東方迷子伝   作:GA王

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ここらでワンクッションを


【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補十一人目

ブンッ、ブンッ。

 

 

 時は来た。幻想郷中のクセの強い猛者(もさ)(つど)うこの時期が。その日を翌日に(ひか)え、いつもより朝早くから稽古(けいこ)に勤しむ

 

??「ずいぶんと早起きですね」

 

 オタク。

 

海斗「目が()えちまってな」

 

 ご存知の通りこのオタクは大のオタクである、超の付く程にオタクである。それも彼の世界では『東方project』と呼ばれるものについて。

 

海斗「明日の事を思うと興奮しすぎて夜も眠れなかったぜ。だってスゲー来るんだろ? ゆかりんに藍様、ちぇーん、魔理沙師匠に咲夜、それにそれに——」

妖夢「ええ、その方々はいつもいらしてますね」

海斗「それによ、もしかしたら、もしかしたらだぜ? 万が一があれば、運が良ければ……あーっ、もう早く明日になって欲しいぜ!」

 

 画面の中でしか見られない世界が現実として存在し、彼は今そこにいる。それだけでも信じられないが、さらに憧れとお気に入りのキャラクター達に出会えるとなれば夢、希望、欲望は(ふく)らむ。あんな事を聞いてみたい、こんな事をしてみたい、「嫁にならない?」と聞いてみたい。止まらない、止まらない、まだまだ止まらない感情は彼の睡眠時間と休息時間を(かて)に成長を続けついには、

 

妖夢「だから目の下にクマまで作って、じっとはしていられずに模擬刀を振るっていたと?」

海斗「ピンポーン大正解だぜ」

 

 彼自身の体力をも糧にする。それでも元気は有り余っているようで、ため息をつく彼女を巻き込んで稽古を続けていく。大きな声で数えながら素振りを続けていく。

 その一方で日課とはいえ付き合わされる彼女の表情には、

 

妖夢「明日……か」

 

 暗い雲がかかっていたそうな。

 

 

ーーオタク稽古中ーー

 

 

 翌日の手土産の材料を買いに人里へやって来たオタクとおかっぱ頭、本来であれば彼女一人だけで事足りるのだが「ヤーダー、一緒に行きたいのぜ」と繰り返す彼の強い希望に根負けし、

 

妖夢「『人符(ひとふ)現世斬(げんせいざん)』」

 

 今にいたる。よく分からない? では一から説明しよう。

 

①コレください

②あれ、どこ行った?

③イヤな予感が……

④どこ? どこ?

⑤悲鳴?!

⑥こっちから聞こえた

⑦鈴仙、変人見なかった?

⑧この……

⑨バカ(激怒)

 

 で、刃を逆さに向けた刀をくるりと返し、(さや)へとゆっくりと収めて、

 

妖夢「ふー」

 

⑩スッキリ

 

 さらに周囲へと目を向ければ——

 

??「助かったー」

 

 ヘロヘロと地べたに(ひざ)を付いて座りこむ、清く正しい新聞の一面を(かざ)った少女と

 

??「……」

 

 直立不動のまま硬直した少女が。

 

妖夢「申し訳ありませんでした」

 

 こうなる事は予期していた。そうならないために注意を払っていたつもりだった。だが一時、品定めをしている僅かな時間だけ彼から目を離してしまっていた。まさか運悪くその間に事が起きるとは……。

 責任を感じた彼女、深々と頭を下げて高貴なご身分のニートに謝罪を……が、その純和風お姫様は今、

 

??「意味分かんない意味分かんない意味分……」

 

 頭を抱えてぶつぶつと繰り返しながら現実逃避中。おかっぱ頭の声が届いている様子はない。とはいえ、もう一方の少女は今もなおフリーズ中。この状況におかっぱ頭は「うーん」と(うな)り声を上げて困惑しながらも、一先ず問題のターゲットを目指して歩みを進めることに。そしてガラっと瓦礫(がれき)の中から目当ての物を引きずり出すと、

 

妖夢「何か言う事は?」

 

 ギロリと相手を石化させてしまいそうな鋭い視線で威嚇(いかく)。しかし地盤が割れるの威力、返事が来るはずなど……

 

海斗「I'm back ぜ!」

 

 オタク、地に背中をつけながらも白い歯をキラリと光らせ、ドヤッとサムズアップで元気ですアピール。お調子者は生きていた、無事だった、しぶとかった。(みね)打ちといえ、おかっぱ頭の本気の技を受けておきながらも。

 

