東方迷子伝   作:GA王

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始まり_三話目

??「それが終わったら次は向こうだからな」

??「へい、分かりやした」

 

 大型の案件もなく、新しい家を建てる予定もなく、舞い込む依頼と言えば少しばかりの改装工事が時々来るくらい。激減する仕事に悩まされていた時期もあったのに、それが今では……。「良くも悪くも全てはあの日のおかげ」ということだろうか?

 

??「姐さん、これも運びます?」

??「ああ、量があるから私もやるよ」

 

 ある時は休日を返上して丸一日みっちり働かされた事もあった。けどそれは一時的なもの、時が経った今はもう大分落ち着いた方だ。それでも依頼は尽きないようで、上の連中は毎日「忙しい忙しい」と悲鳴を上げながる一方で、ニヤついた笑顔が絶えない。

 

??「あそこは……」

 

 忘れもしない。あそこは(まぎ)れもなく私があの時いた場所、そして始まりを迎えた場所――――。

 

私 「やっぱりこれで飲むと違うねー」

 

 その日私は仕事が休みで、ほぼ確実となっていた勝利に、一足早く美酒に酔っていた。

 

??「そ、そんな。これもダメだなんて……。――い、――しい、――たましい、(ねた)ましぃぃいッ。その強さが妬ましい! 『恨符(うらみふ)(うし)刻参(こくまい)り』」

私 「結局はそれかい。『力業(ちからわざ)大江山(おおえやま)(おろし)』」

??「パルあああッ」

 

 苦手としていたスペルカード勝負。一日に最低三回は(いど)んで来るヤツのおかげで、私はちょうど千勝目となる白星を上げていた。あの時の清々(すがすが)しさは今でも忘れない。

 

私 「かぁーっ、美味しッ!」

 

 最高の酒の(さかな)になったのだから。

 普通の者なら十回も負ければいい加減(あきら)めがつくもの。だがヤツはそれをものともせず、何十回、何百回も(いど)み続けて来ていた。そして迎えたヤツの千回目の敗北に

 

私 「(さすがのヤツでももう諦めるだろう。これでようやく厄介者ともおさらばだ)」

 

 そう高を(くく)っていた。

 でも結果は変わらなかった。今でも立ち向かって来る。その数は覚えているだけで余裕で一万は超えている。実際はその倍くらいかもしれない。もうハッキリ言って鬱陶(うっとお)しい。性格的にも弱い者イジメは嫌いだ。

 

私 「弱い者イジメ……か」

 

 いつの間にかこっち側になっていたんだな。

 自分の技に自信が持てるようになった頃、腕試しにと地霊殿の連中に勝負を挑んだ事があった。その時に相手をしてくれたのはお燐とさとり嬢の二人。こいし嬢は例によって出かけていて、お空は……スペルカードがないと。なんでも作ってはいたらしいが、その名前と技の形状をすぐに忘れてしまうのだとか。その時はその事に苦笑いを浮かべながらも、妙に納得したことを覚えている。

 そして第一戦目、相手はお燐。三枚勝負の末、結果はギリギリの勝利。でもその内容はあまりにもお粗末なものだった。威力と勢いに特化して直球な私に対し、威力こそないが終始変則的な上に行き場を(さえぎ)る弾の数。さらに、あのハエの妖怪……もとい、ゾンビフェアリーを従えての技。これには常に防戦一方だった。最後の一枚、私の奥の手を使ったからこそ勝てたようなもの。試合には勝ちこそしたが、不甲斐(ふがい)ない内容に悔しがっているとお燐が、

 

お燐「相性が悪かっただけですニャ」

 

 と。その後にも

 

お燐「実力ではアタイの方が全然下ですニャ」

 

 って(なぐさ)めてくれたが、それでも反省点が多い試合には違いはなかった。

 その後しばらくの休憩を(はさ)んで第二戦目、相手はさとり嬢。先の試合で学んだ事と悔しさをバネにして挑んだ試合だった。自慢じゃないが、戦闘スキルにはかなり自信がある。あの父さんの血を引いているからな、戦闘に関する学習能力は折り紙つきだ。休憩の間に予習もしていたし、体力も全快していた。「間違いなく勝てる。今度こそ満足のいく試合ができる」そう意気込んで立ち向かっていった。

 それが(ふた)を開けてみれば大惨敗。言い方を変えればボッコボコのフルボッコだ。手も足も出なければ、全く歯が立たなかった。常に私の先を読み、いやらしい所ばかり攻めてくる上、ヤマメやパルスィの技の中で私が苦手としている技に、(みが)きをかけて再現してきやがった。だから私は当時、

