優希「ここかな? 『男』『女』って分かれてるし」
神社の裏へと足を運ぶと、そこには大きめの板が左右に分かれて立て掛けてあり、それぞれに性別が漢字一文字で書いてあった。どうやらこの先が温泉の様だけど……
優希「ん? これなんだ?」
男女に分かれた入り口の真ん中に小さな箱。そしてその
『お気持ちを入れてください。
尚、入れない場合、
不幸があなたを襲うでしょう。
by 博麗の巫女』
と書かれたA4サイズの木の札が。僕、一瞬思考停止。
優希「ここでもお金取るのッ!? 霊夢さんって巫女だよね? 不幸が襲うとか言っていいの?」
??「どうかされました?」
背後から誰かに話し掛けられた。「周囲には誰もいない」と思い込んでいただけに、思わず
優希「え゛っ!?」ビクッ!
全身で「驚きました!」のサイン。恐る恐る振り向くと……
アリ「そ、そんなに驚かないでください……」
アリスさんでした。しかもガックリと肩を落として……無意識に傷つけてしまったみたいです。
優希「ア、ハィ……す、すみません……」
ホント反省。そして気を取り直して、真ん中の脅迫めいた札を指差し、
優希「あの、コレの事なんですが……」
その真意を尋ねた。するとアリスさんは呆れ顔で答えてくれた。
アリ「あー……、ソレですか。無視して頂いて大丈夫ですよ。今まで一度も払った事ありませんけれど、何も起きていません。気にしないで入って来て下さい」
特に何かが起きる訳でも無さそうで一安心。ゆっくりと浸かってきます。
--オタク入浴中--
カポーン……。
優希「あ゛―……」
気持ちいいー……足の疲れがスーッとお湯に抜けていく。これぞ日本の文化! 温泉最高!!
でも幸せな気分ばかりではいられない。さっき一通り洗い物が終わったけれど……帰り大丈夫かな? 洗濯を終えた衣類を詰め込んだ桶を持ってみたけど、アレ結構な重さになっていたぞ。魔理沙さんは「飛ぶときに重さは関係ない」とは言っていたけど、僕がアレ持って後ろに乗ったら、支点・力点・作用点の関係で
優希「困った……」
温泉に浸かりながら瞳を閉じて考え事。辺りは凄く静か。時折吹く風が火照った顔に当たって心地いい。
ピチャ、ピチャ
そこに水を踏む足音。しかも2つ。それは徐々にこちらに近づいて来る。全神経を耳へと集中し、気配を伺う。人を襲う獣? 妖怪? 不安と恐怖で心臓がバクバクになる中、聞えてきたのは……
??「いつ来てもここの温泉は良いよなぁ」
??「私は久しぶり♪」
あああアリスさんとままま魔理沙さんッ!? が、ととと隣の、こここの岩に
魔理「あ゛ーっ! 気っ持ちいー!」
アリ「魔理沙、あなたちょっとオジさん臭いわよ。でも……はー、気持ちいー……」
さらに聞こえて来る2人の会話。そしてその内容から察するに、2人と僕は温泉で繋がってる!? 妄想しただけでヤバい……。
魔理「おーい、優希。まだいるんだろー?!」
そこへ僕を呼ぶ魔理沙さんからの大きな声。
魔理「私とアリスも風呂入って行く事にしたから! そんで、風呂出たらみんなで飯食って、帰る事にしたからなー! よろしく頼むze☆」
優希「あ、はい、わかりましたー!」
平静を装って返事をしてみるも、心臓が別の意味でバクバク。
魔理「ところで、優希知ってたかー?」
優希「?」
魔理「アリスってこう見えて、実は結構いいもん持ってるんだze☆ ホント……ムッカつくよな! このっ!」
アリ「キャーッ! 魔理沙どこ触ってんのよ!」
魔理「少しは分けろってんだ。このこのこのー!」
アリ「ちょ、ちょっと……ほ、ホントにやめ……あっ……」
魔理「おやおやおやおや〜?」ニヤニヤ
ピチューン
アリ「もーッ! いい加減にしなさいよ!」
魔理「打ち込んでくる事ないだろ! 別にいいだろ、減るもんじゃないし! 優希もそう思うだろ!?」
--5秒経過--
魔理「あれ? おーい!」
--また5秒経過--
魔理「先に出たのかな?」
アリ「ホントに魔理沙やめてよね。隣の優希さんに聞かれていたらどうすんのよ!」
魔理「いいじゃんか。ちょっとくらいサービスしてやっても」
アリ「ア・ン・タ・ネェ……」
言えない……「バッチリ全部聞こえていました」なんて。アリスさんには本当に申し訳ないですけど……魔理沙さん、ありがとうございます!