??「えーッ!?」

 

 だから驚くのも無理はない。だがその声の発信源はカリスマガード中のニートの方ではなく、硬直状態からようやく復帰した少女の方。つまり——

 

??「地面が割れてる〜!」

妖夢「そっち!? って今!?」

 

 ワンテンポ、ツーテンポ Delay を起こす。さらに戻ったら戻ったで、静かだった場を一変させる大旋風(だいせんぷう)を巻き起こす。

 

??「きゃっ〜、イケメンさ〜ん」

海斗「ぐへぇっ」

妖夢「はいー?!」

 

 か弱い少女、両腕を大きく広げて羽ばたく(ちょう)のようにお調子者へダイビング。さらにそのおげで彼の中身が飛び出しそうになった事は気にもせず、胸元に(ほほ)をすり寄せてラブラブアタック。乙女の心に灯った炎はもう誰にも消せないのだ。

 その後、おかっぱ頭は幸せいっぱいとなった少女に事情説明と謝罪を行った上で、

 

妖夢「輝夜さんに『日を改めて海斗さんと謝罪に伺います』とお伝え下さい」

 

 とネオニートへの伝言を依頼した。そして少女によってボロ雑巾と化したお荷物を引きずりながら、待たせている二兎の兎と合流を果たすのだった。

 そこでも彼女はペコペコと謝罪に次ぐ謝罪。だが一方でお調子者はというと、その場に幸福兎がいたことで

 

  『その名で呼ぶな!!』

海斗「(幸せー♡)」

 

 な思いと、

 

鈴仙「そ、そう言えば明日のお花見来るでしょ?」

海斗「(俺の花見はもう始まってるぜ♡)」

 

 ムフフな思いをしていたとさ。おかっぱ頭に確固たる決意をさせているとは知らずに。

 

 

––少女帰宅中––

 

 

妖夢「——という事がありまして……」

幽々「あらあら、大変だったわね」

 

 おかっぱ頭は帰宅するや人里での一件を主人へ簡潔に報告した。そして放つ決定事項、

 

妖夢「もう明日は留守番させる事にしました」

 

 その目は大マジそのもの。おかっぱ頭の堪忍袋(かんにんぶくろ)()が、ついにブチリと切れたのだ。それを察した主人はしょんぼりとしながらも、僅かな可能性にかけてみた。

 

幽々「あら、そうなの。海斗ちゃんと一緒に行きたかったなぁ」

妖夢「連れて行ったら絶対に騒ぎを起こしますよ。また『嫁になれ』って言い出すに決まってます」

 

 だが彼女の決断はブレない。初めこそ可能性は多少あったかもしれない。それこそ人里にいた時に深く反省をしている素振りを見せてさえいれば。でもそこはやはりお調子者、

 

海斗「みょん、そこは『嫁にならない?』だぜ」

妖夢「どっちも同じです!」

 

 マイペースはこんな状況でも健在である。その結果火に油を注ぐ事になり、彼女の中での彼の評価は底の底、どん底にまで。

 

海斗「(そろそろ頃合いかな?)」

 

 しかしこれも全て彼の計画の内だった。

 オタクは考えた。このままでは最高潮に怒らせてしまった彼女の想いは揺るぎそうもないと。ならば中途半端な反省や謝罪は無意味だろうと。だったら一度、何をしてもそれ以下にならないまでに評価を下げる必要があると。そうすれば後は上がる一方、フレ幅も大きくなるはずだと。つまり彼はギャップとリバウンドの効果を目論(もくろん)だのだ。

 お調子者にとって明日は待望の日、念願の日、絶対に(ゆず)れない日。自業自得、身から出たサビとはいえ、それをお預けされるとなれば……もう手段など選んでいられなかった。

 彼は歩き出した。つかつかと笑顔のない真剣な表情で。やがてたじろぐ彼女の前でピタリと止まると、

 

海斗「妖夢様、俺……私はあなた様の奴隷(どれい)です」

 

 (ひざまず)いて(こうべ)を垂れた。

 

妖夢「はあ〜っ?!」

幽々「ぷふっ」

海斗「掃除に洗濯、お料理等の家事全般に加え、ご希望とあればマッサージまで。なんなりとお申し付け下さい」

妖夢「はい〜っ?!」

幽々「ぷぷぷ〜」

妖夢「そんな事望んでいません、ヤメて下さい!」

幽々「えー、いいじゃない。マッサージいいなぁ、私もして欲しいなー」

妖夢「幽々子様まで何を言われてるんですか! 第一、片付けもろくにしない方が家事を出来るだなんて思えません! それにこの前料理をした事が無いって言われてましたよね?!」

