東方迷子伝   作:GA王

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表_二語り目

ウオォォォ

 

 

 雄叫(おたけ)びを上げて飛んで行くソイツらは旧都で日常的に見かける。

 

鬼助「チッキショーまた吸われた」

 

 そんでもって、

 

鬼助「かいぃぃぃ」

 

 このように迷惑な(やから)でもある。

 

鬼助「まだ春だってぇのに、なんか例年より多くないですか?」

私 「今年は一段と暑いからな。早くから元気なんだろうさ」

 

 夏が近づくにつれて目に付く回数が増え、その動きも活発になっていく。盆の時期の夜なんて格闘劇を繰り広げないと安眠もできやしない。なおその対処法は、

 

 

パチンッ!

 

 

私 「ふん、身の程を知れ」

鬼助「敵討(かたきう)ち、ありがとうございます」

 

 と、このように叩き(つぶ)せばいい。もしくは町で売られている線香に火をつけて持ち歩けばいい。けどそれが通用するのは力の弱いヤツらだけ。

 でもあの時、私達の頭上を流れていく怨霊(ソイツら)は――――

 

私 「なっ……」

 

 違った。形も大きさも、おどろおどろしさも、雄叫びに込められた憎しみと悲しみの質もまるで別物だった。「なぜ?」「どうして?」「何が起きている?」次から次へと浮かび上がる疑問と目に映る異様な光景に、私は言葉を失い立ち(すく)んでいた。けどいくら考えてみてもその答えが出るはずもなく、分かっていた事と言えば、

 

私 「コイツら封印された怨霊か!?」

 

 そいつらの正体だけ。

 地霊殿の真下、灼熱地獄跡には強力な怨霊が封じられている。これは旧都に住む全員が知っている話であり、その姿を見たのは実に久しぶりの事だった。

 

??「ブツブツ……」

 

 と、ふいに横から聞こえて来た小さな声。そちらへ視線を向けてみると、拳を口元に当てた思考のポーズのさとり嬢が。さらに耳を傾けてみるが、

 

さと「灼熱地獄(ここ)ではない……。あの子――」

 

 聞き取った言葉からでは何の事やらサッパリ。

 

さと「ううん、そうとしか……ブツブツ」

 

 それでも続く思考タイムに、私はとうとう(しび)れを切らせていた。

 

私 「さとり嬢?」

さと「でも……ブツブツ」

私 「さとり嬢!」

さと「ひゃいッ!?」

私 「これも作戦なのか?!」

さと「違います! でも怨霊を放ったのは間違いなく――」

 

 あの時さとり嬢が言おうとした事、もしかしたら私は頭の片隅(かたすみ)で既に悟っていたのかもしれない。だから「これも作戦なのか?」と。きっと「さとり嬢が彼女に指示をした」と思って。

 そこへタイミングよく

 

??「さとり様!」

 

 全身泥だらけで息を切らせながらやって来た

 

  『お燐!!』

 

 話題の彼女。

 お燐は私達が尋ねるよりも早く自分がそこに現れた理由(わけ)を話し始めた。地霊殿の裏の洞窟からケルベロスが出てきた事、その(ケルベロス)を和鬼とアイツの二人で相手をしている事を。そして――

 

お燐「向こうではケルベロス、こっちではお空ニャ。しかもその力は強大過ぎますニャ」

 

 怨霊を放ったその意味を。

 

お燐「それで――君が萃香さんの協力が必要だって……ニャ」

 

 けどそれは、

 

お燐「『怨霊を地上に(はニャ)って地底世界が緊急事態だって知らせるんだ』ってニャ」

 

 私達の予想を(はる)かに凌駕(りょうが)していた。いや、ぶっ飛び過ぎていた。

 

さと「あのボケーッ!!」

 

 そしてその時初めて知ったさとり嬢の本音。

 その事については「前からそう呼ばれていた」と後に聞かされた。だからと言って別に怒るつもりもなかったし、(むし)ろ「ピッタリだ」と思ったほどだ。にも関わらず、さとり嬢ときたら何度も頭を下げて来て……。