ーーオタク忍び中ーー
あの後、「先に出た」と思われていただけあって、最新の注意を払って気配を消し続けていた僕。温泉に入ったと言うのに、無事気付かれる事なく退散できた瞬間、ドッと疲れが……。
で、アリスさんと魔理沙さんが戻って来たところで、予告通りみんなで夕食を――
優希「コレ全部霊夢さんが!?」
霊夢「なによ? なんか文句あるの?」
優希「いえ……ないです」
ギロリと鋭い視線を向けて来る霊夢さん。ただ素直に「凄い」って思っただけなのに……睨まれると何も言えない……。
霊夢「イヤなら食べなくていいわよ」
優希「いえ……、ォィシィです……」
霊夢「は?」
こわいこわいこわい……。
魔理「そんなに睨んでやるなよ。『マズイ』って言われた訳じゃないんだからさぁ」
アリ「そうよ。それに今ちゃんと『美味しいです』って言ってたわよ」
霊夢「そ、それなら別にいいわよ。紛らわしい言い方しないでよ。まったく……ちゃんと言いなさいよね!」
「ふんッ!」と他所を向いて怒る霊夢さん。僕この人ホント苦手……アリスさんは優しいです。
霊夢「ハッキリしないのは好きじゃないわ。ウジウジしないでシャキッとしなさいよね」
霊夢さんの一言一言が重いパンチとなって襲いかかる。泣いてもいいですか?
アリ「霊夢、もういいでしょ?」
魔理「まあ、でも実際イラッとくる時あるよな」
あ、もうダメかも……。
アリ「もー、二人とも! 優希さん、私はそんなことないですからね?」
アリスさん、ホント天使。
霊夢「アリスはやたらとコイツの肩持つわね」
魔理「似た者同士なんだろうze☆」
優希「え?」
アリ「ちょ、ちょっと……。その話は……ね?」
「似た者同士? 誰と誰が? まさか僕とアリスさんが?」と浮かぶ疑問。
【アリスさん】綺麗、優しい、親切、明るい、会話が上手そう、誰とでも仲良くなれそう、友達多そう。
【僕】地味、挙動不審、優柔不断、暗い、会話下手、コミュ障、友達は海斗君だけ
何コレ? どこも共通点ないけど? 天と地の差ですけど? 少しでも共通点を探してしまった自分が恥ずかしい。
そんな僕の考えを見透かしたのか、霊夢さんがジトッとした目で、モグモグと口を動かしながら僕を監視していた。そして口の中の物をゴクリと飲み込むと、
霊夢「今のは忘れなさい」
「気にするな」とやや強めの口調で言い放った。
霊夢「それで? あんた人里で仕事をする事にしたんですって?」
優希「は、はい!」
霊夢「いい心構えだと思うわよ。何もせず
魔理「そうだな。
優希「はい……」
今だから思う、「ホントに仕事が見つかって良かった」と。
アリ「わ、私は別に……」
霊夢「でもあんた、アリスの家から人里までどうやって通うつもり?」
そう尋ねられるものの、僕がアリスさんや魔理沙さんみたいに空を飛べる筈もなく、
優希「え? あ、歩いて……」
必然的にこうなる。
霊夢「魔法の森を? 言っておくけど、あそこは人を食べる妖怪もいれば、イタズラ目的で人を惑わす妖精達もいるのよ? 私が渡したお守りのおかげで、ある程度は安全だと思うけど、無謀にも程があるわよ。そんなを事したらあんた、死ぬわよ?」
霊夢さんに言われた事は薄々気付いていた。昨日の夜、アリスさんの家の外に出た時に感じた威圧感。悲鳴に唸り声。あの中を通れば間違いなく即死。でも……。
優希「どうすれば……」
アリ「なら、私が……」
魔理「魔理沙ちゃんが送り迎えしてやるze☆」
『え?』
まさかの申し出に思わず耳を疑い、目が点。
魔理「行きはそのまま人里に送ってやるze☆ そんで帰りはまたここで風呂入っていけば、アリスの家まで送ってやるze☆ バッチーのは嫌だからな」
「お風呂に入って綺麗になればOK」なんという好条件。僕としても温泉は心地よかったし、まさに願ったり叶ったり。それに何と言っても……。
優希「ありがとうございます。是非そうさせて下さい! それならアリスさんに迷惑をかけずに済みます!」
アリ「ィャ、私は別に……」
魔理「おい、魔理沙ちゃんならみいいってことか? さすがに今のは傷付いたze★」
しかめっ面で不貞腐れる魔理沙さん。一気に不機嫌に。
優希「いえ、決してそういう訳ではなくて……、ごめんなさい……」
本意でないにしろ、故意でないにしろ結果は謝罪。時を巻き戻してやり直したい…。
僕が後悔の気持ちに駆られてしょぼくれるていると、突然霊夢さんが
霊夢「なに? あなたアリスの事が好きなの?」
爆弾投下。
ドッキーーーン!