 

私 「(これは反則だ。勝てるヤツなんていやしない。だからさとり嬢との勝負はカウントに入れない。つまり私は無敗だ、誰が何と言おうと無敗なんだ)」

 

 そう自分に言い聞かせて無かった事にした。今思い出すと苦しい言い訳だよ、まったく……。

 そんな私だが、以前は光弾を出す事でさえもままならなかった。それをいい事にヤツときたら……。けどあの眠りから目が覚めて、自分の能力の発動条件に気付いてからというもの、鍛錬は飛ぶように(はかど)っていった。自分の意思で能力を発動させて大量の光弾『弾幕』を作る。能力を発動しないと生み出せないのは今でも変わらない。でもその大きさと威力には自信がある。師匠のヤマメは「威力は二の次」って言ってはいたが、相手の光弾を壊すには多少の威力が必要だろうし、何より……

 

ヤツ「パルぅぅぅ……」

 

 冷たい雪の上にうつ伏せで悔し涙を流していたヤツをコテンパンにするには絶対必要だからな。でないと、

 

私 「あ゛ー、っかれた……」

 

 能力が切れた状態の私に待ったなしで挑んで来ただろう。そして能力切れの後に怒涛の如く押し寄せる疲労感、これもまた今もなお変わらない。どうにかならないものかと悩まされる毎日だ。

 

??「もう余裕だね。免許皆伝、になるのかな?」

私 「全部ヤマメのおかげだ。今まで本当に世話になったな」

??「フッフッフ……。千勝目おめでとう」

私 「おう、あんがとな」

??「お祝いの品として私のお気に入りのコレク――」

私 「そいつはいらん」

 

 不気味に微笑みがらキスメが(おけ)の中から取り出そうとした物、チラリと見えたがあれはもらったらヤバイやつだった。あんなの気色悪くて家に置けない。母さんが見たら悲鳴を上げて気を失うだろうし、目が覚めたら何時間にも及ぶ説教が始まるだろう。というかそんな事を考える以前に気色悪い。

 嫌な物を目にしてしまい、口に直しにと酒を注いでいると、不意にヤマメがこう尋ねて来た。

 

ヤマ「それで飲むとそんなに違うの?」

 

 と。私が手にしていた(さかずき)。それは鬼の宝であり、あいつが私にプレゼントしてくれた物。しかもそのためだけに最強と言われていた父さんと死闘を繰り広げて。そんなのは言うまでもなく。

 

私 「ああ全然、格別だよ」

ヤマ「そっか。ところでちゃんと会いに行ってる? 最近だといつ行った?」

 

 この頃で三ヶ月目くらいだっただろうか。謹慎中であるとは言え、さとり嬢に全て任せてしまうのは気が引けていたから、たまに差し入れにとアイツの好物を持って様子を見に行ったりもしていた。その度にさとり嬢は「彼の事は大丈夫ですから、お気になさらずゆっくりして下さい」と言ってはくれていたけどな。まあ、お言葉に甘えてゆっくりさせてもらっていたさ。休みの日は朝の鍛錬を終えた後、この時のように昼から酒を飲み、性懲りも無く立ち向かってくるヤツを返り討ちにする。いいストレスの発散になっていた。

 謹慎期間は雪の降る頃まで。あの日、連日の雪のおかげで旧都は真っ白だった。町では雪の処分と同時に至る所で大掃除が行われ、餅や御節の具材が並び始め、年の瀬が近い事を告げていた。そして、もうすぐでアイツが帰ってくるということも……。

 

私 「最近だと三日前に会ったかな? 相変わらず元気にしていたよ」

ヤツ「えー……」

 

 この時のヤツが放った「えー」の意味が未だに分からない。ただげんなりとして(あき)れているような表情をしていたような気がする。あの時他に何か変なこと言ったか? ……いや、言ってないはず。

 

キス「フッフッフッ……、けどもうすぐで終わりよのー」

私 「そうだな、帰ってきたら宴会でもやるか」

ヤマ「お、いいね。じゃあ私は『豚のブロックのバーベキュー風焼き、刻みネギと唐辛子マヨネーズたっぷりのピリ辛あっさり仕上げ』を作って持っていくね」

ヤツ「じゃあ私は味噌汁を……」

キス「フッフッフッ……、ならば私は腕によりをかけた自慢の……」

私 「料理はこっちで用意するから何も作って来るな!」

 

 今でもその食卓を想像しただけで寒気が走る。

 昔は私が夕飯を作ると言い出した時に、そうはさせまいと「やるよ!」と言われた事があった。たしかにそれよりも前はお世辞にも褒められた腕前ではなかったからな、その気持ちは分かる。けど、料理の腕が上がった今……、今だからこそ言わせてもらおう。

 

私 「ヤマメの方がおかしいだろ!」

鬼助「な、なんすか急に!?」

私 「悪い……、なんでもない」

 

 恥ずかしい……。えっと、どこまで思い出していた?

