯誤(さくご)して次のステップに勝手に進んでいく。それはそれで手をかけなくて非常に助かる。だがその反面、手塩にかけるという点では……

 

妖夢「正直つまらなかったです。『私いらない?』って途中から思いました」

 

 である。

 

海斗「そんな事ないぜ、みょんの教え方が良かったからだぜ? じゃないといくら俺だってここまで成長できなかったぜ! みょん先生に盛大な拍手を送るぜ」

 

 出来過ぎる弟子からの突然のプレゼントは彼女の目を丸くさせ、

 

妖夢「べ、別にそんなに(おだ)てても何も出ませんから。そ、それに教え方が良いのは当然です。日々の鍛錬があるからこそです」

 

 その気にさせていた。

 

海斗「それで次は?」

妖夢「今まで教えた事の集大成になります。打ち・払い・引き等を(つな)げて一連の動きを覚えてもらいます。基礎の第二段階です」

海斗「えー、実戦はまだなのー?」

 

 基礎を覚えたばかりにも関わらず、即実戦を希望する無謀なお調子者。いつもなら

「何をバカな事を言ってるんですか」

と師から説教が飛びそうである。だがこの日の彼女は少々違った。煽てられた効果なのか、はたまた成長のスピードが人並み外れた彼を認めたのか、彼女は腕を組んで右の拳を口元へ運び思考のポーズ。そしてその結果、

 

妖夢「ではやってみますか?」

 

 彼の希望を叶える事にした。

 

海斗「手加減なしの本気で頼むぜ」

 

 

--少女支度中--

 

 

 一本の模擬刀を手に向き合う二人。その構えは互いに鏡写し。その光景は少女にとって実に久しぶりのものだった。それは彼女がまだ幼く、剣の道を歩み始めたばかりの時以来――――

 

 彼女にも師と呼べる人物がいた。名を魂魄(こんぱく)妖忌(ようき)、先代白玉楼の庭師にして彼女の祖父である。西行寺幽々子と共に三人で暮らした日々は、浮き沈みのない平穏かつ平和なもの。明るく楽しく、時には(しか)られ、時には鍛錬が上手くいかずに泣きじゃくって。でもそんな時には必ず祖父が優しく頭を()でながら言い聞かせてくれた。

「誰しも初めは上手くいかぬもの。(あせ)らずに自分のペースで成長すればよい」

 と。彼女はそんな祖父が大好きで、尊敬もしていた。そしてその生活にも満足していた。「ずっとこのままいられたら」と心から願っていた。

 だがその日は突然訪れた。祖父の失踪(しっそう)。卓袱台に置かれた一通の手紙には、まだ半人前の彼女に「己の全てを引き継がせる」とだけ。主人は(ひざ)を突いて肩を落とし、彼女は泣いた。(さび)しさから泣いて、泣いて、声が枯れるまで泣き続けた――――

 

 それが遠い日の出来事。

 忘れかけていたその頃の記憶は、鮮明にとはいかない曇りガラス越しの虚像のよう。

 

妖夢「(まさか私がこっち側になるなんて)」

 

 ()しくもその立ち位置は当時の逆、目の前で構えるお調子者はかつての自分といったところ。

 

幽々「懐かしいわね〜」

 

 お腹が満たされて幸せいっぱいの主人、彼女もまた同じ事を考えていたようである。

 

幽々「それじゃあ二人共見合って見合ってー、はっけよーい」

 

 これは剣道である。

 

幽々「のこった!」

 

 主人の合図で足に力を込める彼、さらにそこから習った通りに剣を……

 

海斗「!!」

 

 彼は驚愕(きょうがく)した。まだ刀を動かしていないのに、ましてや身動き一つすらしてもいないのに、

 

妖夢「遅過ぎです」

 

 彼女の剣先が(のど)に触れていたのだから。

 

妖夢「これが私の全力です。いかがですか?」

海斗「無理……(かな)わない。何が起きたのかさっぱりだぜ」

妖夢「そうですか、ちなみに私は海斗さんに教えた事しかしていませんよ」

海斗「えっ!?」

妖夢「それに真剣なら空気を切れる分、もっと早いです」

海斗「マジ?」

妖夢「大マジです」ドヤッ

 

