東方迷子伝   作:GA王

189 / 229
表_五語り目

ゴッティイイイィィィーーーンッ!

 

 

 雪が降る季節。打ち鳴らされるは除夜の鐘か、はたまた定刻を知らせる音か。否、そのどちらでもない。筒状の垂直に伸びた長いトンネルの中で反射を繰り返す音は、少女の悲劇を知らせる(りん)の音。

 その少女は絶賛落下中。気を失っているのだろうか? ピクリとも動かず力を失ったまま深い闇へと落ちる、落ちる、まだ落ちる。行き着く先は役目を終えた地獄か、はたまた稼働中の地獄か。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 ヤマメの目からは大粒の涙が流れていた。責任を感じていたのだろう。確かにヤマメは博麗の巫女に負けた。一度もダメージを与える事なく。けど、我が身を犠牲にしてでも進行を阻止しようとした彼女を誰が責められる?

 ヤマメは充分頑張ってくれた。無事で本当によかった。

 そう心で唱えるまでもなく、私はヤマメを抱きしめて口にしていた。

 

ヤマ「……うん、ありがとう。優しいね」

 

 ついでにヤツにパルられたが、これはもうお約束と割り切って無視した方がいいだろう。一々反応していたら時間の無駄だ。

 おっと、また思いにふけっていたみたいだな。今は仕事に集中しないと。

 

鬼助「ここも大分草臥(くたび)れましたね。金属製に変えましょうか?」

 

 事ある毎にメンテナンスと補強を繰り返してはいるが、長い間存在しているだけに今では至る所から悲鳴が聞こえてくる。

 

 

ミシミシッ、メキメキッ。

 

 

 とまあ私が足を踏み入れた途端にコレだ。いつバコッと底が抜けてもおかしくない。でも、

 

私 「ヤツはこのままがいいんだとさ」

 

 現状維持を望む者がいるのもまた事実。しかもそれが厄介なヤツだけに頭を抱える。なんでも悩んだ時、傷付いた時、さっきの私みたいに物思いにふける時に訪れる(いこ)いの場なんだとか。何の事でふけっているのかなんて気にもならないがな。

 そんな理由もあって勝手にリニューアルしようものなら「パルパルパルパル」と、生涯(ねた)まれ続けるのが目に見えている。流石にそんなのは御免被(ごめんこうむ)りたい。

 

鬼助「でも町のみんなも言ってますよ? 『底が抜けそうで怖い』って」

 

 よかった。そう思うのは私だけじゃなかった。なら話は早い。

 

私 「そんじゃさとり嬢に頼んで目安箱を置いてもらうか。大多数の意見だって知ればヤツも(あきら)めがつくだろ」

 

 普段となんら変わらない会話。特別でもない私の日常の一コマ。でも、それでさえも引き金になってしまう。

 

私 「もっと早くにやっていれば……」

鬼助「何か言いました?」

私 「独り言だ。気にしないでいい」

 

 今日はやたらと思い出すな……無理もないか。

 ここは町の外れにある木製の大きな橋。昔は焼肉会のお決まりの地であり、今や武舞台へと姿を変えた場所。そして大穴の出入り口とを繋ぐ唯一の橋。ヤツが激闘を繰り広げた場所でもある—–——

 

 

 

 

 

私 「今の内に行くぞ!」

 

 ヤマメとキスメに博麗の巫女を任せた私は、ヤツとアイツとお燐と共に地霊殿の方面へと駆け出していた。いつ目覚めるか分からない八咫烏(やたがらす)に備えるために、和鬼の加勢に急行するために。だが走り始めて間もなく、それはやって来た。

 

??「待って!」

 

 ヤツの邪魔。背後に視線を移した私は険しい顔をしていたかもしれない。「忙しい時に……」と思っていたかもしれない。「何だよ!」と大きな声を出していたかもしれない。

 

ヤツ「聞こえる……」

 

 でもヤツは教えてくれていたんだ。

 

ヤツ「爆破音、これ……ヤマメ達じゃない。もうすぐそこ、大穴の近く!」

 

 地上からの来客が近付いている事を。

 

お燐「確かに聞こえますニャ。怨霊達も『人間がそこまで来てる』って言ってますニャ」

私 「キスメとヤマメの二人だぞ!? こんなに早く……」

 