 

さと「怨霊を地上に?! 完全に契約違反じゃない! こんな事をしたら『地底の者達が地上へ攻め込んで来た』と思われて博麗の巫女か賢者様が動くわよ!!」

 

 私達がここ地底世界に移り住む時、当時の博麗の巫女と幻想郷の賢者、そして町の長だった母さんとで交わされたある約束。

 

「地上の妖怪を進入させない代わりに、地中の怨霊達を地上に出さないように(しず)める事」

 

 そのためにキスメやパルスィ(ヤツ)達が日々監視をしていた。さらに昔はヤマメも。その甲斐(かい)もあって、貧弱な怨霊でさえ地上に出した事がなかった。一度もだ。その約束が破られる……いや、あの時さとり嬢は「破られた」と考えていたのだろう。

 

さと「栓を抜いたんでしょ?」

 

 そうお燐に尋ねたさとり嬢の表情は険しいものだった。まるで尋問(じんもん)を行うかのように。

 ところでこれも後からさとり嬢達から聞かされた話だが、屋敷の外にも灼熱地獄跡へ(つな)がる場所があるらしい。私達では詰まってしまう程の大きさで、怨霊のみが通れる秘密の抜け穴なんだとか。普段はそこに(ふた)をしていて、開ける事はほぼ無いらしい。あくまで緊急用だと。その蓋をさとり嬢達は『(せん)』と呼んでいるんだと。

 さらにもう一つ、その栓を開けるよりも前から怨霊は地上に出ていたそうだ。なんでも間欠泉が吹き出た時に、灼熱地獄の壁に怨霊一匹が辛うじて通れるほどの穴が開き、地上と直結する経路が出来てしまったのだとか。つまりお燐が何もせずとも地上に地底が異常事態である事を知らせていたという事になる。

 そうとは知らずに当時のさとり嬢とお燐ときたら――

 

さと「ボケ達じゃないんだから少しは考えなさいよッ」

お燐「考えましたニャッ。アタイそれでもいいって思いましたニャ!!」

 

 あーだこーだと……。

 

さと「はあああ?! もう地底(ここ)に住めなくなるかも知れないのよ? それでもいいって何を――」

お燐「どのみちお空がまた外に出たら住め(ニャ)いニャ!」

さと「だから屋敷ごとお空を……」

お燐「それだけは絶対イヤニャ! アタイはお空を助けたいニャ!!」

 

 さとり嬢を赤い瞳に映し、真っ直ぐにハッキリと伝えたお燐の想いはさとり嬢も同じ。そして二人の成り行きを見守っていた私も。でもそのためには……

 

お燐「お空とケルベロスを止めるには萃香さんにしろ、博麗の巫女にしろ、賢者様にしろ、強い誰かの助けが必要だニャ!」

 

 戦力不足。それは現・町の長であるさとり嬢も充分に理解できていたはず。

 だが起きている問題というのが、何を優先させて、何から手を付ければいいのか分からない程に多発し、その内容もどれを取っても直ぐに解決できそうなものではなかった。その結果、

 

さと「あーーーっ!」

 

 さとり嬢は頭を()(むし)って発狂。

 

さと「問題はそれだけじゃないの!」

 

 おまけに地団駄(じだんだ)()んで(うった)え出した。顔を真っ赤にして、例の癖を全開にして。

 

さと「町では火が放たれてあっちやこっちで消火活動が始まっているはずナノ! きっと監視の方達もダーって行っているはずナノ! そこに怨霊がグワーッ、ナノ! 監視がいない今地上へブワーッ、ナノ! 最悪それを見たのが博麗の巫女だったらオリャーっ、ナノ! それであの扉が開かれているなんて知られたら一発退場ナノ!」

 