 見せつけられた圧倒的な力の差は、「彼女の練習相手になれれば」そんなお節介から剣の道へと足を踏み入れた彼にとって、あまりにもショックの大きなものだった。今のままでは相手になるどころか、その足下にも(およ)ばないのだから。彼は(ちか)った

 

海斗「(もっとレベルを上げてからにしよ……)」

 

 と。そしてこれが

 

妖夢「(これで分かったでしょう)」

 

 彼女の狙い。

 

海斗「みょん、どうやったらそんなに早く振れるんだ?」

妖夢「鍛錬あるのみです。刀が自分の体の一部と同化するくらいに慣れないと」

海斗「ふむ、刀はお友達という事か」

妖夢「それじゃあ、朝の鍛錬はおしまいにしましょう。お腹空いちゃいました」

海斗「おうよ。ところでさ、みょんには半霊を使った技、スペカがあるだろ? 投げたり文身させたり」

妖夢「ええ、まあ」

海斗「その発展で刀に半霊を宿らせる事ってできる?」

妖夢「刀に半霊を……」

 

 これまで考えもしなかった案に衝撃を受ける彼女。もしそれが可能であるのならば、新しい技の開発、自身のレベルアップへと繋がる。物は試しにと愛刀の一本、楼観剣(ろうかんけん)と半霊を手に……

 

海斗「あ、ちょい待ち。やる時に……:」

 

 助言だろうか。否、

 

妖夢「○.(ソウル).半霊 IN 楼観剣」

 

 入れ知恵。お調子者はやりやがった。そしてやる方もやる方である。

 だがそのおかげで、半霊は溶け込む様に刀へと吸収されると、強力な巫力(ふりょく)と霊力と光を放出し、彼女をシャー◯ンへとクラスチェンジさせ…………るはずがない。

 

 

むにゅ〜〜〜っ

 

 

 それは言うなれば歯ブラシの上に落とされた歯磨き粉。加えて上からの圧力で人が座ったビーズクッションの如く横に広がる。この時、半霊は思った。

 

半霊「(無理に決まってるでしょ!)」

 

 と、だが少女は(あきら)めない。ぐいぐいと押し込み続ける。その都度(みね)の上で暴れながら訴え続ける半霊。

 

半霊「(痛い痛い! やめてやめて!!)」

 

 考えてみて欲しい。5〜7mm程の頑丈(がんじょう)な鉄の板に、人体の急所が集まる体の中心線を押し付けられる。それはもはや拷問である。

 タイミングを見計らってスルリと脱出に成功した半霊。その怒りの矛先は半人、

 

海斗「わわわ、ちょっ……。俺かよ」

 

 ではなく余計な事を口走ったお調子者。

 その後、半人の朝食が終わるまでポフポフ祭は休む事なく続いていたそうな。

 

 

--半霊激怒中--

 

 

 従者の朝食が終わり、少女は後片付けと掃除、洗濯へ。その間お調子者は主人に呼ばれ、二人で主人の部屋へ。

 

妖夢「これでおしまい」

 

 物干し竿に吊るした服を眺めて鼻からため息。これにて家事、朝の部は終了である。

 

妖夢「ん? 海斗さんの服に穴が」

 

 その服は少女が彼と初めて出会った時に着ていたもの。開いた穴は小さく、()えばまた着れる程度なのだが、問題はそこではなかった。

 

妖夢「いい加減に買わせよ」

 

 彼がこの世界に来てからというもの、衣類と呼べる(たぐい)の買い物には一切行っていなかった。というのも、日課の鍛錬に家事全般、その合間を見つけてお調子者の幻想郷観光のガイド、加えて「その服だけで大丈夫?」に対する「大丈夫だ。問題ない」という自信に満ちた回答。故にこの件に関しては疎遠(そえん)状態になっていた。

 ではこの服が物干し竿に掛かっているのなら、今のお調子者はいったい……。

 どうという事はない。彼と共にこの世界にやって来た(かばん)の中には、体操着代わりのTシャツとジャージがたまたま入っていただけの事。彼はこの二着を取り替えながら今日まで生活していたのだった。尚、下着の方については……お察し下さい。

