東方迷子伝   作:GA王

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始まり_四話目

 これは私の実体験です。

 やがて視界を奪う強い輝きが消えていくと、それは(ほこ)らしげに正体を現しました。右腕に足下まで伸びる六角形の(つつ)、胸元には高級そうな大きい真紅のブローチ……当初はそう映っていました。けど威圧的な濃い視線をそこから感じ取り、それが獲物を狙う捕食者の瞳である事に気付かされました。

 そうです、そこにいた者こそ今のお空……あの姿です。

 その場に到着して間もない私は混乱していました。初対面の神奈子さんに、傷を負っているお燐、姿も雰囲気も変わってしまったお空に。そこで状況を把握するために、お燐の心を(のぞ)こうとしたのですが……、

 

お燐「え、お空!?」

 

 そのお燐でさえも「どうして?!」といった具合に目を丸くして驚いていました。

 この直前の事を彼はこう語っていました。

 

彼 「柔らかくて、優しくて、それでいて重量のあるものに包まれた」

 

 と。……それが何かは察して下さいね、(ねた)ましいので。

 そして翌日私がお空に尋ねた時、彼女は次のように説明してくれました。

 

お空「外の様子を見に行ったら大変な事が起きていて、可哀想(かわいそう)だったからギュッてしてあげた」

 

 彼女がどのタイミングで外の様子を見に行こうと思ったのか、それは(さだ)かではありませんが、つまりこういう事ではないかと私は解釈しています。

 偶然苦しんでいる彼を見かけ、その苦しみを緩和させてあげようと抱きしめた。

 そこから先は何も覚えていないそうです。ここからは私の仮説になるのですが……と、その前に突然ですがここでクエッションです。

 

 Q.頑丈(がんじょう)に閉ざされているお屋敷と、門も扉も開かれているお屋敷。あなたならどちらのお屋敷に泥棒に入りますか?

 

 ……はい、つまりはそういう事なんだと思います。

 一度は彼の中に入った八咫烏(やたがらす)でしたが、(かたく)なに(こば)み続ける彼に苦戦し、嫌気が差していたのだと思います。そこへ物事を深く考えず、純粋に受け入れるお空がやって来た。お空のそういった才能を瞬時に見抜いたのでしょう。それで憑代(よりしろ)を彼からお空に変えたんだと思います。さらにお空の種族は地獄烏(じごくがらす)です。お互い(からす)同士、この上ないほど相性が良かった事もあり、私がそこへ辿(たど)り着くよりも早くお空の体を手に入れる事が出来たのではないかと。

 一方、お空のおかげで助けられた彼ですが……それはまた後で。

 お空が……この時の彼女を『お空』と呼ぶのは気が引けますね、『八咫烏』と呼ばせて下さい。

 

八咫「(みなぎ)る……力が(あふ)れてくる。さて――」

 

 その八咫烏が意識をこちらへ向けた瞬間に危険を察知した私は、(あわ)ててその場から全力で逃げました。照準が定まらないように右へ左へと移動しながら。でも八咫烏が屋敷に背を向けた頃、それはついに私を襲ってきました。

 

八咫「『ギガフレア』」

 

 あれは赤く、目の前の景色を消してしまう程大きな『光の槍』でした。気が付いた時には既に目前までに(せま)り、避けるのはほぼ不可能な状況でした。でもこうして無事でいられるのは、

 

お燐「危(ニャ)いニャ!」

 

 ()けつけてくれていたお燐のおかげです。私以上に素早く動けるお燐に弾き飛ばされ、間一髪のところを救われました。お燐ですか? お燐は瞬時に猫の姿になって回避していましたよ。

 八咫烏が放った『光の槍』の威力は目を疑うものでした。屋敷の(へい)(えぐ)り取られ、触れたであろう部分からはもくもくと煙が立ち上り、ドロリと赤いソースを注いだかのように溶かし、恐ろしいまでのエネルギーと熱量である事を物語っていました。

 

神奈「すごい、思わぬ収穫だよ。まさかこんなにもピッタリな器がいただなんてねぇ」

私 「あなたは何者ですか?! 私のペット……、お空にいったい何をしたんですか!?」

神奈「私は八坂神奈子さ、神だよ」

 