 そうだ、その後私は四人で世間話に花を咲かせながら、雪見酒を楽しんでいたんだ。そこに「これからみんなでアイツに会いに行こうか」そんな提案が何処からか聞こえた時だった。

 舞い落ちる雪を眺める私の視界を一線の光が通り過ぎたのは。

 大きく見開いた瞳で光を追いかける私が次に見たものは、

 

キス「ファッ!?」

ヤマ「なんでなんで!?」

ヤツ「燃えて……る?」

 

 遠方で赤く、ゆらゆらと揺れる炎だった。

 悲鳴と避難の指示を送りながらこちらへと走ってくる町の住人達。悲鳴は至る所からあがり、町全体が叫び声を上げていた。後から聞かされた話だと、この時光の矢は四方八方に飛ばされていたらしい。

 

私 「おいどうしたんだ、いったい何があった!?」

鬼 「姉御! 突然眩しい光が差したと思ったら、目の前の建物が轟々と炎を上げてぇんです!」

私 「誰の仕業だ? 被害は!?」

鬼 「わからねぇです。全部が一瞬の出来事だったんで。こっちが聞きてぇです」

 

 そう告げて私の横を通り過ぎる仕事仲間。他の者も同様に町の中心部を目指して避難をしていた。でも私が見た時光が飛んで来た方角はそちら側。そう気付くなり私は叫んでいた。

 

私 「おいそっちに行くな!」

 

 って。けどそれは……遅かった。

 私が次に耳にしたのは恐怖に怯える悲鳴と助けを求める断末魔、そして………。

 あの時の光景は今でも忘れることができない。いつも多くの客で賑わう町の中心部から火柱が上がっていたのだから。

 町を飲み込んでいく炎と悲痛な叫び声にヤマメは耳を塞ぎ、キスメは桶の中へと身を隠し、ヤツは頭を抱えて何度も叫び続けていた。「イヤだ、こんなのはウソだ」って。そして私は、止める事が出来ない感情を握りしめ、地面へと叩きつけていた。

 

私 「ちっくしょおおおっ! 何処のどいつだこんな事するのは!!」

ヤマ「許さない……。絶対に許さない!」

キス「フッフッフッ……。怒りの鬼火、嫌という程味合わせやるぞ」

ヤツ「妬ましい……妬ましい、妬ましい。妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましいぃぃぃッ!!」

 

 敵。その時の私達四人の意思は一致していた。(こら)え切れそうにない怒りに身を任せ、燃え盛る火柱を目指して駆け出していた。逃げ戸惑う町民達の流れに逆らい、かき分け、走り続けた。

 

ヤマ「いたっ! あそこ!!」

 

 いつの間にか私の前を走っていたヤマメが指し示す先。活気と笑い声と賑わいが絶えない町が火の海になる中、そいつは光に包まれていた。

 

??「弱い……。ーーならと思ったけど、これじゃあ全然足りない。もっと、もっと強いやつ」

 

 直視出来ない程に眩しい光だった。あれは例えるなら地底世界にはない光、もう長いこと触れていなかった光、地上に出ないと拝めない光。そう、まさしくあれは太陽そのもの。

 

ヤツ「あなた誰! 何でこんな事するの!?」

??「おや〜? 知ってると思うけどなー」

 

 そいつはそう零すと光を消した。私の目は(くら)み、しばらくボンヤリと町を燃やす赤い火の光だけが霧に姿を隠すように映し出されていた。

 

  『はあああああッ!?』

 

 視界を封じる呪いが解けたのはほぼ同時だった。全員が目を疑い、ウソだと信じ、突きつけられたものから背を向けようとしていた。でも逃げる事など許されなかった。それが真実であり、現実だったのだから。

 大きく開いた八つの目に飛び込んで来たのは……。

 私は地底世界に住む女鬼。四天王という立場を与えられた地霊殿とは違う屋敷の一人娘。

 

??「強そうなヤツ、み〜つけた」

 

 そして、あの日深い傷を負ったあいつの……。


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