 

妖夢「幽々子様、今よろしいでしょうか?」

 

 「今日こそは」と胸に誓い主人のプライベートルームへ。その返事は、

 

幽々「あらみょんちゃ~ん、ちょうどいいところに。入って入って」

 

 OKではあるが、やや興奮気味で催促するよう。彼女は疑問に思いながらも戸を開けた。

 

妖夢「おじい……ちゃん?」

 

 緑色の(はかま)に白い長着(ながぎ)、そして忘れもしない堂々とした後ろ姿。曇りガラス越しの虚像は鮮明になり、瞳に映る実像と重なり合う。だがそれは酷似こそしているものの、ピタリとは重ならない。

 

幽々「ね、似てると思わない?」

 

 (まが)い物である。

 

妖夢「驚きました。一瞬見間違いましたよ」

幽々「でしょでしょ? さっきのみょんちゃん達を見ていたら懐かしくなっちゃってー。それで海斗ちゃんに試しに着せてみたらサイズがピッタリ、おまけにそっくり」

海斗「みょんのお爺さん、魂魄妖忌ってこんな感じだったのか?」

妖夢「ええ、顔と中身以外は。それに祖父は白い長髪でした。惜しかったですね。特に中身が致命的に違います」

海斗「みょん、そこ二度言うほど重要なのか? そうまで言われると流石の俺でも傷付くぜ?」

幽々「そんな事ないわよ。みょんちゃんが言っているのは歳をとった彼の事よ。私が言っているのは、若い頃のか〜れ〜の〜こ〜と。何から何まで本当にそ〜っくり」

妖夢「おじいちゃんって若い頃中身までこんな感じだったんですか!? 出会い頭に格好つけて『嫁にならない?』って言う方だったんですか!?」

幽々「ふふ、さぁどうだったかしらねぇ? それよりもみょんちゃん、何か用があって来たんじゃないの?」

妖夢「あ、そうでした。海斗さん、今から服を買いに行きますよ」

海斗「服? 服なら今日着ていたのと昨日のが……」

妖夢「あれには穴が空いています。それに寝巻きも兼用だなんてもうやめて下さい。今日という今日は買いに行きますからね!」

 

 出かける二人を見送り、一人縁側の定ポジションにつく主人。思い出されるのは遠い、遠い、(はる)かに遠い日の出来事。

 

 その日も彼女は今と同じ様にのんびりと自慢の庭を眺めていた。暇、退屈、刺激が欲しい。当時の若かりし彼女はそんな事を思いながら庭を眺めていた。そこへ突然駆け寄って来た二本の刀を腰に装備した若者。彼は彼女の前で急ブレーキをかけると、サムズアップで自身を指し――――

 

幽々「己の主人(あるじ)にならぬか?」

 

 記憶と共に(こぼ)れる独り言。彼女はそう呟いてくすりと笑うと、

 

幽々「いやんいやん♡ 海斗ちゃん変な事まで思い出せちゃって〜。その気になっちゃうじゃな〜い。みょんちゃんには悪いけど〜」

 

 (ほほ)を染めてその場で激しいくねくねダンス。

 

??「何やってるのよ?」

 

 だが背後からの声でそのダンスはピタリと止まった。

 

幽々「何よ、紫」

紫 「例の彼、この前守矢神社に行ったそうね」

幽々「そうよ、だから何?」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

妖夢「……遅い」

 

 衣類を選んで買って来るだけだというのに、待たされる事かれこれ一時間。彼女は店の外で雑念を断ち切る様に素振りに勤しんでいた。

 二人が選んだ店、そこは人里から離れた普通の女子はまず入りたがらない店。この店をチョイスした理由は明確。「和服じゃなくて洋服がいい」といったもの。実に簡単である。

 

妖夢「もう限界ッ!」

 

 (しび)れを切らし、ピエロと白スーツのお爺さんが並ぶ扉へ手をかけて大きく深呼吸。そして意を決して扉を開けて店の中へ。

 

妖夢「海斗さん何やっているんですか!」

 

 そこには、

 

