東方迷子伝   作:GA王

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タイトル変更しています。
予告はあくまで予定で未定なのでどうかご了承の程を。


始まり_二話目

 これは後日、お燐から聞いた話です。

 お燐には屋敷の家事当番以外に本職があります。それは灼熱地獄跡(しゃくねつじごくあと)を維持する上で非常に重要な役割であり、「彼女のおかげで現状を維持できている」と言っても過言ではないくらいに立派な仕事です。既にご存知の方は多いみたいですね。そう、その仕事とは灼熱地獄跡の燃料、『死体』の収集です。

 本人は「気味悪がれるから」と言って、その事をあまり他人に話そうとはしません。ずっと誰にも見られないように、気付かれないように、秘密裏にその任務を全うしていました。さらに荷物の上から布をかけ、万が一誰かと遭遇しても中身がバレないようにするという念の入れようです。

 ですがこの日、とうとう……。

 

お燐「ふニャーーーッ!!?」

 

 しかもよりによって、想いを寄せている彼にだなんて……。

 なんでも愛用の猫車に燃料を入れて運んでいたところ、彼が勢いよく横から飛び出して来たそうです。おおかた運動がてらに雪上の短距離走でもしていたのでしょう。

 はい、みなさんのご想像の通り猫車と彼は衝突(しょうとつ)事故を起こしました。彼は傷一つ負いませんでしたが、その代わりに猫車は車輪が外れ、数箇所に傷とヒビが。けれどそれはまだ修復可能で簡単な損傷。問題は……。

 

彼 「えっ、うぇえええ!?」

 

 こっち。積荷(つみに)がゴロリと彼の前に転がったそうです。その時の彼の表情といったら余裕が一切無く、眉をひそめて極度に引きつっていたと。きっと「ウソーん」とか「おいおいマジかよ」とか「気持ちわるッ!」とか思っていたのだと思います。いわゆる『ドン引き』ってやつですね。

 一方のお燐ですが、この時こう思ったそうです。

 

お燐「(お、終わったニャ……。もう修復でき(ニャ)いニャ)」

 

 と。そう思うが早いか、ふんわりと積もった雪の中に顔からダイブしていたそうです。ひんやりと冷たい雪、顔から温度を(うば)う感覚はチクチクと突かれように痛痒(いたがゆ)かったはずです。だからこそ、瞳から(ほほ)を伝う物はさぞ温かく感じたことでしょう。でもそれ以上にお燐を優しく温めてくれたのは他でもない

 

彼 「ごめん大きな声を出して。大丈夫だよ、少し驚いただけだから」

 

 彼から差し出された手でしょうね。そして彼は笑いながら、サムズアップでこうも言ってくれたそうです。

 

彼 「その手の物は小さい頃から見せられているから結構平気。(むし)ろあっちの方がグロテスクだったから全然余裕」

 

 と。

 彼には幼少の頃からお世話になっている方達がいます。共に笑い、共に遊び、時には(しか)られて。友達の様で友達でない、親の様で親でない。そんな関係。そうですね……強いて例えるのなら『お姉ちゃん』といったところでしょうね。

 慣れ、耐性(たいせい)免疫(めんえき)。彼にホラー系統のそれらを与えた『お姉ちゃん』は今頃「フッフッフッ……」と少し怖い微笑みを浮かべながらお仕事に(いそ)しんでいることでしょう。終わったら来られるそうですよ。きっと()りすぐりの品を持って来られると思いますので、ご興味がある方は後で見せてもらうといいでしょう。もしトラウマになったら私が格安で治療して差し上げますよ。

 脱線しましたね、話を続けます。

 彼のおかげでお燐は笑顔を取り戻す事が出来ました。可笑(おか)しくて思わず笑ってしまったのだとか。そして彼に自分の本職の事と灼熱地獄跡の事、さらに地霊殿の存在の意味を話したそうです。

 

お燐「灼熱地獄跡は地底の温度を保つのに必要(ニャ)のニャ。で(ニャ)いと冬に草木も野菜も元気に育ってくれ(ニャ)いニャ。だから灼熱地獄の温度が絶え(ニャ)いように、私が燃料の死体を運んでいるニャ」

 

 私達が地底世界に引っ越して来た時、灼熱地獄跡の温度はかなり下がっていました。本来であれば特別な者、例えば地獄烏(じごくがらす)のお空や火車のお燐などのように、熱に耐性のある者以外は立ち入ることができない場所なのです。それは鬼とは言え例外ではありません。「あーっ、ちぃー」で済むはずがありません。つまり、かなりギリギリの状態でした。その為、屋敷の建築は急ピッチで進められていました。