アリ「えーーーーッ!!?」
優希「ななななに、なにを言ってるんですか!? 僕はただお世話になるアリスさんに、これ以上迷惑をかけたくない『
アリ「……」
魔理「おい優希、今自分で何を言ったのか分かってるのか?」
優希「?」
霊夢「魔理沙ムダよ。こういうヤツに何言っても」
グサッ!
なんかよく分からないけど、切れ味のいい一撃が。けど、
霊夢「まぁ、これ以上アリスの足を引っ張りたくないって想いは評価するわ」
褒められて少し回復。
優希「ハ、ハイ……。ありがとうございます。いずれは魔理沙さんにも迷惑かけない様に……」
霊夢「そうね、魔理沙がいつまでも送ってくれる保証なんてないし。途中で『
魔理「霊夢、魔理沙ちゃんはそんなに信用ないか?」
霊夢「日頃のあなたを知ってたらねー」
アリ「そうね。寝坊、遅刻の常習犯だもんね」
魔理「なんだよ2人して! 魔理沙ちゃんだって、やるときはちゃんとやるんだze☆?」
『どうだか』
魔理「優希は信用してくれるよな? な? な?」
もう必死……。
優希「あ、はい……」
勢いに負けて『Yes』と答えたけど……正直不安です…。魔理沙さんが原因で遅刻とかになったら、シャレにならないよ……。今は頼るしかないけれど、早く一人で人里まで行ける様にならないと……。
魔理「安心したze☆ 優希にまで信用されていなかったら、魔理沙ちゃん一人ぼっちになって泣いてるところだったze☆」
「そこまで?」と思うと同時に、脳裏を
魔理「ん? それより優希さっきから全然食べてないけど、どうした? やっぱり
僕の表情と食事をチラチラと見比べて心配してくれる魔理沙さん。
優希「ィェ、そうじゃなくて……」
でも決して不味い訳ではない。
優希「疲れなんですかね? 全然食欲がないんです」
そう、心臓破りの階段を2往復、人里との間を1往復。これが響いて胃が物を受け付けてくれないのだ。そして僕が答えるまでの間の霊夢さん、すっごい睨んできた。
アリ「大丈夫ですか?」
魔理「あー……、あるよな。そういうの」
霊夢「あんたホント体力ないわね。明日から仕事なんでしょ? お店の足を引っ張ってたらクビにされるわよ?」
優希「ハィ、そうならない様に頑張ります……」
霊夢「それに食事は大事よ。食べれる時に食べないと、変に痩せちゃ……あんたはそっちの方が良さそうね」
グサッ! グサッ!
反論の余地ゼロにして痛恨。分かってはいるけど、言われると痛い……。
魔理「あっははは! 確かに! 優希、これはダイエットだ!」
優希「ハイ、頑張って細くなります……」
魔理「あっはははは」
魔理沙さん……笑い過ぎです。今度は僕が泣きそうですよ?