 その時の様子がまた……ね。今思い出しても……くくく。容姿と話し方が似合い過ぎて可愛らしかったな。そう思ったのは当時の私も同じだ。

 けど、それでも聞き逃す事が出来ない単語があった。

 

私 「扉? なんだいそれ?」

 

 そう尋ねた瞬間、さとり嬢は「やってしまった」と苦虫(にがむし)()(つぶ)したような顔を浮かべ始めた。そんな表情を見せられては「何かを隠している」と悟ってしまうのに時間は必要なかった。と、そこに

 

??「さとりちゃん!」

 

 血相を変えたヤマメが()け足でやって来た。

 

ヤマ「あれ何?! 町で暴れているのもいたし、大穴に向かっているのもいたよ?」

??「さっきの(ねた)ましいパクリ野郎は?!」

??「フッフッフッ……今度こそ首を狩ってやる!」

 

 眉間(みけん)にシワを寄せたキスメとヤツを背後に従えて。キスメにいたっては右手に(やり)、左手に鎌を装備し、額には『必殺』と力強く書かれたハチマキまで装着して()る気満々といった様子だった。

 そして私はその時思ったんだ。「人手と味方は多い方がいい。彼女達には知っておいてもらう必要がある」と。

 

勇儀「さとり嬢、現状を説明してやってくれ。それと扉の事もな」

 

 さとり嬢が隠している事も含めて全部。

 私がそう言うと、彼女は一度(うつむ)いて拳を(にぎ)りしめた後、

 

さと「絶対に誰にも言わないと約束して下さい」

 

 と強く釘をさして語り始めた。パクリ野郎の正体と今まで起きた事、ここまでの経緯に加え、謎の扉についてを。彼女の話を聞き終えた私達には激震が走っていた。

 

私 「(まさか本当に存在していただなんて……)」

 

 あの場にいた全員がそう思っただろう。地底世界に住む者ならば一度は耳にした事があるバカげた(うわさ)話。それが実在していたのだから。けど驚いてばかりもいられない。

 

私 「と・に・か・く! 今は八咫烏(やたがらす)が静かだ。でもまたいつ暴れ始めるか分からない。私はここに残って万が一に備える。ヤマメ達は手分けして町で暴れている怨霊を捕まえて、これ以上地上に出さないようにしてくれ」

 

 私がそう指示を出すと、三人はそれぞれ一度だけ無言で(うなず)いて町へとスタートを切った。

 

私 「さとり嬢は私と一緒に残れ」

 

 さとり嬢は私が八咫烏と再び戦う事になった場合に、サポート役でいてもらう必要があった。それは彼女も覚悟していたみたいで、すぐに首を縦に()ってくれた。で、残ったお燐には戻ってアイツら二人に加勢を頼もうと名前を呼んだ矢先に、

 

お燐「アタイはもう絶対イヤニャ!」

 

 全力で拒否された。その時は「急にどうした?」って呆気(あっけ)に取られたが、事情を把握すれば「なるほどな」と。そこで一先(ひとま)ずさとり嬢にケルベロスの事を任せ、私とお燐で八咫烏を監視する事にしたのだが……。

 

私 「ヤッバーーー!!」

 

 ここでまたしてもトラブル発生。もうあの事は生涯(しょうがい)言われ続けるだろうな。なにせ事もあろうに……

 

私 「(さかずき)がない!」

 

 一番大切な物を持っていなかったのだから。

 

 

  『え゛えええぇぇぇーーー!!!?』

私 「あれを失くしたなんてなったらみんなに顔向け出来ない。それにアイツに合わせる顔が――」

 

 必死に思い返す一日の出来事。その答えが出るのに、そう時間はかからなかった。

 

私 「町だ、町の酒屋の前だ!」

 

 そう気付くのが早いか、私はさとり嬢とお燐に背を向けて走り出していた。

 

私 「すぐ戻る! それまでお燐とさとり嬢でここを頼む!」

お燐「――君達はどうするニャ?」

私 「あの二人が力を合わせれば大丈夫だ。あっちはアイツらに任せろ!」

 