 そこへ起きたあの地震。当時私は地上にいましたが、とても大きな揺れだったことを覚えています。自然災害で仕方がないとはいえ、建設中の屋敷が破損したと棟梁(とうりょう)様から聞かされた時には(あせ)りましたよ。そうそう、その地震も一説によれば、灼熱地獄跡の温度が下がった事が要因らしいですよ。

 

彼 「そうだったんだ。お燐のおかげだったんだ」

 

 いきなりですが、知識とは不思議なものです。別の日に彼は「地底で生活できる理由がやっと分かった」と言ってきました。最初は「急にどうした?」と疑問に思いましたが、お燐から「彼に屋敷の事を教えた」と聞いて合点がいきました。彼は勉学を進めていくうちに、知識を深めるうちに、地底世界に疑問を抱いていたのだと思います。それがお燐から真相を聞いて、彼の中で答えが出たのでしょう。

 

彼 「お燐ってすごいんだな。いつもありがとう」

 

 「笑顔でそう言ってくれた」と話していましたよ。彼に知識がなかったら、きっとこのような発言はしなかったでしょうね。そして私達家族でさえ、そのありがたみに慣れてしまい、口にはしていなかった感謝の気持ちに、お燐は嬉しさのあまり彼の胸に飛び込んでいたそうです。

 

お燐「ありがとうニャ、ありがとうニャ」

 

 と何度も唱えて。

 (あふ)れる想いは温かく、熱く、それこそ灼熱地獄以上に熱を帯びていたことでしょう。お燐は彼を瞳に閉じ込め、(こぼ)れ落ちるようにこうお願いしていたそうです。

 

お燐「キスさせてニャ……」

 

 「気持ちがなくてもいい。これは私が勝手にすること。あなたには迷惑をかけない」そんな事を思いながら彼に顔を近づけていったみたいですよ。心の中でそのように語ってくれましたから。

 

お燐「(あと少し、もう少しニャ……)」

 

 でもそれは(かな)うことはありませんでした。

 

??「お取り込み中失礼するよ」

 

 お燐は言っていました。「声よりも先に、感じた事のない雰囲気に背筋が凍った」と。その方は鬼とも妖怪とも違う空気を漂わせ、お燐は身分・立場・次元が異なりすぎると瞬時に察したそうです。そう、そこに現れた方こそ他でもありません。

 八坂神奈子さん、あなたです。

 この先、あなたがした事をお話しすることになりますが「そんなものは忘れた」なんて言わせませんよ。

 

神奈「やっと見つけたよ。まさかこんな所にいただなんてねぇ。今地獄の女神はいない、厄介(やっかい)な能力の覚り妖怪もいない」

お燐「誰ニャ!?」

神奈「私は八坂神奈子、最近幻想郷に越して来た神さね」

 

 何者なのか、その問いに答えはしていたものの、彼女の視線は常に真っ直ぐ彼へと向けられていたそうです。「やっと見つけた」その発言もあってか、お燐は直ぐに彼女のターゲットを察したそうです。そして彼に急いでその場から逃げるように指示を出し、(つめ)と敵意を()き出しにして神奈子さんに飛びかかりました。けど……。

 

神奈「逃がさないよ!」

 

 放たれた数発の光弾に襲われ、その上彼女に後を追わせてしまいました。お燐が態勢を立て直し、彼女を追いかけようとした時にはすでに……。

 

彼 「うあああああッ!!」

 

 後に彼はこう語っていました。「走り始めてすぐに捕まって、胸に丸い物を押し付けられた。そうしたらそれが溶けるように自分の中に入って来て……。不安とか恐怖とか、そういうものを感じる暇もないくらいにあっという間のことだった。でもその直ぐ後に体の中から声が聞こえて来たんだ。『その身体をよこせ』って」と。

 そしてこうも言っていました。

 

彼 「(か、身体が壊れる。苦しい、痛い、怖い、消される)」

 

 って。

 一方お燐はこの時の彼の様子を「全身から噴水(ふんすい)の様に得体の知らない力が()き出ていた」と説明してくれました。おそらくお燐が見たという『得体の知らない力』こそ、彼の中に侵入した者の力の一部だったのでしょう。器から(あふ)れた力は彼の体を、心を傷付けていました。

 