ーーオタク食事中ーー
食後はみんなで協力して後片付け。一段落したところで温かいお茶を頂き、アリスさんの家へ戻ることになった。
僕の洗濯物はあまりにも量が多く、魔理沙さんにも「バランスが取りにくい」という理由で「全部持って帰るのは無理」という判決に。そこで霊夢さんに「半分干させて下さい」とお願いしたところ、2つ返事でOKをもらい、明日の帰りに持って行く事になった。
優希「霊夢さん。ご馳走さまでした。あと色々ありがとうございます」
霊夢「ではそのお気持ちをこちらに……」
アリ「霊夢、あなたそれもうやめなさいよね」
魔理「いいか優希。これが霊夢だ、よく覚えておけよ」
霊夢「ちょっと、私を悪者扱いしないでもらえるかしら?」
優希「僕はそんな風には……」
霊夢「でしたら明日いらした時にお気持ちを……」
アリ「霊夢!」
霊夢「冗談よ。アリスももう少し頭を柔らかくしなさい。それじゃあ、3人とも気を付けてね」
優希「はい、ありがとうございました」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
3人を見送る博霊の巫女。夜空へと消えて行く人形使いと、外来人の後ろ姿を眺めながら、彼女は心に思った事をそのまま呟いた。
霊夢「いいヤツだとは思うけど。私は苦手ね。魔理沙じゃないけど、似た者同士ね」
--オタク飛行中--
魔理「どうだ? まだ怖いか?」
優希「いえ、もうあまり怖くはないです」
これは本当の事。日が出ている時はあんなに怖かったのに、今は不思議とそこまででもない。夜になって下の景色が良く見えないのが幸いしているのだろう。でも、この密着状態が……。
アリ「魔理沙、夜なんだから飛ばすのは止めなさいよ」
魔理「わーってるって」
優希「すごい星空……」
ふと空を見上げれば、無数の星達が散りばめられた宝石の様にキラキラと輝いていた。
僕が住んでいた町では、こんなに多くの星を見る事はできない。見えたとして1等星、2等星くらい。けど今見えているのは3等星までは確実に見えてる。もっと目を凝らせば4等星だって。満点の星空とは正にこういうものを言うのだろう。
アリ「満月の日は月が大きく見えて、すごく綺麗なんですよ」
魔理「魔理沙ちゃんも満月の日は好きだze☆ 1人でゆっくりと空を飛びながら、満月を
アリ「あなたこの前それやって、酔っ払って木にぶつかってたでしょ。お酒飲んでる時に飛ぶのは止しなさいよね」
満月を見ながらお酒って……ベテランじゃないですか……。魔理沙さんがお酒を飲むのは確定。そして、お酒を飲んだときの飛行は危険。覚えたぞ。
魔理「はいはい。それ、着いたze☆」
アリスさんの家の上空に着くと、人形の上海と蓬莱が両手を振りながら出迎えてくれた。魔理沙さんは僕を下ろすと、また直ぐに上空へと浮上し……。
魔理「じゃ、魔理沙ちゃんも帰るze☆」
優希「あ、はい。どうもありがとうございました」
アリ「魔理沙、明日遅れないで来なさいよ? 優希さんの仕事初日なんだから」
魔理「わーってるって。じゃあ明日早めに昼飯食べてから来るからze☆」
優希「よ、よろしくお願いします」
魔理「おう、じゃあな。おやすみぃー……☆」
夜の別れの挨拶と共に、爽やかな笑顔で去って行く魔理沙さん。暗い夜空を箒に
そして、残された僕
優希「……」
アリ「……」
とアリスさん。今2人きり。そう考えると急に胸がドキドキと鼓動を早め、お得意の
優希「(どどどどうしよう。ななな何か話題をッ! さっきまで普通に会話出来てたのにぃ~! 何で急に話せなくなるの?!)」
脳内テンパリ。
優希「あ、あの……」
アリ「は、はい!」
優希「なるべくご迷惑をかけない様にしますんで」
僕が思っている事を
優希「不束者ですが、よろしくお願いします!」
そのまま伝える事にした。
アリ「ぃぇぃぇ、改まらなくても大丈夫ですよ。私の方こそ
優希「ぃぇぃぇ、そんな。もう充分過ぎる程です」
これも混じり気なしの本心。アリスさんは唯でさえ親切にしてくれる上に、これから家でお世話になる。それなのに『至らない点が多い』とか『大目に見て』とか。僕はもうこれ以上アリスさんに気を使わせたくない。
優希「アリスさんはどうぞ今のままで……」
アリ「ふふ……」
スラッとした指で作った拳を口元に当て、くすくすと笑い始めるアリスさん。僕、
優希「?」
ぽかーん。すると……。
アリ「これではいつまで経っても終わりませんね。お互い協力して頑張りましょう」
少し困った顔を浮かべながらも、優しい言葉をかけてくれた。そしてやってくる強力魔法。
アリ「ね?」
ぐはっ! 笑って首を傾けて1文字発しただけなのに、なんという破壊力!! でも僕は耐えました。堪えました! 「ここで倒れたら勿体無い」という一心で!
そこにチクチクと感じる圧力。見なくても、確認しなくても分かる。蓬莱! きさま! 見ているなッ!
アリスさんの魔法のお陰で俄然やる気が出る。
優希「はい! 頑張りましょう!」
自分でも思います。「ホント単純」と……。
昨夜とは打って変わって静かな森の中。その中にひっそりと
優希「そう言えば魔理沙さんの家って、この先なんですよね?」
アリ「はい、魔理沙が新しく作ったこの道の先に」
優希「……」
アリ「……」
魔理「おーい、アリスー!! 悪りぃ! 家が滅茶苦茶になってたから、今日泊めてくれ」
『やっぱりね』
次回:「バイト始めました」
ですが、ちょっと別の話を挟みます。