海斗「あ、みょーん。ヤベー、ここヤベーわ。マジッパネーわ」

 

 椅子に越しをかけて全身脱力状態のオタクと、

 

??「あははは、分かる人で嬉しいよ」

 

 同じ価値観の客に嬉しさのあまりキラキラの笑顔で会話を楽しむ収集癖の店主が。

 幻想郷の何処かにある『無縁塚』。そこは異世界で忘れられた物が流れ着く場所。そしてこの店の店主、森近(もりちか)霖之助(りんのすけ)の仕入れの地。そう、ここは異世界の物が並ぶ外来人御用達(ごようたし)のお店、

 

妖夢「服はどうしたんですか。早く買ってここから出ましょうよ」

 

 香霖堂(こうりんどう)。またの名を

 

海斗「えー、もう少しいいじゃんか。俺ここスゲー気に入ったぜ。マジ(なご)むわ、実家に帰った様な安心感だぜ」

 

 ゴミ屋敷。

 

妖夢「はああああッ!?」

 

 彼女が声を荒げるのも無理はない。だがこのイケメン、容姿こそいいものの掃除や洗濯、家事全般が大の苦手。というよりもやらない。実家の部屋は常に荒れ放題。友人が訪れても片付けようともしない。さらに翌日の服を寝巻き代わりにするという破天荒ぶり。そして二次元しか愛せないオタクにして汚タク。故に外の世界で彼は男子の間で密かにこう呼ばれていた。『イケメン・オワタ』と。

 

 

--少女清算中--

 

 

 お金を叩きつけるように支払い、リラックスモードの汚タクの手を引いて店を後にした少女。本日の夕飯の買い物をしようと人里へ。そこまではよかったのだが……。

 

妖夢「あー、もうッ!」

 

 遅れてスタートを切る彼女。ストレス、苛立ち、「またか」という呆れ。それらが合成された結果、彼女の額には交差点のマークが浮き出ていた。

 赤い袴に白く長い髪、周囲を威圧する様な鋭い目付き。それでも寺子屋の面倒見のいい頼れる体育教師。彼女がそのフルーツタルト中毒者に気付くよりも早く、

 

海斗「モっコたーん。嫁にならないぃぃぃーーー……☆」

 

 彼はトップスピードでスタートを切っていた。

 

妹紅「い、いやあああぁぁぁーーー……☆」

 

 その声、らしからぬ甲高(かんだか)い乙女の悲鳴。高速で迫る正体不明の変質者に、直感的に進行方向を反対に向けて逃走開始。

 その後しばらく三人による鬼ごっこが続き、種目がかくれんぼへと変わった頃、彼は次なるターゲットを見つけていた。上機嫌に鼻歌を歌いながら歩く、買い物帰りの幸せ兎を。

 

海斗「て〜ゐ」

てゐ「な、何か用ウサ?」

 

 顔を覗き込む様にして声をかけて来た変質者に、一歩後退して超警戒態勢。兎の勘、それが彼女に知らせていた。「コイツには関わるな」と。

 だがそれは遅かった。彼女がもっと早くそれに気付き、無言のまま走り去っていれば違った未来もあっただろう。

 

海斗「ほぉー、語尾にウサと来たか。予想通りだけど、意外性はあまりないな」

 

 幸せ兎、ワンアウト。

 

海斗「兎キャラには鈴仙の他に鈴瑚(りんご)清蘭(せいらん)もいるしなー」

 

 幸せ兎、ツーアウト。追い込まれた彼女は、

 

てゐ「ひどいウサああぁぁぁ……。。。☆」

 

 「もうこれ以上はごめんだ」と涙を流しながら渾身の振り逃げ。

 その様に呆気に取られ、一人残された汚タク、「まいったな」と頭をかきながらその胸の内を呟いた。

 

海斗「可愛らしくてピッタリだと言おうと思ったのになー」

 

嫁捕獲作戦_九人目:藤原妹紅【逃亡】

 




魂魄妖忌、原作設定と大きく異なりますが、今に始まった事ではないですし、まあいっか。


【次回:咲き始め_遅刻者です】
次回でこのエピソード最終話です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。