 信じられなかった。両者とも妖力を弾丸として放て、敵になると厄介な能力を持つ実力者。ましてやヤマメは私の師であり、糸を使う特技だって持ち合わせている。そのヤマメ達が短時間で敗北したという事が。

 だが私の目に映し出される現実は期待を、願望を、祈りを易々と打ち(くだ)いた。

 

私 「なっ、冗談だろ?」

 

 天井に空いた巨大な口が光っては消え、光っては消えと点滅し、あたかも放電を繰り返す雲の様だった。それが光弾の戦闘である事はすぐに理解できた。

 突き付けられた真実に言葉を失い、唖然(あぜん)愕然(がくぜん)呆然(ぼうぜん)としていた。でもその私を現実に引き戻してくれたのが、

 

??「勇儀!」

 

 まさかのヤツ。まるで「しっかりしろ!」とでも言うように(しか)られようとは……。

 

私 「ちぃッ」

 

 でもそのおかげで、冷静になれたおかげで考え直す事もできた。

 

私 「(相手はあの萃香を討ち取った博麗の巫女、簡単にやられる玉じゃなかった)」

 

 と。そこからは早かった。

 

私 「私とパルスィで巫女の相手をする」

 

 ヤツと手を組んで戦うと決断するまでは。萃香から聞かされていた巫女の実力、決して甘く見ていたわけではない。ただ誠を叩きつけられて思い知らされたんだ。巫女の実力は想像以上だったと、全力で相手をしなければならないと、手段は選んでいられないと。

 

お燐「アタイ、さとり様にこの事を知らせに行きますニャ。きっといいアドバイスがもらえるはずですニャ」

 

 そう告げるお燐に、私は二つの意味を込めて言い放った。一つはさとり嬢へ状況を報告する事を、もう一つは万が一私達でも抑おさえられなかった場合に後続を

 

私 「頼む!」

 

 任せる事を。そして不安気な表情を浮かべるアイツへは……。

 

私 「お前さんは和鬼の所に戻れ。しばらく二人だけになっちまうが、必ず加勢に行くからそれまで持ち堪こたえてくれ!」

??「そんな無茶苦茶言わないでよ!」

 

 全部承知の上で頼んでいた。アイツが言うように無理な要望だっただろう。けど、

 

私 「お前さんが本気になったら誰にも負けない! 和鬼と協力すれば例え多勢に無勢だろうと関係ないはずだ」

 

 無謀ではない。そう、アイツの底に眠る物を呼び起こせれば。

 

私 「いいか、よく聞けよ」

 

 だから私はアイツの肩を掴んで念と共に助言を送ったんだ。

 

私 「強く想い描くんだ。守りたいとか、力になりたいとか、そういった(たぐい)のものを。その想いが大きい物ほど、硬い物ほど強くなる。それがお前さんに流れる私の血に秘められた能力の正体だ!」

 

 静かだった。シーンと静まり返っていた。時が凍りついていた。

 

??「はあああッ!?」

私 「あ゛ーーッ!!」

??「なにやってんの!? 絶対に言っちゃいけないじゃなかったの?!」

ヤツ「ちょっと待って! 今の聞き捨てならないんだけど!」

お燐「——君の中ニャかに勇儀さんの血ってどういう事ですかニャ!?」

 

 もう「やってしまった」という後悔しかなかった。特に、

 

ヤツ「勇儀の血? 何それ、最強に妬ましい! パルパルパルパル……」

 

 ヤツに知られたという点で。案の定パルり出すヤツに、問い詰めてくるお燐。けどそれ以上話す事は断じて出来ない。

 

私 「そんなのは後だ後!」

 

 だからその場から逃げる様にココを目指した。実際そんな事を気にしている場合じゃなかったしな。けど、

 

??「待って!」

 

 またしても邪魔が。背後に視線を移した私は間違いなく険しい顔をしていただろう。「忙しい時に……」と思っていただろう。「何だよ!」と大きな声を出していただろう。

 

私 「何だよ! 時間がないんだ」

 

 いや、出していた。自信がある。よく覚えいるから。なぜなら……。

 

??「いいから少し(かが)んで」

 

 訳がわからなかった。「急に何を言い出してんだ?」って。しかも眉間(みけん)(しわ)を寄せたまま渋々要望通りに答えてみれば、

 

??「もうちょい」

 

 と。(あせる)想いと積もるイライラから「あーもう! なんなんだよ!!」と(のど)の手前、声になる寸前だった。もしかしたら「あーもう!」くらいは出ていたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