 そこで初めて神奈子さんの正体を知りましたが、当時の私には信じられない発言でした。私達が地上にいた頃には彼女はいませんでしたし、よく知っている地獄の神様は気さくで優しい方でしたから、同じ神様がこんな事をされるとは考えられなかったんです。

 

私 「(いったい何が目的?)」

 

 その答えを知ろうと、彼女にこの第三の目を向けたのですが、そこへお空の追撃が。私は避けながらも、逃げ回りながらもお燐と共に応戦しました。自分の身を守り、『お空』の体を傷つけない程度に。しかし、それが(わざわ)いしました。

 

八咫「チョロチョロと逃げ回って……。戦えッ!」

 

 私達が本気で相手をしていないと知った八咫烏は苛立ち、その怒りに任せて四方八方へと無差別に光の矢を放ったんです。放たれた無数の矢は屋敷にも数弾命中し、さらには神奈子さんをも襲っていました。

 攻撃を避けきれず倒れていた私が立ち上がった時にはもう……。

 町の(おさ)としての責務があるにも関わらず、私はその場から動くことができませんでした。意識こそ違うものの、お空が……。それが私には悲しくて、(くや)しくて、苦しくて……。冷たい雪の上で拳を握りしめて涙を浮かべていました。悲しみと絶望から戦意を失った私達に八興味は興味が無くなったのでしょう。八咫烏はくるりと(きびす)を返すと、事もあろうに町へと飛んで行ったんです。

 

私「(止めないと、早く行かないとまた……)」

 

 頭に浮かぶ最悪のイメージ、

 

私 「(それだけはさせてはいけない)」

 

 私はそう(ちか)いながら傷ついた体に(むち)を打って、八咫烏を追いかけようと……。

 はい? 「(だま)って聞いていれば言い方にトゲがある」ですか? 「まるで私が悪人みたいじゃないか」と。それはそうですよ、当時の私達にとってあなたは悪者にしか映っていませんでしたからね。わかっていますよ、その点もちゃんとこれからお話ししますから。

 では、続きです。

 そこで神奈子さんもやり過ぎだと感じたのでしょう。

 

神奈「待ちなッ、図に乗るじゃないよ!」

 

 八咫烏を追いかけたんです。

 止めに行ったのは見るに明らかでしたが、当時の私は「今さら何を言っているんだ?」と疑問に思いながらも、その白々しさに腹が立ちましたよ。でもあなたは八咫烏の力が欲しかっただけで、あれは予想外の出来事だった、ですよね?

 それから数分経った時でした。

 

彼 「ぶっは!」

 

 彼が雪の山から顔を出したのは。

 後から聞いた話だと、彼はお空に抱きしめられて間もなく、投げ飛ばされていたらしいのです。おおかた八咫烏が「もう用はない」か「邪魔」とでも思ったのでしょう。そして行き着いた先が『半』の字のオブジェ。彼を受け止めると同時に、倒壊して生き埋めにしたのでしょうね。位置的にもピッタリ合いましたし。

 その彼が目にしたもの、それはあまりにも悲惨な光景でした。

 地底世界の天井は夕暮れの空のように赤く染まり、悲しみと苦痛が入り混じった鳴き声を上げる町に、彼の心は立ち上る煙によって立ち所に黒く変色させられたことでしょう。

 そこに……。

 私は地上から地底へ移住した身です。暮らしてその年で凡そ十年、その私でさえあの光景を目にした時は言葉を失い、ショックを隠し切れませんでした。

 ですが彼はそれよりも前から、それこそ幼い頃からずっとそこで暮らしていたんです。友達と遊んだ場所、想い人と初めて出会った場所。多くの方達と出会い、笑い合い、助けられ、ありとあらゆる所に思い出が詰まっていたんです! あなた方に想像できますか? 自分の育った町が壊される痛みと悲しみを。彼にとって旧都は故郷であり、彼の歴史の全てだったんです。