 見放したわけではない。でも今思い返してみてもアレは(ひど)い選択だった。さとり嬢は私に助けを求め、お燐も協力者を求めて来ていたというのに……。でも当時の私の頭の中は盃のことで埋め尽くされ、それどころではなかった。

 

私 「(頼む、無事でいてくれ)」

 

 火に飲まれていないように、誰かに持ち出されていないように、そして傷付いていないように。そう強く祈りながら焼き焦げた匂いが充満し、放たれた怨霊が飛び交う町中を走り続けた。

 

私 「ハァ……ハァ……」

 

 戻って来た酒屋の前。そこで私は確かに盃を片手に雪見酒を楽しんでいた。その後は一度も盃を手にしていない。あるとすればそこしか考えられなかった。そのはずだった。

 

私 「ない……。ない、ない、ない、ないないないないナイーーー!」

 

 座っていた腰掛けの下、道の(すみ)の溝、道の上の溶けかけた雪の中を、(ひざ)をついてお気に入りの服が泥だらけになろうと(かえり)みずに探し続けた。それでも見つからず、周囲を注意深く眺めている時にふと気がついた。

 

私「(この辺り……綺麗だな)」

 

 それは美しいという意味ではなく、原型を(とど)めているという意味で。火が回った痕跡(こんせき)が無ければ、怨霊に破壊された傷痕(きずあと)さえもなかった。そこから考えられる盃の行方。

 

私「(盃が壊された可能性はほぼ無い。まだ何処かにある。でもこれだけ探しても見つからない。つまり――)」

 

 あの時の私は()えていた。

 

私「何処のどいつだ持って行ったヤローはアアア!」

 

 結論から言うとこの推理は当たっていた。そして怒り全開で放った声はかなり大きなものだったようで……

 

??「勇儀?」

 

 ヤツを筆頭に

 

??「あれ? 勇儀もこっちに来たんだ」

??「フッフッフッ……これは予想外」

 

 ヤマメとキスメまで呼び寄せていた。三人共片手にヤマメお手製のネットを持ち、その中には捕らえられた怨霊がひしめき合っていた。怨霊を見つけては手当たり次第に捕まえていたらしい。

 

キス「フッフッフッ……てっきり地霊殿に残るのかと思いきや」

ヤツ「大きな声出してどうしたの?」

ヤマ「『持って行った』とか聞こえたけど、何のこと?」

 

 刻一刻と迫る地底世界の破滅。そんな中での落し物。笑われ、呆れられるのは承知の上、もう手段を選んでいられる場合ではなかった。

 

私 「じ、実は――」

 

 (はじ)(しの)んで説明しようとした時だった。

 

??「勇儀さん! ニャ」

 

 お燐と

 

??「姐さん!!」

 

 アイツがやって来たのは。その方角は二人とも別々。お燐は地霊殿方面から、アイツはどういう理由(わけ)かその反対から。しかもよりによってその手に……

 

私 「あ゛ーーーッ!」

 

 もうこっ(ぴど)く言われたな。何度頭を下げた事か……。しかもその時のヤマメ達の目ときたら、冷たかった。(はだ)けた肩に舞い落ちる雪よりも。

 でも気がかりな事もあった。

 

私 「お前さん和鬼はどうした?!」

 

 アイツが私の目の前にいるという現実そのものが。するとアイツは早口で向こうの状況を話し始めた。そして全てを聞かされた私達は――

 

  『……』

 

 あんぐりと口を開けたまま言葉を失っていた。さらにお燐から伝えられた緊急事態が、

 

お燐「怨霊達が言っているんですニャ」

 

 もう一刻の余裕もないことを思い知らせていた。

 

お燐「人間が、博麗の巫女が来ているってニャ」

ヤツ「はーーッ?! 萃香じゃなくて?」

お燐「もうすぐそこ、入り口近くまで来ているみたいニャ」

  『ええええええええッ!?』

 

 


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