??「負けないで」

 

 (ほほ)から伝わる体温、柔らかな違和感。そして鼓膜をくすぐる小さなエール。何より首に回された細い腕が全てを物語っていた。ご無沙汰(ぶさた)だっただけに、年頃になっただけに、

 

お燐「いいニャ〜……」

 

 あの(かつ)は効いた。

 

私 「イヨッッッッッシャーーーーーーッ!!」

 

 内側から(みなぎ)る力は、栓が壊れた蛇口の(ごと)く吹き出し、私のエンジンをフルスロットルへ。神だろうが仏だろうが、博麗の巫女だろうが負ける気がしなかった。気分は天下無敵の完全無欠の無双状態だ。

 けどそれだけじゃない。さらにアイツは同時にもう一人のエンジンもフルスロットルへと導いていた。

 

ヤツ「嫉ーーーーーーーーーーーーーっ妬(しーーーーーーーーーーーーーっと)!!」

 

 「パルパルパルパル……」と半べそをかきながら放たれる禍々(まがまが)しい妖力。そのエネルギーは増幅に増幅を重ね、ヤツの姿が(かす)んで見えなくなる程までに成長を()げていた。準備万全、能力全開、時間一杯。となればやる事は一つだろう。

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

ヤツ「パッ!?」

 

 角度0度、狙いは旧都へと繋がるオンボロ橋(ここ)。能力開放状態のまま力み過ぎず、弱過ぎずの絶妙な力加減で繰り出すは……

 

私 「先に行ってロオオオォォォーーーーッ!!」

ヤツ「ルううううああああぁぁぁぁ。。。……☆」

 

 元祖にして本家本元。地面と平行に突っ込んで行くヤツを見送り、さらに間髪入れずくるりと回れ右をして……。

 

 

ガガッ!!(二人の服を掴む音)

 

 

お燐「ニャッ!?」

??「マジッ?!」

 

 左手は角度60度、狙いは地霊殿。力加減は優しく放物線を描くイメージで。右手は同じくらいの感じでやや強め。ターゲットは少し外れたその奥。

 

私 「ここは任せろぉぉぉーーッ!」

お燐「ニャアアアァァ。。。……☆」

??「わあああぁぁぁ。。。……☆」

 

 姿が小さくなり星になった二人を、私はどんな想いで見つめていたのだろう。「頼むぞ」か? 「頑張ってくれよ」か? いや、違う。私はあの時……。

 

私 「絶対に負けないからな」

 

 そう声に出して誓っていた。そして足下に脱ぎ捨てた着物の上に置いた(さかずき)を拾い上げ、巫女と遭遇(そうぐう)したであろうヤツの下へと駆け出した。

 

私 「バカな早すぎる!」

 

 連鎖する爆破音に驚き視線を向ければ、光の弾を()き散らす怨霊の群れがもうすぐそこに。次に混乱する私の瞳に映ったのは、度重なる攻撃を優雅に舞う(ちょう)の様に(かわ)し、獲物を捕らえる鳥の様に素早く仕留める小さな影。

 

私 「アレが……」

 

 だが気掛かりな事もあった。戦闘中だと言うのにキョロキョロと辺りをうかがい、フラフラと進行方向が定まっていなかった。それはまるで行き先を見失った子供のよう、迷子そのものだった。しかもあろう事かその迷子は、

 

私 「マズイッ」

 

 進行方向を決めたかと思いきや、予期せぬ方向へと速度を上げ始めていた。その先にあるのは隠し通すと決めた地底の扉、一直線で辿(たど)り着いてしまうコースだった。その事を察知するや、私は近くにあった物を掴み、そのまま民家の屋根へと飛び乗っていた。

 

私 「コッチだ気が付け!」

 

 そして迷子の前に、道を(ふさ)ぐ様にそいつを投げ放っていた。

 

  『オ゛オォォッ』

 

 次々と叫び声をあげながら向かって行く怨霊。そう、私はあの時ヤマメ達が捕まえた怨霊がギッシリと詰め込まれた網を投げた。すぐに出られるように解いた状態で。そのナイスプレーの結果……。

 

私 「へへ、気が付いたな」

 

 私は数々の異変と呼ばれる騒動を解決したという博麗の巫女を、紅白の衣をまとった迷子の少女を、アイツよりも小さな彼女を初めてこの目で見たんだ。




【次回:裏_六語り目】

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。