 町の中心部からーー地底の天井にまで到達する大きな……、大きな火柱が上がったんです。

 

彼 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」

私 「待ちなさい! 行ってどうするつもり!?」

彼 「アイツをぶっとばす!」

 

 拳を握りしめ、雄叫びを上げ、涙を流し、怒りに任せて走り出す彼。その気持ちは痛い程――いえ、それ以上に理解していました。彼の事を考えればそのまま送り出すのが正解だったのかもしれません。でも私達は……。

 

私 「私達でも歯が立たない相手よ? あなたに何が出来るって言うのよ!」

彼 「そんなのやってみないと分からないだろ! あの顔に十発ぶち込んでやる!」

私 「あの人は女性よ?! 女性の顔に拳を当てるなんてどういう神経しているのよ! それにあれは彼女がやったんじゃない」

彼 「じゃあ誰だよ! 他に仲間がいたのか?!」

お燐「お空ニャ……」

彼 「……は?」

 

 彼を呼び止め、説得とどうしに事情を話しました。けどそれを聞いても、彼の気持ちは鎮まる事はありません。それどころか、

 

彼 「だったらアイツが悪いだろ! 止めに行っただって? 自分で()いた種なんだから自分で引っこ抜くのが当然だろ! …………?」

 

 事の発端となる神奈子さんへの怒りが積もるばかり、話が通じる状態ではありませんでした。その上、その時私はお空と八咫烏の事が気が気でありませんでした。ずっとあのままなのか、明るくて純粋でゆで卵が大好きなお空にもう会えないのか、そう考えただけで胸が締め付けられ、苦しくなりました。

 それと悪い予感もしていました。だから私は少しでも戦力を増やそうとお燐に声をかけだのですが――

 

私 「お燐、町に急ぐわよ。早くお空を……あの人に加勢しないと」

お燐「分かりましたニャ。でも、あの……さとり様。もし、もしですよ? 止められなかったら……」

私 「……その時は灼熱地獄まで誘き寄せて閉じ込めます」

お燐「その後は?」

私 「鎮まるまで待ちます。ですが暴れ出して灼熱地獄まで壊そうとするのなら……」

お燐「……どうされるおつもりですかニャ?」

 

 お燐も私と同じ事を危惧しているようでした。だから万が一の場合はどうするのかを尋ねてきたんだと思います。私はその問いに、

 

私 「屋敷と共にマグマの底に沈めます」

 

 そう答えました。灼熱地獄の奥底はマグマの海になっています。そこに沈める、いくら熱に耐性があるとは言えお空でも……。つまりその意味するものは『彼女を消す』という事です。でもそれはあくまで手に負えなくなった最悪のケース。

 

私 「お燐行くわよ! 大丈夫だから、絶対にそんなことにはさせないから。とにかくお空を見つけたら私達に注意を引きつけて屋敷に連れ戻します。いい?」

 

 私はそんな暗い未来にはさせまいと、お燐と共に炎に飲まれていく町へと急ぎました。

 先に言ってしまうと、この時既にお燐とは一緒ではありませんでした。その事に気付かず、あれやこれやと作戦と指示を送っていて……恥ずかしい。

 ごめんなさい、脱線しましたね。戻します。

 ではその頃お燐はというと……っと、その前に。後を追った神奈子さんについてお話ししましょうか。

 彼女は実体を手に入れ、勢い付く八咫烏を止めようとしたものの、あの火柱で致命傷を負ってしまっていたんです。なんでも避難をしてきた鬼達に「私と戦え」と襲いかかる八咫烏の前に立ちはだかり、町民と町を守りながら戦ってくれていたのだとか。信じられませんか? けどこれは本当の事です。後日助けられた町の方達がそう言われていましたからね。

 被害を最小限に抑えよう実力を出し切れなかったのでしょう。その上彼女は元々『風雨の神様』、それに対して八咫烏は熱と炎の最上位クラスである太陽の化身。『水は風を生み、風は炎を踊らす』という言葉にもある様に、風に対して炎は相性最悪の相手。水も雨程度では圧倒的な熱量の前では無力。つまり、彼女にとって八咫烏は天敵だったというわけです。