彼 「あの時感じた痛みと苦しみは、この鎖の罰に似たものだった」

 

 彼は言っていました。内側から身体を引き裂かれ、心をバラバラに破壊される感覚だったと。そこへ強制的に彼の意識を閉じようとする彼とは違った別の意思。遠のいていく意識の中、それでも彼は必死にもがき、侵入者と戦い続けました。

 

彼 「(負けない、絶対に負けない! 自分は自分なんだ!!)」

神奈「予想通りの力、さすがは私が見込んだ器だよ。その力を(こば)まないで受け入れるんだよ」

お燐「――に、(ニャに)をしたニャ! 『スプリーンイーター』」

神奈「『エクスパンデッド・オンバシラ』邪魔するんじゃないよ。ちょいと彼に『八咫烏(ヤタガラス)』の力を与えただけさね」

お燐「八咫烏ニャ?」

神奈「導きの神、太陽の化身さね。少年は神の力を手に入れるんだよ」

お燐「でも苦しんでるニャ!」

神奈「それは一つの体に二つの精神があるのだからねぇ。ましてや神だ。心と体が弱い人間ならまだしも、彼は少年とはいえ体の頑丈な鬼。なぁに、最悪精神を支配されちまうことがあっても、死にはしないよ」

 

 お燐は言っていました。「それを聞かされて、いてもたってもいられなかった」と。

 

お燐「彼から今すぐ取り出すニャ!」

 

 手加減なんてありません。お燐はこの時「仕留めるつもりだった」と言っていました。

 放たれた妖気はお燐の周囲を取り囲み、巨大な平らな円を生み出します。そこへ高速の回転を加えて出来上がるお燐の技。

 

お燐「『火焔(かえん)の車輪』」

 

 木だろうと岩だろうと、それこそダイヤモンドだろうと、触れる物は容赦(ようしゃ)なく真っ二つにする地獄の車輪。これを腰の位置にセットしてトップスピードで体当たり。例え避けられたとしても、持ち前の猫としての俊敏さと優れた反射神経を生かし、相手をしつこくどこまでも追いかけ回します。それがお燐の自慢の技にして最も強力な技。

 けれど、それさえも

 

神奈「やれやれ、まだ()りないのかい。『目処梃子(めどでこ)乱舞(らんぶ)

 

 彼女が放った数本の赤い光線がいとも簡単に消滅させ、さらには勢いを増して襲いかかってきたそうです。

 

お燐「ニャァァァッ」

 

 圧倒的な力の差を体に染み込まされ、お燐は何度も心で「ごめんなさい」と彼に謝り続けました。

 全身を痙攣(けいれん)させながら断末魔をあげて苦しみ続ける彼、想いを寄せているその彼が彼でなくなる。それはお燐にとって何よりも耐え(がた)い事だったと思います。お燐が心で唱えた謝罪の重みを想像できますか? 非力な自分への悔しさ、自分では助けられないと知り絶望したのですよ?

 だからお燐は、

 

お燐「イヤあああッ、お願いだからもうやめて下さいニャ!!」

 

 泣く泣く神奈子さん、あなたに救いを求めたのですよ? 事を起こしたあなたに! その時のお燐の気持ちがあなたに分かりますか?! ……ごめんなさい、大きな声を出してしまって。けれど当時のあなたはあなたの野望を実現するため、その悲鳴には見向きもしなかった。ですよね?

 でもその悲鳴は自室で音楽をかけながら仕事をしていた私にはしっかり届いていました。そのおかげでようやく緊急事態だと気付く事ができました。皮肉ですよね。目の前のあなたではなく、離れた場所にいた私を動かしたのですから。

 私は慌てて部屋を飛び出して廊下を駆け抜け、中央の階段へと急ぎました。そこから細かな段差を無視して一気に飛び降り、正面玄関の反対方向に位置する裏口へ。扉に手をかけ、体当たりするように勢いよく開けた先に映し出された光景は……。

 

神奈「こいつは(すご)い。予想以上の適応力だよ!」

 

 両手を広げて目を丸くしながらも喜ぶ初対面のあなたと、

 

お燐「そ、そんニャ……」

 

 意識はあるものの、うつ伏せになって倒れるお燐、

 

??「いい……いイッ。馴染(なじ)む、すごく馴染む! この身体に秘められた力、気に入った!!」

 

 そして神々しい光を(まばゆ)いまでに放つ興奮状態の……。

 




【次回:始まり_三話目】

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