海斗「そこは気合いとLOVEで超えてみせます」

妖夢「そんなの何の根拠にもなりません!」

海斗「そう(おっしゃ)らずにどうかここは」

 

 断り続ける者と跪き続ける者、両者共一歩も引く様子がない。だがこの鍔迫(つばぜ)り合いはそう長くは続かなかった。

 

幽々「じゃあこうしましょ、今日はみょんちゃんの一日ご主人様体験日。それでみょんちゃんが合格点をあげられれば、海斗ちゃんを明日の花見に連れて行ってあげる。ね?」

 

 破天荒(はてんこう)な状況を楽しみにしている大主人様がいるのだから。

 

妖夢「ですが……」

幽々「普段出来ない貴重な体験よ、実際にその立場にならないと気付けない事だってあると思うの」

海斗「幽々子様、感謝致します」

幽々「ぷふ〜、海斗ちゃんが『感謝致します』だって〜」

 

 この心強い味方の登場にお調子者の刀は一気に優位な方向へ傾く。一方おかっぱ頭、珍しく理の通った意見を語る主人に、奥歯を噛みしめてぐうの音も出ない、押し負ける。このままお調子者の思惑通りに事が斬り進められるかと思われたその時、

 

幽々「たーだーし」

 

 何やら大主人様から条件の提示が。

 

幽々「お料理はみょんちゃんと一緒にやってね、包丁と火は危ないから」

 

 とのこと。料理初心者であるお調子者を思ってのことだろう。これもまた実に理の通った——

 

  『で、本音は?』

幽々「ご飯は食べたいじゃない♡」

 

 前言撤回、「食べられない物を出されても困る」ということのようだ。そしてお調子者が全く信用されていないということでもある。こうして前途多難で前代未聞な「みょん様一日ご主人様体験」は幕を開けたのだった。

 

 

––執事準備中––

 

 

 従者たる者、毎日の洗濯を(おこた)るべからず。

 という事で、まずお調子者が取り掛かったのは洗濯。洗剤と(おけ)を手にいざ、

 

【基本その一:押し洗い】

海斗「じゃぶりゃーッ!」

 

 汚れている面を向け、洗濯製剤を溶かしたぬるま湯で揉み込んでいく。モミモミと愛情を込めて入念に。

 

海斗「むふふ、至福♡」

妖夢「きゃーッ! 洗濯はご自身のだけで結構です!」

海斗「妖夢様、そんな遠慮しな——」

妖夢「け・っ・こ・う・デス!」

 

 

––執事準備中––

 

 

 従者たる者、日々の掃除にも手を抜く事なかれ。

 いきなりのマイナス評価から始まったお調子者執事、真っ赤に実ったご主人様から「やるなら掃除をやれ」と指令が下り、

 

海斗「いよっしゃ、やるか」

 

 腕まくりをして今度こそいざ、

 

【基本その一:高い所から低い所へ】

海斗「どりゃーッ!」

 

 タンス、物入れ、天井に至るまでをハタキでホコリを落とす。迅速(じんそく)に気合いを入れて正確に。

 

【基本そのニ:奥から手前へ】

海斗「そりゃーッ!」

 

 落としたホコリ、日々積もるチリやカス、小さなゴミまでを箒で寄せ集めてチリトリで採取。さっさとド根性で精密に。

 

【基本その三:軽い汚れから酷い汚れへ】

海斗「おんどりゃーッ!」

 

 床、廊下、柱にいたるまでを濡れた雑巾で拭いていく。素早く本気を出して拭き残しがないように。

 これら一連の作業を各部屋に加え、風呂場やトイレなども行なっていく。だが白玉楼(はくぎょくろう)広い屋敷、長く続く廊下もさることながら、部屋、柱、飾られた品々の数が常軌(じょうき)(いっ)しているのだ。それをオタク執事、宣言通り本気の気合いとド根性と愛情でこなしていく。

 なおこの間、大主人様はというと——

 

幽々「ふふふ、一生懸命ね。ああいうところもそっくり」

 

 いつものお気に入りの席、縁側ではなく庭に設置された特設ステージ(折り畳みイス)からオタク執事の動向を温かい目で、温かいお茶をすすりながら見守っていたそうな。

 

幽々「明日までに……か」

 

 

嫁捕獲作戦_十一人目:蓬莱山輝夜【逃避】




このエピソードも次回でついに……

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