 

私 「はぁ、はぁ……」

 

 ようやく私が現場へ到着した時には神奈子さんの姿はありませんでした。治療のため、運ばれていたそうです。でも、そんな事など知りもしない私は、また状況が掴めず困惑していました。そんな中、瞳に映し出されたのは、神奈子さんの代わりに八咫烏と対峙する――

 

私 「――さん、ダメです」

 

 皆さん名前くらいご存知でしょう。地底世界最強の種族、その四天王の一人。そして世界で一番素敵な能力を持つ、

 

私 「勇儀さんダメです!」

 

 星熊勇儀さんでした。

 その後の事もお伝えしたいのも山々ですが、話が逸れてしまうので今回はやめておきますね。どうしても知りたければ()()()ご本人に直接聞いて下さい。きっと喜んで話してくれると思いますよ。その勇気が()()()ですがね。

 え? はい、後で来られるみたいですよ。楽しみにされていましたからね。その前に花見を終わらせる? フッフッフッ……、それが出来ればいいですけどね。そんな事をしてどうなっても知りませんよ?

 コホン、では気を取直して本題を。

 はい、御察しの通り本題というのはお燐達の方です。そして、この先話す事は神奈子さんが倒れている間に起きた出来事であり、今日初めて明かす内容になります。もちろん幻想郷の賢者様と博麗の巫女である霊夢さんでさえも知らない事、私達地底の民が隠し続けていた事です。

 まずは先に謝っておきます。今まで黙っていて申し訳ありませんでした。それと質問、苦情と思うところは多々あると思いますが、まずは最後まで聞いてください。

 

彼 「お燐待って!」

 

 私が町へと走り始めた時、お燐は彼に呼び止められていたんです。

 

お燐「どうしたニャ?」

彼 「ちょっと一緒に来てくれる?」

 

 その真剣な表情にお燐は私の後を追う事をやめ、徐に歩き始めた彼について行ったそうです。

 

お燐「お空……、お空が消されちゃうニャ。アタイどうしたらいいか……」

彼 「そんな事は絶対にさせない。自分も何か方法を考える」

 

 その時に「お空を助けたい」と少し相談したかもしれないとも言っていましたね。だからその後にあんな事を仕出かしたのでしょう。続けます。

 

お燐「こっちに(ニャに)があるニャ? 屋敷からどんどん(はニャ)れてるニャ」

 

 当時私はその事に気付きもしませんでした。でも彼は気付いていたんです。いたずらにそこへ訪れ、知ってしまっていたんです。八咫烏が私に放った最初の一撃、私がお燐に助けられて間一髪で逃れられた『光の槍』。その到達地点に何があったのかを。

 

彼 「ここ、元々大きな穴があってその奥に扉があったんだ。ミツメーは『秘密にするように』って言ってたけど」

お燐「え、そん(ニャ)のアタイ知ら(ニャ)いニャ」

 

 そこには決して知られてはいけない、開けてはならない巨大な扉があったんです。地霊殿が出来るよりも前から、旧地獄と呼ばれるよりも前から存在し、強い術で封じられた扉が。その事を知っているのは、先代の町の長である棟梁様と私。そして知ってしまった彼を含む四人だけ。

 事情を話した彼はまだ熱の篭る穴の奥を確認するようにお燐に頼みました。そしてお燐が穴の中に入って数分後、

 

お燐「ニャああああッ!!」

 

 突然飛び出して来たと。逃げ帰って来た、慌てて出てきた。そんな様子ではなく、何者かの攻撃を受け、吹き飛ばされた感じだったそうです。

 

彼 「お燐どうした!?」

お燐「早くここから離れるニャ!」

 

 既に察せられた方も多いみたいですね。あの日、あの時、地底世界では……

 

彼 「はーーーッ!? 何だコイツ?!」

 

 二つの事件が同時に起きていたんです。

 以降私が主に話すのはそちらの事件の事です。もう片方の出来事は、この場にいる皆さんは既によくご存知でしょうからね。

 





ふっ…ふっ…ふっ…、誰が公式異変だけやると言いました?

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